第九章 追手
「もしもし・・・」
素早く端末をポケットから取り出した。
「大変だ!ノレッセの連中がこの集落を発見したらしい!?今、ロジャーと確認したが、ちょうど集落へと続く道の入り口辺りに人影が見える!」
どうやら、竹下たちの事を説明している暇はなさそうだ。それ以前に早川にはどう対応すれば良いかわからなかった。
「どうしました!?」
早川の顔色の変化を見逃さなかったレイニーが、何かあったと悟り早川に問いかける。しかし、早川は頭が真っ白になってしまい、端末を持ったまま黙っている。
「早川さん!!」
レイニーが端末を奪い取り、通話口に出る。
「すいません。レイニーです。何かありましたか?」
「ノレッセと思われる連中がこっちへ向かってきている。ここで応戦しても構わないが、せいぜい、ふいをついても、2~3人仕留める事が出来るかどうかだ・・・」
「とにかく、門は閉ざされています。そんな簡単には突破されないでしょう!とにかく、今は制御塔に向かっています!ウォーレンさんたちも引き返してください。制御塔で落ち合って、今後の事を考えましょう!」
「わかった!とにかく、制御塔へ引き返す!」
レイニーは端的にウォーレンからの話を皆に伝えた。さすがに竹下と牧野の表情にも焦りの色が見えた。
「来てしまったものは仕方が無い。とにかく、作戦を練るとしよう。あまり綿密に考えている時間も無さそうだ。間もなく制御塔に着く。他のホルキンス人達は東門から避難させよう!」
するとシーバが、
「それでは、私はみんなに伝えてきます。」
そう言うと、進路を変え、住居のほうへ走り出した。
早川たちもペースを上げようとした時、再び、端末が鳴った。皆、走るのを止め立ち止まる。そして、鳴り響く端末に注目した。
「も、もしもし、早川です・・・はい、はい・・・え?本当ですか!?はい・・・はい・・・わかりました!皆に伝えます。では、失礼します。」
端末を切ると同時にレイニーが、
「何かあったんですか?表情からして、悪い事では無さそうですが・・・。」
「はい。ウォーレンさんたちが端末を切った後、念のため、もう一度、こちらへ向かう人影を確認した所、見覚えのある顔だったと・・・」
「それは、セルゲス達の顔を忘れるわけはないでしょう。」
「いえ、サジさん達に間違いないと!無事だったんですよ!サジさん達!竹下さんの言っていた事は本当だったんですね!」
早川の興奮する姿を見て、竹下は、
「それは良かった。しかし、ノレッセがこちらへ向かっている事も事実だ。廃集落にサジたちを入れた後は、再び門を閉ざし、奴らに備えねばならん。シーバには連絡しておいた方がいい。とりあえずは制御塔へ急ごう。」
「はい。」
早川は走りながら、端末からシーバに連絡を取った。端末の向こう側にいるシーバの声も嬉しそうに感じられた。シーバの話では、どちらにせよ、ホルキンス人達を東門に近い位置に移動させたいので、このまま、その旨を、伝えに向かってから制御塔に向かうということだった。
やがて、制御塔に到着した。
扉を開けて中へ入ると安藤たちが居た。
「ウォーレンが倉本さんに連絡してきて、大体の事情は聞いた。もう、間もなく、サジたちが門に到達するとのことだ。」
それを聞いた早川は、
「本当に良かった。出来る事ならば、一人の犠牲も出したくない。」
と、再び端末が鳴り響いた。
「もしもし?」
サジと合流したとの連絡かと皆が思った。
「やられた!ノレッセの連中、わざとサジ達を生かしておいて、ここまでつけて来たようだ!このままサジ達を入れると、ノレッセの連中も雪崩れ込む・・・それに、どうやらサジ達は、つけられた事に気づいていない!どうする?」
「そ、そんな・・・」
異常を感じた竹下が早川から端末を奪い取った。
「・・・なるほど。つけられていたとは・・・しかし、サジたちホルキンス人を見殺しにするわけにもいかない。幸いにも西門には君達二人しかいない。すぐに他のホルキンス人は東門から避難させる。気づかない振りをして、門を開けてくれ!ここへ来るまでは奴らもサジたちに手出しはせんだろう。君達は隠れてノレッセをやり過ごした後、背後から気づかれぬように、こっちへ向かってくれ。後は何か考える!」
「わかった!言われたとおりに実行する!では、そっちは頼んだ。」
端末を切り、早川に手渡した所で、青柳たちが遅れて到着した。竹下は手短に要点だけを皆に伝えた。
竹下の計画は、こうだった。
まず、青柳と倉本は、友香、真由と共に再び、地下施設まで引き返してもらい、そこのコンピューターを使用する。中央制御塔では目立ってしまい、確実に見つかってしまう。地下には、どうやら、抜け道もあるようなので、いざというときは、そこから脱出できる。
残ったメンバーは時間稼ぎのため、正面から竹下、牧野がサジたちの方へ向かい、ノレッセと対峙して、なんとかサジたちを逃がす。その一方で両サイドから、それぞれ、早川、安藤、レイニー、佐々木がノレッセのサイドに回りこむ形で近づく。
最後にウォーレンとロジャーで四方を囲い込む。そして、中央制御塔に備蓄してある、煙幕弾を四方から一斉に投げ込み、麻酔銃を打ち込む。うまくいけば、それで時間が稼げる。その足で、地下へ向かうと共に、青柳に連絡して、ホルキンス人達が避難した東門を閉鎖。早川たちは、急いで地下施設を目指し、青柳たちと合流。その後、地下通路から脱出するという魂胆だった。正確には、青柳たちは、東門閉鎖と同時に先に脱出する手はずである。
早川と安藤は右側から、レイニーと佐々木は左側から、煙幕弾をいつでも投げられるよう手に持って進んだ。
一方、竹下と牧野も正面から一歩一歩、進んだ。数分後、正面にサジ達の姿が見えた。さすがに、ノレッセの姿はまだ見えない。ノレッセとしても、サジたちには気づかれぬよう行動しているのだ。
西門はサジたちが自分達で解除できるように設定しなおしたお陰で、どうやらノレッセは、早川たちの存在には気づいていないと思われた。
しかし、それもノレッセの計画で、気づかないふりをしているとも考えられる。そうだとすれば、この計画は失敗に終わる。
あとは気づいていない事を祈るばかりだ。もちろん、サジたちはこの計画を知らない。サジたちが予期せぬ行動に出てしまっても計画は失敗してしまう。
サジは、どうやら竹下と牧野の存在に気づいたようだった。しかし、サジは竹下と牧野の存在を知らない。本来なら、正面には知っている顔ぶれをと考える所だが、あえて、サジ達にも疑問を抱かせて、ノレッセを油断させようという魂胆も竹下と牧野にはあった。
サジは少し歩の速度を速めた。他のホルキンス人たちもそれに合わせるかのように、速度を上げ、牧野の竹下の下へ近づいてくる。
それを持っていたかのように、少し離れた後方にノレッセの姿が見えた。そして、ここぞとばかりにノレッセ達も速度を上げた。
サジ達は、そこでようやくつけられていたことに気づいた。と、両側から、待ちかまえていた、早川達が一斉にノレッセに近づいた。
さすがに不意をつかれたノレッセ達は、一瞬立ち止まった。
それを見逃さず、一気に、竹下と牧野は、サジたちを押しのけるように前進してノレッセとの距離をつめる。
そして、ほぼ同時に煙幕弾を投げ込んだ。
「謀られた!散開しろ!」
早川たちには聞き覚えのある、低くも大きなジアーノの声が辺りに響いた。
さらに今度は、後ろから近づいていたウォーレンとロジャーが麻酔銃を煙幕の中に撃ち込んだ。
それを合図のように、両サイドからも麻酔銃を撃ち込む。
牧野は、サジ達を誘導する形で、後方へ退避しながら、サジに状況を説明した。竹下は、そのまま、前方へ麻酔銃を撃ち込む。
「くそっ!油断した!・・・。」
煙幕の中では、何人かの叫び声や怒声が聞こえたが、牧野の計画通り、撃てる限り麻酔銃を打ち込んだら、地下施設へ逃げ込む計画だったので、早川達は、それ以上攻撃する事は止めて、急いで東側へ駆け出した。
牧野も、引き返そうとした瞬間、煙幕の中から何者かが襲い掛かってきた。
ふいを疲れた牧野は、タックルを喰らったようで、腰から体を持っていかれた。そのまま、ノレッセの一人が馬乗りで牧野に襲い掛かる。
抵抗できぬまま、何発か殴られる。どうやら、武器で攻撃する余裕がなかったようだ。しかし、マウント状態はガッチリ決められ、身動きが取れない。このままでは素手で殴り殺される・・・
と、拳を振り上げた目の前の男はそのまま横に倒れた。
「大丈夫か!」
ちょうど後方から走ってきていたウォーレンが、麻酔銃を撃ち込んだのだ。
「すまん。助かった。」
「どうやら、あんたが牧野だな?俺はウォーレンだ。とにかく、急ぐぞ!立てるか?」
牧野は、少し頭がクラクラしたが、なんとか立ち上がると、ウォーレンに一言礼を言うと、一気に駆け出した。
なんとか最初の計画は成功したようで、すぐに誰かが追ってくる事は無かった。
そして、無事、地下施設へ逃げ込む事が出来た。そこで牧野が、
「竹下がサジだけをこちらに連れて、残りのホルキンス人は、シーバが誘導しているホルキンス人達に合流してもらうよう指示して、東門から非難させた。東門は完全に閉鎖したので、時間は稼げるだろう。しかし、麻酔銃の効果は8時間前後。誰も追って来なかった所を見ると、とりあえずは全員眠っているはずだ。青柳教授達は先に、地下通路から地上へとすでに脱出しているはず。我々も、とにかく休んでいる暇はない。我々がいた、地下施設の先に隠し通路がある。そこまで、このまま突っ切るぞ!」
そのまま、休むことなく、一気に牧野たちがいた地下施設まで降りた。そこには先に到着していた竹下とサジの姿があった。それに誘導を終えて合流したシーバもそこにいた。
サジの姿を見た早川は、
「サジさん!無事で良かった!」
「また、地球人に救われたようだな。しかし、まだ危機回避したわけではあるまい。事情は竹下から聞いた。しかし、この集落の地下にこんなものがあったとは、ワシも驚いている。竹下の話では、この先の通路を抜けて、地上に出たら、そのまま東へ進み、砂漠の手前にある、地下施設まで逃げ込み、そこでさらなる作戦を練るということじゃ。」
どうやら、ゆっくり休んでいる暇は無さそうだった。
「とにかく先を急ごう。今度は奴らとて、かなり警戒して行動するはずだ。同じ手は二度と通用しないだろう。」
一行は、そのまま、奥の隠し通路を抜けて地上に出た。東門から出た場合は道はそのまま南へと抜ける。そして、その先にも巨大な地下施設があり、他のホルキンス人達はそちらへと避難させた。
牧野と竹下は、わざと、こちらに注意が向くように、ここへ来る途中、仕掛けを施していた。
佐々木は、計画を聞いた当初、麻酔で眠らせた後、捉えるか、いっそ殺してしまった方がと提案したが、出来れば宇宙裁判でしっかり裁き、罪をという想いと、なにより、止めを刺そうと、煙幕に飛び込んで、早川たち、戦闘のプロでもない一般人が躊躇なく実行できるとは思わなかったからだ。
躊躇している間に、麻酔の効かない誰かが襲ってきては、元も子もない。それならば、命には別状の無い麻酔銃を、撃ち込み、逃げるというのが、今出来る最善の方法だと、竹下、牧野は判断した。
早川達は一気に階段を降り、竹下達が冷凍されていた部屋に入った。あの時には気づかなかったが、よく見れば、カプセルがあった場所とは反対側に通路があった。もちろん、隠し通路で、早川達が最初に訪れた時には、その場所は壁で、通路など見当たらなかったのだが、先に進んだ青柳たちが、扉を開放したままにしておいてくれたのだろう。
「よし、ここで、まずこの施設にある三つの扉を完全に閉鎖する。もちろん、隠し通路への扉もタイマーで、我々が抜け出た後閉鎖する。後は始動させるだけになっているから、急いで通路へ行ってくれ!」
竹下が手で合図を送る。早川達は急いで通路へ出た。そして、竹下を待たず、とにかく先へと進んだ。竹下もパネルに触れ、タイマーが作動した事を確認した後、素早く通路へ駆け込む。
これで、ノレッセが麻酔から目覚めて、この場所へ到達するまでにかなり時間を稼げるはずだ。
「よし、まずはここを抜けるぞ!」
最後尾から竹下は、先を行く早川たちに大声で叫んだ。皆、無言のまま、立ち止まるなく通路の出口を目指して足早に駆け抜けた。やがて、前方に出口が見えてきた。
通路を抜けて地上に出ると、そこは一面花畑が広がっていた。
「これは・・・」
早川が声をあげる。佐々木がその花を一輪手にとって観察した。
「彼岸花みたいですな・・・そやけど色が全然地球のものとは違いますわ。」
その花は彼岸花のように輪生状に花びらが中央に、外側に花弁がいくつも伸びていた。地球では通常花の色は赤く、稀に白いものが生息するが、この星では原色に近い緑色をしていた。
だから、早川達は最初、草原だと思った。そして地面は所々隆起していて、緑色の彼岸花は隆起した地面にも生えていた。
地上から60センチくらい伸びている花々は、早川たちの進路を妨げるかのようだった。見渡す限り花畑なので方向感覚を失いそうだった。どちらへ進めば良いのかわからず、立ち止まっていると、竹下が、
「出口から出た状態で正面が東だ。このまま東に真っ直ぐ花畑を抜けると、森が見えてくる。その森を抜ければ集落がある。今日はそこまで頑張ってもらいたい。」
そう言うと、今度は竹下が先頭となって歩き始めた。早川たちもそれに続いた。
30分もすれば、目の前に森が見えてきた。
「思ったより近くにあったんだな・・・助かった。俺はもう限界が近い・・・」
安藤は喋るのも辛そうだった。
「頑張ってください。もうすぐだと思います!」
早川は竹下にあとどのくらいか聞くのが怖かった。もし、まだかなりの距離があると聞かされれば意識を失いそうだったからだ。しかし、それは皆同じで、佐々木やレイニーも歯を食いしばって歩いていた。
そして、これまで早川たちよりは、はるかに強靭な肉体のウォーレンやロジャーでさえ、少し辛そうに見えた。
一方でサジは全く歩く速度を緩めない。ホルキンス人はタフなのか、それとも地球人がひ弱なのか・・・。
早川は途中、何度も後ろを振り返った。もしかしたらノレッセが意識を取り戻し、近くまで迫っているのでは?と、感じたからだ。
しかし、何振り返っても、今の所、誰の姿も見当たらなかった。
やがて、森の入り口を抜け、森の決して足場の良くない、道なき道を、竹下は突き進む。必死で早川たちはそれに喰らいつく。森に入って15分程度で、竹下がようやく立ち止まった。
「あそこにある大きな岩陰から、地下集落へ入る事が出来る。ここも入り口は二箇所にある。万が一ノレッセが襲ってきた場合、反対側から逃げる事が出来る。とにかく皆、体力も限界だろう。どうやら青柳教授達は先に着いているようだ。我々も入るとしよう。」
竹下の指差した一際巨大な岩を後ろ側に回り込むと、地下へと続く階段が顔を覗かせていた。もう立つのもやっとの状態だった早川は、思わず階段から転げ落ちそうになる所を、ウォーレンに抱えられた。
「大丈夫か?もう、休める。あと一息だ。」
「すいません・・・助かりました。」
よく見れば、レイニーや佐々木も手を壁につき、必死で体を支えながら降りていた。安藤に至っては、いつ倒れても不思議ではなかった。それに気づいたロジャーが肩を貸して、降りていた。
「一人で大丈夫か?」
ウォーレンも心配して肩を貸そうかと言ってくれたが、
「いえ、一人で行けます。」
最後の力を振り絞り、自力で降りた・・・。
この地下集落は、さっきまでいた地上の集落とは違い小規模なものだった。左右に住居らしきものが5軒ずつ並んでおり、正面に通路があって、奥にはもう一つの出入り口があるのだろうか、扉が見えた。
「ここも、扉は閉鎖できるので、安心は出来ないが、今日は大丈夫だろう。とにかく皆、好きな住居でゆっくり休んでもらいたい。住居にはそれぞれ、保存食が備え付けてあるはずだ。それに栄養補助サプリメントもシーバが廃集落から持ってきてくれた。では、俺も休むとしよう。牧野と一番手前の住居にいるから、何かあればいつでも言ってくれ。」
そう言うと、牧野と共に手前の住居に入っていった。
周囲を見回すと、シーバはサジと、レイニーは佐々木と、友香は真由と、ウォーレンはロジャーと、青柳は先に休んでいるようで、倉本は安藤の部屋へとそれぞれ入って言った。
残った早川と安藤は一番右奥の住居へと移動した。
「いつのまにか、決まった組み合わせが定番になっているな。」
安藤が、疲れ果てた元気の無い声で言う。
「本当ですね・・・」
その後は、二人無言のまま、住居に入った。部屋は二つに分かれており、もうどっちでも良かったので、それぞれ近いほうの扉に入った。
「では、明日・・・」
「あ、ああ、お休み。」
互いに、何かを考えたり、打ち合わせをする元気など残っていなかった。早川は部屋に入ると、今後のためにもと、眠気を我慢して、保存食とシーバからもらったサプリメントを口にすると、そのまま倒れこむように眠りについた・・・。
――― どのくらい眠ったのかわからなかった。
早川は、体を起こした。まだ、疲れが取れていない。が、それでもかなり楽になった。この星に着てからは、全く時間の感覚がわからない。それに、ここは地下。室内は発電装置で明るく照らされているが、朝なのか、昼なのかはわからない。
耳を澄ましてみても、物音は聞こえない。もう一眠りしようかと思ったが、やはりノレッセの事が心配で、とりあえず部屋を出た。安藤の部屋はまだ扉が閉まっていた。ノックしようかと思ったが、まだ寝ているかもしれないので、まずは一人で外に出る事にした。
住居を出ると、竹下と牧野の姿が目に入った。早川は近づいて、
「おはようございます。」
と、声をかけた。
「ああ、おはよう。解散してから10時間程が経過した。疲れは取れたかな?」
「10時間も経ったんですか!?」
「無理もない。皆、自分達が思っている以上に疲れているし、何より精神的疲労も大きい。だが、ホルキンス人の作るサプリメントは効くんだ。じわじわと効き目があらわれる。睡眠を取らなければ効果が得られないのが難点だが、今回は十分睡眠も確保できた。とは言っても、この先、まだまだ歩かなければならないがな・・・」
竹下は苦笑しながらそう話した。
「皆を起こさなくて大丈夫ですか?」
「何人かは起きているはずだ。何度か姿を見かけた。しかし、そろそろ出発しなければ、安心は出来ないからな。手分けして、呼び出そう。」
早川はまず、自分と同じ住居に居た安藤の下へ向かった。扉を叩くと、中から声が聞こえた。
「誰だ?」
「起きてたんですか?早川です。もうそろそろ時間です。準備したら外に出てきてください。俺は友香たちを呼びに言ってきます。」
「わかった。すぐ行く。」
どうやら、安藤も起きていたみたいだ。早川はその足で、今度は友香たちの住居に向かった。友香達は起こすまでもなく、ちょうど住居から出てきた所だった。
「あら、陸。ゆっくり眠れた?」
「ああ、なんとか熟睡出来たよ。友香達は?」
「さすがに疲れていたから、そのまま真由ちゃんと別れてすぐ眠ったわ。安藤さんは大丈夫そう?」
「今、声をかけたけど、昨日よりは元気そうだったよ。教授は大丈夫かな?」
「一緒に呼びに行きましょう。」
友香と真由も一緒に、次は青柳教授と倉本のいる住居に向かう。と、言っても目の前だ。他のレイニーや佐々木達はすでに住居から出て、竹下の下に集まっていた。
「どうやら、教授と倉本さんだけみたいね。安藤さんも出てきたわ。」
友香がそう言って指差す。昨日よりは元気そうで足取りもしっかりしていた。
「青柳教授!倉本さん!」
まずは住居の前から大声で呼びかけた。さすがにメンバーの中では一番年配の青柳教授。一日で疲れが取れるとは思えなかった。返事がないので、仕方なく扉を開けて中へ入った。
すると、目の前に倉本が立っていた。
「うわっ!起きてたんですか!?」
いきなり目の前に居たので、早川は驚きのあまり、倒れそうになった。
「すまん、すまん。ちょっと考え事をしていてね・・・教授もさっき目覚めて、随分と体も楽になったそうだ。」
「そうですか!?それは良かった。とにかく皆、集合しているので行きましょう。」
「わかった。」
その時、ちょうど奥の扉が開いて、青柳が姿を現した。その顔には精気が蘇っていた。
「早川君、おはよう。随分と楽になったよ。しかし、やはり歳には勝てないな・・・それに運動不足も祟っている・・・」
苦笑しながら、そう言うと、
「よし、行こう。」
と、倉本と共に外へ出た。
中央では、サジと竹下が何やら話し合っていた。この先の打ち合わせでもしているのだろう。早川たちも急いで近づいた。
「・・・・・・この先は砂漠で、シーバの話では、何人かのホルキンス人が、武器庫を目指しているそうだが、まだ連絡はない。そちらへ向かうには、時間がかかりすぎるし、砂漠自体、過酷だ。そこへ全員が無事辿り着ける保障もない。」
ちょうど、サジが話している最中だった。どうやら、シーバの言っていた砂漠の武器庫を目指すか、違う方法で進むのか議論しているようだった。
サジの発言に竹下も、
「たしかに、少人数で行動するのであれば、武器庫を目指す価値はあるが、これだけの人数だと、確実な方法を取るのが無難かもしれん。武器庫の方は引き続きホルキンス人に任せるとして、我々は引き続き、こちらに追わせつつ、逃げ延びねばならん。もし、東門から逃げたホルキンス人達の方を襲われては、申し訳が立たん。あえて、発見される可能性の高いこのルートを選択したのもその為だ。とにかく、あまりゆっくりしている時間もない。ノレッセも結果的にはゆっくり休めたわけだからな・・・。」
「うむ。では、砂漠とは逆のルートで行くとしよう。ただ、どこかで二手に分かれ、体力のあるグループとそうでないグループに分かれて、体力のあるグループの方へ引き付けねば、いずれ全員が捕まってしまう。」
「その通りだ。だが、ここで分かれるのは賢明ではあるまい。森を抜け、砂漠とは逆の南側のルートを南下して、半日も歩けば、たしか地下都市への入り口があったはずだ。そこで体力の無い者達を地下へ、体力のある者達は、そのまま地上を進み、ノレッセを引き付けよう。地下の方が確実に安全だからな。」
「たしかに高城教授の設計には驚かされた。ワシも覚悟はしていたのじゃが、あのような抜け道を作らせていたとは・・・。それも記録には残さぬままじゃ。そうと決まれば、早々にここを出発じゃ。」
サジは、竹下とのやりとりを皆に伝え、南の地下都市入り口を目指す事にした。
来た時とは違う出口から地上に出た。左側には壮大な地平線と共に砂漠が広がっているのが見えた。一行は、砂漠とは違う方向へと歩き始めた。
右手に川が見えた。サジの話では、この星には海が無く、地下の湧き水が川となり循環しているいうことだった。しかし、場所によっては、流れている川の底に塩分を含んだ鉱石などがあったりして、海水のような水が流れている川もあるということだった。
サジたちホルキンス人の多くは地下都市で生活していたため、早川たちの歩く場所のほとんどは道なき道であった。それでも比較的歩きやすいルートを進み続けた。
ふと、空を見上げると、久しぶりに陽がかげりをみせていた。
「そろそろ、地球時間で言う所の72時間ぶりの日没が訪れる。ここからはノレッセに発見されにくい一方で、相手を発見するのも難しくなるから注意が必要じゃ。皆、出来るだけ身を寄せて行動するように心がけてくれ。」
サジが皆に伝えた。本当に時間の感覚がおかしくなりそうだった。ただ、夜空は相変わらず綺麗で、少し気分は癒された。
「きっとここからじゃ地球は見えないんでしょうね。」
歩きながら夜空を見上げて友香が早川に呟いた。
「見えたとしても、どれかわからないよ。ただ、地球よりはるかに夜空の星は多く見えるし、星の明かりと地面のぶんやりと発光する植物のお陰で、神秘的だね。」
あと、何度、夜を迎えれば、この逃亡生活にも近い行動を続けなければならないのだろう・・・。そんな事を考えながら歩き続けた
どれくらい歩き続けただろうか・・・。
一番後ろを歩いていたウォーレンが立ち止まった。それに気づいた早川が前を歩く安藤に合図を送り、全員が立ち止まった。
ウォーレンに近づいた早川は小声で、
「どうしました?」
と、問いかけた。
竹下や牧野もウォーレンの方まで急いで歩み寄る。そして、手で他の連中に先に進めと合図を送った。どうやら何か物音が聞こえたらしかった。
ウォーレン達は身構えていた。
竹下の合図で、青柳たちは歩く速度を速めて先に進む。
早川はその場に残るべきか迷っていた。そして、レイニーも同じようにその場で立ち尽くしていた。
他の連中は、すでに先へと進んでいた。
ただ、先頭を歩いていたロジャーはウォーレンの元へ駆けつけ、竹下、牧野と横一列に並んでいた。
「おまえたちも早く行け!」
竹下が少し大きめの声で叫んだ。
「し、しかし・・・」
「ここは我々に任せて他の連中と行くんだ!お前達では役に立たん!もし我々がやられたら、後の事は頼む!だが、我々はそれなりの訓練を積んでいる。それにウォーレンとロジャーも只者ではなさそうだ。簡単にはやられん!」
「竹下さんの言うとおりです。早川さん。ここは言うとおり、教授達に合流しましょう!」
レイニーも足手まといになると感じ、早川を促した。早川は仕方なく、駆け出した。
「さて、我々はどうしたものか?」
残った竹下がウォーレンに問いかける。
「まずはこれを渡しておこう。」
竹下は上着の内ポケットから小型の銃を二丁取り出すと、ウォーレンとロジャーに手渡した。
「こ、これをどこで?」
「な~に、廃集落での一戦で、麻酔銃で倒れているノレッセの連中から奪っておいたものだ。本来なら全ての武器を奪っておきたかったが、残念ながら全て回収することは出来なかった。」
「では、何故早川達にも持たせなかったんだ?」
「彼らは、戦闘訓練を受けていない。そんな連中に殺傷能力のある武器を持たせてもかえって危険なだけだ。レーザー式とは言え、打てる数に限りがある以上、ためらいなく撃てる我々が有効的に使用するのが一番だろうと思ってな。そんなことより、来るぞ!」
ウォーレンたちはいつでも撃てる状態に構えた。前方からはかすかに何かの音が聞こえてくる。それは徐々に大きくなってくる。ウォーレン達に緊張が走る。
「本来は生け捕りにしたい所だが、今回はそういうわけにもいかない。躊躇わず相手が見えたら撃つぞ!」
「わかった!」
と、前方の音が突然聞こえなくなった。
「こっちに気づいたのか?」
「いや、わからん。とにかくこのまま、ゆっくり前進する。」
「わかった。」
四人はゆっくり、ゆっくりと銃を構えた状態で、今自分達が歩いてきた方向へと歩き出す。しかし、前方には何も見えなかった。
「気のせいか?」
竹下が、少し首をかしげる。
「いや、たしかに足音のような音が聞こえた。待て!あれは!?」
ウォーレンは前方に黒く蠢く何かを発見した。
「脅かしやがって・・・あれは、この星で生息するモーリアという小動物。夜になると活動する生き物で、この辺り一体に生息する。」
うさぎくらいの大きさのその生き物は十数匹はいるだろうか・・・。カツカツと音を立てながら川の方へと姿を消した。
「紛らわしい音を立てる生き物だな。人の足音にそっくりだ。」
「しかし、我々がこの星にやってきた頃から、まだ、姿も変えずに生息していたとは少々驚いた。しかし、ノレッセでなくて良かった。急いで合流するぞ!」
「わかった。」
四人は、もう一度周囲を確認した後、早川達に追いつく為に、走って後を追った。
一方で早川たちは、
「無事だと良いんですが・・・何も後方からは物音は聞こえませんね・・・大丈夫でしょうか。」
レイニーが足早に歩きながら不安そうに後ろを振り返る。早川も同様に後ろを振り返って、
「無事を祈るしかありませんね・・・。」
そんな会話をしていると、足音が後ろから近づいてくるのが聞こえた。ウォーレン達に何が起こっているのかを知らなかった早川たちは、どうして良いのかもわからず、ただ呆然とその場に立ち尽くした。
「どうしますか!?」
「わかりません!とにかく教授たちにはそのまま行ってもらいましょう!俺達でなんとか・・・」
しかし、足音はかなりの速度で接近してくる。
「だめだ!早すぎる!」
「とにかく麻酔銃だけでも構えましょう!」
レイニーはそう言って麻酔銃を構えた。何が起こっているかわからない佐々木や安藤は何も出来ずにいる。
友香と真由は青柳と倉本を守る形で二人の前に立った。
サジとシーバも早川たちの方へとやってくる。
「もはやこれまでか!?」
と、サジが呟いた瞬間、
「大丈夫だ!脅かしてすまん!俺達だ!」
と、竹下の大声が聞こえてきた。
「た、竹下さん?」
早川は、声にならない声で聞き返す。
やがて足音と共に四人の人影が見えた。
「無事だったようですね。それにしても、もう駄目かと思いましたよ・・・」
早川は一瞬で全身の力が抜けていくのを感じた。
「とにかく良かった。」
レイニーもさすがに血の気がひいていた。
「何があったんですか?」
なんとか息を整えて、竹下に聞いた。竹下は事情を説明した。
「動物だったんですか・・・。とにかく、無事で良かったです。」
「ああ、俺とした事が、モーリアの存在に気づかなかったのは不覚だった。申し訳ないことをした。しかし、ノレッセの連中が迫ってきているのも事実だろう。気持ちを切り替えて先を急ごう。」
「わかりました。」
一行は再び、歩き始めた。シーバに貰ったサプリメントの効果なのか、早川たちはかなり体力が回復しており、足の調子が悪かった安藤や、体調がすぐれなかった青柳も立ち止まることなく歩き続けた。
早川も、随分と体が軽くなった気がした。一体どんな成分が含まれているのか気になったが、聞いたところで、きっとわからないだろうと、聞くのを止めた。
さっきまで右側を流れていた川が突然沼のように丸くなった。そして、その沼の底から水が湧き出ていて、沼の中央部分が下から押し上げられた水圧で盛り上がっていた。
「これが、サジさんが言っていた地下からの湧き水なんですね。」
早川は豊富に溢れ出す、水を指差して言った。
「時期によっては、数十メートルも吹き出す事もある。その時期にはこの辺り一体は水で覆い尽くされるんじゃ。もう、間もなくその時期を迎える。空高く噴出した水が水滴となって降り注ぐ光景は、地球で言う所の雨に似ているのかもしれんな。ちょうど、沼の先で、二手に分かれよう。その先に地下へと続く道がある。しかし、この地を知らぬものにはなかなか発見できない道じゃ。そちらのルートは比較的安全じゃ。但し、もう一方のルートを進むには覚悟が必要じゃ。とにかく、まずは沼を越えて、そこで打ち合わせといこう。」
サジはそう言うと、足早に先頭まで駆け出して、皆を誘導した。
右手の沼を抜けると、むき出しの岩山が前方に見えた。
「あの岩山を少し入った所に地下通路がある。そこで一旦休憩をして、チーム編成をする!」
先頭でサジと何かを話していた竹下が、歩きながらそう言った。すると安藤が近づいてきて早川に、
「俺は正直、今は足の調子も悪くはないが、この先が不安だ。だから真由と共に地下のルートに行かせてもらえるように頼むつもりだ。役に立たなくてすまん。」
申し訳無さそうに、最後は下を向いたまま、そう言うと、
「気にする事はありませんよ。俺だって全然役に立ってませんし、どういうチーム編成になるかわかりません。俺も強制的に地下ルートになるかもしれませんしね。」
そう言いながらも、早川は、地上ルートを進む覚悟だった。足手まといになろうと、どうしても危険を冒してまで地球へと向かった二人の事を思えば、じっとしていられなかったからだ。もちろん、地下ルートが確実に安全という保障もないのだが・・・。
沼を越えると、正面と右方向には、岩肌が見えた。先に行くほど高くなり、岩山ルートが過酷な事は入り口付近にいるだけでもわかった。左手には延々と砂漠が続いていた。岩山の先に何があるのかは、まだ聞いていない。
「ここから少し岩山を進むと、地下への入り口がある。」
サジが立ち止まって振り返ると、皆に向かって言った。続けて、
「二手に分かれるのだが、先ほども言った通り、岩山は道も険しく、過酷を極める。それを覚悟の上で、岩山ルートに志願するものは一歩前へ出て欲しい。」
すると、まずウォーレン、ロジャー、竹下、牧野が迷い無く進み出た。
「ちょっと待つんじゃ。お前さんたちは二手に分かれてもらわんと、いざという時もう一方のチームが対処できなくなってしまう。地下のルートだって、岩山よりは安全といってもノレッセに発見されれば、そちらを追跡する可能性も否定できん!とにかく、お前さん方で話し合って決めてくれ。他の者で岩山ルートを進もうというものはおらんか?」
今度は早川が一歩前に進み出た。ほぼ、同時にレイニーと友香も前に。真由も出ようとした所を安藤に腕を掴まれ、引き戻された。
妹にも危険なルートは進んで欲しくないのだろう。真由がなにやら安藤に不満をもらしていたが、安藤はただただ首を横に振るだけだった。安藤の気持ちを察したのか、真由もそれ以上は何も言わなかった。
佐々木は少し考え込んでいた。が、結局、前に出る事は無かった。
「すまん。俺にはこの岩山を行くだけの気力も体力もありませんわ。申し訳ないですけど、勘弁してください・・・。」
「気にする事はありませんよ!むしろ岩山ルートは少人数の方がいいと思いますし。」
早川は佐々木を気遣って、そういったものの、内心は不安でいっぱいだった。しかし、佐々木を責める気持ちは無かった。
「さて、早川君、森本君、レイニー君の三人と、シーバも岩山ルートをお願いする。ということは、あとはそちらの4人じゃが、もう決まったかな?」
「俺とロジャーで岩山ルートを進む事にした。地下の事は竹下、牧野の二人の方が詳しいだろう。」
「ああ、そっちは任せたぞ!青柳教授たちは俺達が守りきる!落ち合う場所は、最初に地球人達がこの星へ着陸したキャンプだ。」
「わかった。検討を祈る。」
ウォーレンと竹下のやりとりが終わると、最後にサジが、
「地球からの援軍は、お前さん方の着陸した地点に降りてくるはずじゃ。つまりそこを二手に分かれて目指すというわけじゃ。地下ルートからじゃと五日もあれば辿り着く。しかし、岩山ルートは、いくつもの山を越えなければならん。十日は必要になってくる。しかし、予定通りであれば地球からの援軍はちょうどその辺りに到着する予定のはずじゃ。なんとしても、それまで持ち堪えてくれ。では、我々は行く事にする。」
サジはそれだけを言い終えると、先に青柳たちを率いて、岩山の入り口を歩き始めた。
「先にサジ達を行かせる。地下の入り口を知られてはまずいので、30分ほどは我々はここで待機して、万が一のノレッセの追撃に備える。そして30分後にはサジたちは地下ルートを進んでいるはずだから、その後、我々は岩山を進む事にする。」
ウォーレンは、それだけ言い終えると、今来た道のほうへロジャーをと歩いていった。
「どこへ行くんですか?」
「気にすることはない。ゆっくり休んでおいてくれ。念のためにもう少し先のほうで見張っている。何かあったら、すぐに知らせる。」
「俺も行きますよ!」
「構わん。俺たちはこういう事には慣れている。お前達では、もし何かあった時、足手まといになるだけだ!それより、この先は際しい道のりのようだから、たとえ30分でも休んでおけ!」
早川はそれ以上何も言い返せなかった。友香も、
「今はお言葉に甘えましょう。きっと、あの人たちは日々鍛えているんだわ。私達とは根本的に違う。」
「僕もそう思います。ここは少しでも休んで、体力を温存しましょう。ウォーレン達も、ここから見える位置にいますし、ノレッセが追いついて来た時は、どの道僕たちも加勢しないといけません。」
レイニーと友香はその場に腰を下ろした。シーバはサジ達を見送ってから、こちらへ歩いてきた。仕方なく、早川も腰を下ろすことにした。
それから30分程、何事もなく時間が過ぎた・・・。
ずっと立ったまま見張っていたウォーレンとロジャーが早川たちの下に戻ってきた。
「どうやら、時間のようだ。無事、地下ルートを進んでいる頃だろう。我々もそろそろ、発つとしよう。」
「行きましょう。」
早川たちも立ち上がって、岩山の入り口へと歩き始めた。今の所はノレッセの姿も見えなかった。このまま、ずっと廃集落で気を失ってくれていればと、早川は思った。しかし、とっくに麻酔は切れて、確実にこちらを目指しているだろう・・・。
やがて、一行は岩山の険しい道に差し掛かった。するとシーバが、
「ここから、右手の岩を超えて少し進むと、自然に出来た道があって、その先に地下への入り口があります。サジたちはそっちへ進みました。この星の地理に詳しくなければ、まず気づかれる事もないでしょう。私たちは逆の険しいルートを進みます。一応、道はあります。が、足元には気をつけて進んでください。私が先頭を、ウォーレンとロジャーは最後尾をお願いします。」
「わかった。」
ウォーレンとロジャーは早川たちを進ませると、自分たちは一番後ろから、背後に警戒しながら進んだ。
険しいと聞いていたので、もっと急勾配なのかと早川は覚悟していたが、今の所は特に激しい勾配はなく、足元に少し大きめの足などが時々あり、それを注意して歩けば、大丈夫だった。
「この先、もっと険しいのかな?」
友香も同じ事を考えていたらしく、歩きながら小声で早川に話しかけてきた。
「きっとそうなんだろう。今の所は特に険しいとは思わないしね・・・。」
「このくらいなら全然平気なんだけどね。ノレッセはもう近くまで来ているのかしら。一番の問題はそこよね。この状況で追いつかれたらきっと逃げ道もないわ。」
「でも、教授たちの方へ行かれるよりはマシだよ。」
「ノレッセも馬鹿じゃないから二手に分かれるって可能性も否定できないわ。」
「でも、シーバも言ってたけど、あそこが分かれ道とは普通気づかないよ。」
「たしかにそうね。教授たちはあの岩を越えるの大変だったでしょうね。」
そんな、他愛の無い会話をしながら、とにかく進み続けた。3時間くらいは同じような緩やかな勾配を歩いただろうか・・・。突然、目の前に岩に囲まれた開けた場所に出た。周囲を岩々に囲まれた広場の中央には水が湧き出ていて、その水は、地面に大きく開いた穴に流れていた。湧き出した水がそのまま地下へ流れる光景は、少し不思議な光景だった。
「あの水は、残念ながら飲めません。というのも、見ての通り、水のある場所まで辿り着く事が出来ません。ただ、下に下りようと思えば、少し先から降りることが出来ます。もし、喉が渇いているなら、一休みしますか?」
シーバが一旦立ち止まって、皆に聞いた。
「そうですね。休みはともかく、水分は補給しておいた方がいいかもしれません。」
レイニーがそういうと、皆も頷いた。
「では、ついて来てください。」
そのまま広場を抜けてしばらく歩くと、右に下りの道があった。その道はぐるっと180度曲がりながららせん状に下へと続いていた。
「この道を下れば、さっきの水が噴出していた真下部分に出られます。」
そういって、シーバがそのまま先頭になって下り始めた。
思った以上に深かったが、見た事もないような光景に、疲れは感じなかった。
「凄いわね!」
友香が声をあげる。とても自然に出来たとは思えない。ちょうど水が噴出してきた部分は岩で囲まれたパイプのように真上へと伸びていて、どうやらその中を湧き水が地上へと、どんどん噴出しているようで、噴出した水は、そのまま地上の切れ目から再び地下へと落ちてきているのだが、外からの光が水滴に反射して光のカーテンのようにヒラヒラと円形状に光っていた。
落ちた水滴は、地下の洞窟内を、どこかへと流れていた。
「こういう光景は珍しいですか?」
じっとその光景に感動していた友香にシーバが尋ねた。
「地球では見た事が無いわ。少なくとも私はね!」
「この星では、地下を水が循環しているので、一度地上に噴出した水が、長い年月をかけて、地上に降り注ぐわずかな衝撃が地面を削り、こういった状態を作り出す場所が多く存在します。大きなものだと、地下からの噴出す勢いが凄すぎて、はるか上空まで吹き上がった水は、真下には落ちず分散して、結果、辺り一面が湖のようになっている場所もあります。」
「それは、いつか見てみたいわ!地球人なら確実に観光スポットになるわね。」
早川たちは、降り注いできた水が一点に集まり川となっている場所まで来て、その水を手ですくって勢い欲飲み干した。
「美味しいですね。体に染み渡る感じがします。」
水を飲み終えたウォーレンは、周囲を歩き回っていた。
「どうかしましたか?」
「いや、ここならノレッセに見つからずにやり過ごせるのではないかと、色々見ているんだが、どうやら、もし、見つかった場合に逃げ道がなさそうだ。川の先はとても人が通り抜ける事のできない隙間しかない。その先には空洞があるのかもしれんが、岩を掘るなど到底出来ないだろうしな・・・。と、なるとここは危険だ。一休みするにしても、一度地上に戻った方がいいだろう。」
「たしかに、ここだと、逃げ道がありませんね。」
ウォーレンの一言で急に不安になった。
「とにかく急いで地上にへ戻りましょう。」
「了解!」
皆、急いで水を飲み干し、来た道を駆け上がった。数分で地上へ辿り着いた。
「今後は逃げ道の無い場所への立ち入りは避けた方が良さそうだな。」
ウォーレンが、シーバにそう提案すると、
「迂闊でしたね。今後は逃げ場の事も考えて、行動するようにします。」
「すまないが、よろしく頼む。しかし、水分補給が出来た事は有り難い。とにかく、結果的には時間をロスしてしまった。ここは少し急いだ方がいいかもしれん。」
皆、黙って頷くと、再びシーバを先頭に歩き始めた。
が、数歩歩き始めた所で、ウォーレンが叫ぶ。
「待て!何かがおかしい!?」
早川も注意深く周囲を見回したが、特に変わった様子はない。レイニーや友香も同じように周囲を見回していた。
「どうかしましたか?」
先頭を歩き始めていたシーバが、ウォーレンの元へ駆け寄って尋ねる・・・。
「奴らはここを通過したぞ。」
思わず大声を上げそうになるのを堪え早川は、
「本当ですか!?」
と聞き返す。
「ああ。間違いない。このままではまずい。どこか身を隠せる場所は無いのか?」
「少し戻れば、小道から身を隠せる場所に抜けられます。ただ、そちらから目的地を目指すには、かなり危険なルートを進む事になります。」
「どの道ノレッセに見つかればただでは済まない。とにかく、一旦そこを目指すとしよう。ノレッセは俺達が下に降りている間に通過している。つまり、まだそう遠くない場所にいるはずだ。注意して進んでくれ!」
シーバは急いで反対方向に回り込み、
「こっちです!」
と、小声で皆に合図を送ると、再びウォーレンとロジャーが最後尾となって一行は一気に駆け出した。ここは歩いていては危険だとシーバも判断したらしく、かなり速度を上げていた。
早川たちも、今は何かを聞くより走る事に専念した。数分走り続けると、来た時には、注意して見ていなかったが、たしかに草むらの奥に小道らしきものがあった。
「とにかく、ここを抜けましょう。その先に少し開けた場所があります。この小道も知らなければすぐには発見されないでしょう。」
シーバは背丈ほどある植物を掻き分けながら先頭を進んだ。それに続くように早川たちも草むらへ飛び込んだ。
地面はたしかに道らしきものがあるものの、行く手を阻むかのように、早川でもちょうど隠れてしまうくらいの高さまである植物は非常に歩きにくかった。
ウォーレンだけは少し頭が出てしまうようで、屈みながら進んでいた。
100mほど進んだところで、草は無くなり、シーバの言っていた、小さな広場に出た。
「血が出てるわよ。陸!?」
友香に言われて、顔に少しヒリヒリした痛みを感じ、手で触って見ると、たしかに手に血がついていた。
「きっと、さっきの植物で切ったみたいだ。大したことはないよ。」
「それならいいけど。」
最後に、ロジャーが広場に出ると、シーバが、
「さっきも言いましたが、ここからは危険です。皆、注意して進んでください。というのも、毒を持った生物が生息しています。我々ホルキンス人はその毒には免疫力があります。しかし、あなた方異星の人たちには、もしかすると死に至る毒かもしれません。ただ、ハッキリした事は言えません。その生物は穴の開いた地面に住んでいて、基本的には、ホルキンス草という、この星では一般的な植物の樹液を吸って生きています。ただ、巣を守ろうとする習性から近くを通ると襲い掛かってくる事があります。この星だと、小動物、さっきいたモーリアくらいなら、確実に死に至らしめる猛毒です。とにかく、毒が人間にも効くかは別として、細心の注意を払ってください。」
「見た目はどんな生き物なんですか?」
「我々はクルックと呼んでいますが、クルックは黄緑色と言えばいいんでしょうか。大きさは、10センチ程度で、飛んでくる事はありません。ジャンプしても膝より上には来ないでしょう。なので、とにかく足元を注意していてください。もし襲ってきた場合は踏みつけてください。」
「私は昆虫だけは苦手なのよね・・・陸、私の分まで頼んだわよ!」
「友香にも苦手なものがあったとはね・・・」
とは言うものの、とっさに友香まで守りきれるのか、一抹の不安はあった。しかし、ここは、
「俺に任せて!虫くらいなら俺にもなんとか出来るさ!」
と、張り切ってみせた。
「期待しているわよ。」
「こんな時に佐々木さんがいてくれたら、そのクルックを捕まえて、分析してくれたかもしれないですね。」
レイニーがキョロキョロしながら言う。どうやら、すでに巣穴を探している様子だった。
「もう、探し始めているんですか?」
「念のためにチェックしておいただけです。」
するとシーバが、
「ここにはいませんよ。この先に地面の色が黒っぽくなります。両サイドにはホルキンス草が一面広がっていて、何故かクルックはその黒い地面にしか巣を作りません。地面が黒い分、巣穴を見分けるのが、かなり困難ですが、クルック自体は黄緑色なので、遠くからでもわかります。草むらから出てくるクルックは襲ってきません。巣穴からのクルックだけとにかく注意してください。」
「わかりました。」
とは言ったものの、内心はどう対処して良いのかわからなかった。
10センチの昆虫など、地球、特に日本では、まず見かけない大きさだ・・・。
とにかく地面が黒くなったら、足元を警戒しながら進まなければならない。
しばらく歩くと、早川は驚いた。地面が黒くとは聞いていたが、てっきり黒っぽい程度と思っていたのだが、それはまさに漆黒、周囲まで暗くしてしまうほどの黒さだった。
そして、その漆黒の地面を、自らの体が発光しているかのような、眩いばかりの黄緑色の物体が右往左往していた。
「こ、こんなに黒い地面だったとは・・・不気味ささら感じますね。」
さすがにレイニーも声を漏らした。
「これじゃあ、どれが巣穴で、どのクルックが巣穴から出てきたのかわからない・・・。」
てっきり、数匹程度と遭遇するかしないか程度に考えていた早川達だったが、目の前には数え切れないくらいのクルックが蠢いていた。凝視すると、目がチカチカして、頭痛でも起こりそうな異様な光景だ。
「虫には見えないわね。これなら大丈夫そうだわ。」
友香が、そう言ったが、早川には何が大丈夫なのか理解できなかった。むしろ、想像をはるかに凌ぐ修羅場と化しそうな雰囲気が漂っていた。思わず早川は、
「シーバさん。他に道は無いんですか?」
と、弱気な提案をしてしまった。
「残念ながらここまできてしまっては、引き返せません。引き返せばきっとノレッセと交戦することになるでしょう。心配ありません。踏んでもクルックは死にませんから躊躇せず、踏んでください。幸いにも、踏んだからと言って他のクルックが一斉に襲ってくることもありません。」
「し、しかし、すごい数ですよ!どれが巣穴からとか、とてもわかりません・・・」
「それなら、足元にいるクルックは片っ端から踏んでもらって構いません。しばらくすると、元の状態に戻り、何もなかったように動き始めます。万が一、襲われると、大変ですから・・・」
「わ、わかりました。」
そうは言ったものの、やはり踏むには勇気が必要に思えた。1匹、2匹と、数をこなしていけば慣れてくるかもしれない。そう言い聞かせ、黒い地面に一歩足を踏み入れた・・・。
とにかくノレッセとの距離が近づいている事はたしかだ。躊躇している暇はない。そう言い聞かせ、足早に進んだ。よく見ると、クルック自体の動きはかなりゆっくりだった。
「このスピードなら避けて進めそうだ・・・。」
そう思った瞬間、数メートル先から突然クルックが早川に近づく・・・
「早く踏んで!」
一瞬ふいを突かれて、呆然とする早川に、シーバが叫ぶ。
「あっ、あっ・・・」
何も出来ず立ち尽くす早川の横からウォーレンが素早く早川の前に飛び出してクルックを踏んだ。
「何をしている!あれほど油断するなと言っただろう!」
思わず怒鳴るウォーレン。
「すいません・・・まさか、突然あんなに早く動くとは思ってなかったので・・・」
「とにかく、油断はするな。他の皆もだ!」
「クルックは普段はゆっくりですが、攻撃態勢に入ると、全速力で向かってきます。ですが、しっかり見ていれば対処出来るレベルです。」
最初に言っておいてくれればいいのにと早川は思ったが、シーバもやはりノレッセの接近で動揺しているのだろう。なんとか、数匹のクルックを踏みつけながら進み、黒い地面の地帯を抜ける事が出来た。
「ここからは、しばらく平坦な道が続きます。が、その反面、ノレッセからも発見されやすいということです。歩けば30分ほどで、平坦な道は終わりますが、ここは歩いている余裕はありません。疲れているとは思いますが、出来る限り全力で駆け抜けましょう!」
シーバはそう言うと、速度を上げた。たしかに周囲に遮るものが何もない地面だけが続いていた。遠くの方にかすかに木々のようなものが見えた。
が、なかなかその木々が近づいてこない。一瞬、蜃気楼なのか?と、感じてしまうほどに・・・。
それでも10分ほど走ったところで、ようやく木々は近づいてきた。それは木々と言うよりは森だった。
早川も含め、さすがに皆息があがっていた。
「ここからは森が続きます。後ろを見る限り、ノレッセの姿は確認できません。あまり休んでいる暇はありませんが、かと言って、このまま進み続ける訳にもいきません。どこかで、少しでも休まなければ・・・この先、少し進んだところに、身を隠せる場所がありますので、そこで小休止します。もう少し頑張ってください。」
シーバ自身も息があがっていた。ウォーレンとロジャーだけは、さすがと言うべきか、見た目には、息使いが乱れている様子は無かった。
友香も同じ事を思ったらしく、
「あの二人はさすがよね。」
と、早川の耳元で囁いた。ただ、友香もそれほど息があがっているようには見えなかった。
「友香も十分元気だよ・・・」
「そう?結構疲れているわよ。とにかく、シーバに遅れないようについていきましょう!」
「わ、わかった。」
森に入って10分ほど歩いた所で、シーバは茂みの間の小さな道へと入るように指示した。中を進むと、なんとかこの人数が座れる程度の空間が広がっていた。
「ふぅ・・・さすがに疲れたよ・・・」
早川は倒れこむようにその場に座り込んだ。友香もその隣に腰を下ろした。今回はウォーレンやロジャーも体力温存のためか皆と同じように腰を下ろしていた。
全員がその場に腰を下ろすとシーバが、
「しばらくは森が続きます。理想はクルックに何人かが襲われてくれていれば足止めと同時に人数も減るのですが・・・」
すると、ウォーレンが、
「恐らく、奴らのことだ、そんなへまはしないだろう。それより、あまり休んでいる時間も無い。今は考えるより、体力を温存した方がいいだろう。とは言っても10分程度しか休んでいる暇も無さそうだが・・・」
「あと、どのくらいでキャンプの場所まで辿り着くんですか?」
「この森を抜けると川沿いの道があります。その道を進めば、キャンプへと抜けます。森は順調に進めば5~6時間と言ったところでしょうか。森を抜けると、1時間もかからないはずです。問題は、早く着いても地球からの援軍が到着していなければ意味がないと言う事です。話によると2週間・・・つまり、まだ72時間くらいかかる計算ですから・・・」
「それに、きっちり二週間とは限らないからな・・・キャンプ地に着いたところで、そこからが問題だな・・・」
ウォーレンも今の所、これと言った策も無さそうだった。
「だからと言って、他に方法もない。とにかく今はキャンプ地を目指す事だけを考えて進もう。そろそろ出発するぞ!」
ウォーレンの一声で、皆、一斉に立ち上がり、再びキャンプ地を目指して歩き始めた。
「どちらにせよ、ノレッセと出くわすのは時間の問題だ。皆、気を緩めぬようにな!」
相変わらず、この惑星の森は静かだった。動物の存在が少なかったり、昆虫の類もほとんど目にしない。そして、何よりも、ほとんど無風なのだ。早川たちの足音だけが不気味に周囲にこだまする。
「こんなに足音だけが響くと、ノレッセに簡単に見つかってしまう・・・。」
早川が独り言のように呟くと、隣でレイニーが、
「それは向こうだって同じですよ。物音を立てずに近づくのは不可能と言う事です。お互いに気づかれやすいということです。」
「ということは、今の所俺達の足音以外に聞こえないし、まだ、それほど近づいてはいないということかもしれない・・・後は地球からの・・・」
その時だった。前を行くウォーレンが手で、早川達に立ち止まるように合図を送った。一斉に立ち止まると、やはり物音は聞こえない。
何かあったのだろうか?その疑問を早川は尋ねようとしたが、それに気づいたレイニーが、首を横に振る。
すでに最後尾にいたロジャーは戦闘態勢に入っていた。レイニーも身構えている。早川は目を凝らして周囲を何度も見たが、特に何も見えない。しかし、木々や茂みの影までは見えない。
早川も、急いで身構えた。
そのまま、長い沈黙が続く・・・。早川にはその沈黙が果てしなく続くように長く感じられた。実際には数分程度なのだろう。
と、突然、ウォーレンの前方から人影のような黒い影が姿を現した・・・。
第十章、設定ミスの為、修正を加えます。申し訳ありませんが、再アップまでしばらくお待ちください。