460 ちやほやされたい
我々が王城へ向かう一方で、じゅげむは公爵家に残ることになった。
やたらときりりとした顔で、保湿クリームの小分け作業を手伝ってくれたメイドさんたちにお礼として渡す用の保湿クリームの瓶詰め作業を手伝うときっぱり宣言したからだ。
おしごとがんばるみたいな感じで子供が凛々しい。
お礼用の保湿クリームがまだ瓶詰めされてはおらず、魔女鍋で練り上げたままの状態なのは王城への納入を優先した結果だ。
手伝ってくれたメイドさんたちからも、こちらは自分たちで瓶詰めの上で分けるので王城にはなる早で納入に行けと割と真面目なトーンで助言されている。はい。
キリッと張り切るじゅげむが公爵家に残るので、当然のように金ちゃんも留守番。
やはり彼の魔道具の首輪は最近設定がいじられて、公爵家なら我々がそばを離れてもものすごいくさいにおいが発生することはないらしい。
元気いっぱいに手を振り見送るじゅげむや仁王立ちの金ちゃんが小さくなるのを走る馬車から見ながらに、こうして段々手を離れて行くのかなと少し寂しいような気持ちになったが、よく考えたら子供はともかくトロールが勝手に我々の手を離れたらまずいな。
一体どんな素材が使われているのか。
がたごと揺れる衝撃が全部尻へと直撃してくる庶民の乗り合い馬車とは違い、雲のようなクッション性で臀部へのダメージが限りなくゼロの公爵家の馬車で王城へ。
城壁の門を入ってすぐの、車だまりとでも言うのだろうか。駐車スペースのような感じで広くなった場所で、とまった馬車からぞろぞろおりる。
「手伝うか?」
と、声を掛けてきたのは体の大きな覇者馬を駆り、ここまで公爵を護衛してきた騎士だ。
恐らく大量の保湿クリームを納入するために、荷物運びが一苦労だと気遣ったのだろう。しかし、それは大丈夫なのだ。
「ううん。案内の人が手伝ってくれるみたいなんで大丈夫です。ありがとう。その筋肉は公爵さんのために取っといて」
私の返事に騎士は「それもそうか」とうなずいて、それから、ちょっと引っ掛かった様子でその言葉尻に食い付いた。
「いや、それがな、公爵様はあまり俺達を使って下さらないんだ」
「うん。外出もなさらないし、表立っての敵もいないしな」
「俺達がせっかく育てた筋肉を遊ばせてばかりだ。ひどいだろう」
馬車と並走するために自分たちが乗ってきた巨大な愛馬をなでながら、騎士たちはタイミングを合わせたように「ふう」と大げさな息を吐く。仲いいなお前ら。
仕える主への態度としてはきっと不敬と言うべきだろうが、言われた公爵本人は気にしていないようだった。
と言うか我々より先に馬車をおり、すぐそばで会話を聞いてた公爵は一見すると冷たげな淡紅の瞳をおもしろがってほほ笑ませると、普通に話に参加した。
「おや、君達は鍛えた体を活用しているじゃないか? ほら、何と言ったかな。ヴァルター卿の所の御者は。彼女とはどうなっているんだろうなぁ。私、報告聞かせてもらってないなぁ」
凛々しい騎士はもてるから、きっといい感じになっているんだろうなあ。
公爵はそんなことを言いながら、輝く笑みを騎士たちに向ける。なぜだろう。表情はめちゃくちゃ優しげなのに、おもちゃを見付けたネコみたい。
そんな公爵の言葉でやっと気が付いたが、荷物運ぶかと声を掛けてきてくれた騎士、ドラゴン馬車のノラをめぐってラブコメの波動を出してたトリオ・ザ・逆ハーの三人やないかい。
地味にいい感じらしいと言うのはうっすら聞いてはいたのだが、ヒロインポジションにあるノラがマジで内気と言うか人見知りが極まりないタイプだ。ホンマやろかと思っていたら、これである。
「ねぇマジで? マジでいい感じになってんの?」
「はー! やだ! これだから筋肉は!」
人の幸せを素直に受け入れることのできないメガネと私が騒いでいると、騎士たちは大きな体をうしろへ引いて妙に静かな声で言う。
「なってない」
「振られた」
「三人共同時に」
「えっ……」
それはなんか、騒いでごめん。
割と最近いい感じだと聞いたような気がしてて、まさかそんな短い間にラブコメがきっぱり完結しているとは思わず。
人の傷口にうっかり塩をありったけ塗り込んでしまった我々は、もうこれどうしようと公爵を見るとそっちもなんか「えぇ……?」と思い切り戸惑っていた。
この話題を持ち出してきたのは公爵なので多分全部公爵のせいだが、思えばこの公爵も恋愛上手みたいなモテ感は見た目だけのことである。実際は、昔の破談がいまだに持ちネタになってるレベルで浮いた話がないのだ。
とうに戦線離脱した独身の、恋愛感覚はアテならないと言うことだけがよく解る。悲しいね。
この時は王城で、しかも我々が到着したのは門のほうから伝わっているらしく、王を待たせた状態だった。
そのためこれ以上の話はできず、騎士の三人に割と真剣に口説かれてノラも真剣に悩んだ結果、三人に好意を持ってはいるが一人を選ぶのは自分も苦しく、三人も苦しめてしまうように思う。ならば誰か一人を選ぶより、誰も選ばないことを選ぶ。
と、誠実ながら不器用に身を引く決断をしたノラのことはあとから聞いたし、それを語る三人の騎士の、「どうでもいいんだよ! 残りの二人の事なんか! 選んでくれよ! どれか一人を!」と言う、それはそれで正直な、そしてまあまあ最低なグチをしみじみと聞かされたのも王城から公爵家へと戻り、秘蔵の日本酒で三人をべろべろに酔わせてからのことである。
飲ませたのは我々ではあるのだが、アルコールって恐いなと思った。
まあ、しかし。その辺は全て用を済ませてからの話だ。
とにかく今は王城で、荒ぶる妻子の関係上でなぜか保湿クリームの管理を一手に引き受けることになった王様に、せっせと作ったクリームを納品しなければならない。
我々は御者や騎士たちと門のそばで別れ、案内に現れた王城勤めの侍従らと荷物をかかえてぞろぞろと歩く。
つんと澄ましたその背中を追い掛けて広く長い城の廊下を奥へ奥へと進んで行くと、途中、なにか騒ぎがあったのか。わあわあ言ってる集団がなんとなく遠い所に見えて、侍従らがあわてて案内のルートを変えたほかはなにもなく無事に目的地へ着いた。
「いや、わざわざ済まないな」
先日と同じく王の執務室に通された我々を出迎え、そうねぎらうのは王様である。
王に納品とは言うものの、なんとなく代理の役人かなにかが受け取るのかなと思っていたら、本人だった。
今回の納品は、小分けの容器で六百個。業者か?
一度まとめて王へと納めたそれらの保湿クリームは二百を王妃、もう二百を姫へと分配し、そして残りの二百は王が所有すると言う。
それらは自らが使用すると同時にちょっとした贈り物として臣下などに下賜されるそうだが、王妃様と武者姫だけじゃなく王様も参戦するんかい。
いやあんたもかい。と言う、私やメガネがぐっと飲み込んだツッコミはしかし、「おや、王もですか?」と、なんの気負いも感じさせないアーダルベルト公爵の口からなんか知らんがぽろっと出てきた。
いやあんたが突っ込むんかいと思ったし、結構付き合いが長くなってきたからかなんなのか、以心伝心だねとも思った。
えらい人にホントのことを突っ込むとすげえ怒られることあるんだぞ。ホントのことなのに。ホントのことゆえにかも知れないが。
そんな思いで大丈夫かと公爵を心配していると、王様は「うん」と普通にうなずいた。
「聞いてくれるかアーダルベルト。これを管理しているとな、なぜか妻子にモテる気がする」
別にいつもがひどいと言う訳ではないのだが、モテて悪い気はしない。
できればいつでもモテたいし、特に、武芸と戦略にしか興味がなくて自分より強い男でなければ結婚しないとか言ってる物騒な娘が、保湿クリームが絡んでくるとかわいい感じで不器用に頼みごとをしてくるのが新感覚でたまらない。
誰かに気持ちを解ってもらいたかったのか、王様はなんかそんな心情をうっかり公爵とついでに我々にぶちまけた。
たもっちゃんが悲しい話を聞いたみたいな空気を出して「ちょっと解る」と眉毛をぐねぐねさせる一方、娘に構ってもらいたい父親の気持ちが一切解らない私としてはなんなのこいつらと引いている。
しかしまあ、保湿クリームを材料にちやほやされたい動機の部分が王子と姫に共通してんのマジ親子って言うか。王族メンタルの系譜を感じ、じわじわとした味わいはあった。




