第九話 定休日
いつもは騒がしいカジノ区画、だが今日に限り人通りは少ない。たまに貴族を乗せた馬車がカジノへの道を往復しているぐらいだ。人通りが少なく活気が無い通りは過去に魔王が大陸で暴れていたころを思い出させるようであった。何故この様な事になってしまったのか。魔王ロゴスが勇者に復讐する為に王都を巻き込んで戦争を起こしたのか――、それとも天変地異が起こり人々は避難しているのか――答えは否である。
今日はグランドオープン以来、初めて魔導遊技機専門店『ハデス』がお休みの日。店舗内改装による工事が行われているのだ。以前より告知してあったが、それを知らなかった人はハデスの店の前に来て肩を落とす。この国の一部の人にとってハデスはもう無くてはならない店になっているのかもしれない。だが、ハデスの店の前に書いてある告知を見て彼らは元気を取り返す。店の前にある告知にはこう書かれていた。
魔導遊技機専門店『ハデス』店舗改装による新装開店のお知らせ。
以前より様々な人から要望がありました食事処、休憩コーナーの設置。
食事処では料理人『レオン』が様々な食材を調理して提供。
遊技台の設定を占ってくれる『占いの館』開店。
新台『デル☆スラJP』を大量導入、新機能ジャックポットシステム搭載。
ギルドカードに組み込み出来る会員カード導入のお知らせ。
会員カードは貯玉、来店ポイント、イベントポイントを貯められます。
回胴式魔導遊技機カスタム機能『ハデスロ』実装。
新装開店当日は十二時からの開店となります。ご了承ください。
当日は混雑が予想されますので整理券の順にお並びください。
人々は書かれた告知を見て様々な事を思う。イベントみたいだから出玉がたくさん出るに違いないと思っている人もいれば、なんでここにあの料理人がいるんだよと思う人もいる。占いの館を胡散くさそうに感じている人もいれば、新台や新システム、カードの機能説明を見てワクワクが止まらない人もいた。
いろんな思いが渦巻いているが、人々が最終的に思うことは一つだ。――早く開店日にならないかなぁ。
閑散としているカジノ区画、その入口で警備をしているサムとケンはやることが無さ過ぎてぼやいていた。ハデスがグランドオープンしてからというものカジノ区画はたくさんの人で賑わっており、毎日の様に揉め事が起こっている。警備をしているサムやケンは揉め事の解決に奔走するのが日常であった。だが、今日はそれが無い。そのために暇すぎて入口に立ったまま雑談していたのだ。
そんな彼らの前に一人の男が通りかかる。ハデスの店員であるウィルだ。ウィルは業務連絡を右から左へ聞き流していた為、ハデスが今日から新装開店の為に定休日になることを知らなかった。いつもと同じようにハデスへ出勤しようと店に行ったが、店は閉まっている。工事を監督している親方のゲンさんに邪魔だと怒鳴られトボトボと来た道を帰ってきたのだ。ウィルはサムとケンを見つけると話しかける。
「あ、ケンさんじゃないですか。最近あまり見かけなかったですけど魔導少女サヤに飽きちゃったんですか?」
「おいおいウィル、俺がサヤちゃんに飽きるわけないだろ! 俺がサヤちゃんに会えなくてここ半年どんな思いで仕事をしてきたか……」
涙ながらに語りだすケン。サムは半年間同じような話を何度もされたのでケンのこじらせ具合にも慣れていた。魔導少女サヤに給料全てをつぎ込み、警備隊長よりハデス入店禁止と言われ半年間。それが解けたのが少し前のことである。
「ところでウィル。今日からハデス、工事で休みなんだって? 何が変わるんだか言える範囲で教えてくれよ」
そう話すのはサムだ、最近仕事ばかりでなかなかハデスに行けないので情報が入ってこない。王子来店記念イベントの時も、仕事は真面目にこなしているサムは警護の要請に従いハデス店内で王子の周りを警護していた。あの時は王子の台から見える位置でケンが魔導少女サヤをにやけながら打っており、正直殴りたくなったものである。
「俺も詳しくは知らないんですけどね……業務連絡の集まりの時、早く帰って魔導少女サヤの放送を見なきゃとばかり考えていて聞いてなかったので……」
駄目だこいつ……。サムとケン二人の思考が重なった。ウィルは話しやすい店員の一人で良い奴なのだが、若干不真面目なのが気にかかるところだ。二人があきれた表情で見ているとウィルが続けて口を開く。
「え~と、確かハデス店内に食事処を出すのと。新しい回胴式魔導遊技機と機能の追加。何だっけ? ハデスロだっけな……そんな機能を追加して筐体をカスタム出来るようにしたらしいですよ。魔導少女サヤもカスタムできるとか――」
「詳しく!!」
ケンの叫びにも似た声がウィルの声を遮った。サムは新台について聞きたかったがケンの凄まじい食い付きに対し一歩下がってしまう。
「詳しくと言われてもなぁ……俺も知りたいぐらいだし。清龍さんとオーナーが話しているのが少し聞こえたぐらいなので……」
ウィルの返答に対しがっくりと肩を落とすケン。それとは反対にサムが今度は話しかける。
「龍が話していたんだろ、魔導遊技機大全に載らないかな?」
サムは少しずつだが『ハリケーン』を打てるようになってきている。まだまだ『ハリケーン』を打つ人は少なく、清龍が打っていると隣で話しかけながら打つサムは仲が良い。その為か龍と呼ぶようになっていた。
「さぁ……でも清龍さんが新しい機能の事載せないとは思えないし、載るんじゃないですかね」
そんな話を長々とし続ける三人、警備隊長から怒鳴られるまでその雑談は続くのだった。
三人がそんな雑談をしている裏で王都エルランジに足を踏み入れた者がいる。一人は異世界転生者の男、イルド=ビルメイク。もう一人はイルドに付いて辺境から一緒に旅をしてきた女、ココナだ。二人は辺境の街で生まれ幼いころから一緒に育ってきた。今回王都にある魔導学園に通うことになり、故郷を離れ王都へやってきたのだ。
このイルドという男だが、元の世界では二十代半ばの無職の男であった。パチンコ店で負けて家に帰る途中にトラックに撥ねられ死亡。死後、神様に呼ばれこの世界で辺境伯の長男として転生したのだ。
幼児のころから魔力を上げ続けた努力型のチートである。周りからは天才と呼ばれ、五歳になったとき、家の近くの森で山賊に襲われていたココナを助けメイドにする。十八歳になった現在、魔法を極めるため――改め、学園編に入るためにココナと共に王都へ訪れたのだ。完全にテンプレ転生者である。
「イルド様、これから何処へ向かうんでしたっけ?」
メイド服に身を包んだ女性、ココナが主人であるイルドへと問いかける。
「あぁ、確か王都へ着いたら叔父の屋敷に――」
言いかけたイルドが言葉を失う。この世界には絶対に無いと思っていたもの、そんな単語を街中にある広告で見つけてしまったのだ。その広告にはありえない単語が書かれていた。『新装開店』『新台導入』である。元の世界では毎週の様に見かけたその言葉だが、まさか異世界でその単語を見ることになるなんて――。あまりの驚愕に意識が完全にそちらを向いてしまったのだ。無理もない、元の世界では金が手に入ると必ず通っていたのだから。
「――ド様、イルド様!!」
イルドはココナの呼びかけで我に返る。どうやら魂にまで染みついた養分の精神は転生して異世界に渡っても健在なようだ。
「あ、あぁ。何だっけココナ」
話していた内容など頭から全て抜けてしまっている。視線を宙にさまよわせながらギリギリ返せたのはそんな言葉だった。
「もう! 叔父様の屋敷がって言いかけたと思ったら固まっちゃうんですから」
ココナは頬を膨らませて怒っていた。
「ごめんごめん、ちょっと初めての王都で吃驚しちゃってさ。さぁ叔父さんの屋敷に向かおうか」
そう言いながらイルドは魔導遊技機店『ハデス』の広告をさりげなく取り懐に入れる。ここは必ず行かなくては――そう思いながら屋敷への道を歩く。彼の学園編は思わぬ方向にずれていくのだった。
次回は新装開店となります、整理券の順にお並びください。