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妾はなんで牢獄に(1)

ひれ伏せ人間よ!!妾こそ人界の新たな支配者なる者ぞ!

少女はキメ顔でそう言った。

「寒いのじゃ。」


風通しが阿呆みたいに良い一室で、舞い降る雪が吹き込んでくる極寒の中で妾は嘆く。


「寒いのじゃ。」


声に出したところで誰の反応があるわけでもないんじゃが、こうでもしてないと気が狂いそうなんじゃ。


「寒いのじゃ。」


ああ、かわいそうな妾なのじゃ。

ああ、かわいそうな妾、なのじゃ。

ああ、かわいそうな、妾、なのじゃ。


「あなたが言ったんですよ。」


「あっちょんぶりけっ!?」


「魔族は人間とは鍛え方が違うからこんなのは屁でもないって……言ってましたよね?」


おいおいと泣き真似をすることで自分を慰めていた魔族の少女は、思考の埒外からかけられた声に飛び上がり、どこぞのちびっ子みたく素っ頓狂な声を上げる。


「びっっくりしたじゃろうが!レディの部屋に入る時は声をかけるのが礼儀じゃろ!!」


「えーと、一応こっち側は部屋の外なんですけどね。」


「むきーーーーっ!!」


この子は魔族の子で、人界を侵略すると宣言したため拘束、留置してる特別危険事例。そう聞いてはいるんだけど。

こうして接していると、どうも年相応にしか見えない。

僕の脇腹に届くかどうかの背丈に、小さい子特有の甘くて高い声。

魔族は人間と違うところが多いと聞くからどうなのか分からないけど、人間で言うなら10歳くらい。どれだけ高く見積もっても、中学生だと言い張るのは難しいように見える。


「なんだってこんな子どもが、侵略宣言なんてするんだか……」


魔界は三代前の勇者によって半壊させられ、その後は音沙汰が無かったはずだ。もちろん人界としても警戒を怠っていたわけではないけど、なんというか。

危険な形じゃなかったとしても意表は突かれたわけで、それが上層部的には気に食わないらしい。

僕としては、この件は子どものイタズラとして処理して、この子は速やかに魔界に返してあげたいんだけど。


妾を子ども扱いするなと言っておろうが!と鉄格子を挟んだ先の空間で抗議する少女をそこに捨て置き、僕は考える。

この子が、しかも単体で攻めてきた理由だとか、この先のこの子がどうなっていくのかとか、魔界は今どうなっているのか、とか。

まあそのほとんどが僕じゃ分からなくて、カンと推測のオンパレードなわけだけど。


「まあとりあえず、これ。」


「?なんじゃこれは、妾は書など好まんぞ?」


番人は一旦考えることをやめて、今日ここに来た目的を果たそうと少女に本を手渡す。

彼女は苦虫を潰すような顔をしていたし、反応は明らかに渋いものだったけど……まあ、読んでもらえればわかるだろう。


「暇で仕方なかったんでしょう?暇つぶしだと思って読んでみるといいですよ。中は漫画だし、字だけの書物に比べればずいぶん読みやすいと思いますし。」


「……ほう、妾の心中を察するとは、人間も捨て置いたものではないの。それに、漫画、とな。」


初めての響きだと目を光らせて座りこむ少女に、やっぱり幼いなぁと思いつつ、僕は静かに席を外す。


初体験なら尚更、邪魔をするわけにはいかないから。



そうして気を遣った午前が終わって、午後を挟んで。次の午前も半分を迎えた頃に再び牢を訪れた番人は、予想だにしなかった光景を目にするのだった。

……いや、予想だにしなかった、っていうか…その。

鉄格子に、赤い目を光らせたセミがとまってる。


「あの、めっちゃ怖いのでやめてもらってもいいですか?」


「や゛っ゛と゛き゛た゛か゛!」


「だから怖いですって。」


格子に顔を嵌め込む勢いで、ミシミシと軋む鉄に爪を食い込ませるセミは、もちろん件の少女だ。

人間ではあり得ない握力に、柔軟な顔の筋肉。額から伸びる二本のツノはクワガタのように立派で、声も…いや、さっきのは昨日までの威厳を誇示するような声じゃなかったような気がするけど。

とにかく、こんな場所で会うんだとするならそれは、彼女以外にはありえない。


「どうしたんですか?」


もしかしたら、牢の中に虫が出たから怖くて〜とか、そういうなんとかしてあげられる理由かもしれないからと、番人は優しく問いかける。

虫みたいなかっこうをしてるのに、虫が怖くて〜だったらちょっと面白いなぁと、内心で期待をしながら。


「そんなわけなかろうもん!!妾がどれだけ待ち焦がれたと思っとるんじゃ!!」


なぜすぐ戻って来なんだ人間!!!と、鬼気迫る勢いで詰め寄ってくる気配に、番人は尻餅をつく。

もちろん、鉄の格子はそこにはまったままだし、いくら爪が食い込んでるからと言って、それが破られる感じは今のところない。

だけど今の少女には、そういった物理的な障壁を全て破壊してでも近付いてやろうという気迫があった。なにがなんでも食らいついてやろうという確かな意思が目に宿っていた。

なにが彼女にそこまでさせているのか分からない。

昨日の夕食係が主食を間違えて出したと記録にあったけど、それか?

……いや、僕には食事係は振り分けらたことがないし、それは彼女もわかってるはず。それに食事のことなら、朝にも朝食係が来ているはずだ。


考えても考えてもなんでこうなっているんだか分からない番人に、飢えた少女の手が伸びる。その手は格子に邪魔されながらも、まっすぐと番人に向かって伸びてくる。

鉄を捻じ切るとまでは言わずとも、爪あとを残すくらいはできる小さな手が、スタンをくらったゲームキャラのように動けないでいる番人に迫って、迫って。


「ーーー?」


世界と別れを告げて決めた覚悟が、不発に終わる不思議を体験した番人の脳は、今度こそ完全にスタンした。

*この作品は配慮の心を大瀑布の彼方へ置き去りにしてきました。

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