12 下位貴族令嬢の悲嘆
望まぬ妊娠の描写があります
「最近、アラヴィス様とお会いしていないのですが、どうなさったのでしょう?」
「あら、ご存じないの?
あの方はご病気で、タウンハウスに戻ってらっしゃるのよ」
「まあ! 存じ上げませんでしたわ!
まさか、コントラ熱……?」
「そうではないわ。コントラ熱だったら、また学園を閉鎖する騒ぎになるもの。
前から食欲がおありでなかったから、胃腸のご病気ではないかしら」
「そうなのですね。
寂しいけれど仕方ありませんわ。しっかりご病気を治していただかないと。
またあの方と、おしゃべりするのを楽しみに待つことにいたしましょう」
夏期休暇直前の、初夏にしては陽射しの強い休日。
王都の、貴族のタウンハウスが集まる区画にて。
南方辺境伯の所有する屋敷の一室で、少女たちは対面していた。
「今日はお暑いなか、ようこそお越しくださいました。
どうぞ、冷たいものでも召し上がってくださいませ」
「アラヴィス様。
本日はお招きしていただき、ありがとうございます」
夏のドレスを着たカルキアが、緊張の面持ちで挨拶をした。
普段のくだけた口調は封印している。
非常に繊細な話をする予定であるため、男子は来ていない。
ラウルスと関係があると投書にあった人物、アラヴィス・プルーブン。
美しい少女だった。
どこか儚げな、優しくおっとりとした顔立ち。
豊かな胸の下で切り返した白い涼しげなドレス。
濃い金髪はいくつかの束に分けて、飾りのリボンと共にゆるく編んで下ろしている。
メイドが、ガラスのティーポットに入れた冷たい紅茶を注いで回った。そのまま壁際に下がる。
この場の女主人であるアラヴィスに目礼し、カルキアはグラスのお茶に口をつけた。
美味しいです、と言ってから、できるだけ自然な口調で続ける。
「休暇に入る少し前から寮を出て休学しておられたので、お見舞いをと思いこちらへうかがいました。
体調不良とうかがったのですけれども、お元気そうでほっとしております。
秋には復学されるご予定ですか?」
微笑んでいるが、残酷であろう質問をしたことへのためらいがある。
アラヴィスは目を伏せたまま、カップのお茶を一口飲んだ。
そっとソーサーに置き、顔を上げる。
しばしの逡巡ののち、口を開いた。
「いいえ。
私は、このまま学園を退学するつもりでございます」
押し殺した声で、続けた。
「私は……子を、身ごもっております」
あまりに重い事実。
それを口にしたために、柔らかな唇が震えていた。
カルキアが息を呑んだ。
投書やラウルスの言動から予想されていたことではあったが、やはり本人の口から聞くのは衝撃だったのだろう。
客には冷やした紅茶を供しているが、自身は温かな、刺激のないハーブティー。
髪を結い上げない、いつでもすぐ横になれる髪型。
腹部を押さえつけないデザインのドレス。
ヒールの低い靴。
それらの示すところは明らかであった。
「そ、それは、どうして──。
どうして、その、そのようなことになったのか、お聞きしても?」
カルキアの顔も青ざめている。
「ラウルス殿下のお子でございます──信じていただけないかもしれませんが」
「いいえ、いいえ!
殿下の良くない行動は幾度も目にしております。
まさかここまでとは思っておりませんでしたが、アラヴィス様は嘘をつく方ではございません。
殿下がこのようなことを……なさったのですね」
「はい。
最初は親しげに声をかけては度を超えて親密になろうとしてこられました。
私はきっぱりと断っておりましたし、生徒会の皆様も何度も注意してくださいました。
ですが……」
アラヴィスの目に涙が浮かぶ。
「私の姉は、王宮に女官として奉公しているのです。
それを知った殿下は、姉の立場を危うくしたくなければ……身を、委ねろと……。自分には、姉を取り立てることも馘首することもできる、
姉は、とても優秀で、努力家で、私たち一族の誇りなのです……!
私が、我慢すればと……ただ一度だけだと念を押して……っ」
言い切れずに嗚咽が漏れた。
匿名の投書は正しかった。
もっともこれらの告白が嘘で、アラヴィスからラウルスを誘惑した可能性も存在はする。
ただそれをしたところで、彼女にはリスクがあってもメリットはほぼない。
この手のトラブルが起きた時、女性側の立場の方が弱いからだ。結婚や子の認知はもちろん、金銭的な補償も滅多に受けられない。
ましてや相手は王家である。王族に対する恐喝や国家に対する反逆として、逆に断罪される恐れもある。
現実問題としては、泣き寝入りするしかないのだ。
「殿下は、『処女の初めての行為で、妊娠することはない』とおっしゃいましたが、その一度でこのようなことに……。
幸い、と申しますか、過ちはその一度だけでした。
その後は私に興味を失ったのか、アドラータ様につきまとうようになったのです」
最初の一回は妊娠しないだとか、そんな訳はない。
やらせて欲しい男のあからさまな嘘である。
聞いているカルキアの、グラスを持つ手が震えていた。
「なんてこと……!
会長を止めるんじゃなかった。
あのまま決闘してもらうんだった……!
そうすれば殿下を殺せたのに……!!」
あまりの怒りに、マオロを止めたことを後悔するカルキア。
「いや、それはそれでまずいことになるので、止めたのは正解だったと思います」
アラヴィスが細くため息をついた。
「先生や生徒会の皆様には、色々とお世話になりました。相談させていただいたり、殿下について配慮くださったり……。
そのご親切にお応えできずにこのようなことになってしまい、本当に申し訳ございません。
私が愚かだったのです」
被害者であるアラヴィスの方が先に冷静になったので、カルキアも若干落ち着いた。
「では、このまま領地に?」
「秋ごろには安定期に入りますので、そこで領地に戻ります。それまではここに。
今は分家筋の娘ということで、辺境伯のご厚意でこの屋敷にお世話になっております。屋敷の方々には本当に良くしていただいて……。
領地に戻って出産して……その後はどうなるか分かりません。
修道院に入るか、子を置いてどこかに嫁ぐか……子供と別れたくはございませんが、ともかく、父の決定に従います」
「そうですか……おいたわしい……。
他家の人間が口出しすることではありませんが、お子様について、ご実家はどのようにお考えですか?」
「うちは昔ながらの地方貴族ですから。
たとえ父のいない子でも、私の子は一族の子です。
プルーブン家の一員として、私や私の父母や親族の皆で慈しみ育てると言ってくれています。
……でも、娘を傷物にされた怒りと悔しさも言っていて……両親にこのような苦しみを与えてしまい、本当に申し訳が立ちません……。
それに我が子も成長して世間に出れば、婚外子として肩身の狭い思いをするでしょう。
それが不憫でなりません」
昔ほどではないが、婚外子やその母の社会的地位は低い。
現実にはたくさんいるのだが、結婚せずに子を産んだ女であるとかその子供であるといった評価は、一生ついて回ることになる。
「思わぬことによって、友人とも別れなければならなくなりました。
ですが、彼女たちにもこのことは申しておりません。
お世話になった貴女方、生徒会役員の皆様ならばと思い、このように恥を忍んで申し上げた次第でございます。
子を産んだとなれば、いずれ学園の方にも知られるかとは思います。
ですがそれまでは、このことはどうかご内密にお願いします」
「もちろんです。
また、お友達や私たちにもお手紙をください。
手紙でも、他の人たちとたわいもない話をすれば、気が晴れると思います。もっと大事な相談でも構いません。
どうか今は、ご自分とお子様をいたわって、出産に備えてください。
私たち、貴女とお子様の健康をお祈りいたします」
アラヴィスが、涙を浮かべながらも微笑んだ。
「ありがとうございます。そのお言葉が、私の力となります。
これが最後の機会だと思いますけれども、お話しできて良かった。感謝いたします」
数日後の夜。
食堂から男子寮へ戻る道すがら、エクエスはある人物に呼び止められていた。
門限に近い時間帯で、2人の周囲に他の生徒はいない。
「何の用だ。
今日は部活が長引いたので、早いところ休みたいのだが?」
「ちょっとした申し出があるのです。
男爵令嬢アドラータ・ログウィーについて」
「……話を聞くだけは聞こう」
その求めにエクエスが応じ、2人は道から外れて茂みに囲まれた東屋に入った。
長話を求めていないからか、エクエスが立ったまま話をうながす。
「今、彼女が居心地の悪い立場におられることは、ご存じですね?
『ラウルス殿下を誘惑し、婚約者から奪って結婚しようとしている』と、もっぱらの噂です。
そんな醜聞を打ち消し、彼女の名誉を回復する。
そのためには、エクエス・エキュー。
貴方がラウルス殿下から彼女を奪い返し、婚約者となればいい。
貴方なら、それができるはずです。
いかがですか? 彼女のために、一肌脱いでいただけませんか?」
その提案に対して、エクエスは不機嫌に鼻を鳴らした。
「ふん、恋敵として王族と争えと?
アドラータ嬢はまだ13歳だ。
恋愛だの結婚だのを考える相手としてはあまりに幼い」
「でも貴方も、その13歳の子供に言い寄っていたではないですか」
「それは誤解だ! いや事実ではあるが!
俺はてっきり同学年か、あるいは年上だと思っていたのだ!
あの見た目で13とは思わないだろう!」
エクエスにしては珍しく、かなり焦っている。
幼女趣味の称号は欲しくないようだ。
「それはまあ同感ですが」
「そのことと、マオロとの勝負に負けたことで、俺は彼女と距離を置くことにした。
言っておくが、勝負云々を抜きにしても、今はアドラータ嬢と関わるつもりはない」
「彼女を愛してはいないのですか?」
「どいつもこいつも人の恋愛事情を聞きたがる……。
いいか。俺がでしゃばってラウルス殿下とアドラータ嬢を奪い合うのは、悪手でしかない。
あの殿下がそんなことで手を引く訳はない。あれはライバルが現れたら余計躍起になる男だ。
それに彼女は、ただ攻撃されっ放しの女性ではない。本人の気も相当強いし、友人や生徒会のような頼れる人間に恵まれている。
解決したいなら、俺よりもそいつらに頼むんだな」
「…………驚いた。
貴方が、自分よりも他の人間を高く評価するなんて」
「そう言えばそうだな。
だが事実だ。
もういいか。俺の話はそれだけだ」
エクエスは相手の返事を待たずに背中を向け、寮へと帰っていった。
登場人物一覧
アラヴィス・プルーブン
南方辺境伯の重臣の娘。
鳥を意味するラテン語 avis と、鉛を意味するラテン語 plumbum から。
美しくて、どこか遠くへ行ってしまうイメージだったので、鳥を名に冠しました。
カルキア
生徒会役員。女子。
本来ならツッコミ担当だがそんな空気ではない。
マオロを使ってラウルスを殺すのはやめましょう。
メイドなど
いるけど空気。
エクエス・フォルケス
俺様強気バンカラ。
最近「アドラータのことどう思ってるの? 好きなの?」と聞かれることが多い。
ある人物
ある人物。
今回は、エクエスにロリコン疑惑を吹っかけた。




