エピローグ
次に私が目を覚ましたとき。
目の前にあったのは、真っ白な天井だった。
「あれ……ここは?」
呟きながら、私は上体を起こす。
すると――私の周りには、見知った仲間たちの姿があった。
「アリス、目を覚ましたの!」
「ユピ。私、一体……?」
「丸一日も眠ってらしたんですわよ。まったく、あんな強力な魔法を連続で行使するからですわ。いくら自分が強いからって、無茶しすぎではなくって?」
嫌みとも心配してるともつかない、そんな言葉を掛けてくるのは、チェリル。
「丸一日……そっか。私、あのあと眠っちゃったんだ」
魔王グランロッサの声と会話をしたあと。
リーリカに強く抱き締められながら。
魔力を使いすぎたからか、私はどうやら意識を失ってしまったらしい。
「でも、よかったよー。もう目が覚めないんじゃないかって、リーリカちゃんが心配してたんだからー」
ミルミーがいつもどおり、満面の笑みを浮かべる。
そして、その後ろから。
ユピに背中を押されつつ、リーリカがこちらへ近づいてきた。
「リーリカ……」
「――アリスっ!」
ガバッと。
リーリカが私の身体に覆い被さるようにして、抱きついてきた。
「ちょっと、リーリカ。そんなにしたら、痛いって」
「あ、ご、ごめん……。でも、あたし。アリスが目を覚まさなかったら、どうしようって……ずっと」
そう言ってリーリカは、ぽろぽろと涙を零しはじめる。
嗚咽まで漏らしちゃって。
リーリカってば……そんなに心配してくれてたんだね。
「ほら、リーリカ。泣かないで。私は大丈夫だから」
「……うん」
私が頭をポンポンって撫でると、リーリカはごしごしと目元を拭って、泣き腫らした目のままにっこりと笑った。
「ちぇー。リーリカを励ますのは、うちの役割だと思ってたのになぁ」
そんな私たちの後ろで、憎まれ口を叩くのはキサラさん。
壁にもたれ掛かって、頭の後ろで手を組んでいる。
「ねぇ、リーリカ。うちにも頭撫でさせてよ? 優しくしてあげるからさぁ」
「やです。私の頭は、アリス専用なんだから!」
私専用の頭って、どういうことなのよ。
よく分かんないことを言って、私の胸に飛び込んでくるリーリカに、思わず苦笑してしまう。
「はぁ……やっぱりアリスの近くは、落ち着くわ。いいにおいもするし、柔らかいし」
「ちょっ!? そんなこと言いながら、私の胸を触るのはやめてってば、リーリカ!」
そんないつもどおりの掛け合いをする私たちに、ユピたちみんなも笑い声を上げる。
そんな光景に――私はふっと胸が軽くなるのを感じる。
ヴェルゴーシュとの死闘という非日常を乗り越えて。
私は取り戻したんだ。
眩しいくらいに明るくて、底抜けに楽しい、この平和な日常を。
「あ……そういえば、チェリル。丸一日寝ちゃってたって、言ってたよね?」
「ええ。ぐっすり眠っていらっしゃったものだから、もうとっくに日をまたいでしまってますわよ」
「ってことは、今日は日曜日?」
「そうだよー、アリスちゃん」
そうか。じゃあ、今日は……。
私は腰を浮かせて、スカートのポケットに手を突っ込んだ。
そしてごそごそと、『あれ』を探す。
「ちょっと、アリス。もう少し寝てなくっちゃダメだって。まだ目を覚ましたばっかりなんだか――」
「リーリカ……ごめんっ!」
「え?」
私の突然の謝罪に、リーリカは戸惑ったような顔をする。
「ほら、昨日。ヴェルゴーシュが襲ってくる前――私とユピで出掛けてたのを、リーリカってば気にしてたでしょ? だから、ごめん。リーリカを不安にさせちゃって。仲間外れにされたって、思わせちゃって」
「そんな……いいよ、そんなこと」
ううん、よくないよ。
私だって多分、リーリカとユピが私を置いて出掛けちゃったら、なんだかもやっとした気分になっちゃうと思うもん。
これまで友達がいなかったから、あんまり意識したことなかったけど。
友達から除け者にされたなんて感じたら、辛くて仕方ないに決まってるよね。
理由があったとはいえ、本当に……ごめんね、リーリカ。
「聞いてほしいんだ。あのときはどうしても、リーリカを連れていけないわけがあったんだってことを。それは絶対に、リーリカに嫌な思いをさせるためじゃなかったんだってことを」
そして私は――ポケットからひとつの箱を、取り出した。
ヴェルゴーシュとの戦いのせいで、ちょっと砂埃がついちゃってるね。
ごめんね。本当はとびっきりきれいな状態で。
最高のシチュエーションで……渡したかったんだけど。
「誕生日おめでとう、リーリカ。生まれて来てくれて……そして私と出会ってくれて、ありがとう」
「……え?」
私はパカッと、蓋を開ける。
箱の中に据えられているのは、真っ赤な色の宝石を携えた、小さな指輪。
リーリカの髪の色とお揃いの、炎みたいな指輪だ。
「それじゃあ、ユピと出掛けてたのも。なんだか一昨日からこそこそしてたのも……全部あたしの、ためだったってこと?」
「そうだよ。リーリカを喜ばせたくって、一生懸命隠してたんだけど……ごめんね。そのせいで、リーリカを傷つけちゃった」
「そっか。そうだったんだね。バカだなぁ、あたし……」
ぽろりと。
リーリカの瞳から、大きな水の雫が零れ落ちる。
「あたしの方こそ、ごめんね。アリスに隠し事されてるみたいで、寂しくって……不安でいっぱいになっちゃって、アリスにひどいこと……言った」
そう呟くリーリカの言葉には、段々と嗚咽が混じっていって。
最後の方はしゃくり上げるようにして、泣き崩れてしまった。
そんなリーリカのことを、私はギュッて抱き締める。
もうこれ以上、リーリカが不安にならなくて済むように。
私がいっぱいいっぱい、あなたを愛してるんだって――伝えるために。
「泣かないで、リーリカ。いつもみたいに、素敵な笑顔を見せて? だって私は、いつだって……笑ってるあなたが、大好きだから」
「……うん。分かったよ、アリス」
リーリカは、目元をごしごしとこすると。
私の持つ箱の中から、そっと指輪を取り上げた。
そして、それを――右手の薬指へと、ゆっくりとはめた。
「どうかな、アリス?」
「うん! とっても似合ってるよ、リーリカ」
そう言ってはにかむように笑うリーリカが、とってもかわいかったから。
私も思わず、笑ってしまう。
そんな私たちの周りから――ユピたちがパチパチと、拍手を送ってくる。
「おめでとうなの、リーリカ!」
「まぁ、お祝いしてあげなくもないですわよ? リーリカさん」
「リーリカちゃん。本当におめでとー!!」
「あとでうちが、最高にかわいがってあげっからね?」
口々に好き勝手なことを言うみんなに、リーリカはぷっと吹き出した。
そして「あはははは」と楽しそうに笑いながら。
「ありがとうアリス、みんな! 今日はあたし史上、最高の誕生日だよ!!」
そして私たちは、チェリルたちの部屋に移動して。
パーティー用に派手な装飾のされたその空間で、リーリカの誕生日をお祝いする。
ケーキの上に突き立てた蝋燭を吹き消して。
ジュースの入ったコップで、乾杯をして。
私たちは盛り上がる。私たち史上、最高に。
そんな素敵な誕生日パーティーを過ごしながら――私はふっと、考える。
――これからもまた、ヴェルゴーシュのように凶悪な魔物たちが、この学園を襲ってくるのだろうか?
そんな凶悪な連中から、私はみんなを……護りきることができるんだろうか?
そこまで考えてから――私は「ううん」と小さく首を振った。
私がみんなを護りきる、じゃないよね。
私はカンナさんとは違う。
誰かを犠牲にして、たった一人で孤独に強くなるんじゃない。
みんなで一緒に、戦うんだ。
みんなで一緒に、強くなるんだ。
そしていつかは、必ず――。
――魔王グランロッサを、倒してみせる。
「アリス……なぁにボーッとしてるの!」
「あっ!? ちょっ、リーリカぁ! どこ触ってるのさぁ!!」
相変わらずボディタッチ過剰なんだから、リーリカはぁ。
そんなリーリカを引き剥がしつつ……私は心の底から、笑った。
みんなで過ごす、こんな当たり前の日常が愛おしすぎて――声を出して笑ったんだ。
願わくば、どうか。
こんな幸せな日々が……いつまでもいつまでも、続きますように。
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