#5 ゴーストタイムⅡ
―――退屈な昼休み。
「なあなあ、遠藤」
「なんだよ」
「なんかさ、この学校にも慣れてきて色々と分かってきたんだ」
「なにが」
「この学校のことさ」
「だから何が」
「校内のコトとかだよ。学校の特色みたいな奴さ。噂とかも全部僕の耳に入ってきてるぜ。もう僕は学校のコトは全て知っているんじゃないかなぁ。まるで森羅万象を知り得ることのできた全知全能の神みたいな気分だよ」
どうしてか志村は誇らしげだ。目が輝いてやがる。
「志村、お前が知り得たのは辺境の私立高校の特色だけだから、森羅万象を知り得たとは程遠いし、そもそも『全知全能の神』にとって森羅万象を知り得ているのは必須条件だと思うが。まあ、この学校のことを知っているだけで全知全能の神になれるんだったら、ウチの学校は神々で溢れかえっている聖域か何かだ」
「じゃ、この学校は聖域だな」
お前の基準に合わせるな!
「じゃあ神殿」
「この建物は神を、ましてやお前を祭っているわけではない。ただの学校だ!」
「神宮」
「格式の高い神社にしても無駄だ」
「大神宮!」
「大きくしたところで同じだよ!」
「……祠」
「控えめに小さくしたって変わらん」
「本社」
「いくつかに分かれている神社の中心にして、主神を祭ってもダメだ。何故ならここは学校だからだ!」
「それじゃあ……」
「たとえお前が次に、村社、尼寺、寺院、本宮、支社、分社、末社、大社、末寺、菩提寺、というか、〜寺、〜社、〜院、〜廟と言っても無駄だからな」
「うっ……」
よっしゃ、勝った!
―――なんて、くだらない会話から始まる一日。
なんでこうなってしまったんだろう。
まあ、いいか。
こいつと関わっていると、物凄い勢いで馬鹿になっている気はするが……
……。
チャイムがなる。無駄に長いホームルームでの先生の話が終わり、俺は帰る準備をする。
「真人さん」
後ろから声が聞こえた。その声が男の、いや、志村の声だったなら完全に無視していただろう。
この世に完全なコトなどない、という言葉は誰しも聞いたことくらいはある。恐らくは先人の言葉、としか考えられないが。
その先人の方々は確実に俺よりも人格者だ。
しかし、俺は堂々と声にも出して言うことができる。
―――それが志村の声だったなら完全に無視していただろう。
「真人さん?」
俺に声をかけてきたのは、綾乃だった。
「あ、悪い悪い。今、ちょっと猿のこと、いや、ゴキブリのことを考えてた」
「真人さん、一人だったらそんなこと考えてるんですね」
あ、なにか誤解された?
確かに遠藤さんは只者じゃないとは思ってましたけど、と綾乃は言う。
美鈴は好き勝手に人の心を読んで、勘がいいなんてレベルじゃないが、こんな場面だと逆に心を読んで欲しいと思っちゃうよな。
「いや、ゴキブリの様な人間のコト」
「人間の様なゴキブリですか⁈」
「普通の人間ではあり得ない聞き間違いをするな!」
普通にキモいわ。なんだよ、人間の様なゴキブリって。
人間の様に二足歩行か? 喋るのか? 生活感があって、本を読んだり、遊んだり……
ゴキブリが?
……おぇ……
「ふふ、自爆しましたね。大爆発ですか?」
「大爆発じゃなく、内部で細かい爆発を繰り返してるみたいだよ。それと、自爆じゃない。少なくとも爆破スイッチを押したのはお前だ!」
精神的爆破スイッチ。
「真人さんの爆破スイッチ。そんなものがあるなんて知りませんでした」
「誰しもが持っていると思うぞ」
俺は押されるまで気づかなかったけど。
「もう一回押してみてもいいですか?」
「たぶん次はもう大丈夫だ。それは1発限り。使い捨てだ」
「ポチッとな。『想像してみてください。人間の様なゴキブリ』」
ナレーションの如く綾乃は言った。
何気に上手い。
……が、そんな軽い気持で押してはならないスイッチを押すな!
「別にいいじゃないですか。スイッチのひとつくらい。誰だって押しますよ」
「押さないと思うが」
「いや、押しますね。流石の真人さんも押しちゃうと思います」
えいっ、えいっ、と綾乃が俺を指先でつつく。
綾乃は妙に頑固なところがあるんだよな。いつもは控えめのくせに、こういうところは引かない。
しかし、頑固、という言葉が適切かどうか分からないな。意思を貫いているのにマイナスの言葉。うん、間違ってはいない。
大体『頑固』って言葉自体、頑なに固いってコトが意味が重なってるみたいで俺にその硬さを強調している。
頭が頭痛で痛い!って言ったら意味が被り過ぎている、というのはすぐ分かる話だけれど、その言葉を発した人の痛いという思いは、単に『頭痛がする』というよりも伝わる気がする。
『頑固』も同じようなものか。
そういうことも踏まえて、妙なところで『頑固な』綾乃ちゃんである。
「じゃあ、綾乃。目の前に絶対に押してはならないと言われている真っ赤なボタンが目の前にあったとしよう。どうする?」
「素知らぬフリをして、そっと押しますね♪」
そっか。良かったぜ。お前の目の前に核発射ボタンが無くて。
あったら世界は滅んでいる。
「というか、真人さんも絶対に押しちゃうと思います」
「押さねぇよ」
「たとえそれが世界を救い、愛する人を守るためのスイッチでも?」
「……押すかも」
「良かったです。真人さんの目の前に、『それは世界を救い、愛する人を守るためのスイッチだ』なんて唆して来る悪い人と核発射ボタンが無くて」
まずあり得ねぇから!
……。
「ところで綾乃。何か用か?」
「そうです! 真人さん。ちょっと訊きたいことがあって」
訊きたいこと?
「なんだよ、訊きたいことって」
俺は近くの椅子に座る。綾乃もそのすぐそばの椅子に座った。
「訊きたいこと、というのは噂のことなんですが……。真人さんも知ってますよね、最近の噂」
噂か。
噂というと、例の俺が極悪非道って噂か?
確かにそれは誤解だし、本人に訊きたいこともたくさんあるだろうけど、今更って気も。
「それは完全な噂で、でっち上げだ。お前は何も気にすることは無いし、こっちから何かする必要も無いさ」
「そうですか。かなり気になる内容だったので心配だったのですが、真人さんがそう言うなら安心ですね」
かなり気になる内容って。
どこまで膨らんでるんだ?
「だけど真人さん。もし噂が本当だった時は、私達がしっかり対処しましょうね」
「……は?」
?
それってどういう―――
「じゃあ、真人さん。お気をつけて」
そう言って綾乃は笑顔で去っていった。
(結局なんだったんだ?)
入れ替わり、美鈴が俺の所に来ていた。
そして、さっきまで綾乃が座っていた椅子に座る。
「ねぇ、馬鹿」
「美鈴、お前は今、俺を馬鹿にするためにここに来たのか?」
「はあ? 馬鹿じゃないの?」
馬鹿二回目……
「まったく。美鈴、お前と違って綾乃の一言目はそんなんじゃなかったぞ」
「ゴキブリトークよりマシじゃない」
美鈴は軽く笑いながら言う。
さっきまでの俺たちの会話を聞いていたのか。
「どうやら貴方、話が食い違ったまま、会話が終わったみたいじゃない」
「やっぱりか」
客観的に見てもそうなんだな。
俺としたことが。
「綾乃は何の話をしてたんだと思う?」
「さあ、さっぱりね。と言いたい所だけど、言いたかった話題については知ってるわ。あたしの近くにいた人達が話してたの。その噂」
「どんな内容だったんだ?」
「まあ、大したことでもないんじゃない? 内容も内容だったし」
「へぇ。どんな内容なんだ?」
「そのうち分かると思うわよ。噂だし」
結局、言う気は無いんだな。
「分かったよ。ありがとう」
美鈴は少し微笑んで、こっちを見ながら立つ。
「感謝しなさいよ。それと、何かマズいことがあったら相談すること。いい?」
「なんだよ、相談って」
お前は俺の親か。
「貴方って、自分が思っている以上にトラブルメーカーなのよ? 貴方が思っている以上に、……異常にね」
「へいへい」
面倒だな……。
ただ、今まで迷惑をかけられてきたし、迷惑をかけてもきた。
―――だから。
今更だよな。
「まあ、噂を聞いたらまた話しましょ。肝心の貴方が知らないんじゃ話にもならないじゃない。そんなことより、今日はどうするの? また志村と遊んで帰るの?」
「いや、遊んでるっていうか、絡まれてるだけだよ。今日は志村に捕まる前に帰りたいな」
志村、めんどくさい。
「じゃ、帰りましょ。真人は放っといても友達ができるのは分かったし」
「だからお前は俺の保護者か!」
その帰宅中。
俺は出逢ってしまった―――志村と。
「お、遠藤と石田じゃん♪」
不覚。
志村に話しかけられずに校門を出れたことで安心していた。
考えてみればそうだ。校門まであの志村が絡んでこない。それは確かにそんな日もあってもいいかもしれないが、単純に、先に帰っていたと考えても良かったものだ。
それにも関わらず、学校から逃げるように早足で歩いていた俺達は志村に半ば追いついてしまったのだ。
その上、(運悪く?)志村が不意に振り返ったから、鉢合わせした形になった。
視界の先から、
「おーい、遠藤ー」
と声がする。
「ほら、呼んでる。行ってあげたら? あたしは帰るけど」
「帰るんじゃなくて、逃げるんだよな?」
「悪い?」
「良くはない」
美鈴が少し不機嫌そうな顔になる。
「何やってんだよ。遠藤」
「今、帰ってるところ。お前は?」
「僕もだよ。一緒に帰ろうぜ」
いつも通りのやり取りだ。
美鈴は俺を『トラブルメーカー』と言ったが、この志村こそ、俺にとってのトラブルメーカーに違いなかった。
『トラブルメーカー』志村。
なんで、こう、俺の周りにはそういうやつが集まってくんのかな……。
と――――――そこで志村が何かを言っていた。
「おい、真人。いいのか? 美鈴ちゃん」
「ん?」
美鈴が先に帰っていた。しかも走って……
もしかして美鈴って、人見知りなのか?
人見知り。
この一つで色々と辻褄が合ってしまうかもしれない。
俺の友達作りの時とか。確か手伝うとか言いながら、実際肝心なところは遠くから見ているだけだったよな。
そういや、俺と初めて会った時も様子、おかしかったんだっけ。
「追いかけなくていいの?」
「ああ。美鈴は人見知りなんだ」
と、答えておく。
ひとまずは、そういうことにしておこう。
さておき。
俺は視線を志村の奴に戻す。
さてと。こいつをどうしよう。
「ああ、のどが渇いたな」
「俺は出さないぞ、金」
すると、志村はニヤリと笑って近くの自販機を指差した。
自販機の前にうちの学校の後輩らしき生徒が二、三人立っている。今から買うところだろうか。
「あいつらに出させようぜ」
「……おまえ」
「名案だって? 照れるじゃないか」
「最低だな」
「はは、そうだろ、そうだろ。僕って最低さ! ……って最低?」
「ああ」
なぜお前が一瞬誇らしげだったのか、分かんねぇよ。
「え、だって、僕も君も同じ不良仲間じゃないか」
「悪いな。俺は正義の味方じゃないが、悪の仲間でもないんだ」
「悪じゃない! ……チョイ悪だ」
「別にチョイになったって、やってること変わんねぇんじゃ意味ないからな」
「ちっ」
と言いつつ、志村一人で自販機に向かう。
止める気にもなれない。―――というか、あいつのことだ。どうせ……
数分後。志村が帰ってきた。
ジュースの一本すら得ることのできなかった両手をぶら下げて。
のこのこと、
すごすごと、
とぼとぼと帰ってきた。
よし、憐みの視線を送ってやろう。
「うっ……」
「まあ、志村。人生いいことばかりじゃないさ」
励ましてみる。
我ながらいいことを言ったんじゃないか?
「……」
「どうした? 志村」
「そんな……」
「?」
「そんな目で俺を見るなああああぁぁぁぁ!」
―――志村の言うには。
「僕はあいつらに言ったんだ。『ちょっと君たちいいかな~? 僕ちょっとのどが渇いてるんだ。君ら、いくら金持ってる?』って。そしたらさー、あいつらすっごい僕のこと嫌な目で見てくんの。ちょっとイラってきちゃってね、軽く脅してあげようかと思ったんだ。それだけだったのに」
……。
「僕が拳を見せた途端、体の自由が効かなくなって、気付いたら地面で寝ていたよ。ははは……なんでだろうね」
とのこと。
俺の目が正しいならば、志村は腕を掴まれ投げられていた。
相手が悪かった。ただ、それだけだろう。
後輩とはいえ、年の差はせいぜい1つ。力の差はそんなにない。校内では、周りが気になり反抗しない後輩も、校外では違うということか。
しかし、そんなに強そうに見えなかったけどな。あの後輩君。銀髪という点を除けば。
人は見かけによらないな。
いい教訓になった。
「おい、志村。お前を見て他の人が間違って勘違いしないように、あだ名をつけてやるよ。ニックネーム」
「……お、おう。いいじゃん……」
「じゃあ、改めてよろしくな。クズ」
うっあああぁぁぁぁーー、そんなニックネームは嫌だぁぁぁぁ!! というクズの声が聞こえた気がした。
「遠藤、面白い話があるんだ」
「笑える系? 感心する系?」
「笑える系ではないな。興味を持つか持たないかだ」
なんだ、笑えないのか。
「遠藤さ、心霊現象って信じるか?」
「信じるかって」
信じるか?
信じるも何も……俺はこの目で見ている。綾乃もいる。信じざるを得ないじゃないか。
なんて言えないか。
そもそも、そんなことがあるまで信じてなかったわけだし。
「んなもん、あるわけねぇだろ。幽霊なんていない」
「それがな…」
「なんだよ」
「いるんだよ。幽霊。この学校に」
「え?」
まさか、綾乃がばれたのか?
というか、ありゃ幽霊というより妖怪って気がするんだが。
「それってお前が見たのか?」
「いや、噂だよ。噂」
―――噂…………噂!
これが、その噂。
「けどな、遠藤。この噂、どうやらマジっぽいぜ。この間、突如グラウンドに生えていたという大木と関係があるんじゃないかって。その前日、奇妙な雰囲気、物音があったって。そのずっと昔からこの学校にいるって話はあったらしいんだけど、この間の大木事件がキッカケでまた話題になってるんだよ」
なるほど。マジっぽいな。
綾乃の心配も頷ける。
しかし、今この現状、適当にはぐらかしておくのがベストか。
「またそんな話か。うちの学校はミーハーな奴らが多いんだよ」
「なんだ? まるで僕がその一員みたいじゃないか」
「違わないだろ。クズ」
「僕はクズじゃない! それで大木の件も謎のままだし、この噂面白そうだよね?」
完全に興味を示している。
まずいな。
このまま首を突っ込んで、化け猫とバッタリあったりして、このクズが食べられでもしたら……
それはそれでいいんだが。あんまりいい気もしない。
だいたいそんなことがあったら、朝、気持ちよく起きれなくなるじゃないか!
遅刻したら、怒られるしなぁ…
「確かに面白そうかもしれないが、悪いことは言わない。やめとけ」
「いや、僕はやめろと言われた方が燃えるタイプだからね。頑張るよ」
それ、道を踏み外す思考パターンだから。
「お前にもしものことがあったら、俺の明日の朝がモヤモヤした気持ちになるじゃないか。なんとなくヤだよ」
「僕って、その程度の存在っすか」
「そんなもんだろ」
しかし、本当に関わったらどうなる?
この件に関しては俺も何も知らないからな…
「あー、けど、本当にやめとけよ。関わるのは」
「だからさ、何でだよ」
少し不機嫌に言う。
志村自身はどうしても気になるようだ。いや、気になって気になって仕方がないくらい。
夜、寝る際、時計の秒針の音に一度気付くと、それまで気にもならなかったのに、えらく五月蝿く聞こえてくる。
気付かなければ、気にならない針の音。
まさに今の彼がその状態。
「わかった。じゃあ、関わってもいい。……どうなろうと、俺は知らないからな」
「おっけ。ふふ、近いうちに幽霊には足があるのか教えてあげるよ…」
どうでもいい…
俺は、彼を―――志村を放っておくことにした。
彼が何をどうするのか。否、そもそも、彼がどうやって幽霊の情報を得たのかも知らず。
まあ、そんなこんなで普通に帰宅し、部屋に戻った。
次の日も俺と美鈴はいつもと何も変わらず家を出た。
全く変わらないわけじゃないが、大きく違うわけでもない。いたっていつも通り。
学校に着くや否や、志村が絡んでくる。
―――いつも通りに。
そして、いつも通り、当然日々違うことを話す。いい話も嫌なことも。
「遠藤、幽霊のことについて分かったんだけど……」
話したくない話題。
「その前にさ、遠藤。いや、綾乃ちゃんと美鈴ちゃんもだけど……」
……。
「遠藤ってさ、やっぱ、本当に何者なんだよ?」
なんだ…?
幽霊のことが分かった? そんなことよりも俺?
「なんの話だよ。一体…」
「いや、僕も詳しくは知らないし、教えられないさ。ただ遠藤は、なりたての……超能力者だって」
どうゆうことなんだ?
どうゆうことも、こういうことも無い。ただ、志村は幽霊を調べているうちに、俺達のことを知った。ただそれだけ。
問題は、それをどうやって知ったか、ということだ。
「はは、何のことかさっぱりだぞ、志村。らしくもない。いや、逆にお前らしいか。超能力者だって? 超能力なんてあるわけないだろ。デマだよ、デマ」
白を切る。そうするしかない。
「嘘だろ、それ。情報は確かなんだ」
「どこからの情報なんだよ」
「……秘密って言われてるんだけど、遠藤にだけ特別に教えてやるよ」
……志村、口軽いな。おい。
「学校の裏に小さな丘があるだろ? その近くの小屋に真夜中行ったら、世界の全て知ってる不思議な爺さんがいる、って噂があったんだ。胡散臭いだろ? 僕も信じてなかった。まったくと言っていいくらいだね。だけど、気が付いたら、僕はその爺さんがいるという場所まであるいてたんだ。自分でも不思議だったね」
「それで……いたのか? その爺さん」
「いや、いなかったよ」
やっぱガセ?
「じゃあお前は一体どこから」
「違うよ。爺さんはいなかった。ただ、変なオッサンがそこにいたんだ。タキシードを着た不思議なオッサン。顔はどこにでも居そうな普通のオッサンなんだけど、とにかく雰囲気が奇妙な感じなんだ。あ、そのオッサンの所に行って僕がオッサンを見つけたのと同時にオッサンは僕を見て歩いて近づいてきたんだ。そのとき気づいたんだけど、片足は義足だったよ。そんな変なオッサン」
「確かに変だな」
変すぎる。
「そのオッサンが教えてくれたんだ。学校に幽霊はいるって」
「幽霊……霊」
志村が少し妙な顔になる。
「それと」
「それと……」
「遠藤が……、いわゆる超能力者だって」
「違うよ、俺は。そんなんじゃない」
間違っていない。俺は……まだ、超能力は使えない。
正直、使えるようになるのかも分からない。超能力の存在は信じている、というか疑いようもないものになっているけど、俺が使えるかどうかといったら違う。
俺は使えない。まだそんな『力』は『無』い、無力な俺だ。
だから素直にノーと言える。
「本当に違うのか?」
「ああ。なんだ、お前、身近な人間より見ず知らずの人間の言葉を信じるのか?」
「べ、別にそんなわけじゃないけどさ」
「じゃあいいだろ、そんなことさ」
「……そうだな。遠藤がそう言うならいいか。そうだよな」
ふう、と一息ついて志村が自分の席に着く。
どうやらすっきりしたらしい。
「気になるわね。そのオッサン」
美鈴にさっきの話をした。
話している途中もこちらを見ていた。まあ、内容も内容だからな。
「美鈴も心当たりないのか、そんな人」
「ないわよ。あったら、その人、立派なルール違反だもの」
「ルール違反?」
「この業界の法律みたいなものよ。秩序を守るために存在はしているわ」
「法律みたいなもの……ね」
秩序を守るためのもの。そうならば、美鈴がやたらと人の心を読むのはありなのか、と思った。
「まあ、その人より、幽霊を優先した方がいいのかしら?」
「そうだな」
そう、幽霊。
俺達も遭遇したことがある。襲われたこともある。……ある意味恐怖体験だったな……
彼らの定義している幽霊は俺達の想像より遥かに幅があり、幽霊というより―――化物じみているものも多いだろう。
俺らが見た幽霊や妖は、一言で表すとやはり化物だ。
そんな化物が、今、この学校にいるかもしれない。
もし、いないとしても、
「そんな、あたし達にとって現実味のある噂が立つ何らかの原因がある。そう考えるべきね」
「やっぱりそうだよな。とりあえず、綾乃の所に行ってみるか」
それしかないわよね、と軽く返事しながら美鈴が歩き出す俺について来る。
「―――ということなんだが、どう思う。綾乃」
「本来ならこのようなことは大した問題じゃありません。真人さん達が心配することではないんです。本来なら、ですね。ですが、どうやら今回の件は何かおかしいみたいです」
綾乃が椅子に座って、ゆっくり話す。
「今日は金曜日。明日から休みだから、明日話しましょう」
そう言って綾乃は教室内に目配せする。
俺達が登校してきた時間は早かったのだが、ずっと話していたからか、いつの間にか教室はざわつきを取り戻していた。
「そうだな。今ここで話すのもな」
「ねえ、幽霊って夜しか会えないの?」
美鈴が腕を組む。
「そうですね……。別に夜しかいないというわけではないのですが、基本的に向こうが夜にしか会ってくれないと思います」
「会ってくれない?」
「はい」
「会ってくれないって……」
「基本的には会ってくれません。シャイだから」
シャイだからかよ!
もっと、こう、霊的能力がなんとかとか、夜じゃないと存在がなんとかって言わないの?
というか、もういっそ、そう言ってくれよ!
「……ああ、もう! じゃあ、もうごちゃごちゃ迷うこと無いわね。行きましょう! 今日の夜!」
美鈴は意を決したように声を張り上げた。
「どこへだよ」
聞かずとも分かっている。
俺にとって、いや俺たちにとって、ちょっとしたトラウマになっている。
そう。
「よ、夜の学校よ!」