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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
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2.RKC 1978 PartⅡ -2-

「前田さん……ですか?」


私は前に座った人物を見て口を開く。

自信無さげなのは、この前まで会っていた彼女とは別人に見えたからだ。


白髪だけれど、その頭には青系のキャスケットが被せられていて、服も青系をベースにまとめられていて…クールに見えるけど、どこか可愛げのある格好。

私が知ってる前田さんは、数回しか会っていないが暗く地味な、モノトーン調の物を着ているイメージだから、結構驚いた。


ただ若いから、そう見えるだけかもしれないが…


「そう。ということは、貴女が平岸レナさん?…」


彼女はほんの少し驚いた顔を浮かべて言った。


私が知ってる前田さん以上に、彼女は感情表現が豊かなようだ。尤も、私が知ってる前田さんは能面のように表情が動かないし、今、目の前にいる彼女も、そこまで顔の変化があるわけでもないが…


「はい…?そうです…けど、前田さん、函館に行ったはずじゃ…」


私は彼女を前にしながら、色々なことを想像しながら口を開く。

彼女は私の考えていることが分かったのか、少しだけ「してやったり」といったように、顔をニヤリとさせた。


「そうなっても仕方がない。私は、貴女の知ってる人とは別人。今、貴女が思い浮かべてる私は、一人称が"僕"で、能面みたいに顔の動かない前田千尋でしょ?」

「え?…ええ…だけど…なら、貴女は?別の軸の世界の前田さんということ?」

「そう。"僕"の方の前田千尋と同じ軸だけれどね…時が戻った後、2周目の世界の前田千尋だよ」


彼女はそういうと、着ていた青い上着のポケットから手帳を取り出した。

手帳の模様は、私達の持つものと同じだったが、色が違う。


レコードキーパーの持つ緑色の手帳とも…パラレルキーパーの持つ青色の物とも違う…深い赤色の手帳。


「ポテンシャルキーパーっていう、可能性世界の管理人をしてる」

「ポテンシャルキーパー?」

「ああ、ここの軸の世界のちょっと未来…あるかもしれない未来を渡り歩いて、可能性世界を可能性のまま終わらせるのが仕事…」


前田さんはそういうと、ため息を一つ付いてから目を逸らし、ほんの少し申し訳なさげな顔をして私を見返した。


「特に、貴女には迷惑かけっぱなしだったらしいね。そのことは…先に謝らせてほしい。特に言い訳も無い」


淡々と、そう言って彼女は頭を下げる。

私は思いがけず頭を下げた彼女を見て、更に驚いた。


「いえ、その…気にしないでください…これも仕事ですし」


どうすればいいか思いつかないが、とりあえず当たり障りのないことを言って手を振った。

こういう時に、焦った対応をするのはきっと誰でも同じだろう。

性根の歪んでる私でもそうするのだから。


「だから、その…何と言うか…」


頭を上げた彼女に、ほんの少しだけ引きつった苦笑いを浮かべながら言葉を繕う。

その裏で、早くレンに来てほしい…というか助けてほしい一心で前田さんの周囲に目を泳がせた。


だが、見えたのはレンではなくて、他の人の影だった。


「千尋、ここで良いの?」


前田さんと同年くらいの女の子で、少し大人びてはいるものの、人懐っこそうな表情を浮かべている。


「大丈夫。この子が良いって言ってくれたから」

「そう…すいません。お邪魔しますね」

「いえいえ…どうぞ」


前田さんの相方だろうか?彼女は前田さんの横に座ると、持っていたトレーの上に置かれたパンを取って食べ始めた。


「…これ、何かあったのか?」


前田さんの相方に気を取られていううちに、レンもやってきて私の横に座る。

私はようやくアウェーな空気から解放されて、レンに顔を向けた。


「な、何だ?…ってのと…前田さん?…と…と?」

「この前田さんは私達の知ってる前田さんじゃないんだって」

「は…ぁ?」


レンは困惑しながらも、私の横に腰かけた。

持っていたトレーには飲み物やら料理が並んでいるが…彼はそれに手を付けようともしない。


「こっちは相方の元川由紀子…」


前田さんはパンを食べている女の子を紹介すると、先ほど私に説明したことをレンにも伝えて…さらに続けた。


「この、3軸の世界は可能性世界の混入が多いって聞いて、パラレルキーパーの私に無理言って入れさせてもらったんだ。この世界のレコードとか、人間を見てどこに可能性世界が混入する原因があるかを調べるためにね」


そういうと、彼女はレコードを取り出して適当なページを開く。

赤いレコードには、彼女の字でびっしりと人の名前が書かれていた。


「そしたらこの軸の世界って、結構危ない橋を渡ってることが分かったの。普通は可能性世界にしか現れないような人間が次々に産まれてきてる。1周目の世界で10年ちょっと世界が混ざり合ってた後遺症だね」

「……」


私とレンは何を言ったら分からずに、ポカンとした顔で前田さんをじっと見た。


「結局はレコード様の言う通りってわけ…時期的にもRKCが合ったし、丁度いい機会だったから、この後のオープニングで周知することになったよ」


前田さんはそこまで言うと、一瞬窓の外に目を向けてから、私達に向き直る。


「って…オープニングの楽しみを減らしちゃったね」

「いえ…全然…前田さんは期間中もここに?」

「いや。こっちに来る見返りに、パラレルキーパーの…1周目の私に協力しなきゃならないんだ。だからオープニングが終わればすぐに函館」


前田さんがそういうと、私とレンは顔を見合わせた。


「函館、ですか…」

「そう。レコードに異常がなければ明日の23時53分…芹沢俊哲と中森琴が死ぬことになる」

「……見たいですね。昨日、前田さんに言われましたし、レコードでも確かめました。23時10分には芹沢さんの裏切りが発覚して、仲違いを起こしている間に撃たれるって」

「そう…そういえば、ここのレコードキーパーに居たっけ。中森琴の方は」

「はい…今日はまだ見てないですけど」


私がそういうと、前田さんと元川さんはほんの少しだけ視線を交わす。


「見てない?」

「はい。といっても、私達は昨日、日向に居たので…昨日から会ってないです」

「そういうこと…」


一瞬、シリアスな声色になりかけた前田さんは、ほんの少しホッとした様子で言う。


「何かあったんですか?」

「2周目の世界特有の問題なんですよ」


私が問うと、前田さんの代わりに、パンを食べ終えた元川さんが口を開く。


「とりあえず…こっちの中森さんに一回会えないですかね?…ちょっとだけ、彼女に教えてほしいことが1つあるので…」

「まぁ、良いんだろうけれど…んー…ってもよ、部長って来てるとしてもどこにいるんだ?」


元川さんの言葉の後、レンがそう言って私の方に顔を向けた。


「部長なら…多分、1階のホールにいると思います。顔は分かります?」

「ええ…知ってます。平岸さんと同じ髪型をした方ですよね」


元川さんがそういうと、私は小さく頷いた。


「ありがとう。千尋、これ食べながらでも良いよね?」

「良い…じゃ、私達はこれで…」


元川さんは最後に残ったバターロールのパンを手に持って立ち上がり、前田さんもそれに続く。

私とレンは何も言わずに2人を見ていた。


「そうだ、平岸さん」


去り際に、思いついたように、元川さんがこちらに振り向く。


「はい?」

「また後で…になるかもしれません。この後って部屋にいます?」


元川さんにそう言われた私は、首を少し傾げてレンの方に顔を向ける。


「レン、3時までどうしてる気だった?」

「別に…散策するには中途半端だし、レナにどうするか聞くつもりだったぜ」

「…多分、部屋にいます。911号室。それか1階ロビーか」


レンと言葉を交わして、すぐに元川さんに言った。

彼女は私の言ったことを聞いて、小さく頷く。


「分かりました。まぁ…部屋に私達が来たら…厄介ごとの合図だと思ってください」


そういうと、彼女は持っていたパンを齧って、レストランの出入り口の方に体を向ける。

前田さんと2人並んで、やがて2人は人込みに消えていった。



「ポテンシャルキーパー…可能性世界の管理人…話に聞いていたけれど…初めて会った」

「あの2人といい、パラレルキーパーの方の前田さんも…含み持たせるのは何なんだろうな」


2人が去った後、レンはそう言って元川さんも持っていたバターロールを齧った。

表情は変わってないし、興味なさげな顔だったから、特に何にも考えずに言った感想なのだろう。


「それは…学校で他のクラスの人に滅多に手伝えとか、一緒に授業受けろだなんて言わないでしょ?」

「ん?…ああ…そうだな」

「会社でも、別の部署はもはや別の会社みたいなものらしいし、それは私達も同じ…何かが"起きてくれないと"一緒には働かない」


私はそういうと、レンの持ってきたトレーに乗っているコーンスープの入ったカップに手を伸ばした。


「一口貰うね」


そう言って、温くなったコーンスープを一口飲んで、ふーっと溜息をつく。


「芹沢さんも同じだよ。今までは事が起きた後だから、普通に混ざって仕事してたけど、それ意外で仕事には干渉してこなかったでしょ?」

「……言われてみれば…そうだな」

「パラレルキーパーも…ポテンシャルキーパーも多忙だからね…芹沢さんみたいに私達のようなのと連絡を取り合うってのも中々ないの」


私はそういうと、何気なしに外に目を向けた。

高い高層階から見える景色の下に、一本線のように見える道は、普段の閑散としたものではなく、チラホラと車が通っている。


「そうだ。レン、ちょっと下に降りてきていい?…榎田さんの所」


風景を何気なしに見ていて、ふと用事を思い出した私は、レンにそう言って席を立った。

唐揚げを口に入れたばかりだった彼は、私の方に目を向けて、サムアップして返す。


「今は…1時…きっと30分もすれば部屋に戻るつもりだから…」


そう言って、小走りでレストランを後にした私は、エレベーターのスイッチを押した。

すぐにチャイム音が鳴り響き、扉が開く。


そこから1階まで、運よくノンストップで降りていけた。

ほんの少し気味の悪い浮遊感が収まったことに少しホッとして、開いた扉の外へと出ていく。


目的地は、開会式が開かれるホールとは真逆の方向にある体育館のような広場だ。

明日から様々な展示物が置かれる広場。

榎田さんは、きっと今年もそこで彼の研究成果を声高に発表するのだろうから、今は準備のためにそこにいるはずだ。


エレベーターから、ホールまで、周囲の人を避けて、時折聞こえる日本語以外の言語を耳に流しながら進んでいく。


広いホールについて、設営準備に追われている人達を見回す。


目当ての人物はすぐに見つかった。

ボサボサの茶髪にほんの少しくたびれた白衣姿の男…偶々こちらを振り向いた彼は、私に気づくと、何時ものように手を上げた。


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