4.世界を超えた願い事 -3-
「…レン、今何時?」
暫く、銃を下ろして芹沢さんの亡骸を見続けた私は、そう言ってレンの方へと振り返る。
「3時39分…余裕だったな」
レンは普段と変わらない様子で言う。
私は小さく頷くと、芹沢さんの亡骸を蹴飛ばして、燃え盛るフェラーリまで飛ばし、潰れた車の方へと歩いていく。
「……これで私達の仕事は終わり…あとは、パラレルキーパーが仕事してくれることを祈るだけ」
そう言って、つぶれた車からレンのレコードを回収して、彼に渡す。
そのあと、後部座席からグレネードランチャーを取り出して、道端に放り投げ…椅子の下に落ちていた、向こうの世界のカレンが握っていた拳銃を拾い上げる。
「どうだろうな?上手くやってくれると思う?」
「彼らに同じ手は何度も通じない。だから心配はしてないよ」
私はそう言って、つぶれた車の後ろ側に寄り掛かるようにして座った。
レンも、私に倣って、私の左隣に腰を下ろす。
長いライフルは、車に立てかけるようにして置いた。
「…にしても、何だったんだろうね。あの芹沢さん」
2人で、車に背を預けながら、ボーっと前を見つめる。
私はカレンの拳銃を横に置いて、ジャケットからレコードを取り出す。
適当なページを開いて、その中に芹沢さんの名前を書いた。
「せりざわ…としあき…ああ、そういえばさっきのマンションに書いてたっけ…"芹沢俊哲"って」
そう言って、レコードに芹沢さんのレコードを表示させる。
基本的に、相手がどうであれ、レコードを見て過去を知るなんてことはやりたくなかったが…今回ばかりは好奇心の方が勝った。
横にいたレンも、ほんの少しだけ身を私に寄せて、レコードに表示された内容を見下ろす。
レコードが表示されると、最後の数行が赤い文字で記されていた。
一番新しい行動履歴から出てくるから…最後の2行だけ赤い…ということは、本当に死ぬ間際にレコードを違反したということ。
1978年7月8日午後11時58分:函館 西埠頭 警察官の銃撃による出血性ショック死
1978年7月8日午後11時45分:函館 西埠頭 中森琴を銃殺
その2行だけが、赤かった。
私とレンは顔を見合わせて、もう一度レコードに目を移す。
「どっちが裏切り者さ……」
「中森琴って…部長のことだよな?でも、警察官に撃たれたって…?」
私は、もう少し過去のレコードを表示させる。
1978年の、芹沢さんのレコードは…彼が道警の捜査1課の警部であったことと…その裏で数十名の若者を率いて銀行強盗をしていたことが記されていた。
もっとさかのぼると、彼は表の世界で順調に昇進を続け…その裏では数か月に1度、銀行や暴力団関係のオフィス…貸金庫などを襲う強盗団を率いていることが、生々しく記されていた。
最も古くからは、1959年に、地方銀行を襲って100万を強奪したことに始まっている。
「100万……」
「当時は今よりかは物価とか安いけど…今の換算でいくらだ?」
「…大卒の初任給で1万行くかどうかってところかな?歴史の資料集のうろ覚えだけど」
「ってなると……今は…まぁ、20万くらいだとして…2千万?」
「……ヒュー…」
芹沢さんたちの強盗団は、当初、芹沢さんだけで始まって…そこから徐々に人が増えていく。
榎田さんはほとんど最初期からのメンバーらしかった。
1963年には…部長とカレンが混ざり…人が増えるのにつれて、奪う金額も途方もない額になっていく。
「部長とカレンは…さっきのカレンを見ても40半ば。相当若いころに入ったの…」
1968年にはついに3億を超え…1975年には、東京の銀行から7億もの大金を盗み出した。
「不思議なもんだな…こんだけ派手にやってんのに…捕まらないって」
「…最初の数件以外の全てが道外…芹沢さん達は全員北海道の人間…よっぽど目立つことしなければ…姿さえ隠しきれれば…捜査線上にも挙がらないでしょうね」
私とレンは、レコードに生々しく表示された文字を見ながら言った。
「オマケに人は1人も死んでない。殺さずに奪っていったらしい」
「きっと…それがあそこで燃えてる芹沢さんとの違いだね…彼は容赦しなさそう」
「…で、その最期は裏切りによるもつれか?」
「そう…なのかな。最後の強盗だけ…もう10数年もやってない北海道の片田舎の銀行を襲ってる…その1つ前は、横浜の大きな貸金庫を襲ってるのに」
私はレコードの文章の一部分を指さす。
「芹沢さんの仕事中の呼び名は"ジャック"だって」
「次会ったらそう言ってみるか」
レンがそう言って小さく笑うと、ジャケットの中にいれた携帯電話が鳴った。
レコードを閉じて、携帯電話を取り出して、通話ボタンを押す。
「もしもし」
「レナか?…何か静かだな、そっち」
芹沢さんの声が聞こえる。
レンも、電話から漏れた声が聞こえているらしく、私の方を見た。
「ええ…ジャックは殺して今はフェラーリと一緒に燃えてるよ」
私はレコードに書かれていた芹沢さんのコードネームをわざと強調して言う。
「……どこで知ったんだそんなこと」
「そうだね…ビッグサイトで殺したカレンが最後に口走ってた」
「ったく…その呼び方はやめてくれよ?…で、ああそうだ。今どこにいる?こっちはもう全部終わって、ホテルに戻りだしてるんだが…お前らだけどうなったか分からなかったからな」
芹沢さんはほんの少しだけ、苦虫をかみつぶしたような声で言う。
私は周囲を見回して、信号の近くの看板に目をやった。
「ああ…そうだね…ここは…高速の9号を降りて木場っていうところ…乗ってた車は潰しちゃったから、足がないの」
「潰したぁ!?」
「ええ。高速降りてすぐのT字路に真正面からね。速度出てたから、高そうな車といえど運転席くらいまでグッシャリ」
私は他人事のように、言うと、芹沢さんはほんの少し呆れたようにため息をつく。
「高いんだぜそのBMW。ま、いいさ。今丁度近くにいたから、拾ってやる」
「ありがと…」
「5分くらいかな、それまではボーとしてろよ」
そういうと、電話が切れた。
それから5分後。
遠くに聞こえる喧騒にエンジンの音が混ざってくる。
音が聞こえた方向を見ると、私達が潰した車と同じ、黒いセダンが走って来た。
運転席にいる芹沢さんは、珍しく驚いた顔をしていて…横に乗った部長は何とも言えない、それでも、いい感情は抱いてなさそうな、独特な表情を見せる。
私とレンは、地面に散らばったライフルやグレネードランチャー…カレンの拳銃を拾い上げて立ち上がると、目の前に止まったセダンのトランクに長物だけを入れてから、後ろに乗り込んだ。
「お疲れ様です」
レンがそう言って芹沢さんの後ろに乗る。
私は何も言わずに部長の後ろに乗り込んだ。
芹沢さんは、ゆっくりと、静かに車を発進させる。
周囲に一般車が居ない中、不気味な都会の光景の中を、走り出した。
「随分と派手にやってまーまー……これは回収部隊の連中は可哀そうだな」
「ええ…車も…ガードレールも…」
部長はそう言って、私の方に振り返る。
私は、カレンの持っていた銃を見せると、首を傾げて見せた。
「そういえば、ビッグサイトの人達はよくあの数捌けましたね。人なんて撃てなさそうなのしかいなかったのに」
私はほんの少し怒った様子の部長に言った。
部長は普段と変わらない…いや、ふてぶてしいまでの私を見て、諦めたようにため息をつくと、前に向き直った。
「ああ…結局そこにはリンとチャーリーが向かったわ。カレンが死んでたから焦ったって言ってたけど…そう、可能性世界から混ざり込んだのね」
「はい…カレン、結婚して子供もいたみたいですね……」
「ええ。どっちも94年には死んでるんだけどね。ま、俊哲と同じで…可能性世界の話だし、生きてても不思議じゃないか…」
「そうなんですね…高瀬ミナトさん。年とっても相変わらず若々しかったですよ」
私はそう言って、彼女が持っていた拳銃をじっと見つめる。
「2人とも、戻ったら着替えてロビーに来いよ。シャワーくらいは入ってる時間はやるが…すぐに帰って、時間を巻き戻すからな」
芹沢さんは会話が途切れた直後にそういった。
「やっぱり戻すんだ。今度は何時まで?」
私はバックミラー越しに見える芹沢さんを見ながら言う。
「1977年…もうその付近にできてる可能性世界はすべて潰し終えた…昭和まで戻るが…そのあたりは許してくれ」
芹沢さんの言葉に、私とレンは顔を見合わせて肩を竦める。
1977年…昭和の世界。
まさか平成2桁生まれの私達が、昭和にまで戻るとは思いもしなかった。
「77年…か」
「だからあの家はもう暫く使えない。コトがデカいアパートを確保したから、そこで暮らすことになる」
「また家具を買い替えないと…芹沢さん、札幌の施設とかはそのままなの?」
「ああ…そのままだ。榎田が相変わらずいるだろうから、奴にでも言えばいい。車は…勝手に用意してもうガレージに入れてある」
「わかった。ありがと」
私はそういうと、シートベルトもしていない後部座席で、コテンとレンの方に倒れ込んだ。
緊張がほどけると、一気に襲ってきた眠気。
「それじゃ、少し寝かせて…疲れたから」
私はレンにそういうと、彼の足の上でそのまま目を瞑った。




