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王家の贖罪  作者:
9/27

9 トラップ

「頭痛え…」


朝目が覚めると、そこは自分のベッドの上だった。どうやら昨日は服も着替えずに寝てしまったらしい。らしいというのはシロウに寝る直前の記憶がないからだ。クロとのやり取りは覚えているのだが…その後どうしただろう。酔い潰れて寝てしまったのだろうか…。目が覚めてからずっと尋常じゃないほど頭が痛いし、むかむかも治まらない。この症状は紛れもなく二日酔いだろう。

昨日は結局ナナやシギにお礼を言えなかった。何ならクロとも別れ際の記憶がない。自分は誰にも告げず寝室に戻ってしまったのだろうか…随分失礼な振る舞いをしてしまったものである。次会った際に謝らねばと心に刻んだ。


「……喉乾いたな」


ふらつく身体を無理やり起こして、よろよろとキッチンまで向かう。グラスに水道水を注いで一気に飲み干した。

あと数時間ほどしたら頭痛も多少はマシになっているはずだ。こういう時はとにかく水分を摂るに限る。

室内は昨日の騒がしさが嘘のように綺麗に片付けられていた。きっとナナたちが片付けまで行ってくれたのだろう。

リビングの時計は11時を指している。昨夜は22時頃までの記憶があるのだが…随分と寝ていたようだ。

今日の予定は特になかった。たまには家でゆっくりするのも悪くない。シロウがぼんやり思考を漂わせていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。誰か忘れ物でもしたのだろうか。首を傾げつつ玄関に向かった。


「はい。…あれ?ナナさん」

「おはようシロくん。…起こしちゃったかな?」

「いえ、起きてました。…どうぞ」

「よかった!お邪魔します」


訪問者はナナだった。シロウは玄関口で応対すると、扉を大きく開いてナナを室内へと招く。

ナナと共にリビングに向かうと、ソファへ並んで腰を下ろした。ナナは手に持っていたビニール袋からペットボトルを取り出し、シロウに差し出す。


「これは…?」

「スポーツドリンク!シロくん昨日の夜飲み過ぎちゃったんでしょ?だから様子を見に来たの。思ったより元気そうでよかった」

「えっ!わざわざすみません。ありがとうございます。」


ナナはどこまで女神なのだろうか。向けられた優しさに感動しつつペットボトルを受け取り、スポーツドリンクで喉を潤す。

シロウの様子をにこにこと見ていたナナだったが、ふと表情を真剣なものへと変えた。


「あのね、シロくん…ちょっと今、いいかな?」

「はい。どうかしましたか?」


どうやら用件はそれだけではなかったらしい。いつになく真摯な様子にシロウもつられて姿勢を正す。


「昨夜…ね、シロくんが寝てしまったあとに、クロから聞いたんだけど…。ヒーローに私たちの情報が漏れてて、内通者がいるんじゃないかって話、シロくんも知ってるよね?」

「……はい」

「そのね、犯人が分かったって言うの」

「それは…」


シロウの身体が強張る。そんな話をナナから聞いてしまっても良いのだろうか。クロはわざとシロウが居ないときを狙って言ったのでは?とも思ったが、知りたいという気持ちが上回り、口籠った。


「内通者は…カイだって」

「カイさん…ですか」


シロウは直接カイと会ったことはない。たが、ナナやクロが嫌いだと言っていた相手であることは覚えている。

カイという人物をよく知らない以上、何と反応していいのか悩むところだ。


「そう、…でね、クロはしばらく様子を見ようって言ったの」

「えっ?」


クロがそんな保守的な発言をするなんて珍しい。真っ先に粛清だ!と言いそうなものなのに。一体どうしてしまったのだろう。疑問がそのまま顔に出ていたようで、ナナが共感するように頷いた。


「シロくんも驚いたよね。私もびっくりしちゃって…。一晩ゆっくり考えてみたの。それでね、思い出したんだ。クロとカイのこと。あの二人はね、一見仲悪そうに見えるんだけど、このスラム街を良くしようと立ち上がった最初のメンバーなの。というか、私も詳しくは知らないんだけど…カイがクロを誘ったらしいんだ。だからね、あの二人は私たちよりも強い絆で結ばれてるんだと思う」

「そう…なんですか…」


カイのことを話すクロは心底嫌そうな顔してたけどなあ…とシロウは思ったが、話の腰を折りそうなので口に出すのをやめた。


「だからね、今回のカイの裏切りについてもまだクロは信じられないんだと思う。…信じたくないって言った方がいいのかな。クロが言うには決定的な証拠がないってことなんだけど、そんなの言い訳だよね。」

「ま、まあ…そうですね」

「昨日ね、そのことに気付いてから私が出来ることって何だろうって考えたの」


ナナがそこで一旦言葉を区切り、じっとシロウを見つめる。なんだが嫌な予感がする。


「あのね、シロくん。カイが犯人だっていう決定的な証拠を私たちで見つけない?」

「え、…えっと…」


ズキズキと頭が痛む。これは二日酔いのせいなのか?それとも別の理由か?シロウの思考は既に現実逃避していた。


ナナの話の続きはこうだった。

カイをナナとシロウの二人で見張れば、決定的な証拠を見つけられるに違いない。その証拠をクロに見せれば流石にクロも動くはずだ。

カイはカジノを経営しており、何もなければそこに居るはずだから、まずはカジノに行ってみよう、と。

シロウを誘った理由は、カジノのある場所が繁華街で、女性が一人で長時間居ると不審に思われるため、ナナとカップルのふりをして欲しいからとのことだった。

シロウはナナのこの不確定まみれの計画が上手くいくとは思えなかった。見張っているだけで内通者である証拠が出てくるものだろうか?ドラマじゃあるまいし…と、熱く語るナナに対して、とても冷めた気持ちで聞いていたのだが、何と言ってもナナはシロウにとっての恩人である。今まで散々良くしてくれたナナが、シロウに協力して欲しいと頼んでいるのだ。例え無駄骨を折ることになったとしても、彼女の気が済むまで付き合ってあげることが多少の恩返しになるかもしれない。

そう考え、つい首を縦に振ってしまった。

そしてナナはシロウの返事にたいへん喜び、早速今夜から張りこもう!と約束を取り付けて帰って行った。

今日はゆっくりするつもりだったのになあとぼやきつつ、シロウは痛む頭を抱えて出掛ける準備をするはめになったのであった。



その夜、ナナとシロウはカイが経営しているというカジノがある繁華街へと来ていた。シロウは今までその場所に訪れたことがなかったが、夜の街として有名なそこは確かにナナの言うように女性一人で歩いている姿を一切見かけない。

とはいえカップルの姿もほとんどなく、多いのは単独男性、複数人の男性グループ、もしくは男性グループよりは少ないが女性のグループであった。たまに同伴っぽい男女のペアも見掛けたが、どう見てもカップルの雰囲気ではなかった。

この通りは主にキャバクラやホストなどの水商売関係の店が多く並んでいるようで、路上には客引きの姿が至るところに確認できる。

ナナとシロウはきちんとカップルに認識してもらえているようで、さすがにそちら方面での客引きから声をかけられることはなかったが、それでもカラオケや居酒屋のキャッチには既に何度も捕まっていた。

ナナはそういったあしらいが苦手なのかと思っていたのだが、見ていると手馴れた様子で断っていたのが意外であった。

キャッチも断られることに慣れているようで、特にしつこく付き纏われることもなかった。


「……シロくん…!こっち!」


どこまで続くんだと思うほど長い繁華街を歩いていた二人だったが、不意にナナが足を止めシロウを路地裏へと引っ張り込む。

まるで抱きつかれるように腕を引っ張られたシロウは、突然のことに胸が高鳴った。

(うわ…なんかすごくいい匂いがする…)

ナナがシロウを壁に押し付け、シロウの胸にぴたりと身体を寄せると丁度シロウの目の前にナナの頭が見え、ふわりとシャンプーの香りがシロウの鼻腔を擽る。

普段はそういった目で見ていない…と言い切ることは出来ないが、少なくとも常にナナのことをそういう目で見ているわけではないのだが、さすがにこの距離で密着されるとドキドキと心臓の音が煩かった。


「見て…?あれがカイのカジノだよ」


ナナはシロウの内心を知ってか知らずか、密着したまま顔を上げ、上目遣いにシロウを見つめる。

(え…?これって誘われてる…?)

シロウはナナの言葉を全く聞いておらず、ナナの瞳に吸い寄せられるように顔を近付けた。

そして見事に頬を掴まれ、強引に顔をナナの言うカジノがある方角へと向けられる。


「もう!こっちだってば!」

「すみませんでした…」


カジノは外から見ると一見してそれとは分からなかった。店舗自体は地下にあるようで、外には黒服の強面が二人立っている。既に何かもう怖い。店内に入るにはその強面の奥にある階段を降りていくようである。シロウたちが見ている間にも数人の客が降りて行った。ヤバそうな金持ちばかりの会員制か?とも思ったが、客たちの見た目は普通で、特になにか身分を確認しているようにも見えない。

ここに隠れたということは店内に入るつもりはないのだろう。シロウの顔はおそらく知られていないだろが、ナナとカイは知り合いであるし、特に今日は変装しているわけでもない。

そもそも店が地下にあるため、店内にカイが居るかどうかすら分からないのだ。

まさか出てくるかも定かでないカイをずっとここで張るつもりじゃないよな…?と、シロウはついげんなりしてしまった。

ナナはというと、彼女も店が地下にあるのは想定外だったようで、顔を顰めている。まさかとは思うが、想定外の事態なのだろか。だとすると今日はもう下見だけで帰ろうと声を掛けようと思った時であった。


「あっ、出てきた!」

「えっ?そんな…」


都合よく?と続けそうになった言葉を呑み込み、ナナの見ている方へ目をやると、確かに階段から一人の男が姿を現した。

スーツ姿で眼鏡をかけており、どこか冷たい印象を受ける長身の男だ。

シロウはカイの顔を知らないので、それくらいの感想しか持たなかったが、ナナが言うのなら確かなのだろう。

男はもう店から帰るのか、迷いない足取りで一人繁華街を進んで行く。それなりに顔が知られているようで、客引きたちも彼に対して挨拶はしていてもそれ以上の声を掛ける者はいなかった。


「行こう」

「は、はい」


ナナが短く告げたかと思うと、カイを追って路地裏を飛び出した。尾行などしたことのないシロウは若干挙動不審になりながらも、ナナの少し後ろを追い掛けるように歩く。

カイはそんな二人に気付いていないようで、一度も振り返ることもなく一定のペースでどこかに向かっている。

そして曲がり角に差し掛かったかと思うと姿を消してしまった。

マズイ見失う!と焦って後を追う二人がカイの消えた場所まで進むと、その先の道は二手に分かれていた。

カイはどうやらどちらか一方に曲がってしまったらしい。


「む…、シロくんは右に行ってくれない?私は左に行くね。もし見つけたら電話して知らせよう」

「分かりました」


次第に探偵のような気分になっていたシロウは自分が高揚しているのを感じていた。あんなにもやる気がなかったというのに…シチュエーションというものはなかなか侮れないものである。ナナからの提案に二つ返事で頷くと、言われた通り右の道を進む。

繁華街はまだ続いていたが、この辺りはシャッターの降りている店や空き店舗も多く、人通りが少ない。

もしカイを見つけたとしても近寄り過ぎてしまうと警戒されてしまう可能性があった。シロウの顔に慎重の色が浮かび、息を殺すようにして歩いた。


「あちゃ…こっちはハズレだったか」


どんどん道が狭くなるなあと思いながら歩いていると、その先は見事に行き止まりだった。

もちろんこんなところにカイが居るはずもない。それどころか周囲には人影すらなかった。

ナナと別れてから10分くらい歩いてしまっていたので、ここから合流するのも大変だ。

それにナナからの連絡もまだなかった。もしかしたら彼女もカイを見失ってしまったのかもしれない。


「今夜はもう解散かな…」


ぽつりと独りごち、念のため本当に行き止まりであるかどうか確認しておこうと塀に近付いた時だった。

何かとてつもなく大きな魔力を感じ、肌が粟立つ。一瞬にして身体中を緊張感が駆け巡った。


「ッ、な…んだっ、これ…!」


よく分からないが未知の恐怖に対して頭の中で警鐘が鳴り響いている。とにかくここから立ち去らねばと慌てて飛び退こうとすると、背中が何か壁のようなものにぶつかった。

(さっきまで何もなかったのに…!)

慌てて振り返るが、やはりそこに壁はない。では一体自分は今何にぶつかった?


「……結界、か…?」


改めておそるおそる手を伸ばしてみると、見えない透明の壁のようなものに触れた。触れても痛みなどを感じることはなく、その壁はただシロウを閉じ込めるためだけに出現したようだ。もしかしてこれは…ワナ、だろうか。だとすると本当の狙いはシロウではなく…


「ナナさんが危ない…!」


ここにシロウを閉じ込めたのは、ナナを誘き寄せるエサにするためかもしれない。であればこの結界はカイの仕業だ!

シロウたちの尾行に気付き、ここに結界を張ったのだ。どちらか一方を捕らえて二人とも揃った時点で消すつもりなのだろうか。

あれこれと最悪の展開ばかりが頭に浮かび、シロウの顔が青褪める。再び脱出を試みたが、壁の外に出られないばかりか、結界内部は魔法も使えないらしい。


「くそっどうすれば…!」


ドン!と勢いよく壁を殴る。が、透明の壁はビクともしなかった。結界を張った本人にしか解けないのだろう。自分たちの考えは甘すぎたのだ。せめてクロたちに連絡してからここに来ればよかったと後悔するももう遅い。

携帯電話を使えばナナに連絡が取れるかもしれない。だが何と言う?助けて?いやそれだとナナが危ない。逃げて?ナナがシロウの言うことを聞くとは思えない。シロウがピンチに陥っていると聞けば、彼女は危険を顧みずすぐにでも助けに来るだろう。


「どうするどうする…あっ、そうだクロさん…の番号知らねえ…っ!!」


ナナ以外の人物に連絡することも考えたが、シロウはクロの連絡先もシギの連絡先も知らなかった。


「ああもう俺のバカバカ!」


ここで嘆いていても仕方がない。とにかくカイが来る前にここから脱出しなければ。そう思い周囲を見渡したときだった。

人通りの全くなかった道を、こちらに向かって歩いてくる人の姿が視界に映る。カイだろうか。

シロウの顔からさっと血の気が引き、身体中を恐怖が駆け巡った。

どこかへ隠れなくてはと結界を辿るが、どこからも抜け出せそうにない。そうしている間にも足音はどんどんこちらへ近付いてくる。

もうそれほど距離がない…とシロウが恐怖に身を竦めた時だった。


「……シロくん?」


透き通った馴染みのあるの声が耳に届いた。慌てて顔を上げ、近付いてきた人物を見る。

暗い上に影になってよく見えないが、そこに立っていたのは紛れもないナナの姿であった。


「ナナさん…!」


あまりの安堵に泣きそうになりながら女神の名を呼ぶ。が、そこでこの結界がワナであったことを思い出したシロウは慌てて叫ぶ。


「ナナさん!来ちゃダメです!これはワナです!!」

「えっ?」


近付いてきたナナはきょとんとした表情を浮かべたまま歩みを止めない。状況を理解出来ていないのだろうか。

マズイこのままではナナまで結界に囚われてしまう…!早く説明しなければ!とシロウは焦る。


「結界に閉じ込められて…!あの、誰か助けを…!」

「シロくんそこに閉じ込められてるの?」

「はい!この中じゃ魔法も使えなくて…っ」

「そっか!…良かったあ」

「そうッ……え?」


今、彼女は何と言った?


「作戦成功、だね!」


驚きのあまり言葉を失い、目を見開いたシロウの瞳が映したのは、女神のような微笑みを浮かべてシロウの正面に立つナナの姿だった。

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