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185 コミュ力の鬼

 無事に依頼の納品も終わり、館から辞去する頃だった。

 リアルロリータの美少女が華やぐように騒がしいサロンの中に乱入し、きょろきょろなにかを探したかと思うと「テオさまはいらっしゃらないの?」と我々の良心をごりごり削るなどの事件があった。

 マダムの愛娘である美少女は、以前あれやこれやで空中を舞って地面に叩き付けられそうになったところをテオにミラクルキャッチされた過去を持つのだ。

 それはいい。

 いいと言うか、テオは今ここにはいない。

 なので我々にできるのは苦い顔で仲間たちを見やり、気まずい沈黙に顔を伏せることだけだ。

 しかし、これは失敗だった。

 マダムによく似た美少女が泣いた。

 我々の歯切れの悪い保身のせいで、あっ、死んだ? みたいな誤解を生んだのだ。

 悪いことをした。あわてて謝罪する我々。求められる賠償。慰謝料はプリン。

 テオは、ほら。ちょっと迎えに行くの忘れてただけだから。マダムのお嬢様には遠慮なく安心して欲しい。忘れてたのをついに認めた私にしたら、なにも安心できないが。

 それから挨拶もそこそこに、二台の馬車に分乗の上で我々はフーゴに引っ立てられた。

 もはや「アッ、ハイ」としか言わなくなったしかばねのメガネがコミュ強遊び人の猛攻に、いいじゃんいいじゃんと押し切られ一足早く押し込まれた馬車から出荷される家畜のような憐れさでドナドナとこちらを見ていたからだ。

 さすがに見捨てられないし、ある意味で、これ幸いと逃げ出す絶好の機会でもあった。

 もう最初の目的はどこかへ行ってしまったらしく、追加の賠償スイーツを求める涙目の美少女が止まらない。

「今日はきて下さって本当に有難う」

 はしゃいだことを恥ずかしがって、はにかむマダムやレディたち。尊い。不服げな美少女にまたきてねと見送られ、我々を出荷せんとする二台の馬車が走り出す。

 馬車は商館のある辺りから商家の街並み、職人の街へとやわやわ進んでやがてある一角で止まった。

 貴族の屋敷が建ち並ぶ地区や、商家の集まる整然と華やかな街並みとは違う。それはどこか雑多な印象の、ひしめくようにせま苦しい下町にあった。

 木と石でできた、飾りけのない頑丈そうな大きな建物。

 冒険者ギルドだ。

 我々の依頼が終わったのを察して、達成報告のために馬車で立ちよってくれたようだった。コミュ力の鬼は察する能力までも鬼だなと思った。

 依頼主であるマダム・フレイヤからはあらかじめ、保湿クリームと引き換えに専用の木の板を受け取ってあった。これが受領証の役割を果たすので、窓口で提出するだけで依頼達成の報告になる。便利だ。

 私とレイニーとついでに金ちゃんが窓口の列に並んでいると、たもっちゃんだけはフーゴに肩をがっちり組まれて別室に連れ込まれていた。

 私知ってる。まあまあいいからとりあえず行こっかとか言って事務所に連れて行かれたら最後、出てくる時には謎の負債が発生しているパターンのやつや。

 アッ、ハイ。アッ、ハイ。とかすかに聞こえるコミュ障の声。

 怪しい借用書に署名でもさせられていようものなら、縁を切って他人として逃げよう。

 そう心に決めていたのだが、この時、連れ込まれたギルドの部屋でメガネが強要されていたのは借用書への署名ではなかった。

 さあさあいいからとフーゴに急かされ、安全ピンの構造と作りかたを書面にまとめてギルドを通じて登録させられていたのだ。あと、専売契約も。

 大商家の次男坊がこれは売れると確信し、実家の店でどーんと売り出す計画だそうだ。

 だったら登録なんかさせないで勝手に作れば丸儲けなのにと思ったら、そう言うのはあとでモメるからきっちりしとく方針なんだとマジレスを受けた。

 ノリだけで生きてそうな遊び人から否定されてしまう人間性について。多分、私が完全に悪い。

 登録を済ませて馬車に乗り、また王都の中を走らせる。

「ねえ、今の、かどのとこにあったのってお菓子屋さん?」

 馬車の窓から外を指さしたずねると、フーゴが髪をかき上げながら視線を追って「ああ」と答える。

「お菓子は好き? あの店は美味しい伝統菓子を出すから、好きなら後で案内するよ」

「好き好き。行く行く」

「リコさん、わたくしも。わたくしも行きます」

 たもっちゃんの素朴なお菓子ももちろんいいが、プロの作った王都のお菓子はなんとなく、貴族や富豪のわがままをこれでもかと詰め込み金貨でぶん殴ったような味わいがある。あれもまた実によいものだ。

 じゃ、あとでね。と、私と、同行を力強くアピールするレイニーにフーゴはなぜかサービスたっぷりにウィンクして見せた。お前はプロか。なんのプロかは知らないが。

 私が変に感心していると、我々を乗せた二台の馬車がほどなく止まった。

 馬車の扉が外から開き、そうして目の前に現れて見上げることになったのはやはり大きな建物だった。

 石造りの建物は三階建てで、しかし階ごとの天井が高いので外観はそれ以上に背が高く見えた。間口が広く、奥にも広い。通りに面したショーウィンドウは、高級品の透明な板をおしみなく使って飾られていた。

 辺りには小綺麗な建物が並び、通りも馬車がすれ違える程度の幅がある。道を歩く人々も少々よそ行きみたいな装いで、商家としては恐らく一等地なのだろう。

 また、馬車に気付いて迎えに出てきた従業員は誰もが完璧ににこやかだった。トロールを見てもあわてたりしない。これは隠匿魔法のお陰かも知れない。

 とにかく、教育が行き届いてる感をものすごく感じた。

 異世界にうとい私でも解る。これはかなりの大店だ。品のいい粋人のご隠居が、屋敷の離れで訳ありの御家人を居候させたりしているやつに違いない。

 慣れた様子で軽やかに、仕立てのいい上着を羽織ってフーゴが馬車からおり立った。従業員の出迎えに手を振り笑顔で答えると、彼はくるりとこちらを振り返る。

 そして芝居掛かったしぐさで片手を自分の背中に隠し、残った片手でシャツの開いた胸元を押さえた。

「歓迎しますよ、お客様。我がペーガー商会へようこそ」

 我がって言うか、次男だけどな。

 多分こいつは店主でも跡継ぎでもない気がするが、膝を曲げて頭を下げて、フーゴのおどけたような歓迎はなんだか様になっていた。


「あっ、お前……」

 とか言って、なぜここに。みたいな声を上げたのは、さっき馬車で通り掛かってあとで行くと心に決めた高級そうなお菓子屋さんの前だった。

 だが、声を上げたのは私ではない。

 お花や額縁に入った小さな絵などで飾られた、お菓子屋さんの前の通りを不自然にゆっくり、何度もうろうろくり返し通り掛かり続ける挙動不審な男のほうだ。

 茶色の髪に、茶色の目。一見すると地味でおとなしそうなだけの男は、しかしかわいそうなくらいに目立ってもいた。お店の職人と店員と、そこそこいるお客のご婦人たちが戸惑いながらにひそひそとしている。わかる。不審。わかる。つらい。

 けれども彼が目立っているのは、その怪しさだけのせいではなかった。怪しい上にきっちりと、ものすごく立派な騎士の制服を着ているからだ。

 言葉は思わず、口を突いて出た。

「隠れ甘党、自重して」

 彼も私を覚えていたが、私も彼を知っている。

 雨季の荒野のダンジョンで甘いものを一緒に追った、甘いものを愛する気持ちを心に秘めるテオのお兄さんとこの部下のほら、あの人。ほら。名前はちょっと出てこないけども。

「ヴェルナーだ」

「あー」

 覚えてないのを完全に察して向こうから自己紹介してくれた。気の短さがありがたい。

「なにやってんの? 買い物? すごい怪しいですよ。お菓子買いたいなら入んなさいよ」

「……人がいるだろう」

 苦々しげにしぼり出すような返答が、彼の苦悩を物語る。隠れ甘党なのだものなあ。

 そんな気にしなくてもと思うが、これは私の感覚だ。実際に菓子店の店員ですら戸惑っているのを見ていると、男か、それとも騎士が、甘いものを好むのはこちらの世界では受け入れられないことなのかも知れない。

 そう言う息苦しい慣習は積極的にシカトして行けばいいとも思うが、今は取り急ぎとりあえず。

「自分用じゃなくて贈答品買いにきましたみたいな顔して買い物すればいいじゃん」

「いや、しかしそれは……お前。悪知恵の働く女だな……」

 そこは天才かと絶賛しておけばいいのよ。

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