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135 ツッコミ

 うちの天使がまき散らす一種異様な雰囲気は、なかなかの圧迫感を持っていた。

 最初に耐えかね、音を上げたのは私だ。

 一体なんなのとレイニーに問うと、彼女はゆがんだ笑みをふっと浮かべてすさんだような、蔑むような表情を強くした。

「リコさんには理解できないのでしょうね。あの様にはぐれて、わたくしがどんなに恐ろしかったか」

「いや、私らも相当恐かったけどね」

 なにしろ安全性がなにもない、絶叫マシーンのマシーン抜きの体験だった。

 しかしレイニーは聞き入れず、頑なに首を振って否定する。

「いいえ。いいえ、解る筈がないのです。わたくしは罪を償うためにリコさんを見守っているのです。それが、はぐれて、見失った上に、何かあったら! わたくし、存在そのものが消滅していたやも知れません」

 確かに、彼女は贖罪がてらの守護天使として私のそばに存在している。それが目の前にいながらに、庇護対象をロストしたのだ。

 それがまずい、と言われたらそうなのかなとは私も思う。

 でも、そんな。

 存在自体が消滅て。

 またまた。大げさ。みたいな気持ちと、この失敗をレイニーの上司さんが知ったら喜々としてなにをするか解らんなみたいな気持ちが同時にくるので、天界には人知の及ばぬ底知れなさを感じずにはいられない。

 だとしたら、レイニーのかもし出す感じの悪さは蔑みと言うか、恐怖のあまりに心がすさんでしまった結果なのだろう。多分。

 ただ本当に性格が悪くて、うっかり本性がでてきてしまった可能性もあるが。

 そうだなー、恐かったなー。もうこんなことはないようにしようなー、私のせいじゃないけど。

 とりあえずそんなことを言いながら、私は自分の責任ではないことをアピールしつつレイニーをなだめた。

 こうしてすさんだ心で今までになく感じの悪いレイニーに代わり、はぐれていた間の彼らのことは妙に湿気って覇気のないテオがぽつぽつ話して教えてくれた。

 屋根のなくなった小さな小屋の、隅に置いた古びたイスに腰掛けて。うちのイケメンの全身からは、どっと疲れが出てしまっている気がする。

「はぐれる前に、お前達は自分で作った扉を通って行っただろう? あれがな、風で閉じた衝撃で壊れてしまった」

 そのせいで、たもっちゃんがいざ戻ろうとした時にドアのスキルが通じなかった。だから直接テオやレイニーの所へは行けず、すぐには再会できなかったと言うことだ。

 いや、すぐに帰らなかったのはメガネが気絶してたのと、やはりメガネがダンジョンで数日に渡り調味料を育ててたせいだが。

 普通なら、やばい状況で仲間をロストした場合、冒険者はすぐに近くのギルドへ駆け込むらしい。するとギルドは冒険者を集めて捜索隊を組織して、調査と救出へと向かう。

 この費用については公費やギルドの持ち出しや、当事者が負担するなどの色々なパターンがあるとのことだが詳細ははぶく。

 だが、これはどうなのか。

 テオは悩んだ。明らかに尋常な感じではなくメガネと私はドアの向こうに吸い込まれたが、その状況をどう説明すればいいのかと。

 それに冒険者ギルドに助けを求める冒険者はほとんど、仕事中に危険な目にあった者ばかりだ。逆に言うと、仕事以外でどんな危機におちいったとしても冒険者ギルドは知ったこっちゃない。

 事情によっては救助に手を貸してくれるかも知れないが、たもっちゃんが自分のスキルで自爆したっぽいこの感じではどうだろう。

 テオは頭をかかえてものすごく悩んだ。

 あの二人なら大丈夫だろうか? 今までも、訳の解らない助かりかたをしていたし。いや、でもどうか解らない。落とし穴と言うものは、予期せぬ形で口を開いているものだ。今まさに、この状況がそうであるように。

 助けを求めるなら早いほうがいい。しかしそれには、あの特殊なドアのスキルを開示する必要があるだろう。本人の承認もなく、それは独断で許されるものか。

 ぐるぐるぐるぐる必死に考え、少し煮えそうな頭のままにお前たちはどう思う? とテオは残された二人の仲間に目をやった。

 そしてその瞬間に、おどろくほど冷静になったのだそうだ。本人は、冷水を浴びせられたようだった、とも言った。

 そこには一部が壊れて傾いたドアをバタンバタンと無表情で開閉し続けるレイニーと、草むらから飛び出してきた電気ウサギにおどり掛かる金ちゃんがいたのだ。

 テオは悟った。こいつらは頼りにならないと。

 レイニー的にはなんかの間違いでもう一回ドアがつながらないかなと一縷の希望をどうたらこうたら言い訳してたが、どこにもつながらないドアを無心で開閉し続ける絵面は想像するだけで大変やばい。

 その場にいたテオなどは、本当に恐ろしい思いをしただろう。私は心の底から同情したが、よく考えたらその原因は我々だった。

「一人ではどうにもならんと見切りを付けて、公爵様に相談させて頂いた。幸い、板の通信魔道具はトロールの背にあったからな」

「ごめんな、色々気い使わせて」

「そうだ。反省しろ」

 大変だったんだ。公爵に連絡するとかすごい緊張したんだとじめじめ主張するテオの姿に、私のせいじゃないけどホントごめんね。私のせいじゃ全然ないけどと私は精一杯に謝っておいた。

 アーダルベルト公爵は通信魔道具を使った相手がテオだったと言うことと、そうして聞かされた内容に、やはり絶句していたそうだ。

 しかし数秒ほどで気持ちを切り替え、テオにレイニーを呼ばせて問うた。

 タモツとリコは、無事なのか。と。

 それを聞き、そう言えばと思い出す。レイニーが天の使いであることは、アーダルベルト公爵も知るところになっていた。公爵家が完全に、我々の体質のせいでぼっこぼこに破壊されたあの夜に。

 いや、さすがにはっきりと明かされた訳ではなかった。と思う。でも、察するには充分な状況だった。

 公爵はあの夜に、レイニーの上司さんから新しいスキルを与えられていたのだ。

 だからもしかしたらレイニーは、たもっちゃんや私の状況をもっと詳しく承知しているのかも知れない。公爵はそんな希望をいだいたようだ。

 そして実際、それは半分当たりで半分外れた。

「無事です。その筈です。あの二人の身に何かがあれば、わたくしも無事ではないでしょう。けれど、居場所までは解らないのです」

 レイニーは公爵の質問に、きっぱりと言い切って答えた。行方知れずの我々になにかがあれば、確実に自分が上司からの制裁を受けると確信していたから。

 これはごく個人的な印象ではあるが、私に取ってのレイニーは、ヒマさえあれば膝を折って神に祈るかおいしいもの食べてうっとりと多幸感いっぱいに目を細めるげっ歯類みたいな顔をする人でしかない。

 多分ほかにもあるのだろうが、この二点が強すぎてほかのことが思い出せない。

 だからもしもレイニーの、このきっぱりした意見を聞いたのが自分なら、ああなんかテキトー言ってんなと思って話半分に受け取ったと思う。

 なにしろ根拠は、重大な失敗をした割にまだ上司に怒られてないと言うだけだ。

 だが実際に話を聞いたのは、この世界における常識人である男子たち二人だ。彼らは時に、妙な素直さを発揮する。

 公爵とテオは、レイニーの隣で、または魔道具の向こうで、彼女の言葉に安心を得た。

 若干信じやすい気がするが、これはレイニーを魔法使いとして見た時に抜きん出て高い実力を持っていたこともあるのかも知れない。

 深く事情を知らずに見れば、やればできるのに普段はおとなしく実力を隠して全てをメガネや私の自主性に任せ、その行いを見守りながらいざと言う時にだけ力を発揮して助けている。ように、思えなくもない。

 レイニーが魔獣を狩ったり草を刈ったりできないのは単に天界の法にしばられてるからだし、私を見守るのは役割だ。そしてその役割を与えられたのは、ものすごく致命的にうっかりしていたからである。

 こいつはなにも信用できねえぞ、と指摘できる人間は二人そろってドアから遠く吹っ飛ばされて、大森林で伸びていた。ツッコミ不在と言うやつである。ツッコミが我々と言うこと自体、そもそも大きな不安だが。

 だがこの場合に限っては、常識人たちの信じやすさは幸運だった。彼らはレイニーの言葉に安心し、無事ならばその内に、自力で戻ってくるだろうと考えた。

 我々をなんだと思っているのか。飼い主に恩義を感じる忠犬かなんかか。そんな気持ちが一瞬よぎるが、それでいいのだ。

 実際よく解んないけど大丈夫だったし、これで捜索隊とか結成されて心配しながら一生懸命探されてたら申し訳なさがすごかった。だから、いいんだ。これで。恐らく。

 それからテオはレイニーや金ちゃんを連れてクレブリに戻り、孤児院に身をよせ我々からの連絡を待った。彼らが時間を忘れてダンジョンを満喫していたうちのメガネと再会したのは、それから五日後のことである。

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