12
エレナとサリーはベガ王国に入国し、首都ベルーナに着いた。時刻はすでに真夜中だった。
二人は街の入口で旅人用の馬小屋を見つけると、道中の苦労や緊張が、わずかに緩んだ。
「馬たちをあそこに預け、街を歩いたほうが目立たなくて済みそうです」とサリーが提案し、エレナも同意した。
疲れてはいたものの、馬たちを預け一息ついた二人は、次に宿を探すことにした。真夜中であるため宿も大半が消灯しており、街全体が静かで暗かった。エレナは古びた建物や石畳の道路に目をやりながら、街灯のぼんやりと照らす影を避けて歩いた。
想像以上に寂れた様子のベガ王国首都にエレナは驚きを覚えた。エレナの住むサウスブルクは、夜中でも賑やかで明るく、笑い声が絶えない。
サリーが宿を探しているとき、突然「いや! やめて! 離してよ!」という女の声がエレナの耳に届いた。路地裏から聞こえてくる声に引かれ、エレナは慎重に覗いてみた。月明かりが照らす中、ベガ王国兵士と思われる男が三人で一人の女を囲んでいる。彼らは眉間に皺を寄せており、一人が力強く女の手首を掴んでいた。
「ちょっとあなたたち。乱暴はやめなさい。嫌がってるじゃない」
事態を見過ごせないエレナが兵士たちに注意をすると、彼らは(誰だこいつ?)という目でエレナを見たが、女はチャンスとばかりに兵士の腕を振り払った。
「そこの剣士さん、助けてくださいませんか? わたしは兵士たちに襲われているんです!」
それを聞いたエレナは、一瞬で女と兵士たちとの間に移動した。
「お、お前は誰だ! 俺たちに逆らうっていうことは、ベガ王国に逆らうってことだぞ!」
兵士の一人が正面に移動してきたエレナを威嚇した。
「へえ……私に逆らうってことは、私の敵になるってことよ? わかって?」
エレナの神速の抜刀により、兵士が気がついたときには、喉元に剣先があった。彼はあっけにとられたまま腰を抜かした。その後ろでは、リーダー格のように見える兵士が青ざめていた。
「……わかりました。我々は引きます。剣士の方、剣をおさめてください」
エレナの強さを一瞬で理解した彼は続けて「ゾフィー様。またお迎えに上がります……」と言った後、腰を抜かした兵士に肩を貸し、去って行った。
エレナは、女が様付けで呼ばれていることに気がついた。
「さっきの兵士たち、あなたのことをゾフィー様って言ってたけど、お城の人?」
ゾフィーは、繊細な美しさを持つ妖精のような雰囲気を漂わせていた。彼女の大きな瞳は、くりっとしていて愛らしく、一目見ただけで心を奪われるような魅力があった。深い夜の静けさが彼女の顔を包み込み、その美しさは幻想的で、まるで現実離れした絵画のようであった。
エレナはゾフィーを見て、彼女の可憐な容姿と、心をくすぐる独特のオーラに心を打たれた。ゾフィーの顔立ちには、優しさと強さが見事に調和し、彼女の澄んだ瞳が訴えかけるようにエレナを見つめていた。エレナはその瞬間、彼女とすぐに親密になれるだろうと直感した。
ゾフィーは兵士に掴まれた手首をさすりながら、
「助けていただきありがとうございます。そうですね……平たく言えばお城の人です」と返した。
エレナは腕を組み、兵士たちが去っていった大通りのほうへ目をやりつつ、
「へえ……ま、気持ちはわかるわ! 私だって、何度も屋敷から抜け出したもんよ。ああやって世話焼きが追いかけてくるのよね~」と、まるで幼馴染のように言った。
そのとき、ゾフィーの目がキラキラと輝き、エレナの顔を食い入るように見つめた。
「そうなんですよ! ほんっっっとにしつこくて!」
エレナとゾフィーは互いの顔を見て、心が通じ合った瞬間を感じ、笑い合った。
「気が合うわね。あなた、ゾフィーだっけ?」
「そうです。剣士さんのお名前は?」
ゾフィーの質問を聞いたサリーが横から「剣士さんなどと呼んでは失礼です!」と注意した。
エレナはサリーをなだめた。
「いいのよサリー。別に剣士でいいじゃない?」とエレナは笑った。そしてゾフィーに向き直り「私はウィステリア王国から来たの。サウスブルク領を治めるダスタン・ヴァレンタイン辺境伯の娘、エレナよ。よろしく」と挨拶した。
ゾフィーはエレナの自己紹介を聞き、「えええ!!!」と大きな声を出して驚いた。
「あなたが……エレナ・ヴァレンタイン? 私はゾフィー・バナームです。バナーム王国の第一王女です」
エレナの目の前にいるのは、チャールズの新しい婚約相手だった。




