エピソード3-2
『ブレイン・フィールド』
菅総一郎という天才がいる。まだまだ三十路になっていないがコンピューター業界はもとより他の分野でも有名な人物である。電子工学の天才である彼によって制作された今までに類を見ない超高性能のスーパーコンピューター『ブレイン』は21世紀の人類をあらゆる面で一気に飛躍させるといわれている。
国家単位を巻き込み様々な計画があるのだが菅総一郎はまずゲームという形で一般人にお披露目するという手段をとった。
「なぜゲームだ」と国のお偉いさんや文化人気取りのマスコミに叩かれたが彼は強行した。自分が社長を務める総合コンピューター会社「久遠」の社員の「ブレイン」を使って何がやりたいかというアンケートの中で近未来のゲームを作りたいという要望が一番多かったためだという。この会社の前身はゲーム会社だったので当然の要望ともいえる。
無関係な人があれこれ要望を出してきても実際それをするのは彼とその部下。ノウハウのないことを一から始める場合いうまでもなく困難の連続だ。気の乗らないことを嫌々するよりも興味のあることを楽しんでする方が効率がいいというのが菅総一郎の言い分だ。
この記事を読んだときイリナはいたく感心した。実に理にかなっていると思ったからだ。彼を「電子工学者として技術者としては天才の一言に尽きるが経営者としては無能」という評価よく聞くが一概にそうはいえないのではないかと自分なりの評価をしている。
そんなこんなの経緯で作られた『ブレイン・フィールド』は非常にすばらしいデキになっている。個々人専用に作られたヘルメットを装着し家庭のネットに繋ぐだけで「ブレイン」の作り出す仮想現実世界、通称『ブレイン・フィールド』でプレイできる。
原理としては脳は微弱な電気を出している。モノを見たり身体を動かしたりする時に電流が流れる。それは行為によって脳の位置は決まっている。そこで逆の発想を用いた。データー化された電波を正確な部位に送れれば、そこにないモノを見せたり感じたりさせることができる。特注で作られたヘルメットには脳波を受けブレインの送るシステムとブレインからのデーターをプレイヤーに伝える為に電波を流すシステムが組み込まれている。ブレインの作り出した世界を体感し、自分で思った通りに身体が動かせるのはこのおかげだ。
今回はブレイン・プロジェクトの第一弾としてゲームだったわけだが、このシステムにより今後の新たな可能性がいくつも見えてきた。有識者が新聞で取り上げている可能性としてはこのシステムが小型化され電波受信方式がとれれば視覚障害者や聴覚障害者が何の不自由もなく生活できる可能性があると述べられている。極端な話身体が植物状態でも脳さえ正常なら『ブレイン』を通せばコミュニケーションは可能かもしれないと。
その人知を越えたことが可能になるスーパーコンピューター『ブレイン』を体験できるというチャンスをイリナは逃すことはできなかった。彼女は新しもの好きという性格もあるがオーバーな言い方ではあるが歴史の生き証人になるとチャンスだと思ったのだ。彼女のゲーム歴は弟の持っているゲーム、それもRPG専門でこういったアクションは無理という自覚があったので人と違う方法で遊ぶことにした。
(この世界なら……今まで漫画やゲームで満足させていた欲求に好奇心を全部試せそう)
「一つ聞いてもいいか?」
「ん、何?」
街道から山に入った足跡を追う最中、黙って歩くことに退屈したのかクロードが話しかける。黙って追跡する必要もないし、会話することは好きなので気軽の応じる。ただ特殊技能の『索敵』を使用中なので基本的に地面の足跡と端末を交互に眺めている。
(……いっつも思うけど端末見ると、何か忘れてる気になるのよねぇ、何だろ? ……まぁ考えるのは暇なときにしよう)
といつも思うのだが今までなぜか考えようとしたことがない。本人はその事実に気がついてはいるが深く考えない。
「お前さん、さっき自分で弱いことを認めてたよな? それってどういう意味だ?」
「……聞いてのとおりだけど」
たまに話しかけてきたと思ったら何を言い出すんだろうと訝しがる。
「いや、だからな。……共和国じゃぁそこそこだけど俺と比べて弱いってことか? それともホントに弱いってこと……かなと」
戸惑った表情でイリナを見る。遠回しに自分が強うということを自慢しているというのではない。こんなことを当人に聞いてもいいのかどうかと迷っているそんな表情だった。
「ホントに、そうねあなたから見るとビックリするくらい弱いって言っても問題ないわね。さっきのゴブリン1匹に負ける自信はある」
胸を張るようなことでもないが卑屈になることもない。
「私には普通なら護衛がつくのよ。今回はクロードが強すぎるからまぁいいかなって思ってつれてきてないのよ」
「…………」
「なによ、その顔は」
呆れるような顔に文句を言う。
「いやな、……お前さん、のし上がるっていってたろ?」
後頭部をかきながら相変わらず聞きにくそうに言う。
「あのね、このゲームは何も強さだけが存在目的でも価値観でもないと思わない? 少なくとも私はそう」
ようやくクロードの言いたいことを悟る。
(一方的な見かたねぇ)
内心でため息をつくが仕方ないとも思う。クロードは最強パーティーの一員。基本的に強さが求められるというプレイをずっとしてきたのだから。
「強ければ楽しいかもしれないし、色んなことができる。でも……それだけじゃないでしょココは。
私みたいに弱くても楽しめる。頭の使い方次第では今の私みたいにそこそこの地位を手に入れて人の上に立つことができる。いつかは称号だって手に入れられるかもしれない」
端末から目を離し、クロードの瞳を正面から見据える。
「……へぇー、なるほどなぁー。そんな考えもあるんだな。俺は強くなることとしか考えてなかったからなぁ……」
力の入った瞳にこもるは決意。クロードはただ素直に感心する。が、すぐにハッとした顔になり、
「じゃあもう一個、質問」
イリナは頷くことで返事とする。
「俺なんかは単純にバトルが楽しくて、まぁ結果ここまで強くなった。でもお前さんは一体何を目指すんだ?」
自分とは違う考え方があることは理解してもだからといってイリナの生き様までは理解の範疇を越えている。
(でも、悪くはないわね)
自分の持っている一つの考えしか許せず、他人に押しつける人間よりはよっぽど好感が持てる。
「共和国でのし上がって軍を指揮したいとか?」
「近い将来そうなるでしょうね、でもそれは私の野望の第一段階」
「第一?」
オウム返しに聞いてくるクロードをイリナは見定める。今まで誰にも話したことのない目的がイリナにはある。
「いいわ、特別に話したげる」
称号を2つも持つクロード=K=ラディッシュというプレイヤーには資格くらいあると思われた。自分の大望を知る資格が。
「私には野望がある。私はここで自分の国を作りたい」
「国? 共和国を自分のモノにしたいとか言うのか? それとも他の小国か?」
「違うの。共和国は、ううん帝国も今のままでいて欲しいと思ってる。その2つとは別に第3の軍事国家を創りたいの。それも帝国とまでいかなくてもせめて共和国に匹敵するくらいの大国を」
「………………」
クロードは驚いたというか呆れた顔をしている。誇大妄想と思われても仕方ないくらいのことをイリナの口から聞かされたからだ。
ブレイン・フィールド内の最大の国家は帝国、それに匹敵する国が共和国。あとは小国が乱立しているのが現状だ。小国を乗っ取り、王になろうとかいうプレイヤーは少数だがいる。が誰一人成功していない。国という組織を自分のモノにするには個人の戦闘力だけでは到底無理。徒党を組んでも可能性は非常に低い。
かつて『真戦組』というチームが徒党を組み国を乗っ取ろうとした計画を立てていたことがある。そのときはサン・オブ・バトルマスターと敵対したため結局計画は頓挫したのだが、あのときのメンバーで仕掛けていれば国家乗っ取りの目はあった。
だがよしんば成功したところで彼らには国を運営するノウハウがない。国は瞬く間に弱体化し、隣国に滅ぼされるのがオチだっただろうというのが大方の見解だ。
イリナとてそれを知らないはずはない。しかしクロードの目を気にせず続ける。
「まず国家というシステムを理解する為に共和国に入隊したの。日本人だけど日本を完全に理解してる分けじゃないし、本だけの知識でもじゃ、どうしても足りないところがあるでしょう? 実際に組織の中枢を体験してみないとね。っでもっていいところはマネればいいし、悪いところはもちろん改善する。国家という組織のノウハウを学んで、チャンスがあれば新国家を創設したいの」
「どうやって? 国を創るなんて簡単じゃないだろ?」
「そりゃぁそうでしょうよ。でも、私は希望シチュエーションに『新国家設立』ってだしといたから、いつかイベントくらい起きると思う」
希望シチュエーションはゲーム側が個々人が望むようにプレイできるようにと用意したモノ。確実に希望が叶うというわけではないが、その希望がかなう可能性のある『道』を用意してくれる。イリナがそれを見逃さずフラグを立てていき、イベントを起こし成功せせることができればプレイヤー初の建国者になれる可能性もある――理論上は。
イリナは端末に目を戻しクロードに歩くようにジェスチャー。話に熱がこもっていつの間にか立ち止まっていたことを少々反省しつつ、軽い口調で、
「ま、当分先の話よ。大きなことするにはしっかりとした準備が必要だものね。私自身が勉強しなきゃならないこともあるし、サポートしてくれる仲間も集めなきゃならないし……気長な話ね」
肩をすくめてクスッと笑う。
「言っとくがが俺を期待するなよ、そんなメンドくせぇことに」
「あなたみたいに強い人は大歓迎なんだけどね……」
ダメ元で誘ってみようかとした矢先に釘を刺された。内心の舌打ちを隠すように取りつくろう。
「クロードは単純に戦うことが好きなのでしょう? 理想に向かうためにわざわざ制限をした戦いをするってのは、キライでしょう? 私は多分のそれをさせると思う。だからね、……強制できない」
大袈裟に両手を上げる。本音はノドから手が出るほど欲しい。だけど自らが望んでくれないのなら意味がない。信頼できないし、されない。
「……ああ、そう……だな」
歯切れが悪く頷く。理解していないのか? と思い一応補足する。
「演出というかパフォーマンスというか……勝ち方一つにも考えなきゃならないのよ。後々の優位にコトを運ぶために……。どう? わかる?」
「ああ、わかるけど……」
「じゃぁ何? その顔?」
並んで歩いているクロードはひどく苦々しい顔をしているように見えた。なんとく気になり質問する。クロードはあんまり気が乗らないのだが、イリナのプレッシャーに頭をかき、しぶしぶと答える。
「いやな、お前さんの言ってることって旦那に似てるなぁって」
旦那という単語が誰を指しているのか瞬時にわからなかった。誰かを思い出した時にイリナの背中にゾクッ戦慄が走る。クロードの言葉にはそれほどの衝撃があった。
「でもどうして国なんだ? メンドくさいだけで楽しいことが少ねぇーような気がするけどな」
イリナが質問しようとするよりも先に――とくに狙ったわけではない。その証拠に何気ない世間話と言わんがばかりに気楽な体勢で――訊ねてくる。自分の質問を先にするか、自分の真の目的を話すほうがいいのか? と一瞬悩むが後者を選択した。夢を語るのは楽しい、大きければ大きいほど。
「否定はしない。でもその苦労に見合うだけの価値はある、この世界は」
「…………」
わからないのも無理はない。じっくりと聞いてもらいたいがためにあえて遠回しに言っているのだ。イリナはコホンと咳払いをし続ける。
「この世界は帝国が最大の国家で大陸統一を目指している。させまいと共和国を中心とした弱小国家が手を結び対抗しているのが現状。あなたにいまさら説明するほどのことでもないけど一応」
クロードはこっくりと頷く。イリナは一体どれから話そうと考える。妙に胸がドキドキし、気分がノッてくるのを自覚している。今まで口にしたことがなかった秘密の計画。いざ話すと決めると昂揚し止まらないのは人の性か。
「ところであなたこの世界好き?」
「……まぁな。わりと気に入ってる」
突然の話題変換に戸惑うものの控えめに応える。
「私はスッゴク好き!」
多くの男性は自分が好きなモノを声を限りに好きだとは言わない、いや言えないものらしい。他人の価値を認められない人間に強く否定されると激しく傷つき、立ち直りが遅い。それに対し女性は強く、立ち直りも早いのでハッキリと好きを主張すると言われている。故にイリナとクロードの言葉はほぼ似たような意味だ。
「でね、だから私は国を創りたいの。……こういう考え方知ってる? 三分の計って知ってる?」
「……聞いたことない」
一瞬悩むが首を振る。
「じゃぁ三国志は?」
「さすがに聞いたことはあるけど……なぁ」
有名な本だが誰もが読む義務があるわけではない。興味があるものを楽しんで読むことが第一で、次に必要なのそこから何を学んだか。
「簡単に言うとね。私のしたいことはこの世界を3つの均衡した国に分けたいのよ」
「……何で?」
当然の疑問。何度も考えに考え抜いたことを口にする。
「歴史で見る限り1つに統一された国ってのはもってせいぜい数百年で衰退するものなのよ。でも3つの勢力が軋轢を繰り返しながら、刺激しあって、切磋琢磨すれば衰退もせずに長い期間存続できる可能性がある」
「ふーん。……今のままじゃダメなのか?」
「2つだと簡単にぶつかり合って、強い方が勝って統一されておしまい。でも3つなら簡単にはいかない、わかる? もしも二国が戦争する。どっちかが勝とうが負けようが、ううん引き分けでも戦力が低下するのは必然。そこを残った一国に攻め込めば負けるのが目に見えている。そんな恐怖感から大規模な戦争はなかなか起こせない。せいぜい小競り合い程度。国家間に緊張感が高まるけど大きな視点で見てみると世界はバランスがとれていい状態になる」
「………………」
クロードはゆっくりとイリナの言葉を噛みしめるように考える。理解しがたいことなのでどうしてもイリナを怪訝そうな、もしくは不思議な生き物を見るような顔になる。
「そんなことしてお前さんに何の得がある? ゲームなんだぞ。ほっといてもバランスはシステム側がとるだろうに」
もっともな問いだがこれにはハッキリと理由がある。イリナは胸を張るように堂々と応える。
「さっきも言ったけど私はこのゲームが大好きなの。だからね自分の手で護って、運営してみたいと思うの」
譲れないものがある。
広大な視野から見た世界の運営。黒幕となり世界の中枢で暗躍してみたい。そして国家というものに興味があるプレイヤーには3つの異なったタイプの国を選択できるように、また興味のないプレイヤーには国家間の闘争に必要以上に巻き込まれないように気を配る。決して簡単ではないし、マニュアルがあるわけではない。闇夜を手探りで歩くようなものだが、だからこそやりがいがあるし成功した時の満足感は想像を絶する。
「わかってもらおうとは思わないわ。話が話だからね。……私は一プレイヤーの身でありながら制作サイドがするゲームバランスをとる立場ってものに興味を持ってるってこと」
輝く瞳のイリナを見てクロードは後頭部を掻き、ハァーと深いため息をつく。
「やっぱり似てるよ。旦那もお前さんみたいに小難しいコトばっか言ってたからな」
ピクッと反応する。自分があの最強と似ていると言われるのは心が弾む感じがする。ただそれを知られるのは何となく気恥ずかしいので素知らぬ顔を保つ。
「へぇ、そうなの? ……そういえばあの人はどんな感じなの?」
よく考えたら自分がいかにサン・オブ・バトルマスターについて知らないかに気がつく。といってもイリナが無知だというわけではない。戦歴以外は謎に包まれている。
「んっ、勝ちかた一つのも美学を持っててな、最強という称号を誇示するために心理学だの口コミによる伝説の伝わりかたとかをよく言ってた。……お前さん、旦那の名前知ってるか?」
クロードは苦虫をかみつぶしたような表情を見せる。何を言っているのか真意がわからなかったが応えようとして初めて気がつく。
「サン・オブ・バトルマスター……ってこれは称号か。……アレ? 知らないかも」
口に手を当て考え込むがまったく出てこない、。それも当然だろうと腕を組み頷くクロード。
「だろうよ、俺だって知らないんだ」
「へっ? なんで?」
意外な言葉にイリナは目を丸くする。パーティーを組んでいるのに仲間の名前を知らないと言うのは不自然でしかない。クロードは眉間に皺をつくる。
「旦那曰く、伝説には本名は邪魔なんだと。称号さえ有名なら尾ひれがついて一人歩きするから極力隠すに越したことはないんだと」
「ああ、なるほど。最強の称号に神秘性を付加させるってことね」
我得たりと頷く。理屈は非常によくわかる。ただ疑問が残る。
「でもどうしてそこまで? 称号だけでも敵が増えるんでしょう? 有名になればなるほど。それなのになんで?」
「俺もそう思って聞いたよ。そしたらなんて言ったと思う? 『クロードみたいに単純に戦うことの好きな人間には目標が必要じゃないかい? 高ければ高い目標――俗に言う最強が。だから名を隠してるんだよ。……どうしても名前が知りたかったら僕にバトルでもデュエルでもいいから勝ってごらん。そしたらこっそりと教えるよ』ってな。だから旦那の名前知ってるのニーナくらいだぞ、あいつはまだ旦那が俺と会う前に一度だけデュエルで勝ったことがあると言ってたからな」
ますます不機嫌になったのか眉間の皺が深くなる。
問題はサン・オブ・バトルマスターのことであろうかはたまた四天王【空】ニーナだけが知っているという事実だろうか?
そんなクロードに反しイリナはただ、ただ感心する。




