とある青年の矯正
アルトさん…どうしても言っておきたい事があるんです。
そう言うと彼女は俺からそっと背を向けて小さく深呼吸をする…と。
本っっっ当に悪いとは思ってます!ですから先に謝らせてください!ごめんなさい勘弁してください!!
そうして全速力で走って逃げ出していった。
と、いう夢を見たのだ……起きた瞬間10秒程放心状態になったのはいたしかたない。しかし、その後なんだか嫌な予感のした俺は居間へと急いで向かっていった。
この時間なら恐らくリリアもちょうど起きる頃だろう。
「だーかーらーボクじゃないって言ってるだろ!いい加減病原みたいに言わないでくれないかな!」
「じゃあ幽霊さんなのですか!リリアお姉ちゃんを返すのです!このルウをリリアお姉ちゃんの姿で惑わすなんて…なんて羨ましい!」
「あぁもうめんどくさい!!ボクだって出たくて出てるんじゃないんだよ!」
「……」
「あら?おはようアルト。いつからいたのかしら?」
「今さっきです……」
俺の精神がゴリゴリ削れていく音がした。なんでこうも俺の嫌な予感は当たるのだろうか……
朝方の居間では男物の服を着たリリアにルウがひっついて取っ組み合いをしているように端からは見えるだろう。だが、あれは…あのリリアはどう見ても……
「マナト…だよな……」
「ちょっとアルト・フローリア、この粘着物質みたいなあんたの妹なんとかならないわけ!」
「ルウはネチネチ系女子ではないのです!今時珍しい粋な女の子なのですよ!」
「今現在この状況のどこにそんな説得力がある!」
「ルウ…ちょっと落ち着いて……」
「ごっっしゅじぃいいいいん!!リリアがボクっ娘でつっけんどんでツンデレって聞いたんだけど!」
「ちょっと待て!ミキ!お前が来ると話がややこしくなる!」
「ミキくん!そんなみりょくてきな言葉に騙されちゃダメなのです!いくらときめくような設定でもリリアお姉ちゃんではないのです!ルウのときめきメーターは微塵も動いたりはしないのです!」
「じゃあ離れてよ」
「動かないのです!!」
は、話がどんどん遠ざかっていく……ミキだけでもややこしいのにそのうえルウのテンションが明らかにおかしい。
いや、でも前向きに考えよう。そうだ、まだあいつが来ていない分まったく収拾がつかなくなる訳じゃ――
「え~なにこの超面白い状況☆」
……終わった…
「エ、エル……」
「あ、もしかしてこれは俺に全力で引っ掻き回せって言う振りなのかなぁ」
「兄さんいつからいたの?」
「んー?ついさっき♪アルトの妹の大声と…この人の帰って来た音でなんか起きてるかもって」
「おはようみんな!約3日の仕事場での完徹を終えて遂に帰って来たぞ!そして今にも還ってしまいそうだ!足元がふらふらすると言うよりふわふわしてきたのがその証拠だな!って…あれ?テナ?何をそんなに怒っているんだい…?笑った顔がとっても怖いんだ……ですが……」
「あら?そんなことはないのよ?家のみんなで騒いだ一大事に見事に遅れてやってきたあなたに哀れんでいるくらいだわ。で?今更何をしに来たのかしら?」
「そんなことよりなになにこの状況?なんでリリアちゃんがそんな面白い事になってんのー?」
「うるさい変人、ボクのリリアを気安くちゃん付けするな」
「ボクのって…やっぱりなんかとり憑いちゃったって言うルウちゃん様の読みが当たってたの!ヤバいですよご主人!幽霊に先越されちゃいますよ!」
ブチッ
「…ブチッ?」
「あ、ヤバ……」
「お、お兄…ちゃん?」
「エル、ミキ、ルウ……全員そこに直れ」
「ルルルルル、ルウまだ悪い事してないですよ!まだ!!」
「ご主人黒い!バックが黒いですよ!」
「ア、アルト!妹相手に真剣抜くのは止めよう!?そして俺も見逃してくれるとありがたいかなぁあ!」
「大丈夫だ、真剣はお前達にしか使わない」
「達って僕もじゃないですか!?ご主人!話し合いましょう!そうしましょう!!」
「お前達……人の話というのは聞くものだ」
「わかりました!今ものすっごく理解しましたからあぁあああああああああああああ!!!?」
「ブラックオーラのお兄ちゃんはご遠慮願うので…ひゃあああああああああああああああ!?」
「ちょっと!?なんで俺だけ鞘無しなの!ガチ真剣は止めよう!血が流れる!血が流れるってばぁあああああああああああああああああ!!」
アルトを本気で怒らせてはいけない。
フローリア家の暗黙の掟が破れる瞬間は……3人の断末魔によって幕を閉じるのだった。
「本当なんなのこいつら…………」
※
「それで?どうして君が出てきているんだ、マナト?」
3人の強制的矯正を終え、マナトの事、リリアの事をある程度皆に説明し終えた頃、ようやく今日起きた事件についての追究をし始める事が出来た。
「どうもこうもないよ、リリアに頼まれちゃったんだから、出るしかないんだよ」
「「「シスコン?」」」
「それのなにが悪い訳?」
「「「あー…」」」
「いやー…昨日聞いた俺たちを除く全員が同じツッコミをするとは……」
「それはいい。で、リリアが頼んだっていうのは?」
周りの反応を無視し、マナトへの質問を繰り返した。そんな俺に彼は終始怒っているというか…気に入らない様子だったが、しぶしぶといった雰囲気で答えてくれた。
「『ごめん、マナト!本当お願いだから眠らせて!!』って」
「眠る?」
「リリアの普段の睡眠時間考えてみなよ」
「……あぁ…そういえば」
そうだ、リリアはいつもならどんなに遅くても10時には倒れるように眠ってしまっていた。彼女は起きるのは早かったが、普段の睡眠時間は最低でも8時間はある。つまり……
「ただでさえ色々あって疲れてるのに、今回のゴダゴダのせいでリリアの睡眠時間…全然足りてないわけ。まぁボクが出てるぶんには問題ないんだけど」
「え、問題無いの?君がリリアちゃんの体を使ってたら、寧ろ睡眠時間足りなくなるんじゃないの?」
「今回足りてないのは体の休息じゃなくて、精神の方の休息。一応形としてボクはリリアの体を借りてるけど…実際ボクらは完全に別の人間だからボクはボク、リリアはリリアって体も多少は認識するし」
「……ややこしいのかややこしくないのかよく分からない話だねぇ」
「そんな事より、実際リリアはどれくらい寝ればいいんだ?」
「1日」
サラリと睡眠時間としては長すぎる時間を告げたマナトに対し、さっきまで大人しく座っていたルウが身を乗り出して問いただしてきた。
「1日!?1日もかかるのですか!!」
「あらあら、随分長いのね。リリアちゃんたらお寝坊さん♪」
「そんな……今日は…ルウのお誕生日なのに……」
「ルウ……」
「それは…リリアもずっと気にしてたけど……」
「あら、じゃあ簡単。誕生日会を2回やればいいのよ」
「……」
そしたらお得でしょ?と、自信たっぷりの笑顔で指を立てた母に一同が一瞬で無言とかした。
確かにリリアが眠ってしまった今、それくらいしか方法は無いが……
「いやいやいや、そんな簡単な話じゃ……」
「そっかぁあ!!」
「いいのかそれで!?」
「え?だって今日はリリアお姉ちゃんの弟さん…つまりはルウのお兄ちゃんに祝ってもらって」
「は?」
「明日はリリアお姉ちゃんにいっぱいお祝いしてもらえるのです!お得なのですよ!!」
「いや…うん。ルウがいいならいいんだが……」
「まっったくよくない!お兄ちゃんって何!?まさかボクの事じゃないよね!」
「さっきは警戒しましたがリリアお姉ちゃんの弟ならば話は別なのです!マナトお兄ちゃん!!」
「お兄ちゃん呼びで呼ぶなぁあああああああああああああああ!!!!」
それからはマナトとルウの鬼ごっこが始まっていた。どうやらマナトは誰かに急激に親しくされることに慣れていないのか今日6歳になったばかりの妹から逃れようと全力で逃げていた。それはもう必死そうに。
「それじゃあ、あなた。ルウのお誕生日用の服もう一着よろしくね☆」
「え?ん?あれは今日と明日で着回しにするんじゃ……」
「あら、せっかくの娘の誕生日の衣装を着回せっていうの?」
「いや、でもあれは元のドレスにかなりのアレンジを……」
「そうねぇ、今日の衣装は白系のフェミニンタイプのミニドレスだったけど…明日はピンク系のイブニングドレスなんてどうかしら☆」
「じゃあこの間仕入れた手編みのレースが使えるじゃないか!ピンク系の新しいリボン素材もある!今日の白いドレスは鈴蘭のモチーフだったが今回はローズピンクのバラモチーフがいい!はっ!?ヤバい早く作らないと今思い浮かんだデザインを忘れてしまう!ちょっと行ってくる!!」
「行ってらっしゃーい♪夜のお誕生日会までには帰ってきてねぇ~」
(((…………悪女だ…)))
全速力で仕事場に戻って行く父に手を振る母を久々に恐ろしいと思った、それに見事に乗れられる父にも相変わらず少し不思議に思う。
だが、何より不思議なのはこの夫婦……
「はぁあ~なんであんなに素直なのかしら、可愛いわぁ…」
実は相手にベタ惚れしているのは母の方だと言うことだ。




