2.退屈な平成は昨日まで -3-
狭い通路を抜けて、ようやく空港の中に通じる扉が見えてくる。
思えば、そこそこ遠くまで行っていたんだなと、今さらになって実感した。
重たい扉を開けると、薄暗い通路に明るい光が差し込んできた。
夜の空港の景色が目前に広がる。
そして、入り口の近くには、私達の仲間が駄弁っていた。
「あ、お二人さん、お疲れ~」
「よう、お疲れさん」
私達に気づいたリンが声を上げ、レンが手を振って言う。
私も手を振ってそれに応えた。
「レナ、芹沢さんが、お前が来たら呼んでくれって言ってたぜ」
レンと何か会話していたチャーリーが、そう言って親指で芹沢さんの方を指す。
少し離れたところで、芹沢さんは、浦和さんと…あと1人、左目に縦傷の入った男の人だ。
「ありがと」
チャーリーにそう言って、小走りで芹沢さんの方へと向かう。
芹沢さんも、他の2人も私に気づいてこっちを見た。
「じゃ……浦和、現場は頼んだ」
丁度話の終わり際だったらしく、浦和さんは私に会釈すると、芹沢さんから離れていく。
「よう、レナ。お疲れさん」
「ええ…この人は?」
浦和さんいた場所に立った私は、芹沢さんの横に立つ男の人を見ていった。
年は私と同じくらいだろうか?もっと低くも取れるが……目の傷のせいで、そうは見れない。
「初めましてじゃないんだけどね。僕は小野寺一誠。俊哲の上司といえばいいのかな」
彼は若々しい声でそう言った。
上司……といった。レコードで年を引き下げるにしても、下げすぎやしないだろうか?
「上司…そして、会ったことありましたっけ?」
「まぁ……4年前に1度っきりだけどね。それにあの時の君は傷だらけだったから」
「ああ、そうですか。すいません。覚えてないです」
そう言って私は小さく頭を下げる。
彼はそんな私を見て目を見開くと、すぐに小さく笑った。
「クックック…あの子がこうなるとはね。君の奥さんはよくやったよ」
「奥さんって、あいつは子供くらいには歳離れてますって」
「で、俊哲、これ、そうじゃない?聞きたいことの正体」
そう言って、笑い顔を急に真剣な目つきに戻すと、私が手に持った機械を指さす。
私も、芹沢さんに会ったら渡そうと思っていたので、手に持った機械を顔の高さまで持ち上げた。
「これ…殺した連中が持ってたもので……」
そう言って、機械を芹沢さんに渡す。
「見たいですね…連中が持ってたものか」
芹沢さんは、機械を持って見回す。
横にいた小野寺さんも、横からその機械を見回していた
「はい…さっきまで電源入ってて…今日の日付がモニターに映ってたんですけど…」
真剣な目つきで、機械を見回す2人に言う。
ひとしきり時間をかけて機械を見終わった2人は、一瞬顔を見合わせると、私の方に振り返った。
「聞きたいことってさ、何か転送装置のような機械なかった?ってことだったんだけど」
小野寺さんがそういって機械を見る。
「まさか回収できてるとはね」
「ああ、見たことあるやつよりも小型だから、仕組みはわからんが…今までに見つかってる転送装置と作りは似ているからな…人間を飛ばす転送装置。レナ、お手柄だぜ」
そう言って、芹沢さんは小野寺さんに機械を渡す。
それから私の頭をガシッと撫でた。
「あの彼女が子供なら、この子は孫って?」
「そんなとこですかね」
目をつぶって、すぐに開く。
砕けた笑みを浮かべた芹沢さんに、小野寺さんが揶揄うように言った。
「これのおかげで僕の役目も果たせそうだ。君の昔の仲間は何時だってやってくれるから、こっちは楽なもんさ」
そう言って、小野寺さんはポンと私の肩を叩く。
2人はそこまでは、優し気な表情をしていたが、すぐに真剣な眼差しになる。
「あとは…あの人に?」
「ああ…千尋に解析を任せればいい。ただ、これが見つかったってことは…これだけで事が済むとは思わないことだね」
機械を片手に持った小野寺さんは、右手に持った機械をポンと投げてキャッチする。
「じゃ、僕は戻るよ」
「はい、お願いします」
そういうと、小野寺さんは振り返って歩いていく。
途中、柱に寄り掛かっていた白髪の女の子に声をかけて、2人並んで去っていく。
「なんだ、前田さんあそこにいたのか」
「…前田さん?」
「前田千尋さん。先輩が生きてた時の同僚だって」
「へぇ…」
私はそう言って、通路の曲がり角に消えていく2人を見ると、芹沢さんの方を見た。
「それで、私達の役目はここまででおしまい?」
そう言って、気づけば後ろでパラレルキーパーの人と何かを話し合っている部長達に目を移す。
「ああ、一先ずは…これで終わりだ」
芹沢さんは、どこか自信なさげな口調で言った。
「自信無さげですね」
「ああ…前の1件のせいでこの辺り一帯が弱くなってるから、何かあるならここだって踏んだんだが…どうにも手ごたえが薄くってな」
そう言って、レコードを手に持って開いた。
レコードキーパーの持つ、緑色のハードカバーではなく、青いハードカバーの本。
それを開いて、何かを書き込んだ芹沢さんは、また首を傾げる。
私は、そんな彼のレコードを横から覗いてみたが、文章量が多すぎてすぐに何が書かれているかは分からなかった。
唯一、"東京"の文字だけが頭に残ったが……
「東京?」
「イラつくな……まるで心が読まれてるみたいだ」
「芹沢さん?」
レコードに表示させた文章が気に障ったのか、見たこともない芹沢さんがそこにいた。
ほんの少し眉間に皺を寄せて、歯を食いしばって、少しだけ口元を綻ばせた表情。
「俊哲!」
そこに、先ほど去っていった小野寺さんの声が響く。
その声は、後ろの皆にも通っていき、部長達もこちらを見た。
彼は前田さんという女の人と一緒になってこちらに駆けてくる。
「先輩?」
「俊哲だけじゃない、君たち全員こっちに来るんだ!」
そう言って、さっきの穏やかそうな口調が一切ない彼の言葉に、全員の緊張感が一気に増した。
気づけば、レンが普段の立ち位置に来ている。
「今から東京に来てほしい、もうこの世界のレコードは、これ以降何にも意味を成さない!東京の連中が持たなかったんだ」
「何だって!?」
早口で捲し立てた小野寺さんの言葉に、芹沢さんが目を見開いて言った。
「東京につい5分前に流入した連中が直後に羽田で爆破テロさ。首都はお祭り騒ぎってね!」
そう言って、小野寺さんはついてくるようなジェスチャーを見せて背を向けた。
歩き出した小野寺さんを、皆で追いかけるようにして後に続く。
白髪の女の子がいないと思って振り返ると、私達の後に続くパラレルキーパー達に何かを告げていた。
「さっき、20分後に出る成田行きの飛行機のレコードをすべて書き換えた。7番ゲートから出る飛行機さ。君たちを乗せるためにね」
サラっととんでもないことを言った彼は、一度部長の方を見ると首を左右に振った。
「レコードを書き換えたって、小野寺さん、貴方いったい何を?」
部長も流石に驚いたのか、珍しく驚愕の表情を浮かべて小野寺さんに食って掛かった。
「君が作ったっていうコードを実行したのさ、Code:004。もう連中をどうにかしてもう一度やり直すしかない」
彼は肩を掴んできた部長の方を見ると、調子を変えずに言う。
「やり直すって、また時間を?」
「ああ…俊哲、君はここのレコードキーパーの指揮を任せるよ。なりふり構わず行くしかない。スクランブルは出した。暫く優先的にこの世界に人員が回される。レコードキーパーも、この国の半分は集めて対処しようと思ってるよ」
「半分……」
「初動で動いた仲間から僕にヘルプが来たんだ。丁度この世界にいてよかったよ。下手すると2日後にはこの世界は狭間送りになるからね」
「……」
そういっている間に、出発ロビーの近くまで来てしまった。
小野寺さんは一般人のあまりいない検査場のラインを過ぎていく。
後に続く私達も、そこを通ったが、そのたびに金属探知機が反応した。
それでも、検査員は何も言わずに、話しかけもせずに反応もせずにスルーする。
もう、この世に生きるすべての動物たちはレコードの通りにしか動かないから、そうなるのだ。
「さ、もう搭乗口は開いてる。入り次第、すぐにフライトさ」
そう言って、小野寺さんが搭乗口に入っていき、あとに私達が続いた。
普段は搭乗口で、案内をしているはずの係員は私達のことを気にも留めず、まるでそこにいないかのような振る舞いを見せる。




