4.世界を超えた願い事 -1-
「君たちは芹沢を追うんだ」
前田さんの声が耳に聞こえる。
私は目を見開いて、自分の予感が正しかったことを確信した。
「今やってます。その…ついさっきから…芹沢さんには言いましたけど、殆ど独断です」
「……そう。好都合だったか」
「さっき芹沢さんに言って調べなおしてもらってるんです。この世界のタイムリミットをね。さっきビッグサイトで処理した人間の反応を見て…嫌な予感がしてて…」
私は隠さずに正直に言った。
すると、電話越しの前田さんの声が、ほんの少しだけ驚いたようなものに聞こえる。
「良い勘てる。一誠が調べなおしたら、リミットは夕刻6時。あと3時間弱。最後の場所は国会議事堂…手は問わない」
「わかりました。いまレコードで芹沢さんの乗ってる車は補足できてます」
「ああ…僕達…ほかの連中は残党と、新たに湧き出てきた連中を抑え込むのに手一杯だから、援護は期待しないでくれ」
「え?転送装置はすべて破壊したはずじゃ…」
「ああ、だが、別の可能性世界が混ざって来た。残党はあと少しで狩り終えるが…もう一方も、初動で抑え込めなかったらアウトさ」
前田さんは淡々と、悪くなっていく一方の情勢を伝えてくる。
「兎に角…芹沢さんは必ず仕留めますね…」
「ああ、今度は僕達がヘマしなければ済む話。今度は間違えない。それじゃあ…任せた」
そう言って、電話を切られる。
私は携帯電話を仕舞って、レンの方を見た。
「何だった?」
「前田さんから。芹沢さんを追えってさ。私が正しかった。期限は夕方6時ね…最後は国会議事堂で事が起きるんだって」
「……今は芝浦すぎた所…今芹沢さんはどこにいる?」
淡々と告げると、レンはアクセルの踏む量を上げる。
開きっぱなしにレコードを見ると、新たにな情報が浮かび上がっていた。
"15時07分:霞が関付近・国道1号線→412号線"
「霞が関で412号線に出てる…」
そう言って、カーナビを操作して、地図の表示を広げた。
「芝公園で降りる必要はなさそうだね。一ノ橋ジャンクションを右に折れて、ずっと真っすぐ…谷町ジャンクションも真っ直ぐ…」
「了解」
そう言って、レンはハンドルを切る。
一瞬の強い揺れに、一瞬目を見開いた。
浜崎橋のジャンクションを左に折れたらしい。
狭い、高速道路とは到底思えない道を、レンは常識外れの速度で走らせていた。
入り組んだ道を、左に、右に進みながら…
狭く、荒い道を進んでいく。
レコードの新たな情報を待っていると、一ノ橋ジャンクションが見える手前あたりでレコードが更新された。
"15時11分:霞が関料金所"
「レン!乗って来た!霞が関の料金所!」
「よーっし、フェラーリなら嫌でも目立つな」
高速道路に上がって来たフェラーリのことを伝えると、レンは顔をニヤリと笑わせた。
「レナ、後ろの座席に置いてるケース。開いてみてくれるか?」
道の込み具合のせいで、一瞬速度が落ちた時、レンが言った。
「部長が渡してくれたんだ。グレネードランチャー。見つけたらサンルーフ開けっから、ぶち込んでやれよ」
レンに言われて、小柄な体をひねり、後部座席のケースを持ってくる。
留め具を3か所外して、大きなケースを開けると、中には独特な形の銃と、大きな弾薬が5つ入っていた。
「そういうこと…」
ライフルと同じく、遠い昔に使った記憶があるそれを取り出す。
引き金の先が、不自然に空洞になっていて…その部分に5発の弾丸を込めていく。
手際よく大きな弾を込めていって、カシャン!と発射準備を終えると、ケースを後部座席に放り投げた。
ついでに、さっきまで使っていたライフルも、後部座席に放り投げる。
「随分と用意がいいんだね」
「部長に言ってくれ。何だってそんなもんが入り用になるって思ったんだか」
「ま、それが部長だから」
ようやく、込み合った一般車の切れ目が見えた。
レンは強引に車を寄せながら抜けていくと、一気に加速して、谷町ジャンクションを抜けていった。
メーターの針が200を超えて、なおも加速を続けようとするが…
カーナビをチラッと確認したレンはアクセルから足を離す。
軽くブレーキを踏み込むと、スピードメーターの針は一気に下がっていき、緩やかに下った右カーブを曲がって、トンネルの中に入っていった。
「右?左?」
「左!」
トンネルを入ってすぐの左カーブ。
分岐していたが、私が左と叫ぶと、レンはほんの少しだけブレーキを強く踏んで、外に飛び出そうになった車を制御する。
トンネル内にスキール音が響き渡り、トンネル内の淡いオレンジ色の光がサイドガラスから流れるように入ってくる。
「フェラーリは?」
上手く車を制御しきったレンが叫ぶ。
"15時15分・都心環状線・神田橋方面"
「神田橋!次の分岐は右!」
レコードに目を落として、書かれていた内容を見て、カーナビを見て、すぐに叫んだ。
レンは右手でサムアップして見せると、前をじっと見つめたままアクセルを踏み込む。
地上に出て、再び地下に潜って…再び地下へ…
分岐を右に切れていき、そのまま道なりに突き進んでいく。
「近づいてるよな?」
「うん!向こうは私達が追ってることなんて知らないだろうからね!」
レンの言葉に、そう言ってフロントガラスの向こうの光景を見つめる。
直線に出て、皇居のお堀が右手に見え…そして、右にカーブする。
代官町の看板が見えた。
レンは大きなトラックを右に避ける。
ひゅうっと、大型のセダンが右車線の壁ギリギリにまで近づいた。
トラックの横を抜けて、右車線に居座る邪魔な配達トラックを左に避ける。
今度は左に大きく、車体が揺れた。
そうして追い抜いた、その向こう側。
丸いテールランプが光る、真っ赤な背の低い車が遠くに見えた。
「あれか?」
「あれだ!」
レンの声に、指を指して叫ぶ私。
レンはライトを点灯させると、真っ赤なフェラーリの真後ろまで迫っていった。
「今度は当たり負けしねぇよな!」
そう叫んで、テールに思いっきりセダンの鼻先をぶつける。
私は思わず前によろめいた。
「何するの!?」
「壊したってどーせホテル持ちなんだと」
よろめくフェラーリ。
直後に、甲高いエンジン音が鳴り響いた。
「さて、レナ。撃てるか?」
「無理無理無理!他の車が多すぎる!例えレコードに影響が出ても、一般人が巻き込まれて死ぬのは不味いの!」
「…だよなぁ…」
甲高い音を発して逃げ出すフェラーリを、レンはぴったりと追いかけた。
一般車を右に左に交わして、加速区間でグイグイとフェラーリに迫っていく。
そして、さっきのようにもう一回。
ガツン!と鼻っ面をテールに押し当てた。
直後に迫る分岐。
フェラーリは体勢を崩して、左側面を壁にヒットさせながら左カーブを曲がっていった。
私達の車も、ほんの少し掠めて、左のドアミラーが吹き飛ぶ。
そのまま、全開で加速していく最中、レンはサンルーフのスイッチを押した。
今までは、高級車らしく、まだ静かな車内だったが…一気に風の巻き込む音が大きくなった。
「湾岸に行ってくれりゃいいのによ…うまく追い込むか…」
ボロボロになったフェラーリで、レンの追撃を右に左に交わす芹沢さんの駆るフェラーリ。
レンは歯を噛み締めると、フェラーリの左右に車を振る。
「この先の分岐、どうすれば湾岸につながるんだ?」
「江戸橋を真っ直ぐ!箱崎を右!」
「あいよ」
レンは私の叫び声にそういうと、目の前に迫ったジャンクションの看板をチラッと見る。
一瞬で通り過ぎた…潜り抜けた看板には、湾岸線…箱崎の文字が見えた。
「よし…次は箱崎だな…」
そう言って、狭い2車線を、尋常じゃないスピードで駆け抜けていく。
コツコツと、フェラーリに車体を当てて、壁から火花を散らせながら、入り組んだ道を抜けた。
やがて道は合流し、4車線の広い道に出る。
看板や、地面には湾岸線への案内がひっきりなしに出てきた。
湾岸につながるのは一番右車線。
レンはフェラーリの左に一気に出ると、微妙な力加減で車を左車線に押し込む。
そして、そのまま箱崎ジャンクションを右に折れていった。
カーナビは、現在地を首都高速9号深川線であることを告げてくる。
さっきまで周囲にいた一般車両は、徐々に数を減らしていき、9号に乗ってから、数台の一般車両を追い抜くと、前にいるのはフェラーリだけになってしまった。
「……ここでもいいんじゃねぇか?」
「うん…」
さっきまでの込み具合から、急にこうなると、どこか不気味な感覚にとらわれる。
反対側も、居ないとなると…そう感じるはずだ。
レコードを開いて、トンとページを叩く。
「嫌な予感…」
とにかくこのレコードが映し出す最新情報を表示させてみると、思わず言葉を失った。




