800 強者感
それは、威容だった。
視界の全てを埋め尽くす、途方もなく強大な。
太陽を背にした姿が全て影に沈んでいながらに、地上から見上げる者の視界全てをびかびかとまぶしくメタリックに焼く。
広大な大森林におおいかぶさるように、空すら隠すその強大な存在はまるで太陽の代わりのように黄色く丸い、タテに長い瞳孔の瞳でぎょろりとこちらを見下ろして言った。
「のう、もうダンジョンは行かんのか?」
その威容に反し、のんびりとしたこの口調。
全然知ってる。ドラゴンさんだわ。
どうやら、エルフらがいつもの里にいないので心配して探していたようだ。
そしてここにエルフたちのキャンプを見付け、ドラゴンさんはよかった無事かと大森林の草原上空で安心からのぱややとしたよろこびを全身で放った。
吹き飛ぶテント。舞い散る料理。
金ちゃんは警戒にごるごると喉の奥で小さくうなり、じゅげむを担いでダッシュして退避。フェネさんは分体を形作る触媒の、毛入りの王家ペンダントを残して「ぴえ」と光の粒子のように霧散した。
人類は秋の気配でカサカサとした草原に、ぱややの波動でごろんごろんと転がされながらに思いました。
「パニック……」
ドラゴンさんのレベルが違う強者感あふれる魔力の波動で、フロアは悪い意味で大盛り上がり……。
そう言えば、ドラゴンさんはエルフの里と契約し、ドラゴンさんのお住まい下の調味ダンジョンへ送り迎えするドラゴン定期便を運行しているみたいな話も聞いていた。
私はこれをなんとなく月に何度かくらいの頻度と思い込んでいたのだが、そこは双方長命種族。
二、三ヶ月――タイミングによってはもうちょっと長めに期間をおいてちょこちょこと、くらいの。だいぶのんびりとした実態だった。
多分だが、人族側では血の涙が出るほどに供給を待ちわびる層が存在しているような気がする。日本酒を愛する酒飲みとかの。
まあ、ドラゴンさんのお住まいが大森林のかなり奥まった場所にあり、秘境中の秘境と言う立地的な事情もあった。
そのためドラゴン便を利用できないと、大森林に親しみ生きる自然派マッチョ思考のエルフたちでもたどり着くことすら困難なのだ。
加えて、くり返しになるが長命種族は時間の概念が年末の足音を聞いて急に、今年一年どこ行った? と、なんの記憶もなくあわて始める中高年よりもザルだった。数ヶ月に一回探索を思い出すだけでほめてあげて欲しい。
で、その数ヶ月に一度が今日だったらしい。
そろそろかと思ってきちゃったと、エルフの里に立ちよったドラゴンさんはそこが無人であることに衝撃を受け、そして生き残りはいないかとエルフたちを探していたらしい。
別にエルフの里は悪しき謎の軍勢に焼き払われた訳ではないのだが、最上位のドラゴンになると寿命が途方もなく長いためうっかり世界の滅亡まで寝すごしたかと焦ったとのことだ。
ほら……これよ。もうあれ。スケールがばかなの。
しかし、ぱややの波動を放ってしまい地上に大混乱をもたらした最上位種のドラゴン――危険な魔獣あふれる大森林で頂点に君臨するみたいな話も聞かなくはないその大いなる存在は、ちゃんと反省もできる子だった。
「すまんの」
セリフはちょっと軽いけど、地上を逃げ惑う羽虫のような我々の悲鳴に、子牛サイズに体を縮めて自分の尻尾を抱きしめているのでだいぶあわわわとしているようだ。
そうしてやってきたドラゴンさんは地面を這いずる矮小なる我々を逃げ惑わせ、大森林育ちの金ちゃんに警戒のうなり声を上げさせて、自称神たるフェネさんの分体を魔力の粒子まで分解して消し飛ばした割にただ単に顔を出しただけながら、しかしその存在感のみで思わぬ効果をもたらした。
撤退したのだ。
あの、エルフの里を小石を積み上げ数で占拠し、貪欲に黒糖を巻き上げてきた大森林のアリたちが。あざやかなほどの超高速で。
と言っても、我々もドラゴンさんのぱややとした波動に翻弄されるので忙しかった。それもあり撤退の現場は見ておらず、少しあとになってからそう言えばいねえなと気が付いた次第だ。
「さすが、普段は自分からケンカに飛び込んで行く金ちゃんすらもダッシュで避難させるドラゴンさんやでぇ……」
「そうよね。わかる。でも虫のほうもさすがよね。大森林の生物は絶対的強者に対する引き際をよくご存じでいらっしゃる……」
たもっちゃんや私は、これまでの学びを一切活かさずまたもやドラゴンさんの魔力を一気に浴びて消し飛んだフェネさんの毛を武者姫にもらったペンダントごとにぎりしめ、泣きながら自称神たる本体の所へ駆け込んで小さい毛玉の分体を練り直してもらうのと引き換えに塩とか大森林の食糧などのお供えを強要され、それは自称神を通してその信者たるマーモットの備蓄になるので別にいいと言えばいいのだが、なんとなく雑に巻き上げられたみたいな体感にめそめそしながら大森林へ再び戻り、アリたちが去った今もなおエルフの里にいくつも残る小石の山を一つ一つ片付けるのを手伝うかたわらぼそぼそと、そんなじっくりとした所感をこぼした。
ただあるがまま、ナチュラルボーンに偶然に、我々が直面していた問題を消し飛ばしたドラゴンさんにはメガネやエルフがせっせと料理を作って無限に捧げ、それが落ち着くとエルフやメガネによって結成されたダンジョン探索隊が地球産の調味料を産出する大森林奥地に位置するダンジョンへ。ついでにダンジョンすぐ上の自宅に帰宅したドラゴンさんから「なんかごめん」みたいな感じで譲られたと言う昔はがれたでっかいウロコをメガネやエルフが大楯のようによろよろとかかえて戻った。ドラゴンさんは気遣いもできるのだ。
そのレア素材すぎるウロコは数枚がエルフの里でアリ避けを兼ねたなんらかのご本尊に。
あとの数枚がこちらにも分配されることになったが、しかしそのレアさが我々には過分で、あと、高そう。なんか持て余し気味の気持ちでもって我々は、お金の話ならあれよねと、ローバストのクマ村へと持ち込んだ。
「で、どうしましょっか」
「独断に依らず一応こちらに気遣いを見せた姿勢は素直に成長を喜びたいと思う。しかし……このレベルの案件が度重なるとさすがにこちらにもそれなりの負担が……」
儲け話持ってきましたよと持ち込んだびっかびかに輝くドラゴンのウロコを前にして、僕らの事務長はなんか長文でずっと言ってた。
おかしいな。お金のにおいでごきげんにほめてもらえると思ったのにな。
とは言いつつ、事務長はしっかり仕事をこなし、レア素材をローバスト経由で王城へ献上する手はずを整えてくれた。
その王城では大森林にて開催されたドラゴンさんとのお食事会の辺りを聞き付けた武者姫になぜ自分を誘ってくれなかったのかとものすごく悲しげな軍用犬のような顔をされ、それと同時進行でうっきうきの王妃様が大量の甘いものや肉などを金ちゃんへと無限に与えて甘やかし、そう言えばそろそろギフトの季節だったと思い出した我々がアリに黒糖を巻き上げられる合間にせっせと煮込んだ保湿クリームをお配りし、王妃様や妖艶なるマダム、レディたちから私だけがちやほやされ、俺だって本気出したらちやほやしてもらえるんだからね! と変な対抗心を燃やしたメガネがまず素材としての異世界栗を調達ついでに久しぶりに直接会った某王子からなぜ姉のわがままばかりに付き合うのですかと詰められ、あっ、僕ら栗拾いに行かなきゃと急いで離脱した絹眠る国のさらに隣ではドンドコと歓迎されて村人に塩とかないのかと囲まれたり国家のイヌであるダークエルフさんの手の平でメガネが自らころころと踊ったりもした。うれしそうだった。
またある時には異世界のやたら脚の多い夢のようなカニを仕入れに行った海辺の町のクレブリでエルンにしいたけみたいなパンを焼いてもらったり、文官と言う名の公務員を目指すハインがあり余る諜報の才能に引きずられ隠密みたいにならないようにお天道様の下を行くのよと応援したり、しいたけみたいながっしりしたパンを薄切りにしてあぶったものにバターを塗ってちょっとだけ塩振り掛けてみたらなんかおいしいとメガネが大発見みたいなことを言い出したり。
はたまた大量消費した黒糖とお小遣い稼ぎにと体にいい草のお茶をこれでもかと携え異世界のお花の砂糖が特産の某ズユスグロブ領にちょくちょく立ちよってにょきにょきと若様が持て余した土の魔法でやたらめったら生やしているらしい謎の巨大きのこみたいな建造物が謎の世界遺産みたいな風景をつくり行くのを目撃したり、冬の王都でのんびりぬくぬくしていたら筋肉多めの兄弟たちがウッサウッサと現れて先日お世話になりました僕らですとばかりにどかどかと新しい年を言祝ぐほかほかのモチを力強くつき上げてお祭り騒ぎで振る舞ってくれたり、かわいさをふかふかのファーで包んで形にしたみたいなウサギに似たかわいい長兄がこれでもかと公爵家のメイドさんたちにフリルとレースで飾られたり、なんか急にローバストの村に呼ばれたなと思ったら新妻のエレが夫の浮気を疑っていきなり闇落ち寸前みたいになってて荒ぶる神に許しを請うのに酷似した空気で村人と我々一丸となってすでに命運尽きたみたいな顔になってるルムの無実を訴えなだめるなどの世界の命運を左右しなくもない大事なお仕事を務めたりもした。大変だった。
人様のご家庭のことなどなにも解らないと言うのに、魔王のポテンシャルをなぜか秘めてしまっているエレを闇落ちさせてはいけないの一心でみんなだいぶ必死の構え。
あとはメガネが軽率につくったピラミッドの守りと砂漠の暮らしも落ち着いて、しかし他者と争うために生まれてきたみたいな絶大な戦闘能力を持つ魔族と言うものでありながらネコとばかりいちゃいちゃしている姪たちの姿に危機感を持った叔父のツィリルが婿を探しに魔族大陸に行くとか言い出して、しかし当の姪たちにそんなんいらんとバチボコにキレられる一幕があったりなかったり。
時には我々もちょっと思い切ったことをして忘れたころにちょくちょく地道に積み立てた徳ポイントをはたき、なにやら心労によって早めに寿命がきちゃったらしい昔世話を掛けすぎた学級委員長を異世界に召喚してみたら普通にただただ迷惑がられ、その全身からかもし出される苦労性の空気と我々の言動で全てを察した常識人テオがやたらと深い同情で迎え、元々の知人である我々を置いて百年の友を得たかのようななじみかたをし、後日テオのお兄さんたちすらおどろかせた。
あとなんか、アーダルベルト公爵も「力なき平民、それも一人でよくぞ……」とばかりに委員長をたたえた。
我々がこれまで積み上げてきた不信のなせるわざである。
フェネさんはいつになく深い親しみを示すテオの姿に危機感でも覚えたものか、ぽっと出の地球産常識担当にテオは自分の妻であるのだとめちゃくちゃキャンキャンと吠えるなどしていた。
そうこうしながらごくたまに、なぜなのか全く解らないのだが某隠密一族出身のビートが「自由を求めて逃げ出したきたっす!」みたいな感じで我々のところへやってきて、すみやかかつあざやかな手並みでいつの間にか同胞に回収されるなどの出オチ芸を見せにきたりもするのだが、我々はなにを見せられているのか本当になにも解らない。隠密って大変なんだなと言う、ざっくりとした大体の所感だけが残る。
小さい幼いとばかり思っていたじゅげむもめきめきと育ち、最も身近な大人で保護者と言えなくもない我々がなにかしらやらかし掛けたり、もしくはしっかりやらかしたりした折々に見苦しくのたうち回る言い訳をとりあえず一回受け入れて、しかしそのあと「ほんとに……?」と慎重に確認する姿には確かな成長を実感せずにいられず、なにやら深い感慨を思ったりもする。有能。じゅげむのこの思慮深さ、我々の頼りなさがはぐくみました。
また、我が家の見守り天使レイニーがマジで見守るだけなのはいつまでも全然変わらずだったりもするが、それらはまだ先のこと。
いつかどこかで巡り合う話だ。
とりあえず差し当たっては大森林でドラゴンさんがうっかりえぐって残した地面の穴ぼこを覗き込んだメガネが、ぴっかぴかの張り切った顔でこちらになんか叫ぶなどしている。
「リコ! 見て! 何か異世界のミミズ鰻いっぱいいるよ! 蒲焼きにしよ!」
「その呼びかた私にダメージ入るからやめてよお……。ミミズとウナギつなげたらなんか語感がダメだよお……」
こうして、地球生まれの我々も故郷から遠く隔たる異世界でわちゃわちゃのたうち回ったり、のんびり草をむしったり、たまに理不尽な冒険で忙しく、またはヒマを持て余し、風変わりでありながらすっかり見慣れたこの日々が大体いつもの日常となった。
――いや……なったかな、これ。
了
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4話更新の4。完結。
ありがとうございました。




