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133 浮上

 ふっと、浮上するように。

 目が覚めた。

 目が覚めて、眠っていたのだと気が付いた。

 いや、眠っていたと言うよりは気絶と言うべきだったかも知れない。

 まあ、それはいい。とにかく私は、その時に目覚めた。

 まず、目に入ったのは火の入った小さな暖炉だ。私はほこりや土や、水気を含んだ靴跡で汚れた床に横向きに寝ていた。

 次に、自分のすぐそばに人がいることに気が付いた。それは二人の小汚い男で、彼らは背中を丸めて床に屈んで、寝ている私を覗き込むような格好だった。

 妙なのは、彼らが少しも動かないことだ。

 いや。もっとちゃんと詳しく言うと、それ自体は妙とは言えない。なぜなら彼らの全身は、巻き付く茨でおおわれていたから。

 これは恐らく茨のスキルだ。この茨に巻き付かれたら最後、眠ったように時間が止まり相手は手も足も出なくなる。だから男たちが動かないのは当然と言えた。

 問題は、このスキルが全自動で出てくる時は私に危険が及びそうになった場面と言うことだ。

 これはなかなか、おだやかではない。多分だが、私がうっかり寝ている間に色々あったのだと思う。寝ていたためになんか全然身に覚えがないが。

 なんか知らんがこいつはやべえと上半身をがばりと起こすと、「ひっ!」と恐怖のにじんだ悲鳴があった。

 私が寝っ転がっていたのは暖炉の正面にある壁際だ。悲鳴がしたのは、その逆の位置。私から最大限に距離を取る格好で、部屋の角に背中を押し付け震えている少女たちがいた。

 暖炉の炎にゆらゆら浮かび上がる室内は、せまく、なのにがらんとしていた。古びた木のイスがいくつかと、汚れた毛布が床に直接落ちているくらいだ。

 ここは一体どこなのだろう。なんとなく、誰かの家と言う印象ではない。

 私はゆっくり体勢を整えて、汚れた床にあぐらをかいた。恐がらせるようなことはしてないはずだが、私が身動きするたびに少女たちはびくびくと細い肩を震わせた。

 そんな姿を見ながらに、胸の中にはなんとも言えない気持ちが広がる。なぜなら三人の少女はみんな、美しいエルフだったので。

 たもっちゃんが到着したら、さぞやめんどくさいリアクションを取るだろう。明確に想像できてしまって、今から気の毒で仕方ない。

 この時、私が割とのん気だったのは疑いもしてなかったからだ。

 多分、たもっちゃんはその辺にいて、まあ近い内に迎えにくるんだろうなと。そんなことを、のんびりと。

 自作のドアでも取り出して待てばそれを開いてすぐに現れそうな気もしたが、ドアの一つはドラゴンに渡し、もう一つはテオやレイニーや金ちゃんと共に置いてきてしまった。残念ながら、予備はない。

 だから、なぜかこちらに怯え切った瞳を向ける少女たちと共に、もうしばらくここで待っていなくてはならない。

 この時点ではそれだけが、私に解る全てのことだったのだ。


 その後、いくつか判明したことがある。

 私が小さな部屋だと思っていたのは、ワンルームの小屋だった。小さいながらも石で組み上げた暖炉があるので、倉庫などではないだろう。

 その部屋にはかたかたと風に鳴る木戸のはまった小さな窓と、向かいの壁にはドアがある。そのささくれ立った木のドアを開くと、向かって左手の壁側に薪を積み上げた廊下へと出た。倉庫もかねているのかも知れない。

 その幅はあるが距離の短い通路の向こう、突き当たりの壁にはもう一枚の扉があった。

 びゅうびゅうとすき間風の入り込む扉を開くと、そこはもう屋外。見渡す限りの広大な森が広がっている。

 雪をまとった枯れ枝の向こうにまた枯れ枝が透けて見え、それが遠くかすんで延々と続く。どうやら近所に人家はないようだ。

 それと、これはなけなしのコミュ力をしぼり出し少女たちから聞き出したことだが、私が目覚めたのは四ノ月の最後の日とのことだった。

 たもっちゃんと二人、ドラゴンの巣穴っぽい所から吹っ飛ばされたのは四ノ月が残すところあと五日と言う頃だ。だとしたら、私は四日も寝ていたことになるような気がする。

「寝すぎじゃん」

 私は思わず、自分にあきれた。

「知らないわよ。最初は死んでるかと思ったんだから」

「寝てたって言うか、仮死状態だったんじゃない?」

「死んでないなら売れるかもって拾うほうも拾うほうだけど、生き返るほうも生き返るほうよね」

 少女たちは容赦なかった。

 なんかとりあえずよく解んないしごはんでも食べようぜ。と備蓄のメガネ料理をぽいぽい出して誘ってみたら、どことなく幼さを残す可憐な容姿のエルフたちは三人が三人、がつがつと食い付いた。

 エルフの里の近郊で薬草などをむしっていたら、憎き人族の男たちにさらわれ、それからクソ固いパンと塩をわずかに溶かしたお湯に干し肉が沈んでいるだけのスープしか与えられていなかったらしい。

 それはね、つらいよね。試練パンは特にね。前歯持って行かれそうになるもんね。

 そうして同情いっぱいに料理をどんどん出してたら、少女たちがさすがに気を使い始めた。エルフとは実に善良である。

 どうして人族が一人でこんな所にいるの? みたいに聞かれていやよく解んないんだよねと答えていたら、少女たちはそれはそうよねとうなずいた。

 彼女たちの話によるとどうも私は冷たい川をどんぶら流れてどこかに流れ着いたっぽいのだが、なにしろ寝てたし発見したのも少女たちではないので詳細はよく解らない。

 とにかく今は茨に巻かれて固まっている男たちの手によって、びっちゃびちゃで半分凍った状態で小屋まで運ばれてきたとのことだ。

 こいつらがどうして茨のスキルで巻かれているかは、よく見たら手にはそれぞれナイフとか焼き印とかがにぎられていたので「あっ、なるほどね!」とすっきり察した。

 どうやら奴らは奴隷商らしい。

 もしかすると奴隷商に商品を納入する下請け業者なのかも知れないが、とにかく非合法な奴隷を扱う業者のようだ。

 それは小屋の中で恐怖に震えていた三人の少女が、エルフの里で暮らしていながらさらわれてきたことからも確信を得ている。

「てことは、やっぱここも大森林なの?」

「当たり前でしょ」

 当たり前なのか。

 いや、私もね。ちょっとそうかなとは思ってたんだよ。

 大森林で出会ったドラゴンの巣がある訳だし、里からさらわれたばかりのエルフがいるし。

 ただ薄く、期待をいだいて確かめただけで。

 しかしここが大森林であることで、ものすごく困ることが目の前にある。渡ノ月だ。

 今日が四ノ月の最終日なら、明日は渡ノ月の始まりである。そしてそれから三日間、空に月の姿が見えない、天の加護が弱まる期間が始まってしまう。

 しかもだ。

 渡ノ月には我々の困った体質が炸裂し、大森林のどこに逃げても怪獣大戦争になる。

 と、たもっちゃんが言っていた。ちゃんとそれを思い出し、私ってえらいなと思う。

 とりあえずその日は小屋に泊めてもらって、翌日の昼頃まではおとなしく待った。

 だが、それでもこないのだ。

 待てど暮らせど、たもっちゃんのお迎えが。

 いかん。いかんぞ。もうすでに渡ノ月は始まっているのだ。このまま夜になってしまえば、なんの関係もない少女たちを怪獣大戦争に巻き込んでしまう。怪獣大戦争ってなんなのか実はイマイチよく解んないけど。

 心の中であせりながらごはんを食べて、体感としては夕方四時頃。私はやっと重い腰を上げた。

 こないものは仕方ない。自力でなんとかするしかないのだ。

「じゃ、私はこれで」

 備蓄の料理と持ち歩けそうな食料を少女たちにこれでもかと譲り、私はちゃっと片手を上げて別れを告げた。

 そして颯爽と去ろうとしたのだが、いやいや待てと、大あわてで止められた。

「冗談はアイテムボックスだけにしなさい!」

「ええー……」

 私が非常識なアイテムボックスを装備していることは、割と早い段階でバレた。なんか肩掛けカバンがなくなっていて、アイテム袋に偽装できる袋がなかったからだ。

 アイテム袋の実物はメガネが持っているので、そちらは無事を願うばかりだ。荷物の。

「渡ノ月に人族が一人で大森林を出歩くなんて自殺行為よ!」

「ただでさえ夜は魔獣が増えるのに、月がないから余計に危険なんだから!」

「なのにどうして? まさか、わたしたちといたくないって言うの?」

 少女たちは必死な顔でぐいぐい迫り、私を部屋の隅に追い込んでいいかげんにしろよとまあまあキレた。

 なぜだろう。昨日出会ったばかりでありながら、私の頼りなさを超見抜いてくる。

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