1.それは遠い昔の2人 -2-
暗い店内を歩き、エスカレーターに乗って2階に上がる。
そこから少し歩くと、家具や家電が並ぶ売り場にたどり着いた。
「本当にやってんのか?暗いぜ?」
売り場を前にしたレンが、並んでいる商品を見ながら言う。
「使うときにしか開けない。普段は開けとくだけ開けて…用事があるときだけ明かりを灯すの」
横に並んで、同じように立ち止まった私はそういうと、暗さを気にせずに中に入っていった。
売り場に足を踏み入れた途端、急に明かりが付き、家電売り場では、並ぶ商品にも電源が入る。
まるで本当の家電販売店みたいに、商品が動き出した。
「ね?」
「はー…暗けりゃ暗いで不気味だが…誰もいないでこうなるとこっちも怖いな…で、他の人は?」
「さぁ…?別の場所にいるんじゃない?」
「店員は?」
「いるよ。そろそろ出てくるはず」
「そろそろって…」
売り場の中…テレビが並ぶ前で私は周囲を見回す。
レンも私につられて周囲を見回した。
すると、私達が歩いてきた方向から1人の男が姿を見せる。
店員の格好をした男だ。
「ホラ、出てきた」
「なんかホラー映画の最初って感じだな」
私とレンは並んだまま、彼がこっちに来るのを待つ。
「やぁ、レナちゃん。お疲れさん。彼氏連れかい?」
ひょうきんな声の男はそう言って手を挙げる。
「どうも…こっちは部下のレン。この前の1件のちょっと前にレコードキーパーになったばかり」
私は動じずに答える。
「知ってるさ。派手なことやったみたいじゃない。君も…レン君か。俺は榎田。ここの店を仕切ってる。レコードキーパーだけど、それらしい仕事は滅多にしてないな」
「ども…宮本簾です…仕事をしていないって?」
「クク…サボり魔だから、俺」
レンが礼儀正しく挨拶すると、榎田さんは優し気な笑い顔で答えた。
「彼、ここ一帯の建物とかお店の管理をしてる人なの。あとは…色々と物を調達してくることにも長けてる。そしてあともう一つ…お医者さん」
私が代わりに彼の素性を伝える。
レンは少し驚いた顔をして私を見た後、榎田さんの方に振り返った。
「ま、そんなところ。ボロボロだった彼女を直したのも俺なんだ。…治しきれてないところもあるけど」
「右目はいいの。片方あれば十分…この前の時は久しぶりに動いたらしいけど、どうだった?」
「あんときは忙しかったよな…偶には運動しとかないとって痛感したよ…で、ここに来るってことは、家具家電か?」
「そうそう、それで、時代撒き戻ったから、家具とか家電、殆どないの。何か適当なの繕ってくれない?」
私はそういうと、少し距離が開いた場所にいるレンの手を引いてくる。
レンは何も言わずに、少し緊張した顔で横に立った。
「前と違って2人暮らしだしね」
「ヒュー…ま、いいさ。何がいる?」
「これに書いてる」
そう言ってメモを渡す。
彼は小さな文字で書かれたメモを、少し目を細めて読み取ると、すぐに歩き出した。
「ま、当たり障りのないの選んでおくよ」
そう言って、彼はメモに書いてある家電の前に立って、注文カードを取っていく。
私は何も言わないで、彼が取ったカードを受け取るだけ。
別に、家電に拘りなどないから、彼が適当に選んだもので十分なのだ。
適当に…なんて言っているが、ここに並ぶのは榎田さんが選りすぐったものばかり。
だから、性能も何も心配することはない。時代の最先端の物ばかりだから。
「しっかし1999年とはね、懐かしいよ、俺にとっちゃ」
「榎田さんはお幾つなんです?」
「秘密。コトとかカレンよりも上だけど。俺が言ったら連中に何されるかわかったもんじゃない。彼女達も、俊哲も、昔からのツレだった。レコードキーパー歴は彼女達よりも短いんだけどね」
「へぇ……」
適当に会話を交わしながら店内を歩いて回る。
炊飯器に洗濯機、冷蔵庫を決めて…掃除機も今取った。
テレビ売り場の前に来て…ズラリと並ぶ重そうなテレビを眺める。
「この前まで4Kだかハイビジョンだか言ってたのによぉ~…地デジだっけ?あんなのもあったな。薄かったテレビも、こんな分厚いのが最先端だ」
「テレビなんて映れば何でもいいけどね」
「相変わらず拘りないねぇ~…レン君は?そういうのないの?」
「アハハ…そういうの、ないっすね」
レンがそういった後、榎田さんは一番大きなテレビの注文カードを取って私に渡した。
「そーいや車変ったんだね。懐かしい、派手なの入って来たなーって見てたんだけどレナちゃんだって気づかなくってさ、今の時代だと新車で買えるセブンじゃない。前のどうしたの?」
一通り、必要なものも揃ったので、レジまで歩いていく。
会計といってもカードだし…ただカードを切っておしまいで、世間話がメインだが。
「前の1件、最後の最後にカーチェイス演じて、その時に壊したの。撃たれたし、ボディは地面に打ち付けるし、エンジンは壊れたしって…アレは芹沢さんが用意した2台目」
「そう、なら俊哲の奴、返してくれればいいのに。アレ、俺が昔乗ってたやつなんだけど」
「え?そう…なんですか?」
そう言って、ちょうどたどり着いたレジ。
私はその前の椅子に腰かける。
横にレンも座って…榎田さんはテーブルを挟んだ向かい側に立った。
「そーだよ、80年代、東名高速でブイブイ言わせてた頃の車。290キロまで出るかな?速かったろう?」
「まぁ…はい」
「次のセブンは壊さないでよ、あれも俺の乗ってたやつだから。前のよりもっと速いから気を付けなよ」
そう言って、彼は人懐っこい笑みを浮かべる。
「了解です。気を付けますね」
そういうと、コートの内側から財布を取り出して、カードを出して彼に渡す。
「さて…カード借りるね…っと。よーし、終わり」
榎田さんも、慣れた手つきでカードを切ると、すぐにカードを返してくれた。
「しっかし、他の連中も掌が回り易いよな、前までレナちゃんのこと化け物扱いしてた癖に、今回の1件で一転してヒーローさ」
榎田さんは、不意に寂し気な顔で言う。
「……ヒーローと化け物はコインの表と裏ってわけで…ああ、そうだ」
私は財布をコートの中に仕舞い…代わりにあるものを取り出す。
それはつい先日。最後に処理した可能性世界の公安2人組の車からとって来たケースの中身。
小さくて軽い拳銃。力のない私にとっては願ってもない拳銃だった。
「拳銃?」
「この前処理した2人組が持っててね。2丁…ちょうど前のと同じ黒と銀色のだから、メインとサブで持とうかなって…で、これの弾とか分からないから…」
そういいながら、取り出した黒い拳銃を榎田さんに渡す。
「ふーん…なんだP230じゃない。OKOK、問題ないよ。家具とかと一緒に運んでいい?」
「お願い」
そう言って、返された拳銃をコートに仕舞う。
小さいから、内ポケットにも入るサイズ。扱いやすいことこの上ない。
「前のも、レンにあげたから、そっちのも頼める?」
「ああ、やっとくよ。簡単さ」
そう言って、笑う彼に小さく頭を下げる。
そして、すっと席を立った。
「じゃぁ…帰ろうかな」
「え、ああ。なら…榎田さん、また…」
そう言って2人でペコリと小さく会釈する。
「そうだ、お二人さん」
背を向けた途端に、榎田さんの思い出したような声。
「?」
「まだ若いから釘刺しとくけど…この前みたいなこと、2度も3度もできるもんじゃないからな?きっと次はないって、ちゃんと先のこと考えとけよ?今度同じようなことがあったら…その時はもっと早く、スマートに終わらせるんだってな」
私は一瞬驚いて、榎田さんの首元に視線を落としてから、再び彼に目を合わせる。
「…了解です。榎田さん。カレンが言いそうなことですね」
「だろうな。アイツならそう言うか…ま…コトに俊哲が居れば、このありきたりな忠告も無駄だけど。クク…ただの口うるさいおっさんの小言だよ」
「いえいえ、榎田さん"達"の忠告って、必ずどこかで出くわしますから…嫌でも頭に残りますよ」
私の返しに、今度は榎田さんが驚いた顔をして、すぐに表情を砕けさせた。
「最初のころから随分と丸くなったもんだな…ま、ちゃんと頭使ってんなら、大丈夫だろ…多少は誤魔化しも聞くんだし」
「ですね…それじゃぁ」
そう言って、元の方向に振り返る。
ほんの少し歩くと、後ろの方からの光が消えた。
「榎田さんは部長達のお仲間だった人でね、本職はお医者さんなの」
暗くなった店内を歩きながら、私は口を開いた。
エレベーターを降りて、外の明かりが差し込んでいる出入り口に向けて歩く。
「ああ…言ってたな…医者に見えないけど」
「まさか私の乗ってる車の元々の持ち主だとは思わなかったけど…あの人、ああ見えて結構狂ってるところあるからね」
「狂ってる?」
そこまで言って、目の前に迫った自動ドアが開く。
そのまま外に出て、車の方へと歩いて行った。
「もう、マッドサイエンティストってのが似合う人。ああ見えて、人のこと実験体にしか見てないフシがあるの」
「はぁ?」
レンが驚く顔をしてこっちを向く。
私は横目でそれを見て、クスッと笑った。
「死んだ人間にだけだけど…患者相手には信頼されてたそうだよ」
「……へぇ」
レンが何とも言えない顔をする。
そのまま、車のところまでやってきて、私は来た時と同じように助手席に座った。
エンジンがかかり、独特なアイドリング音を少しの間聞いてから、ゆっくりとレンは車を動かした。
そのまま駐車場から車道に出ると、来た道を戻っていく。
「レコードキーパーになったばかりの頃は…半分死んでたようなものだから…右目の周り、見たでしょ?」
そういいながら、窓を開けて…さっき切ったコンソールのスイッチを入れた。
「ああ…」
レンは特に気にする様子もなく、会話を続ける。
「全身がああなってた感じ。それを榎田さんに治してもらったの」
「……どうやって?」
「わざと安楽死させて、死んでる間に治療して…で、蘇生する…の繰り返し。前に言ったでしょ?生き返る手前で人間だった時の治癒能力がどうのこうのって」
「ってことは…何回死んだんだ…?」
レンは苦虫を噛み潰したような顔になる。
私はそんな彼を横目に見ながら、涼しい口調で言った。
「4桁に届くかどうか…ね?榎田さん、中々狂ってるでしょ?」
「狂ってる……レナもな」
「フフフ…そうでもしないと、右半身は麻痺しかけてたし。完璧に直そうと思えば、榎田さんは治せる。でも完璧には治してないから、ちょっと動き悪いけど」
そう言って、右手を握って、開く。
「しっかし…どんな集まりだったんだろうな、部長さん達」
「さぁ…?レコード見ようにも、漢字が分からないから何とも…見る気もないけど」
「まさか大昔からのレコードキーパーだったりしてな。江戸時代から~とかの」
「榎田さんが90年代まで普通の人だったんでしょ?」
「ま、だよな…少なくとも90年代にこのセブン乗れてて…で、80年代に前のセブン乗ってて、医者か…80年代当時20前半。90年代当時30って考えりゃ、1950年後半から1960年前半生まれってとこかな」
「……この車に乗るころには40代とかかもしれないよ?」
「こんな危なっかしいのに乗ってる40代って?少し落ち着いたらどうだ?とか言いたくなるが」
レンはそういうと、ギアを2速まで一気に落としてアクセルを踏み込んだ。
「キャ!」
一瞬、暴力的に加速した車は、激しく後輪を暴れさせる。
「な?」
「……ええ…驚いた」
すぐに5速に入れ直し、落ち着いた車内で、私はレンを少し睨んだ。
レンは悪戯っ子のような笑顔を浮かべて見せる。
「すぐ後ろが裏切る車なんて乗らないだろ?まして頭よさそうな医者が。慣れてきて思ったけど、これ危なっかしくてしょうがない」
「……それくらいなら、年齢なんて気にするのかな?まだ若いじゃない」
「おいおい、2015年当時50中盤だぜ」
「まぁ…年ばっかり増えて、体年齢10代後半とかいう、特殊な状況になればそうなるのかも」
「ハハ…言えてる。俺らもそうなるんだろうよ、30年くらいたてばわかるかもな」
そう言って、2人で少しの間笑う。
そうこうしているうちに、レコードキーパーしか通ることがない山道は終わりが見えてきた。
赤信号が見え、車通りの多い国道が見えてくる。
「4時過ぎか…昼食ってなかったな。どうする?どっか寄るか?」
車の速度を落としながら、レンが言う。
「案外、お腹空いてないんだよね、レンは何か食べたいのない?そこで適当に軽めの食べようかな」
「んー…俺も軽めでいいんだよな」
レンはそう言って、ボーっと赤信号を見つめている。
すぐに目を少し見開いて、私の方を見た。
「なら銀河通りのアップルスターにでも行くか」
そう言って、最近よく行く喫茶店の名前を挙げる。
そこなら、コーヒーだけでも、ちょっとした食事でもあるから…丁度いい。
「いいかも…」
「なら、そうすっか」
その直後、信号が青になる。
レンはゆっくりと車を発進させて、右に曲がると、混み合った国道の流れに車を乗せていった。




