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眠れる君に出会うまで  作者: 里凪


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二人の秘密(9)


(……レンは、“ミランダ”を知っているのかしら?)


 私はそっとレンの顔を窺い見たが、彼の冷静な表情からは何も読み取れなかった。


「……ミランダ……さま?」


 そう言って、エレノアは怪訝そうに眉をひそめた。あまりピンときていない様子だ。しかし、既に事情を知っているであろうスペンサー伯爵は、深刻な表情を見せていた。


 ローレンスがちらっとステファンに視線を向けると、それに応える形でステファンが話し始めた。


「ミランダ……さまは、非常に権力欲の強いお方です。本来は弟であるアスター公爵を支えるお立場なのですが、支える気など微塵もなく……むしろ邪魔することが生きがいという有様でして……。『女性であるが故に、自分は爵位を得られなかった』。その考えに固執されており、貴族社会への強い敵意をお持ちです。その一方で、アスター家の人間であることは最大限に利用されました……。『弟に爵位を譲るなら、自分にもそれなりのものを』と父親を説得し続けたことは、アスター家の中では有名な話です。結果……ミランダさまはアスター家の領地の中で最も肥沃な土地を手に入れましたから、父親への働きかけは実際に功を奏したのでしょう」


 爵位を得られない人物が、別の物を手に入れる。

 どこかで聞いた話だ。

 私の心にモヤモヤとした感情が浮かび上がった。


(そうだ……スペンサー伯爵の弟マークだわ。彼はユニーヴェリアの領地運営を任されたことで、土地の権限を手にしたのよ。その発端は、父親がマークをなだめたかったせい……。責任感を持たせたいって理由もあったにせよ、結局マークは不正をしたのよ? 彼に任せたのが間違いだったんだわ。アスター公爵の父親も、土地を与えることでミランダをなだめようとしたのかしら? でも……それだって判断ミスなんじゃないの?)


 そして、ステファンが続けて話した内容は、まさに私の考えを肯定するものだった。


「肥沃な土地は豊かさをもたらします。そのおかげで、ミランダさまは莫大な富を手にしました。つまりは……アスター家の繁栄と領民の生活を守るために活用されるべきものが、ミランダさまの手に渡ってしまったということです。豊かさ自体は大変素晴らしいものです。ですが、それは使い方によって善にも悪にもなる。ミランダさまは、手に入れた富を交渉材料や人を操るために利用しました。そうして私腹を肥やし続け、支持者をも集めていったのです。ミランダさまの『私に従順ならば褒美を与える』という姿勢は、なんとも単純明快です。私自身は『金が物を言う』という考え方を好みませんが、ミランダさまの生き方はまさにそのもの……。残念ながら、アスター家の中にもミランダさまを支持し、協力する者はいます。それによってアスター公爵の立場が脅かされることはありませんが……厄介であることに変わりありません。アスター公爵がされることに何かと文句をつけ、周囲を巻き込んでは事あるごとに邪魔しようとされるのですから……」

「それでは今回の噂の件も……何らかの理由でアスター公爵を邪魔するためなのですか?」


 エレノアの質問に、ステファンは重苦しい溜め息をついた。


「噂の背後にいるのがミランダさまだとは突き止められたのですが、その目的については明らかではありません。単なる嫌がらせなのか、何か企みがあるのか……。最近ではイヴォンヌ嬢の良からぬ噂も広まっていますから、そのような方と婚約されたとなれば、ローレンスさまの評判に悪影響を及ぼすことにはなるでしょう。それにより、ローレンスさまに爵位を譲ると決めていらっしゃるアスター公爵に対しても判断を疑う声が上がる可能性があります。確かにミランダさまは、そうした状況を面白がるでしょうが……単純にそれが狙いだとは思えないのです。あまりにも手が込んでいますから……」


 ステファンの話を聞きながら、私はレンを見習って懸命に冷静さを保とうとしていた。ローレンスがステファンに説明を任せきりにし、頻繁に私の様子を確かめていたからだ。

 彼は何度もこちらに視線を向けては、私の表情を探っているようだった。それがアンドレアを気遣っているからだとわかっていても、私自身はステファンの話に妙な反応をしないようにと気が抜けない。


 ステファンが慎重な口ぶりで言った。


「……どうにかして、ローレンスさまとの関わりを持とうとされているのかもしれません。実はローレンスさまがお生まれになった際、ミランダさまはアスター公爵に対して歩み寄りの姿勢を見せたのです。『可愛い甥のため、今後はアスター公爵を支える』と宣言され、爵位を継ぐローレンスさまのためにと、優秀な家庭教師まで雇い入れました。しかし、アスター公爵はミランダさまの言葉を鵜呑みにはされませんでした。念入りに調査してみると、ミランダさまが雇った家庭教師は立派な経歴を持ってはいたものの、ミランダさまの息がかかった人物だったのです。その家庭教師を問い詰めたところ、ミランダさまから指示された内容をローレンスさまに教え込む予定だったと白状しました。要するに……一種の洗脳を企んでいたのです。ミランダさまの考えに同調し、ミランダさまに味方し、ミランダさまに従う……そのような人間に育てようと画策されたのでしょう。ローレンスさまを手中に収めれば、実質的な支配者になることも可能になりますから……」


 軽く咳払いをしてから、ステファンは続けた。


「その家庭教師が教え込んだところで、ローレンスさまがミランダさまに同調するような人間になったとは思えませんが……ミランダさまが卑劣な企みを抱いていたのは事実です。当時、公爵夫人がミランダさまに猛烈な抗議をされたのですよ。それまで、どんなにミランダさまから意地の悪い言葉をかけられても黙って耐えていた公爵夫人が、その時ばかりは牙を剥いたのです。その剣幕は、ミランダさまも一瞬怯むほどでしたね。それはそれは息子を利用されてたまるかという気迫に満ちていらっしゃいました。アスター公爵もミランダさまを厳しく非難し、『息子には関わるな』と一喝されたのです。その後、アスター家の方々が集まる場で、ローレンスさまとミランダさまが会話をすることはありましたが、常に公爵ご夫妻が目を光らせ、私たち護衛もミランダさまを要注意人物として扱ってきました。なによりローレンスさまご自身が、ミランダさまに隙を見せないよう努めていらっしゃいましたから、何も問題は起こらなかったのです。ですが、ここにきてローレンスさまの婚約話を捏造するとは……」


 ローレンスが私から視線を外し、レンをまっすぐ見つめた。その様子は、ほんの少しぎこちなく、緊張しているようにも見えた。

 彼はレンに向かって言った。


「噂の黒幕が伯母だと判明し、私は即座に動く必要性を感じました。待ってなどいられなかった……。性急すぎると思いましたが、私はアンドレアに身分を明かし、想いを伝え、求婚したのです。私が身分を明かした時の彼女の表情……アンドレアにとって、私がアスター家の人間であることは全く喜ばしいものではないと瞬時に悟りました。……ですが、それでも彼女は私を愛していると言ってくれた。そして、求婚を受け入れてくれたのです。その時……」


 そこでローレンスは急に黙り込み、しばらくしてから穏やかな声で言った。


「その時……アンドレアが一番気にしていたのは、あなたのことでしたよ……レンさま」


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