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186 いたれり尽くせり

 田舎からきた知り合いと菓子店の前で待ち合わせをするも相手がなかなか現れず、所在なく困っていた騎士と悪びれもせず遅れてきた我々が合流して買い物にきましたけどなにか? みたいな小芝居をまじえてやっと、我々は高級菓子のお店に足を踏み入れた。

 そして二秒で全員が堕ちた。

「いいにおい……いいにおいする……」

「リコさん、見て下さい。どうして焼き菓子があの様に美しく輝くのでしょう」

 空気からして香ばしく甘い。

 壁際にぐるりと置かれた棚の上には繊細なレースの布がふわりと掛かり、その上に様々なお菓子が白いお皿に載せられて大切そうにずらずらと並ぶ。

 この店にあるのは伝統的な焼き菓子で、全体的に茶色ではある。だがどれ一つとして同じ色には見えないし、ジャムやあめで飾ってあるのか不思議にぴかぴか夢のように輝く。

 その光景にゾンビのように、ふらふら吸いよせられるメンバーは挙動不審な甘党地味騎士のヴェルナーと、戦いにおもむく戦士のようにやたらと凛々しい顔をしたレイニー。そして財布のヒモがゆっるゆるの私だ。

 案内するっつってたフーゴはちょっと忙しくなったとのことで、代わりに付いてきてくれたのはペーガー商会の従業員二人。清潔そうだがシンプルなシャツにそれぞれズボンとスカート姿の彼らは、共に十代後半の姉と弟とのことだ。

 金ちゃんはお店で荒ぶると困るので、たもっちゃんと一緒に置いてきた。そしてもはや人質でしかないうちのメガネはペーガー商会の店主と長男と次男坊フーゴと技術者をまじえて、ついさっき発足した安全ピン企画制作販売委員会の餌食になっているはずだ。

 無意識にじりじりとお菓子の棚に近付いて行く我々を止めるとしたらペーガー商会の従業員たちだが、彼らもあふれるような高級菓子を目の前に夢見るような顔をしていた。気持ちは解るが、頼りにはならない。

 若干の人選ミスを感じながらも、よっしゃ解った。おばちゃんが好きなだけ食わせたる。

 そんな根拠のない使命感がわき起こり、店員さんおすすめのお菓子を人数ぶん頼んでおしゃれなイートインコーナーに向かった。

 案内しただけなのでと二人は様式美のように遠慮していたが、これには使命感だけでなく簡単に言うと口止めなどの意味もある。

 一応小声で話してはいたが、さすがに距離が近かった。隠れ甘党の存在について、彼らにはなんか大体バレている気がする。

 ここには賄賂の一つも渡さなければ、夜も眠れぬおっさんがいるのだ。ちなみにヴェルナーって言うんですけどね。

 いいからいいから口止めだからと雑に説得しながらに、布の掛かった丸テーブルを二つくっ付けて全員で座る。

 ただここで、「わたしは甘味などわたしはわたしは」とヴェルナーがムダに抵抗を見せた。隠れて生きる甘党として、おとなしく座る訳には行かなかったようだ。

 しかし、私に抜かりなどない。

「いいからとにかく座りたまえよ。考えてもごらん。キミは自分が食べたこともないものを人に贈るつもりなのかい?」

 お? どうなんだい、ヴェルナーさんよ。

 私は、ていねいながら親しげな言葉とチンピラのような図々しさで店員さんに聞こえるように意識しながら席を勧めた。

 甘党隠してお菓子買うなら贈答品のフリでもしとけよと。私が提案した悪知恵の、設定と流れを完璧に汲んだこの屁理屈にヴェルナーは息を飲む。そしてその茶色の目に隠し切れないよろこびをたたえ、いそいそと座った。

 日陰を歩む甘党よ、私に深く感謝するがいい。

 とてもよい行いをしたと調子に乗って、踏ん反り返る私の前に運ばれてきたのはやはりきらきらしい焼き菓子だ。

 ナッツをぎっしり練り込んだ、さくさくとしたぶ厚いクッキー。メレンゲとバターで濃厚に焼いた、ドライフルーツたっぷりのケーキ。そのカットされても重たいケーキは上部が山形パンのようにふくらんで、見た目としてはパウンドケーキめいている。

 それらがメインとして載ったお皿は端をレースのように切り込んだ可憐な紙が敷いてあり、ほかにも味を試せるようにと試食用の小さなお菓子が何種類も盛り合わせてあった。

 いたれり尽くせり。

 パライソは王都にあったのだ。


「テオ様はお元気か?」

 やっと思い出したと言うように。

「行動を共にしていると聞いたが、今はタモツと?」

 そう言ってヴェルナーが話を切り出したのは、お皿に盛られたお菓子を味わい、しかしハイペースで吸い込んで、贈答用だと言い訳しつつこれでもかと大量に購入したお菓子を両手にかかえてお店を出てからのことだった。

 くびきから解き放たれた甘党の暴走。

 ちなみにイートインの料金はヴェルナーが全部払ってくれた。賄賂と言う名の優しさで。

 レイニーもダンジョンとかで暴れた時に分配されたが使う機会がとんとなく、死蔵してきた報酬をここでざらざらと放出していた。

 気になるお菓子を片っ端から買い求め、その荷物を私に押し付ける。しょうがないのでリニューアルしたアイテムボックスにレイニー用のフォルダを作り、アイテム袋に入れると見せ掛けぽいぽい放り込んでおく。

 私は金ちゃん用にいくらかクッキーを買った。二人に比べるとお遊びのように控えめではあったが、暴走する甘党たちが通ったあとにはどことなくすかすかとした陳列棚が残されるばかりだ。

 これはいけない。私の中に秘められた、なけなしの大人が危機感を覚えた。このままではほかのお客様にご迷惑をお掛けしてしまうし、なんならすでに手遅れ感がある。

 でも私も大量に高級菓子を備蓄したい気持ちはあったので、前金を積んで別に注文することにした。

 明日ちゃんと引き取りにくるから、馬車馬のように焼いといて。そんな期待でいっぱいに、ビシリと親指を立てて店をあとにした。お店の人は苦笑いしていた。

「テオかあ。テオねえ」

 お菓子屋さんのお店の前の、歩道を少し歩いた所で私たちは立ち止まる。

 そうか、思い出してしまったか。あとはもうそれぞれ帰宅するだけなのに、おしくも逃げ切れなかった格好である。

 まあしかし、ヴェルナーはアレクサンドルの腹心の部下だ。そしてアレクサンドルは、テオのお兄さんなのだ。上司の家族を気に掛けるのは、できる部下としては当然かも知れない。

「テオはー、今はちょっと別の仕事でよそに行ってるって言うかー。なんかー、荒野を? 通り抜けたいってー、グループがいて? でも護衛が見付からないとかでー、ギルドの人に頼まれて―、高ランク冒険者の義務とか言ってー、行きましたー」

「荒野を? あぁ、ではムルデ砦の件だな」

 ヴェルナーはふと眉をひそめて、なるほどとうなずく。

「シュラム荒野にもダンジョンができて、新しい流通経路ができつつあるからな。商人の往来が増えるにつれて、盗賊が増えたと報告があった」

 こちらでも対策を取るべきだとの声は少なくないのだが、荒野の端のムルデ砦に接する辺りはすでに隣の国土に当たる。

 優れた騎士がやたらと育つローバストがほど近いこともあり、ふわっとした情報で国境に兵を送ってしまうと戦備えと受け取られかねずどうたらこうたら。

 それに、あの辺りが国境であるのは相手も同じ。少なからぬ兵が守る砦のそばで、こちらに被害が聞こえるほどに盗賊が好き勝手できるものかどうか。

 万が一にも砦の兵が盗賊から賄賂でも取り、目こぼししているならまた厄介なことになる。大体、あの国は兵の質が劣悪でうんぬんかんぬん。

 難しい顔で姑のようにつらつら並べるヴェルナーだったが、とりあえずそれは横に置く。なんかめんどくさそうなことだけは解った。

 それよりも、私をおどろかせたのはこの騎士が普通に私の話を理解したことだ。

 マジかよお前。言われてみればムルデ砦って聞いたような覚えがあるわ。多分それだわ。合ってるわ。

 よくあんな雑な説明で解ったな。説明したの私だけども。

 あまりに解ってくれるので、割とキミのこと他人じゃないような気がしてしまっているからな。二分くらい前からだけど。

 そんな勝手な身内感覚を覚えつつ、まあ普通にあとはそれぞれ帰った。そんな急に仲良くなったりはしなかった。

「ねえねえ、たもっちゃん。今さー、テオのお兄さんとこの人と会ってね、ヴェッくんなんだけど。話してたらさー、テオが行ってるとこ、なんかややこしいみたいだから早めに迎えに行ったほうがいいかなって思って思うんだけど、それはそれとして大丈夫?」

「……大丈夫じゃない……裏切者……大丈夫じゃない……ヴェッ君て誰……」

 私もね、見た感じ大丈夫じゃないかなとは思ってた。

 若い姉と弟に口止めついでにおみやげのクッキーを与えつつ、メガネと金ちゃんを置いてきた彼らの勤め先であるペーガー商会に戻ってくるとメガネがメガネのしぼりカスみたいになっていた。

 金ちゃんは元気にその横で仁王立ちしてた。

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