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レコードによると  作者: 朝倉春彦
Chapter3 郷愁ラプソディ
66/125

1.そこは異世界の日本 -3-

日向に行く道は平成のころと何ら変わっていない。

高速道路に乗って小樽まで突き当たり、そこからは下道をずっと海沿いの日に沿って行けばいい。


背後からノイジーなエンジン音を聞きながら、私は助手席でじっとしていた。


「銃は持ってきてないよな、そういえば」


日向に着く直前になってレンが言った。


「入用になった時に借りればいいんじゃない?まだ彼らは使えないでしょうし」


私はそういうと、横目でレンを見る。

レンは、そっか、と小さく言うと、また口を閉じた。


「それにしても、日向で面倒を見てるっていう2人組のパラレルキーパー。どんな人達なんだろうね?多忙そうなのに、そんなことしてる暇あるのかな?」

「さぁな?ま、こっちの世界も今は脆いって言うから、監視にはピッタリなんじゃないの?」

「監視、ねぇ……」


そういうと、私はレコードを取り出して適当なページを開いた。


「知ってた?日向があるのって、ここと4軸…6軸と7軸の世界だけらしいよ」

「へぇ……他の世界は?どうなってるんだ?」

「ただの海だって…地形ごと変わってるらしいよ。もっと言えば勝神威市なんてものもないし、同じ町があったとしても地名が全然変わってるんだって」

「……他にはない場所ってのは、こう…何かが起こりやすい場所ってことか?」


レンはそう言ってウィンカーを上げる。

減速した感覚に気づいて顔を上げると、日向の入り口…狭い路地に入っていった。


「ご名答だよ、レン。他になくて、ここにはある場所っていうのは、どうにも厄介事の舞台に持って来いってわけ」


そう言ってレコードを閉じる。


「ふーん……」


正面に海が見える直角のカーブを左に折れて、一気に町へと下っていく。

平成なら人口2千人強の小さな町。眼前に見える昭和の町は、あの時よりも少し活気づいていて、家も多かった。


「で、1日何してるんだろうな」


入り口の、向日葵が咲き誇るロータリーを通り過ぎて、商店街のようなメインストリートを進んでいく。


この前まで、数度は来たことがあるから、ここら一帯を監視するレコードキーパーの住処は知っている。


レンはその方向に車を走らせた。

町唯一の信号のある交差点まで進み、そこを右に曲がって港の方に進んでいく。

港まで行く道の途中の交差点を左に曲がって、そこを進んですぐのところの脇道に入った。


車1台分の狭い道。この時代なら、舗装されていること自体が奇跡のような脇道を進み、大きな一軒家の前に広がる広場のような空き地に車を止めた。


シートベルトを外して、ガチャリとドアを開けて、足を投げ出すように外に出す。

シートとピラーに手をかけて立ち上がると、丁度家から人が出てきた。


「どーも」


レンがそう言って手をあげる。

すると、出てきた人…速水さんも笑って手を振った。


「すいません…わざわざ来てもらって」

「全然、暇だったから丁度良かった」


速水さんの所まで歩いていくと、彼女たちが住む大きな家を見上げる。


「他の人は?」

「紀子以外は隣町でレコード違反が何人か出てたので、その処置です。昨日からちょっと多くて…」

「そう、んー……やること、思いつかないや」


そう言って笑うレン。

私も同感で、小さく口元を笑わせた。


「まぁ…平和が一番ですから…さっき、電話が来て他も昼までには戻ってくるって言ってました。とりあえず中で何か飲みません?勝神威からじゃ長かったでしょうし」


速水さんはにこやかな表情を崩さずに言う。

私達は頷いて、彼女の後ろについていって家に入っていった。


玄関を上がってすぐに、テレビから流れている、下らないワイドショーの音が聞こえた。

居間に通されると、大人しそうな女の子が1人、ソファに座って、姿勢正しくじっと小説を読み込んでいる。

私達に気づくと、少し目を見開いて、何も言わずペコリと頭を下げた。


「気づかなかった」


私と同じくらい低く、小さい声でポツリと言う。

平成の時では少し古っぽく見えた長めのおかっぱ頭に、小顔には少し大きい丸い眼鏡の子。


白川紀子さん。年は私達と同じらしい。私が言えたことではないがそうは見えない。


「結構うるさい車だと思ったんだけどね」

「ん…夢中になると周りの音とか聞こえなくなるんだよね」

「へぇ……何読んでたの?」


私は彼女の横に座って本を覗き込む。

細かい字がずっと続いていて、ぱっと見では何が何だか分からない。


「これは…古本屋で見つけたの。10年前のハードボイルド物」


彼女は淡々とした口調で言う。


「作家は…あー、この人か。知ってる知ってる。ってことは……」


私は彼女の手にした小説の表紙と作者を見て、自分が好きなシリーズ物の小説が思い当たった。

文体こそ読みやすいのだが、描写と展開がハードなせいで呼んでる人はそうそういない小説。


白川さんは私の方に首を回すと、表情を少しだけ明るくした。


「こうなる前から読んでたの。周りに読んでる人、いなかったから、ちょっと嬉しい」

「私も。レンに読ませてみても、ちょっと合わないみたいだし」


私がそう言うと、別のソファに座ってテレビを見ていたレンがこっちを向いた。

白川さんの読んでる小説を見て、苦笑いを浮かべる。


「相変わらず似てるよね、お二人さん」


速水さんが私とレンの分の缶ジュースを持ってきた。


「似てる似てる。雰囲気も趣味も」


レンは缶を受け取りながら言った。

すぐ、カシュ!っという音が小さく響く。


「紀子って人に懐かないから不安だったのよ。人見知りで」


まるで白川さんの保護者みたいなことを言って笑う速水さんは、レンの向かい側のソファに座る。


「レナ。眼帯になったんだ」

「そう。今朝レンがくれたの」

「へぇ……意外」


それから、暫くの間。

私と白川さんは暫く小説の話でで盛り上がり、レンと速水さんは偶に世間話をしながらテレビを見ていた。


まだまだ昼前の、11時過ぎ。

外は雲一つない晴天になって、夏らしい音が開いた窓と、開けっ放しになったベランダの戸口から入ってくる。


レコードキーパーになったら、1秒は子供の頃に感じる1秒と同じだってよく言うけど…

今はそれよりももっと長く感じる。


そんな永遠にも感じるほどの長く感じた1時間後。

12時を示すサイレンが鳴り響いた。


「何度聞いても懐かしいな。子供の頃、よく聞いたっけ」

「宮本君ってここの人だっけ?」

「父さんがさ、ここの出身なんだ。今は……まだ小学生じゃないかな」

「へぇ……じゃ、宮本さん家って、宮本君の親の実家だ」

「そーそ。だから気を付けとかないとね」


レンは苦笑いを浮かべて言う。

私と白川さんは2人並んでレンと速水さんの会話をじっと見ていた。


そんな永遠に続きそうな午前中も終わった直後。

家の電話が鳴り響いた。


さっきから微妙に感じていた、違反者が湧き出てくるあの感覚。

きっと、今いない彼らが動いて何とかしてくれるだろうと思っていたが…電話が鳴ったということは無理だったってことだ。



「……電話?」

「面倒ごとの始まりってね」


不思議そうに首を傾げる白川さんに、私はそう言って口元を小さく笑わせた。


「あ、私、出ますね」


速水さんは少し呆然としたのちに、鳴り響く電話を取りに立ち上がる。

私はふーっと溜息をついてレンを見た。


「レン、速水さんと動いて…」

「了解…レコード見てみろよ。数だけだな」


既にレコードを見て状況を確認していたレンは、そんなに気にしていなさそうな口調で言う。

彼に言われるがままに、私もレコードを開く。


赤字で書かれた人の名前と、現在地が一気に湧いて出てきた。

ざっと見積もって30人ちょっと。


これだけの数だというのに、皆レコードを違反しただけであるということに少し驚く。

これだけいるなら、てっきり別の世界から迷い込んできたのだろうと思っていたのだが…


「全員注射器…ただ…時間が足りないから少しは撃ってもいいかな」

「こっちは7人。1人頭大体4人ちょいやればいい。問題はないぜ」

「レンは車で回れる範囲。私はこの近辺」

「了解」


レンはそう言って立ち上がる。

私も白川さんの手を引いて立ち上がった。


「白川さん、行こう」

「待って、道具は2階の部屋なの」

「…付いていっていい?手ごろな拳銃でもあれば貸して欲しい」


横に立った白川さんはコクリと頷くと、私の手を引いて居間を出る。

19歳…158cmの私よりもほんの少し背の低い彼女の後についていって、急な階段を上る。


2階は幾つかの部屋に分かれていて、白川さんは道路沿いの部屋に入っていった。


「注射器があればいい?虹色?」


部屋の真ん中で突っ立つ私に、白川さんが言う。


「そう。レコードを見る限りは虹色のだけで良い…あと、手帳も」

「手帳は持ってる…注射器だけだね」


彼女は机の横の戸棚から、私が持つよりも小ぶりな注射器を取り出した。

そしてもう一つ、彼女たちが使う拳銃を取り出すと、それを私に寄越す。


「注射器で良かった…私はこれ、使えないから」

「ありがと」


そう言って、受け取った銃のスライドを少し引く。

弾は薬室に入っていないらしい。

弾倉を取り出して数えると、弾は7発入っていた。


「大丈夫かな」


そう言って、弾倉を戻してスライドを引く。

その後でもう一度だけ、少しスライドを引いて薬室に弾が入っているのを確認した。


「使わないに越したことは無いけれど」


私はそう言って、窓の外を見た。

雲一つない晴天で、カラッと晴れた日差しが照り付けている。


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