反抗期には遅く、思春期には早すぎて
いちゃいちゃが書けない上に書き溜めが底を突きそうです。恋愛経験ゼロは辛い。
「8月は忙しくなるぞ。夢と現のはざまが薄くなる……ま、地獄の蓋が開くちゅうことじゃ。なんかわけのわからん羽虫が大量発生して始末に負えん、積極的につぶしていかねばならん。ちょうど長期休暇も来る、見かけたら滅しておけ」
なんで私に言うのよ。勘違いしてもらっちゃ困るんだけど、私、あなたの嫁さんじゃないわよ。
「まだ妻と連絡が取れていないのじゃ。それにこの身体は扱いづらいというか弱すぎる。12パーセントでは痛覚もない。じゃが、ぬしは50パーセントではないか。脅威の。脅威の」
私は十分戦力になるって言いたいわけ。この一言は明らかに、私の顔のすべてのパーツがうんざりして言った。壮二もそれに気づいただろうが、この部分には反応を見せなかった。
あ、晩御飯作らなきゃ。ご飯は朝炊いたのが炊飯器に。冷蔵庫には野菜と、少しのお肉がある。刻んで炒めれば食えるかも?
「十分戦力になるというのではない。ぬしがいないと戦力にならんのじゃ。何も敵は羽虫に限らん、たまに獣だっておる。獣が出てきたらこの身体など盾にもならん」
おーい弓削、聞いてるかー。お前、今めちゃくちゃディスられてるぞー。性格とか顔だけならまだしも体までひどい扱いになってるぞー。
盾にもならないってよー。横にもならないんだろーぜー。攻撃されても痛くもかゆくもないくらいどうでもいい肉体って何だろうなー。
俎板で切った食材を、温めたフライパンに放り込む。それにしても、この野菜の名前は何だったっけ。ちょっと思い出せないや。健忘症かな。
主に赤紫で、途中から緑色になって、葉なのか茎なのか判然としない。うーん、実なのかも?根っこかもしれないなあ……あとで調べよっか。壮二が食べるかもしれないから多めに作っておこう。じゃないと私が干からびる。
「私、触手しかないわよ」
「わかった他も教えよう。それでよいな……良いと言ってくれ頼むこの通り」
食材をかき混ぜる手を止めて壮二を見た。じゅぶじゅぶと嫌な音を立てて焼かれている肉からは、青い脂が出ている。大体、肉なのに灰色だし……あれ?どうして私はこれを肉だと判別できたのだろう?
いや、でも、肉だしね?これ肉だもんね?見るからにおいしそうだもんね。この色合い、鼻を突く刺激臭。私の胃袋が泣いて欲しがるのも仕方ないのだ。
壮二は正座の状態から背を丸めて床に指を三本ついている。顔も伏せられていて、私からは左巻きのつむじが見えた。えっと、これって何だっけ。
「土下座じゃ」
「ちょっと、額をこすこすして赤くなったおでこを演出しないでいただけるかしら」
「ばれたか」するすると壮二の背筋が伸びた。正座のままだ。何て美しい姿勢。「じゃが切羽詰まっておるのは事実じゃ。了解してはくれぬか……場所は神社になる予定じゃ」
答えるより先に、肉が焦げてしまいそうだったので、火を止めた。今はいい感じの鮮やかな緑色に焼けている。生ゴミ箱みたいないい香り。お腹が空くぜ。野菜の方は……、大丈夫だろう。生でも食べられたはずだし。
そもそも生で食べられない野菜ってどのくらいあったかしら?
「いいわ」
壮二がぽかんと口を開ける。詮無いことだ。口に出してから私自身、快諾に驚いたくらいだから。
「でも今日は駄目。もう遅いから。次の日曜にして……あと三日後だから」
「なぜ、明日ではならぬのか?」
「明日は学校があるもの」
あれ。どうして、学校に行かないといけなかったのかしら。私。どうせ、話す相手だっていないし、授業だっていないようなものなのに。
行かないといけないってどうして思うのかな。そう考えた時、私の中に『トウゼンノドウトク』という言葉が浮かんできた。はて、皆、こんな九文字にどうして縛られているのだろう?
皆って誰だっけ?由香とか、……そこに私は含まれていないことに気付く。あれ。私、縛られてないんじゃない?トウゼンノドウトク。当然の道徳。それははたして、私を縛るに能うのか?
「考えことか?」
「い、いいえ。……神社に行く件なのだけど、やっぱり明日でいいわ」
壮二はちょっといぶかしげに私を見たけれど、それ以上何も言わなかった。ただ、野菜炒めと白米を要求した。はいはいよ。
野菜炒めは土のような芳醇な苦みと腐った死体のような酸味がフロマージュした味わいだった。何とも美味である。
あーご飯が進むんじゃーと壮二が舌鼓を打つ。我ながら腕を上げたもんだ。痛覚はないとか言ってたけど味覚はあるんだな。
「ちょっとさあ、今の感じで心がぴょんぴょんするって言ってみて」
「あー心がぴょんぴょんするんじゃー。……何じゃ?これ」
「知るか」
学校に行く気がなくなったのは……ま、遅めの反抗期ってことで。




