友達は大切に
やっと更新できました。春は忙しいですなあ。
「衣川、その顔どうしたんだ?」
こういう風に聞かれると困るから表に出ないでいようと思った端から弓削が家に来た。何で困るかって夢の中で自分の顔を殴ったのが、中途半端に現実だったからよ。
よりによってこんな日に。こいつは。こいつは。
「寝ぼけて自分で殴ったのよ。しかも二発」
「本当か?誰かにやられたんじゃないのか?」
それで言うと衣川依にやられたわよ。
「ジュルジュルでゴモモモモでゴバアって夢を見たのよ。で、私にも波紋が使える気がして」
「……バカだろ」
「自覚はしてるからほっといてちょうだい」
嘘もちょっとしかついていない。ほとんど事実ね。昨夜の私はどうかしていた。
「で、あれはどうなったんだよ」
「あれって?」
忘れたのかよ、お前が言ったんだぞ。弓削は呆れてただでさえ猫背で落ちている肩を落とした。脚の長さが変わらないからめちゃくちゃ腕が長く見える。三国志の劉備って腕が長かったそうよ、なんて。
漢王朝の末裔となんちゃって魚類を一緒にするんじゃねえ。
「求愛してきたニワトリ野郎が出てこねえんだろ。どうなったんだよ」
「あー」そういえばそんな風に言ったっけ。「あ、あれね」
「告られたのを忘れるってお前……怖いな」
うるせえ。告白自体嘘なんだよ!言ってやりたかったがぐっとこらえる。
言うわけにはいかない。あの素敵なお魚さんは人の記憶くらい簡単にいじれるだろう。魚兄さんを疑いたくないから弓削にも情報を流さないのだ。
「その異常性癖の持ち主には会えたのか?」
何で私に告白しただけで異常性癖の持ち主扱いになっているのかとか、お前の中で私に告った誰かさんの扱いが地味にボロカスになっていっているけどどうしたのかとか、私を何だと思っているのかとか聞きたいことは山ほどあったけど、こらえる。
こらえろ私。今回も紙一重の嘘で逃げ切るんだ。
「会えたわ」
「……へえ」
何でいきなりテンションが低くなるのよ。
「でも、何というか、すごく変なところにお邪魔してしまって、気まずくなったから逃げたの」
「はあ?変なところってどこだよ」何か、テンションが戻ってきたみたいね。「そいつドブさらいでもしてたのかよ」
「まさか。ただ、何ていうのかしら……軽く、再現するわね」
「おう?」
口調は爺じゃないほうがいいかな。
「ぱかっ、こんにちはー!私参上。……おいノックしろよ!ばふっ。しくしく。相手布団饅頭。やだ何が起きたの、とりあえずごめんなさい!ぴしゃっ。だだだー。私退場」
広くもない我が家の居間に、無限大の沈黙が広がった。四次元に流出する。だいぶマイルド版だったと思うが、それでも実際にやると気まずいわね。あの弓削が真顔になるなんて、珍しいこともあるもんだわ。
いや、原因は私なんだけどね。
「……と、いう」
「……おう、……そりゃ気まずいな……」
「……うん」
「……うん」
会話が続かない。逃げるだけの口実にはなっただろうけど、おっそろしく気まずい。まさか伝染するとは思わなかったわ。
「ていうか、相手の家知ってるのか?」
沈黙に終わりを告げたのは弓削だった。気になったらしいわ、変態の住所。神社よ、なんて言わないわ。おじいちゃんのいい名誉棄損よ。
「まあね。もう行くことはないでしょうから忘れたけど」
「間が悪すぎるだろ……ノックしなかったのかよ」
「そうなのよ……ふすまだったからつい……しとけばよかった」
何だか最後だけ半端なく実感が籠ってたって?気のせいよ。きっと。
ところで、弓削は何の用で私の所へ来たのかしら?まさか頬の腫れが透視できたってことはないでしょ?
「それなんだよ。今日暇なら、ってどうせ暇なんだろうからプールに誘ってやろうと思ったんだ」
「あら、ありがたいわ」
「でもその顔じゃ無理か。機会を改めるぜ」
それだけ言うと、弓削はさっさと出ていく。
そうねえ。私、水着を持ってこなかったし、プールの授業は更衣室に入れなかったからスク水もリサイクルショップにポイしてきちゃって水着を持ってないのよね。次にお誘いを受けるまでに買っておこうっと。
「ところでさ、弓削」
玄関で靴の紐を結んでいる丸めた背中に呼びかける。
「なんだ?」
「エロ本とか、その辺に転がしとくのはよしたほうがいいわよ」
弓削がそのまま前のめりに転んだ。心当たったらしいわね。