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王家の贖罪  作者:
2/27

2 予期せぬ出会い

その青年は今まさに生涯の幕を閉じようとしていた。


ビルの屋上で佇む一つの影。

強風に髪をたなびかせながら、沈んだ表情を浮かべ、申し訳程度に設置されている柵の向こう側へと目を向ける。

途端に本能的な恐怖に全身を襲われ身が竦み、自嘲めいた笑みが零れた。

何を今更怖がることがあるというのか。

ここから飛び降りれば間違いなく、辛く苦しい人生の終止符を打つことが出来るだろう。


この世に生を受け、24年。

人生100年と言われるこの時代にしては、些か短い方かもしれない。

だけど、もう…限界だった。


人が行き交うコンクリートの道路を見下ろしながら、シロウは深い絶望に包まれていた。


この世界には、魔法と呼ばれる力が存在する。

そして魔法を行使するためには魔力が必要不可欠だ。

魔力というものは、ある程度成人してからも伸ばすことは可能だが、基本的には生まれた段階で決定される。

世の中の大半は大なり小なり魔力を保有しており、個人差はあれど魔法を行使することができる。

それどころか、日々の生活が魔法を行使することを前提に成り立っているため、ちょっとした魔法すら使えないことはこの世界で…少なくともこの国では生きていけないのと同義語と言っても過言ではない。


シロウは幸いなことに魔力を持って生まれることが出来た。

さらに言えば、幼い頃には神童と呼ばれることすらあった。

そういう意味では、生まれとしては恵まれた方…なのかもしれない。

今となってはどうだっていいことではあるが。


しかし…いったいいつから、こんなことになったのだろう。

気が付けば、自分の人生は諦めと挫折に黒く塗り潰されてしまっていた。

いつまで経っても希望の光が見えない人生にいい加減嫌気が差していたところで、今日偶然人気のないビルを見付け、ふらりと引き寄せられるように屋上まで足を運んでしまったのだった。


「……俺の人生、何だったんだろうな。」


ポツリと吐露された言葉がやけに周囲に響いた…ような気がした。

誰にも止められたくなくてここを死に場所にしようと屋上まで登ってきてみたものの、それはそれで少し物悲しい気持ちになる。

とはいえ今更場所を変える気になんてさらさらなれない。死ぬにもそれなりの衝動が必要なのだ。

仕方がない。最期まで冴えないままだったが、自分はこうなる星の元に生まれてきたのだろう。

きっと神童とちやほやされていた頃が自分の唯一の輝ける時だったのだ。

そう考えれば、寧ろ24年も頑張って生きてきた方だと自分を褒めてやってもいいのかもしれない。


そんなことをぼんやりと考えながら、シロウは身を乗り出して柵に両手と右足をかけた。

この柵を越え、向こう側へと身を投げ出せばこの高さなら助かることはおそらくないだろう。

ようやく、…ようやくこの不公平な人生から解放される時が来たのだ。


身を乗り出したことでより一層強く風の抵抗を感じた。

そして背中から強風に煽られた身体を反射的に支えようと仰け反った瞬間、…背後で大きな落下音がした。


驚いて柵にしがみつき背後を振り返ると、シロウから少し離れた位置に一人の男がしゃがみ込んでいた。

屋上の入り口からは大分距離があるが、一体どこから…

(まさか…!)

男が音もなく身体を起こして立ち上がろうとしているその奥にはこのビルと同じくらいの高さのビルが立っている。

(飛び移ってきたというのか?隣のビルから?…正気か?)

もしかしたら魔法を使ったのかもしれない。だったらまあ、別に大したことではないか…多分。

その割には音が大きかった気もしないでもないが。

(何のためにそんな大きな音を立てて…そうか)


「止めたってムダだ!!どんな話だろうが、聞くつもりはない!」


わざと大きな音を立ててこちらの注意を向ける理由。そんなもの一つしかないじゃないか。

この男は自分の自殺を妨害しに来たのだ。

シロウの叫び声に、男は今気が付きましたと言わんばかりに顔をこちらへ向けた。

強風のせいで髪に隠れて顔はよく見えないが、年齢はシロウよりもやや上といったところだろうか。

全く見覚えのない人物である。

一体どうしてこの男は自分を助けようと思ったのだろうと咄嗟に頭に疑問が浮かび、シロウの眉根が寄った。

続いてこちらと対峙した男から発せられた言葉は、さらにシロウの動揺を誘うものであった。


「……は?何言ってんだお前」


呆気にとられたこの表情が演技なのだとしたら、なかなかの演技力である。

そして同時に男の顔を見ることが出来た。恐ろしいほど整った顔立ちだった。絹のように艶やかな黒髪に薄紫色の鋭い強さを孕んだ瞳が特に印象的で、まるで作り物のようだ。

もしかすると、人間ではなく一足先に自分を迎えに来た天使かなのかもしれない。どちらかといえば死神寄りだが。であるならば、女性の姿で来て頂けた方が尚喜ばしかったなあ、とシロウは思わず場にそぐわない感想まで抱いてしまう。

目の前の男がもし天使や死神などではなく自分と同じ人間であるというのならば、こんなにも恵まれた容姿を持っているのだから、自分と違いこれまで何不自由なく生きてきたに違いないとシロウは偏見に満ちた推察を重ねる。

(それにしても、先程向けられた言葉は一体…?)

視界に飛び込んできた衝撃強さに逃避気味であった思考を目の前の相手に戻す。

天使とは到底思えない発言だった気がしたのは、自分の気のせいか?

気のせいと思いたいが、此方へと向けられたままの鋭い眼差しが、発せられた言葉が、全て事実だと明瞭に述べていた。

そして強すぎる眼差しを向ける相手の意図が読めず、先程までのシロウの勢いは一気に霧散してしまった。

次いで泳いだ目線は、決して相手にビビったからではない。


「え…だって、俺の自殺を止めにきたんじゃ…」

「は?自殺?……ああ。死にたきゃ勝手に死ねよ。別に興味ねえ」

「興味ないって…」


男はシロウの弱々しい言葉と体勢からようやくシロウの意図を理解したらしいにも関わらず、言葉通りの表情を浮かべると溜息混じりに告げる。

興味の有無なのか。自殺未遂現場に居合わせたら例え赤の他人であろうと必死に止めるものだと思っていた。

何というか、倫理というか一般常識として。そんな常識を披露する場面は早々ないし、勿論義務教育で学んだわけでもないのだが。

加えてシロウはこれを未遂で終わらせる気もない。

もしかしたら男があえて意味不明な態度を見せることでこちらを動揺させる作戦なのかもしれないとも思った。随分と遠回りで非効率な方法だとは思うが。

仮にそうだとしたらその作戦は成功していると言ってもいいのかもしれない。

現に相手の次の行動が全く読めず、シロウは柵にしがみついたままの体勢で固まってしまったのだから。


少しの間辺りが重々しい沈黙に包まれたかと思うと、突然何かに気付いたらしい男が忌々しげに舌打ちし、後ろに飛び退いた。

直後、凄まじい轟音と共に数秒前まで男が立っていた場所で小さな爆発が生じる。

シロウも爆風に巻き込まれ、衝撃による揺れにより地上へと落下しそうになった身体を支えるため、慌てて柵に強くしがみついた。

幸いなことに爆発は一度で止み、何事かと恐る恐る顔を上げ目を凝らすと、生じていた砂煙が少しずつ薄まってゆき、新たに3人の男の姿が確認できた。

3人はシロウに背中を向けて立っており、最初に現れた男とは対峙する形だった。

どうやら先程の爆発はこの男たちのいずれかの魔法によって生じたものらしい。


「チッ、外しちまったか。相変わらずしぶとい野郎だなあ」

「ギャハハ、だっせー!だから俺に任せろって言ったのによお」

「どうでもいいから、さっさと任務を済ませて帰ろうぜ」


著しく品位に難のある3人組だ。そして彼らの服装には見覚えがある。

確かあの白い軍服のような制服は、そう…


「……ヒーロー…」


思わず漏れた声は小さいものだったが、彼らの耳には届いたらしい。

どことなく弛んでいた空気がピンと張り詰めたと思えば、鋭く殺気を込めて振り返った3人が訝しげにシロウの姿を捉えた。


「なんだお前」

「おい、お前の仲間か?」

「……違う。そいつはただの民間人だ。」


一人が一番初めに現れた男へ荒々しく問うと、問われた男が首を横に振り否定する。

正確にはシロウはただの民間人ではなかったが、まあ現状はただの民間人だろう。少なくともこの男の仲間でないことだけは確かだ、何せ初対面だし。何の仲間かは知らないが。とにかく面倒事には巻き込まれたくなかった。

何と返せば穏便に事が進むかと思案しているシロウの言葉を待つこともなく、男たちは明確な答えを求めていたわけではなかったようで、ふうんとだけ零してから対峙していた男の方へと向き直り、獲物をいたぶるように緩慢な動作で歩み寄った。


「まあ、そいつはどうでもいいや。それより、盗人さんよぉ。盗んだもん返してもらおうか?」

「毎度毎度よくも飽きずに悪いことばっか思いつくよなあ。ヒーローは忙しいんだからさあ、あまり手を煩わせんじゃねーよ」

「魔法も使えねえくせによくやるぜ。さっさと尻尾巻いてお家に帰りな」


(先程の男は盗人だったのか!)

シロウは驚きに目を見張り、しゃがみ込んだままの男へ視線を向けた。すると、なぜか男とばっちり目が合う。

少々気まずさを覚えつつ、目線をさらに下へとスライドさせれば、確かに男達の言うように、盗人と呼ばれた男は、黒の大きなボストンバッグを大事そうに抱えていた。いかにも大金が入ってますと言わんばかりのバッグである。

しかもどうやら男達の言葉を信用するならこの男、魔法を使えないらしい。すると先程のはやはり隣のビルから飛び移ってきたということか。何という身体能力だ、ある意味魔法より凄い。


「で?コイツどうする?殺っちまってもバレねえかな?」

「バーカ。んな面倒くせえこと御免だっての。適当にぼこっとけばいいだろ、暫く悪さが出来ねえくらいにな」

「…ま、それもそうか。カバンさえ取り戻せばいいしな。あとは俺たちのストレス発散に少々お付き合い頂くとするか」


呑気に話しながら歩いていく男たち。内容はあまりにも物騒でヒーローらしさのカケラも感じさせない発言であるが、これがヒーローの実態である。まあヒーロー全員というわけでは勿論ないのだが。

盗人らしい男はこの絶体絶命の状況をどう切り抜けるつもりなのか。

魔法は使えないらしいが、ビルを飛び越えてきたのだから身体能力は申し分ない…はずだ。

(カバンを置いて逃げる…か?)

シロウが成り行きを見守るように3人組から盗人へと目線を動かすと、こちらを真っ直ぐに見据えていた薄紫と再び視線が交わり驚いた。まだこちらを見ていたのか、状況が分かっていないのか?それとも何かサインを送っている…?まさか自分に助けを求めているわけでもあるまい。だってこちとら民間人だぞ。それになんと言っても初対面同士なのだ、阿吽の呼吸を求められても困る。

重ねて絶体絶命と思われる状況に置かれているわりに、盗人の表情からは何も読み取ることが出来ない。

澄ました表情からすると、もしかしたら仲間が傍にいて救出のタイミングを見計らっているだけなのかもしれない。

そうお思い内心安堵したのだが、その後の展開からいえばどうして彼があんな一切の動揺を浮かべなかったのかが理解できないほど酷い有様だった。



魔法を使い身体能力を強化していたのであろう男の一人が突然目にも止まらぬスピードで盗人へと駆け寄り強烈な蹴りを繰り出した。

カバンを抱えしゃがみ込んでいた盗人は逃げも避けもせず、真正面からその蹴りを受けて簡単に背後へ吹っ飛ぶ。

そのままの勢いでビルの柵へと背を強か打ち付けると、衝撃にヒュッと息を洩らして背がしなった。

続けて叩き付けられた反動でそのまま前方へ倒れ込もうとしていた身体を阻むように再び伸ばされた足先が、腹部に強くめり込んで柵へと身体を押し付ける。

近距離で蹴りを入れられ、呼吸が出来ないのか盗人が苦しげに顔を歪めるのが見えた。

それを楽しげに笑い飛ばした男は、決して軽くはないであろう踏みつけている身体を横に薙ぎ払うように易々と蹴り飛ばす。

肩を擦りながら滑る身体が勢いを失い止まった場所には他の2人がニヤニヤと笑みを浮かべて待っており、手で触れるのを厭うかのように3人が容赦なく倒れた盗人を足蹴にした。

なぜだか分からないが、盗人は逃げることも抵抗することもなく、3人から一方的に暴行を受けるのみである。

その身を庇うこともしないため、柔らかいであろう顔や腹にも容赦なく蹴りが入れられていた。

痛みを感じていることは、くぐもった呻き声と歪んだ表情から嫌というほど伝わってくる。

凄惨に満ちた目を覆いたくなるほどの暴力が暫く続いたかと思うと、反応が徐々に薄れていった盗人の身体からだらりと力が抜けたのが分かった。

(…まさか死んだんじゃないだろうな)

そのまま仰向けに転がされ、肩を踏み付けられた盗人から骨の軋む音が聞こえた。


「ハッ、今日はいつにも増して大人しいじゃねえか」

「なんだ?ビビっちまって動くこともままならねえってか?それとも反省してますって態度か?」

「おっもしれえ。じゃあたっぷり今までの分のお礼もしてやらねえとな」

「……弱い犬、ほど…よく、吠える…、ってな」

「んだと…?」


どうやらまだ生きていたらしい盗人は、仰向けに倒されたまま僅かに身じろいだかと思うと口端を愉快気に吊り上げ嘲笑して見せた。

(いやなぜそこで挑発する?)

盗人の考えが全く理解できない。本当に死にたいのか?死にたいのはシロウの方なのだが。でもあんな風にボコられて死ぬのは御免だ。


「生まれてきたことを後悔させてやるよ!」


案の定血の気の多いヒーローは、悪役もびっくりするようなお決まりの台詞を口にしてから、踏んでいた肩をさらに強く踏み付けて動けないよう十分なダメージを与えてから、顔を容赦なく蹴り飛ばした。

いつの間にか口の中が切れていたらしい盗人の唇から血が舞い、男達の真っ白な制服に真紅を散らす。


「おい汚え血を撒き散らすんじゃねえ!聞いてんのか…!」


一人の男がしゃがみ込むと、盗人の髪を引っ張り頭を持ち上げて顔を寄せた。

ぐったりと力なく持ち上げられる姿は異様で、今度こそ死んだのではとシロウはぞっとする。

しかし黒髪の隙間から覗いていた瞳が、ゆっくりと瞼を押し上げ開いていき愉快そうに眇められたかと思うと、男の顔に向けて血の混じった唾を吐きかけたのが見えた。

唾を吐きかれた男の纏う空気が一気に重みを増し、場が凍る。


「……いい気になってんじゃねえぞ。殺す、今ここで。」


先程までの痛ぶるような態度から一変し、男達は明らかに殺意を纏っていた。

これは本気で止めなければまずいのではないか。シロウはそう思い焦るものの、恐怖に支配されてしまった身体はピクリとも動かない。


「なあもういいよな。死体も消しちまえばバレないだろ」


いっそ清々しさすら感じる声音で男の一人が右手を掲げるとそこに炎が練り上げられた。


「そうだな。大して面白くもねえし、相手すんのも面倒になってきた。こいつを殺して適当に揉み消しちまおうぜ」


純粋な悪意に背筋が凍る。このまま私刑が執行された場合、もしかしなくても目撃者である自分の命はないのではないか。

流石に顔色を変えた盗人が身じろぐも、もう遅い。寧ろこの場では逆効果である。


今まさにその炎が盗人に触れようとしたその時、場違いなメロディーが辺りへ響き渡った。

3人の顔が一気に青褪め、1人が音源である携帯電話を手に取り耳に当てる。


「はい。…はい、カバンは無事取り戻しました。犯人は残念ながら逃げてしまいましたが…はい、すぐに戻ります。……おい、お前ら戻るぞ。そいつは捨てとけ。…てめえも、今見たことどこかに漏らしたらどうなるか分かってんだろうな」


3人の中ではリーダー格であるらしい男が電話を素早く終わらせると、仲間に声を掛けつつカバンを乱暴に抱えて仲間の一人に放り投げ、シロウの方へと向き凄んで見せる。

シロウは真っ青になった顔で、何度も首を縦に振った。

怯えきったその態度に幾分か気を良くした3人は倒れ込んでいる盗人をシロウの方へと蹴り飛ばしてから、来たときと同じように騒々しい爆音を立ててビルの下へと飛び降りた。


男たちの気配が周囲から完全に消え去ってから、シロウはようやく強ばった指を柵から離して屋上に降り立ち、残された男を覗き込んだ。近くで見ると想像以上に酷いやられようだ…が、辛うじて生きてはいるようだ。胸が動いていることを確認してから視線を上へと滑らせる。先程美しいと感じた顔は痣と血に塗れており、直視することすら躊躇われた。服を着ているので見えないが、身体はもっと悲惨な状態であることは容易に想像出来る。


「あの、大丈夫ですか」


口を開く行為ですら痛みを伴うのであろう男が顔を歪ませながら億劫な様子でシロウの言葉に反応してのろのろと瞼を開いた。ご丁寧に嘲笑まで浮かべている。


「……これが大丈夫に見えるか」

「いや、でも…死んじまったかと思ったんで。」

「ハッ、アイツらにそんな度胸があるかよ。…まあ、ちとヤバかったがな」


やっぱりやばかったんじゃないか。というか魔法も使えないなら防御もろくに出来てなかったと思うのだが、どうしてこの状態で会話が出来るんだ。


「…あの、回復もできないんですよね…?誰か呼びます?それともどこか送りましょうか?」

「いい、いらねえ」


意地を張っているのか、もしくは後暗い事情があるため警察や医者を呼ばれたくないのかの判断はつかないが、あまりにもきっぱりと拒絶されてしまい、シロウの口から溜息が漏れる。


「でも…俺のせいですよね?黙ってやられてたの」

「んなわけねえだろ、自意識過剰か」


並々ならぬ身体能力を持った彼が、なぜ急に逃げも逆らいもせず無抵抗にやられ放題だったかなんて説明されずとも流石に分かる。

この場所でシロウと出くわしてしまったからだ。

もしあのまま彼に見捨てられていたならば、今ここで血塗れで倒れていたのは間違いなくシロウの方だっただろう。

さらにシロウはやつらが追っていたカバンも持っていなないし、何の情報も吐けなかっただろうから、下手すれば死んでいたかもしれない。いや死ににきてたんだけど。こんな死に方は嫌だ。

だとすると、こうなった責任のほんの少しは自分にあるのではないかとシロウの良心が痛むのも必然であった。


「……このままここを降りたらアイツらに俺、殺されるかもしれないんですよ?だから守ってください」

「殺られるも何も、てめえ死のうとしてたじゃねえか。邪魔して悪かったな、俺に構わずさっさと死ね」


押してダメなら引いてみよう作戦に出てみたが、失敗に終わる。

(なんだよこの人めんどくせえな)

段々こっちもイライラしてくる。


「今死んだらアイツらにビビったからだって思われるじゃないですか。そんな屈辱的な自殺理由嫌です。もっと華々しく散りたいんです俺は」

「お前の死生観なんざ知らねえよ。遺書書いてねえのかよ」

「書いてくるの忘れました。だから…俺の自殺妨害したお詫びに紙と鉛筆くらい貸してください。」

「……俺だって持ってねえよ」

「家にならあるでしょう?」

「……はあ、キャンキャンうるせえな。勝手にしろ」


次いで彼の口から告げられた住所は、なんとかの有名な無法地帯…スラム街とでも言おうか。一般人なら名前を聞いただけで震え上がるような恐ろしい場所だった。


「え…、嘘でしょ?冗談ですよね?…え!ちょっと!待って!起きて…!」


この期に及んで最大級の嫌がらせか?と強ばった顔で食い下がるも、男の意識はもうなかった。いくら揺さぶっても起きやしないしこのまま揺さぶり続けたら永遠に目を覚まさないかもしれない。


「マジかよ…」


気を失った男を抱きかかえ、呆然と座り込むことしばし。このまま座っていても仕方がない。どうせ死のうと思っていたのだ、何処へだって行ってやろうじゃないか。

幾分か開き直ったシロウは、男の腕を自分の肩へと回して引き摺るようにスラム街へと向かったのであった。

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