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依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
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チャリライダー

「な、なんつう脚をしてやがる」

 自転車を杖代わりにして弓削がぼやいた。舌を突き出して荒い息をしている。まるで犬みたいだ。

「私には県大会優勝の実績があるのよね。五輪も絶賛狙い中よ」

「へえ、前のは逃したんだな」

「仕方ないわよ、県大会優勝者ってこの国に47人いるんだから。それに途中でトライアスロンに浮気しちゃって練習さぼってたし」

 弓削は変な顔をして黙りこんだ。当たり前のことを言っただけなのに。しかしここまでのやりとりで私が脳筋だと誤解してもらっちゃあ困る。天才肌のため、成績も良好なのだ!ほめてもいいぞ。何にも出ないけど。

「あー……ところで衣川。こないだ買った本、もう読んだか?」

「屍食教典儀?読んだわ」

「あれさ、意味わかった?」

 その問いに一瞬躊躇して、嘘をつく理由もないので正直に答える。

「いいえイマイチ。私には早すぎる世界だったわ。深淵を覗き込むどころか、ちらっと見ることしかできないなんて」

「だよな」

 暴力的なまでの膨大な語彙に理解力を置き去りにされ、「家から辞書を持ってきたらよかった!」と思ったのは文系だからじゃなかった。よかった。あんな啖呵を切っておいて結局負けてたらどうしようかと思った。

 まあ、負けるとも思ってなかったけどな?

「妖蛆の秘密はどうだったよ?ルートウィヒ・プリンの」

「あれは普通に面白かったわ。邦訳がイマイチだったけど原書で読むとなかなかよ。邦訳だけ読んでネットで叩く奴は深淵に引きずり込まれてしまえばいいのよ」

「わかるやつがいてよかったぜ。俺、あれで日本語以外を覚えたんだ。あれが何語かよくわからんけどな」

 ぐっと拳を突き合わせた。持つべきものは仲間だ。前の友人は誰もああいうジャンルの本を読まなかったから、こうして本の話題で盛り上がれるのは嬉しい。

「じゃあ黄衣の王、上巻」

「大好きよ。吐きそうな言葉の連続がまるでダイヤモンド。下巻がどこに行ってもないのだけど、まだ出版してないの?それとも売り切れ?」

 黄衣の王下巻。三大私が死ぬまでに読みたい本の一つである。

「それな、出版がまだなんだと」

「え?うそ、あれって古本屋でしか見たことないわよ」

「だよな……いくらなんでも遅すぎるよな……上巻が新刊で売ってたの、実は20年も前なんだぜ」

「えっマジで?なら作者がもう死んでるのかもね」

 信じたくねー……げっそり呟いて、弓削は自転車をやっと共同の駐輪場に停めて来た。私は自転車乗らないからどこにあるのか知らないが、あるんだろう多分。だって玄関前に停めてたりはしないもん。

 でかい家の犬はもう慣れたのか、あまり吠えてこない。門の前にいると殺気むんむんで唸ってくるだけだ。喉を噛み裂くぞと言わんばかりに白い歯を見せて……犬は好きなのに。

 でかい家に住んでいる老婦人には間の悪いことによく会うのだが、謝られたり、普段はおとなしいのよと言われたりしている。申し訳ない気分になるからやめてください。

 事件は翌日起こった。

 この日は休みだったから、寝て過ごそうかと思った時である。外から中へ可動式の扉がついていて突っ込まれるだけという何ともシンプルイズベストデザインな我が家のポストに手紙が投函されていたのである。

 わーい初お手紙だ!誰から?誰から?と、年甲斐もなくはしゃぎ、それから新聞を取っていないことを思い出し、新聞社からなんじゃないかとか年甲斐もなくシビアなことを考えて、ちょっと低めのテンションで取り出した。

 型押しでレースのような模様のつけられた純白の封筒を取り出した。

「……え」

 かたん、とポストの口に取り付けられているジュラルミンの板が音を立てた。新聞社は多分、こんな手紙は送らない。

 そっと糊付けの部分だけを剥がして、開く。中からはこれまた上品なレース模様の白い紙が出て来た。知らず、手が震える。

「今日の正午、■■病院へ」

 上品な白い紙にはぶっとい筆で、墨で、大きくそれだけが書かれていた。

 なんだろう。ただの異常なミステイクでしかないのに、それだけなのに……この手紙はおぞましい。感覚としては夢の中に出て来たあの肉塊と似ている。

 行かなければならないような気がした。くそう、一日パジャマで自堕落に過ごせると思ったのに!着替えてから気が付いた。今からじゃバスが少ないから正午に病院へ間に合わない。

 一か八か、走るか?だが私の体力だって無限じゃない。どうする。

「衣川!お前もか?」

 悩んでいたらいつもの電動アシスト付自転車を押して、弓削がやってきた。ぴこーん、と私の中で何かはまる。弓削も同じ手紙で同じ場所に呼び出されたらしい。

「……弓削、体重は何キロ?」

「最後に量った時で確か……58キロだったけど」

 いける。口角が吊り上がるのを自覚する。この感じは、県大会での優勝を確信した時のものと同じ。

「上等よ。その自転車を貸して。あなたは後ろに乗りなさい」

「ま……まじか、お前」

「時間が惜しいわ、早く」

 二人乗りは危険なので、真似をしてはいけません!

「うはあああああああジェットコースターみてええええええ」

「あはははははは!見た!?今のぽかんとした顔の暴走族!面白すぎる!さすがにちょっとペダルが重たいわね!」

「あ、ハンドルについてるそれ回したらアシストつくから」

「あらそう。じゃあ早速」

 二人乗りは危険なのでやめましょう。ダメ、絶対。

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