799 大森林アリの乱
夜遅く、勝手知ったる実家のようにどやどやと身分の高い貴族だとなんとなくうっすら聞いているアーダルベルト公爵の豪華な寝室に押し掛けた我々。
あまりにも礼儀知らずなこの暴挙。よくやる。
そうして寝室を占拠した上でうだうだと、近況、特になんにも解決策が思い付かずに困ってるんすと言うことを聞いてもらったりするのがいつものパターンだ。
ほら。人には話したからってなんとかなるとは限らないけどもとにかくこの胸の苦しみを誰かに聞いてもらいたいみたいな欲求があったりなかったりするものなのだから。状況と人にもよります。
けれども、いや……そんな感じで大体うだうだした話しかしにこないからだろうか。
最近の公爵、我々に対する扱いがちょっと雑になってきた気がする。
したたるような蜜色の髪をとろりと揺らして輝かせ、寝起きと言うのにどこまでもいい感じのアーダルベルト公爵は気だるげに首をかしげなから言った。
「まぁ……大体、君達に原因がある訳だから、手を尽くすのが筋なんじゃないかな」
「またそうやって正論ばっか言う……」
「どうやって手を尽くすかでつまづいてるのにふわっとした方針だけを言う……」
合ってるけど……。多分それしかないんだけれども……。
極めてざっくりしてるのに、びっくりするほどぐうの音も出ねえ。
我々は……、我々と言うか私とメガネだが。
でも違うの。なんか聞きたいのはそーゆーことじゃないんだと、寝室の、ベッド近くにさりげなく敷かれた毛足の長いゴージャスな絨毯にごろーんと大の字に転がってごねた。
「ヤダッ! もっと僕らにより添って! 我がことのようになんかすごい解決策とか思い付いて!」
「そう! 何か凄い画期的な解決策とかを権力にものを言わせて思い付いて!」
この、大型商業施設のおもちゃ売り場でだだをこねる幼児のように全身の全力で言いたいことだけ主張しまくるだいぶ大人の我々の姿。
どうだ。見るに堪えないだろう。
公爵もこれにはだいぶ困ったらしく、なんだか少し悲しいみたいに、爪の先まで丹念に手入れされた自らの手で伏せた額を軽く押さえた。
「私も公爵になって長いけどね……そうはいないよ。ここまであからさまな人間は……。あの……もうちょっとで良いから、隠して貰えないかな……。権力目当てなのは……」
美しく整い、どこまでもきらきらしいアーダルベルト公爵はもの憂い表情を浮かべていてもだいぶいい感じのビジュアルをしていた。
例え、さあ私は今とっても傷付いてますよとアピール強く、宝石みたいに輝く瞳がいたずらにほほ笑んでいようとも。
なんか、あれよね。
顔がよすぎると、胸を押し潰すような不遇すらなんとなくグッドルッキングを引き立てるスパイスみたいになるのかも知れないなと思いました。本人、多分ちょっとおもしろくなってきちゃってるけども。
ふう、と悲しげに、それか寂しげに小さく息を吐いて見せる公爵に、しかし我々もこのまま流される訳には行かなかった。
我々が――たもっちゃんや私が、そんな人間だと思われるのはあまりにも不本意。
私は、極めて深刻に表情を引きしめ、公爵を見詰めた。
「公爵さん、私らのことそんなふうに思ってたんですか……。ひどいです……。そんな甘く見られてたなんて……。ねえ、たもっちゃん。聞いた? こんなこと言ってるよ。公爵さん、権力で済むと思ってるみたい。ねえ、どう? 甘くない? 認識が」
「わかる。公爵さんは偉い人ってだけではなくて俺らの保護者としての自覚を持ってべろべろに甘やかしてくんないと駄目よね。権力だけじゃ足りないってゆーか。何てーの? そんなのこっちでも買えるのに何故か部屋着とかみかんとか乾物とかをわざわざ宅配でどかどか送ってくる実家の親の様に。そして謎の小っちゃい便箋によそ行きの言葉で一言添えてくるカーチャンの様に」
急に水を向けられて、しかし普段から思ってないとこうはならないと言う瞬発力と長文で応じるメガネ。それに私は強くうなずいて、そしてすぐに首を横へ振った。
「わかる。いや解らん。カーチャンの買ってくるどこのメーカーか解らんジャージはすぐだるだるになって着やすいだろうが」
「リコ、そこじゃないんだわ……」
本題は。
アーダルベルト公爵は我々をでろっでろに甘やかしてふっくふくに肥やしてくれないとダメだよね。みたいなところが肝心なやつだと、たもっちゃんはびっくりするほど難しい顔で解らぬ私をたしなめた。
確かに。それはそう。全体的なニュアンスはそれ。わかるわかる。ただその一方、カーチャンのジャージがだるだるでよいものなのは譲れぬ事実。衣類はほら……命数尽きてからが本番みたいなところあるから……。
と、たもっちゃんと私が若干の意見の相違はありながら大まかには心を一つにし、公爵さんは我々をもっと甘やかすとよいと思うと訴え、一瞬前までもの憂げだった美しきアーダルベルト公爵に一転、強い困惑に小さく「えぇ……」と声を上げさせるなどした。
そのドン引きの様子に、我々もね、思いました。
本心ではあれども、ここまで本当のことを言わなくてもよかったような気がするなって。
――と、そんな感じでもう訳の解らない、そして特になにか進展があるでもない生産性皆無でぐだっぐだに夜ふかしなどしてしまった我々は、もう眠み限界の公爵から「まぁ程々に」みたいな雑なはげまし……いや、はげましでもないけども。
とにかくそんな、だいぶざっくりとした公爵に「たまにはレオナルト王子とも遊んであげて」とか、または「小さいゴブリンになった姿は見せにきて欲しかった」などと、ついでに思い出したようなことを言われならがれに我々は、こう……なんか。レイニーが、クッソ不愉快と言ったふうな表情でくり出す猛烈な洗浄魔法になすすべもなく翻弄されてすごすごと帰った。本当にただうだうだしに行っただけだった。
公爵家はいつも完璧に手入れされてはいるが、基本土足の文化圏であるため絨毯でごろんごろんとした我々を衛生観念の鬼たるレイニーはどうしても許すことができなかったようだ。厳しい。でもこれはレイニーが正しい。
また、某王子については今でもちょくちょく通信魔道具に着信があるが、たもっちゃんが大体の感じで生返事しかしない状態に不満をつのらせていたのがあるらしい。
王子的には師匠を敬愛する一番弟子を、この世で一番、もっと気に掛けて欲しいとのことだ。なんとなくの印象ながら、相変わらずデレが強くて重すぎると思う。
と、こんな感じでもうお腹いっぱいみたいな感覚だけはあるけどもなに一つとして全然実りのなかったドキドキ真夜中公爵家突撃訪問を経て我々は、やはり全然一ミリたりとも進展のない大森林アリの乱に仕方なく、もう本当になんの策も自信もないけど仕方なく、自力で向き合うことになる。
しかし、そこは我々の仕上がり。
やっぱりなにも思い付かないと言うか、毎日毎日、たまにメガネがじゅげむを習いごとのため王都の公爵家へ送って行ったり、私が隙を見て草をむしったり、まだギリギリ夏であるためにシーズンはまだのような気がするが、昨年のものが残っていたりしたのだろうか。枯れたような植物にウズラの卵ほどの固い実をちらほらと見付け、保湿クリームの素材なんかもちょこちょこ確保したりした。
一方、本題の懸案についてはひたすらに、ぶいぶいとエルフの里に小石の山を積み上げて賽の河原感を出し続けるアリたちにもうそろそろご勘弁くださいと泣き、黒糖を振りまくくらいのことしかできずにいる。人は無力。
しかもだ。大森林のアリたちは我々よりも気が利いて、黒糖と引き換えに色々と自ら栽培したキノコやぴかぴかの石や虫のなにかを置いて行ったりする。社会性が高くてえらいね……。
そうして無為にすごすようでいて、素材の採集と言う意味では割と悪くない日々を重ねてしまっていた。
けれどもそんな間も人は食べねばやっては行けず、大森林の間際の町でまあまあ繁盛していると聞くミオドラグのラーメン屋に納品している今でも技術の研鑽に余念のないエルフらの麺をメガネがはあはあと茹で上げ、これでもかと煮込んで仕上げたラーメンをいただいたりもした。おいしかった。
まあまあほかのこともしているが、アリたちもいつも出歩いている訳ではないっぽいので……。待ちの時間も長いので……。
こうして、エルフの里の問題はほとんど手をこまねくばかりで時間だけを溶かした。
そうする内に訪れたのは大森林の実り多い秋だ。
空気は乾き、寒くはないが心地よく肌をなでて行く。日差しからは焼け付くような激しさが消え、やわらかな、あたたかな光が草木の枝葉を透かし輝かせ大森林を染めている。
それは、そんな中に現れた。
秋うららかに穏やかな空をのっそり隠し、地上に影を真っ黒に落とす。
終わりを告げるその存在が。
4話更新の3。




