四
「弱かった」
問いかけに疑問符を持たないイースにロイは若干の苦笑いを見えないながら作って頷いた。イースは初めから知っていたのかもしれないとロイは勘ぐっては見るが、だからといって不信という感情が湧いてくることもなかった。
「百は超えないとダメらしい」
三十頭以上の魔物討伐、それも同一種の駆除は例が無い。だからこそ、淡い期待を寄せてしまっていたロイからすれば、イースの反応こそ本来あるべき姿だと思い知らされている。と同時に、不穏な空気を察知する事も出来ていた。
「……違うな」
思わぬ反論にロイはイースを訝しがるように見つめた。
珍しくイースが面白そうな顔を浮かべている。大抵、弱い魔物と戦った後や観戦した後はご機嫌斜めが多いイースが、今日は珍しい。ロイはそんな事を考えながらもイースの言葉を待った。
「本物じゃなかった」
予想外の言葉に、ロイはしばらく言葉を失った。
「使役する者が居るはずだ」
この数をか――ロイはその言葉を呑み込んだ。二者択一、などと選択肢があることすら捨て去るべきだという事をロイは悟る。理論上では不可能ではない。が、不可能ではないが決して可能であるとも断言出来ないのことが問題であった。
加えて言うのならば、ロイは久しぶりにイースの表情を見て背筋が凍りついてしまっていた。喜んではいるのだが、どうしたってイースの性格を知っているロイからすれば今の万遍な笑みを浮かべている目の前の赤髪女は悪魔にしか見えなかった。
イースの歓喜は強い敵となり得る存在を察知した時にこそ光り輝く。だからといって、ロイはそこまで強い敵と戦いたいとは思わない。死ぬよりも生きている方が絶対に楽しいと知っているからに他ならないし、何よりもやりたい事を成して遂げてもいないで死ぬ事だけはしたくなかった。が、イースに至ってはとにかく殺し合いを楽しみたいという欲求に素直なため、ときたまこのように強者を強く求める発作とも言えるような状況に陥ってしまう。
「新しいバリエーション、試したいだろ?」
イースが立ちあがってロイの胸を小突く。今回に限ってだけは、ロイも渋い顔を作る。本来ならば真っ先に、勝手にやってくれと言い放つのだが、どうしたって自分も一緒に捜索しろと言われているようなものだった。確かに新しいバリエーションを使ってみたいという欲望は存在しているが、だからといって命を賭して試したいとは思っていない。勝てる見込みがあるかも解らない上に敵となりうる存在が曖昧過ぎる現状ではどうしたって踏ん切りがつかないものだった。
「それは、そうだがな。……第一金になるかどうかすら判らないだろう」
生きていくには金が必要になる。手持ちに余裕があるにしても、ロイとイースは基本的に流浪人。各所に点在している宿や家に隠し財産として置いてはあるが、あいにくとこの辺境では未だ、手持ちが寂しい現状。出費が嵩みそうな物事には手を出したくはないと言うのがロイの本音だった。今回の報酬をもってしても安心出来るかはわからない。目的地も、そこに滞在する期間も不明瞭な状態。何か装備が必要になるかもしれない。魔力の扱いに長けているとしてもロイは人間であり万能ではない。
単純な肉体労働なら大丈夫だろうが、小手先の技術を要求されてしまえばどうする事も出来ない。魔力を有しない罠などはそれらを解除する技術を持つ冒険者などに協力を求める必要も出てくるし、場合によってギルドへも知らせ、必要書類にサインして公的に行動する必要性も絶対にあり得ないとは言い切れなかった。イースはそういった類を嫌っている節があり、大抵はロイが担当する面倒事の一つであった。
今回は一先ず残りの依頼分を終わらせることによって依頼主との契約を白紙に戻した後、どうするかを考えるのが無難かつ見通しが立てやすいとロイは考えていた。が、イースは考え込むロイをしり目に、何故か勝ち誇ったような笑みを張り付かせ口を開いた。
「単純、依頼主に今回の一件を焚きつける」
ロイは思わず額に右手を持っていく。暴走しているイースは目を輝かせながらも持論展開をやめようとはしない。
「これで依頼主は不安になる、もしかしたら自分の身も危ういかもしれない。もしかしたら国家存亡の危機。ここで食い止める事が出来れば富と名声が手に入るかもしれないと思わせ、此方に引きずり込む。後は、向こうが勝手に兵員を導入して捜査に動いてくれるだろうし、こっちはこっちで大々的に煽れば後は勝手に情報が舞い込んでくる。それを虱潰しにして、報酬を頂戴しつつ目的を達する事も出来るかもしれない」
頭の痛い話だとロイは素直に思った。今回の依頼は辺境ではあるが軍の司令官に任命されるほどの貴族からのものである。中途半端な爵位持ちではない。いかんせん、指揮能力等々が低すぎるのが非常に問題となってはいるのだが。
「今回はこの戦場だけではないんだぞ。ここの馬鹿な司令官が南北に伸びた戦線を作ったばかりに小競り合いが多すぎる。まずはそれらを潰す作業が優先だろう」
元々無茶な作戦だとロイも判っている。兵力が三千程度で四つもの戦場を作ってしまったのは馬鹿としか言いようがない。各個撃破されても文句を言う資格を持っている司令官など居りはしないだろう。だからこそ、ロイとイース、二人の魔術師に戦後処理の依頼が舞い込んできた事になるのだが、それにしたって処理する量が多すぎる気もする。金は十二分にもらえるのだが、それでも今のロイからすれば割に合わないと思っていた。
「馬鹿の尻拭いをする趣味はない」
そんなロイの胸中を余所にイースは胸元で腕を組み、自身の無い胸を僅かばかりに強調させながら鼻息荒く言い切った。ロイも馬鹿だという意見には大いに賛成できるのだが、いかんせん馬鹿と言い切る動機が不純すぎるので全面的に賛成は出来なかった。
「俺も馬鹿司令官だという意見には賛成だ。だがな、一度受けた依頼をこなす必要がある。信用商売でもあるからな」
「書いてあった?」
簡単に言ってしまえば、依頼書には発生するであろう主要戦場の位置が記載され、遅れても良いので戦後処理を頼むという代物。金が良いという理由でイースが勝手に持ってきた話のはずだったのだが。ロイは軽いめまいを覚えてしまうほどに愕然としてしまう。
「きちんと読んでくれ」
「じゃ、ロイに任せるわ」
「はっ?」
思わずロイは裏返った高い声を出してしまった。それほど唖然とする言葉をイースはいとも簡単に喋ってみせたのだ。
「オレはちょっと馬鹿のケツに火でも点けてくる」
「おい」
ロイの忠告も聞かず、イースは魔術を行使する。途端に熱気のようなものが吹き荒れた。
毎度の事ながら、ロイはイースの外殻甲冑が羨ましいと思ってしまうが、今回ほど恨めしいと思った事も無かった。
「後はよろしく」
紅蓮の炎がイースの背中に伸びた。それはまるで人間が恋い焦がれ描いた不死の鳥、フェニックスを連想させるほどに鮮やかな翼だった。全身も赤を基調とした甲冑を身に着けて大空に飛び立つ。
「甲冑だけ手を抜いたな、相当逸っているのか。兵隊に居た騎士の甲冑なんぞ創造して」
ロイは溜息を混じらせながらも言葉を吐いた。
イースの姿は既に無く、先ほどのような晴天が容赦なくロイに日光を浴びせかけてくる。
「賢者、なわけでもないだろうからな……」
平原から見えている山脈とは逆側に歩きだす。次の戦場となっているであろう場所はロイの頭の中にしっかりと仕舞い込まれているのか、その足取りは確かなものであった。
<了>
赤が何もしてない




