134 本当にやばい
※風雨被害を思わせる描写があります。ご注意下さい。
雪が溶け始めた森は、嵐が通ったかのようだ。
小さな小屋は半壊し、屋根が取れ、暖炉は無事だが防寒性はもはやない。周囲の地面は無残にぼこぼこ踏み荒らされて、壊れた小屋を取り囲む葉っぱの落ちた黒っぽい木々は一部がなぎ倒されていた。
一目でなにかあったと解る。
しかし、この際それらは重要とは言えない。
それよりもまず、目を奪われるはずだった。
小屋のすぐ近くには、赤く焼けた鉄のようなかたまりがあった。動物園のゾウより何倍も大きく、長く伸びた口元からは鋭い牙が見えている。それは壊れた屋根の所から中を覗き込むように、今にも獣の鼻先が小屋の中へと入り込もうとしていた。
だがその恐ろしい魔獣は、もうわずかばかりも動いていない。全身にきつく巻き付いた茨が、完全に動きも時間も止めているのだ。
「酷い!」
多分九日ぶりくらいに顔を合わせて、最初にメガネはそんなことをわめいた。
「何でリコだけ? 何でリコばっかエルフにもてるの? ちょっとそこ代わってよぉ!」
「ねえ、この明らかに色々あったみたいな状況で最初に言うことがそれしかないの?」
再会して早々に、私は幼馴染の人間性を疑わざるを得なかった。
これに比べれば雪でぬかるんだ地面の上を転げるように近付いてきたテオとレイニーが二人して、めちゃくちゃ険しい顔で詰めより無事か無事だな返事くらいしろとか言ってぐらんぐらんと体を激しめに揺すってきたのもまだかわいいものだった。
あとな、金ちゃん。私の頭はべしべし叩けば自動的におやつが出てくるスイッチではないんだ。
まあなんにせよ、元気そうでよかった。
たもっちゃんやレイニーやテオや金ちゃんが、デコトラサイズのびっかびかしたドラゴンに乗って私の前に現れたのは渡ノ月が終わった翌日。五ノ月初日のことだった。
私が結果として奴隷商にさらわれたエルフの少女たちを救うことになり、この数日を一緒にすごしていたと知ったうちの変態はものすごい顔をした。
それはいい。
その顔があまりにひどくてエルフの少女たちからはあの人キモいと至極当然の感想をいただくなどしたが、害のないタイプとは言えしょせん変態。仕方ない。
その変態に話を聞くと、私が三人のエルフとわあわあ言ってすごしている間、あちらはあちらで色々あったとのことだ。
屋根のなくなった小屋の暖炉で、火に掛けた鍋をかきまぜながらメガネは語る。
「俺らさぁ、落ちたじゃん? ドラゴンさんの巣穴から」
「あ、やっぱあれ巣穴なの?」
ドアからドアへとボッシュートされたあの時にチラッと姿を見た気がするし、そもそもドラゴンさんに預けたドアがあったんだからまあ順当な事実ではある。
だから大した推理でもなかったが、やはり私は正しかったとムダにえらそうにうなずいておいた。
そんなのん気な我々とは対照的に、たもっちゃんたちを運んできたデコトラみたいなドラゴンは、今までで一番小さい二歳児サイズに体を縮めてしょんぼりしていた。
標高の高い巣穴から、我々を吹っ飛ばしたのがいまだにショックで堪らないらしい。
まあ、解る。我々が今へらへらしてられるのも、メガネと私が無事だったからだ。これは多分、メガネのメガネが鉄壁で私の健康が強靭だったからだと思う。
もしも吹っ飛ばされたのがテオや金ちゃんだったとしたら、ちょっとどうなってたか解らない。レイニーはなんか、自力で地獄の底でも生き抜くと思う。
そんな可能性を考えてしまうと私も背中がひやっとしたが、逆に言えば我々は無事だ。取り返しの付かない失敗をする前に、教訓を得たと考えることもできる。
ドアスキル、開く前には、障壁を。
思わず五七五で標語をひねるが、思わずの割にはよくできた気がする。障壁は空気も遮断できるやつでお願い。
前に大森林から町とかへ移動してたりした時は障壁張ったりしてたんだけどな、目隠し的な意味だけど。
最近はあんまりドアのスキル使ってなくて、油断していた部分もあった。その辺は、我々の反省すべき点である。
いやー、失敗しちゃったね。くらいの軽薄な我々に対し、なにも知らずに預かったドアを持ち帰ったにすぎないドラゴンは自分の尻尾をぎゅうぎゅう抱きしめこれ以上なくしんなりとしていた。
あまりに落ち込みすぎていて、大体の話を聞いたエルフに囲まれてそんなの事故よ! と力強くなぐさめられている。
たもっちゃんは大体の説明をするためにドアのスキルを明かしていたのでいいのかなと思ったら、「エルフに利用されるなら本望」などと妙に凛々しく言っていた。
「でね」
と、その変態はエルフの関心と同情を一身に集めるドラゴンへの嫉妬で若干歯をキリキリさせて、話を続けた。
「よく考えたら落ちてる途中で普通に飛べばよかったんだろうけど、さすがに俺もパニックだったからさ。あのあと地面に着地って言うか激突しちゃって、二日くらい気絶してたっぽいんだよね」
それはなんか、大体私と似たような感じだ。自分は全く覚えてないが、どうやら意識のないままに四日ほど川を流れていたらしい。
奴隷商の男たちからエルフが聞いた話をまた聞きし、多分そうなんじゃないかみたいなふわっとした発見状況を伝えるとうちのメガネはエルフの少女たちのような正論を吐いた。
「それ、寝てたって言うの?」
実感は一切ないのだが、よってたかって口々にそれって死に掛けてんじゃない? みたいなことを言われると、不思議とそんな気もしてくるがとりあえず私は元気です。
「で、俺もさ、もうすぐ渡ノ月になるのに大森林に行きたいとか言ってこんな事になったから一応焦りはあったのね。リコ探すかテオ達と合流するかで迷ったんだけど、俺一人だと飛行魔法か暖房かのどっちかで手一杯になっちゃうし、暖房ないとまだ冬の大森林はきついしで、とりあえずレイニーは欲しいなと思って。ドラゴンさんの巣穴まで行って、ドア使って戻ろうとしたのね」
戻った。ではなく、戻ろうとした。
そう言って、メガネは一呼吸の間を置いた。
「したらさ、巣穴がある崖の下にさ、ほやっほやにでき掛けのダンジョンがあってさ。これ、誰もこなさそうだし、上手い事やったら念願の調味料ダンジョンにできるんじゃねぇかなと思って」
「潜ったんだね」
「いや、潜ったって言うかね」
「潜ったんでしょ」
「うん、まぁ……ちょっと。ちょっとだけ」
そのでき掛けのダンジョンはドラゴンの巣からぼろぼろと落ちた生え変わりのウロコや爪などの強い魔力の含まれる素材が堆積し、ちょうどいい感じにどうのこうのなって勝手に誕生したものらしい。
「それが結構階層あってさぁ。そんなあんまり探索できてないんだけど、醤油とか味噌とか味醂とか日本酒とか鰹節とか昆布とかあれもこれももうちょっとだけって思ってたらあっと言う間に二、三日。それも、アイテム袋の食料が尽きて気が付いたくらいで」
「あせりとは一体なんだったのか」
そんなつもりはなかったの! ただうっかり夢中になっちゃっただけなの!
たもっちゃんは必死にそんな言い訳をしたが、私の記憶には下校しながらあとで遊ぼうぜと約束したのに待ち合わせの駄菓子屋になかなかこなくてどうしたのかと家まで行ったらちょっとだけのつもりでうっかりゲームの電源入れてテレビの前から動けなくなったこれまでに幾度となく見てきたメガネの姿が焼き付いているので、説得力はなにもなかった。お前はいつも、いつまでもそうだ。
まだ完成していない不安定なダンジョンは、探索者の望むものをドロップしてくれる。それをうまい具合に利用してやれば、調味料の宝石箱が誕生すると言う寸法だ。
たもっちゃんはヒャッハーとばかりに熱中し、ダンジョンの中で調味料を育てた。そうしてふと気付いたら、渡ノ月になっていた。
さすがにこれはまずいぞと。
たもっちゃんは我に返った。多分ここ大森林だし、このままいたらせっかく育てたダンジョンが怪獣めいたでっかい魔獣に踏み潰されてしまうかも知れない。
それでやっとダンジョンを出て、垂直の崖を魔法でのぼりドラゴンさんの巣穴へ戻った。
そこにはちゃんとメガネが作った自立式のドアがあり、無事だったのか! と半泣きのドラゴンさんから熱烈な体当たりをくらってもう一度巣穴のフチから落ちることになったと言う話を、たもっちゃんはどこかはかなげに半笑いで語った。
それを私は立てた両膝を両手でかかえた体育座りの格好で、床に敷いた毛皮の上にどっかりあぐらをかいた金ちゃんともう逃がさないみたいな感じでぎゅうぎゅうと密着してくるレイニーの間で押し潰されながらに聞いていた。左右からの圧迫感がすごい。
金ちゃんは解る。口の中身がなくなると食い物を出せと小突いてくるので完全におやつが目的だ。しかしレイニーはなんと言うか、こう。青い目がぐるぐるしてて本当にやばい。




