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いに

 戦後処理、と言ってもロイやイースの行う仕事は人間同士が行うような賠償や治安回復といったような発展的な行動ではない。文字通り戦いの後処理をする必要がどうしても発生してしまうので、それに対処するためロイやイースが仕事を請け負うのである。


 その歴史は長い。元々魔物との戦争が親から子へなどいう長さで繰り返されているのだから当然かもしれない。今では、魔物の生態調査なども盛んに行われているので、魔術師でなくとも知識を有して戦局を有利進める動きも活発となっている。


 ロイはこの仕事を受ける――といっても既にイースが契約を済ませた後に契約書を拝み、中身を確認しているので拒否などありはしなかった。むしろ個人的な意思としても反対はしておらず、イースが何故この仕事を受け入れたかに理解を示していた。


 依頼は戦後処理に他ならないが、第一に偶発的な戦闘から戦端が開かれるほどにまで発展してしまった事。第二に馬鹿としか思えないような司令官がのうのうと兵を無駄死にさせていく作戦。第三に報酬の金額が今まで請け負ってきた仕事よりもいくらか高い事。

 

 ロイはイースが好みそうな仕事を熟知している。長い付き合いだからこそ判ることではあるが、そこから導き出された答えとして単純に今回の仕事はイースが好きそうなものだというだった。だが、それだけではいまいちしっくりと当てはまっていない気分になってしまうロイは一抹の不安を覚えつつも現場へと向ったのであった。


 人間が魔物と戦う場合、色々と準備が必要になる。魔物との戦いは人間との戦争に使うような装備は信頼性が低く、大抵の装備、兵士は役に立ちはしない。戦争の流儀、ルールが存在しないのだから、兵士達からすれば堪ったものではないだろう。殺すか殺されるか、殺すか食われるか。言葉の差異など意味も無いほどに単純な殺し合い。戦争と呼んで良いかすら疑問を覚えるレベルの話だ。


 その点、魔物との戦闘では冒険者や狩猟者といった皮鎧や薄金鎧ラメラーアーマーのような比較的軽装とされる防具に身を包む技巧派とでも呼べるよう軽業師達が存外と活躍するのであった。そうした各ギルドが抱える冒険者や狩猟者の場合、依頼された魔物の情報と出現場所、敵味方の人数等々を合わせて作戦を組み立てていく。


 万全を期して魔物と戦う必要はどうしたって出てくる。魔物との戦闘ではたとえ素手で殴られたとしても、その一打が容易に致命傷となり得る破壊力を有してしまっているからだ。そんな化け物相手に、足の小指をテーブルなどの角にぶつけただけで悶絶するほど脆弱な人間が戦うには、知恵を搾り出すしか方法はない。


 妖術師の多くもまた、遠距離かつ広範囲に向けて攻撃する手段こそ持っているが、その術発動に関しては、詠唱にある程度の隙を生じさせてしまうという欠点を持っているがため、単体での戦闘を避ける傾向が強い。が、魔術師はその常識が通用する事はない。故に、彼らは対魔物戦闘のスペシャリストとして重用され続けている。


 そんな魔術師をして生活をしているイースが何故、この仕事を受けて自分に魔物退治をやれと押しつけたのかロイには理解できなかった。


 初めこそ自分でやるものと、あるいは戦場が複数存在することが確定している状況だったので、当日の現場でどちらが処理をするかで話し合う事でもするのではないか、などロイは自己でこの話を完結させてしまっていた。


 結果として、ロイはイースが仕事を譲ると言い始めた事に拍子抜け、というよりも予想外の出来事に少々驚いてしまい前回の事もあり、上手く反論も出来ずに請け負う事になってしまっていた。


 初めこそ憮然としたような態度を取ったりもしたが次第に冷静な頭の使い方を始めると、ロイは少々対象となる魔物に興味を持ち始めていた。今では陰鬱な空気を纏わせつつも、意外と悪い気はしていない。ロイ自身、面倒だと思っても嫌だとは考えていなかった。


 その事もあってか、ロイは暇そのものであった目的地までの道中、ずっと思考の海を漂っていた。


 山羊顔の化け物が大量発生。別段強くも無い魔物だとロイは思った。第一印象としては戦いにくい相手だとも思ったが、人間に背丈が似ている事もあってか、戦闘スタイルも人間に近い。ロイは何度目かの実戦を経て、大した敵ではないという自身の中で作ったカテゴリへ区別するに至っている。


 ひょっとすると自分の言葉を聞き入れてくれたのか。ロイは以前、イースに話していた事を思い出してみた。


 新しいバリエーションスタイルを実戦で試したいから、ある程度強い魔物と戦いたい。


 結局、その話は今の今まで実現してはいない。ロイはその話からいくつかのスタイルを増やしていたので、このままでは実戦で使う場面が無くなってしまうと密かに焦っていた。焦るのならば雑魚と呼称している魔物連中にでも試せば良いとも思えるのだが、ロイにとってある程度強い相手ではないと確実な性能を認識できないという持論に則って行動しているので、その疑問を持ったイースにも意固地になって嫌だと雑魚を目の前にして駄々を捏ねた事もあった。


 加えて前回の依頼ではロイ自身がヘマと言っていい事を仕出かしてしまっている。そんなロイにイースが自分好みの仕事を譲るだろうか? 考えれば考えるほどロイにはイースの考えている事が理解できなくなっていった。


 それでもロイは歩かねばならない。仕事を破棄する場合には正当だと思える理由を並べ立てる。出来ない場合は出来得る限り遂行に尽力する。それがロイの仕事に対する方針で、イースですら一応は理解を示してくれてはいる。厳密に毎回守るわけではないのだが。


 とはいえ、今回は期待できるのかもしれない。ロイの体内で妙な期待と不安が入り混じり、妙な気だるさを外へ醸し出してしまったのも仕方ないのかもしれない。ましてテュロス相手に本気を出すまでもなく、ロイは駆除をやり遂げるだろう。


 それら駆除が全て終わってから本番となることをロイは願った。


 ロイやイースに依頼される戦後処理とは残存している魔物を駆逐することではない。本来の目的ではないが、確かにそうした現物を殺す仕事も多く入り込むし、二人もこなしてきている。しかし、二人は魔術師で、そうした仕事は普通の人間でもやろうと思えば出来てしまう。ならば魔術師たる二人には魔術師ではなければ倒せないような相手を担当することは自然な流れだろう。


 魔物の死体、人間の死体。血肉が散乱した戦場ほど、濃密な死が澱む世界ほど、化け物を強く凶暴な存在へと昇華させる。


 実体を持たぬ魔力が集い、やがては新たな化け物を生み落とす。


 人を惑わす存在、異形の姿、人間ではない力を持つ生物を総じて人間は魔物と呼称する。ならば――魔、そのものをなんと呼ぶ。


 魔物を研究してきた多くの人間達が、いや魔力について長年議論され、研究し続けてきた者達も含め、その研究、議論の数だけねん出した論文に、その数だけの魔という定義が存在した。それほどに人間は魔を知らず、魔の実像を掴むことが出来ずに居た。


 魔と自称する魔物とも違う未知なる化け物。ロイとイースはそんな化け物を殺すために仕事をする魔術師たる存在。


 魔術師無くして人間の平和などありえない。それほどの存在にしてなお、人間は魔について何ら解明出来てはいない。


 ただ魔術師が魔を殺す。その事実だけが、確定した真実として祀り上げられていた。


 イースはきっと何かを嗅ぎ取ったんだろう。ロイは外殻甲冑を構築させながらそう結論付けた。突拍子も無い事を言ったり、行動したり、とにかく予測できない存在がイースだった。そのイースが今回も予測という物差しでははかれない展開を見据えている。ロイにはそんな気がしてならなかった。


 だからこそ、ロイは青々と広がる青空と緑の絨毯が敷き詰められた平原という空間を赤く染め上げていく。


 今になって、ロイ自身も改めて気づき始めていた。漠然とではあるが、随分と楽しい事が起こりそうな胸騒ぎを感じている。


 できればイースと二人で楽しめたら良いんだがな。ロイはそんな事を考えつつも、テュロスの上半身を右腕の殴打で吹き飛ばしていった。





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