第93話 激突、シャーロットV S飛龍
第93話〜激突、シャーロットV S飛龍〜
『そろそろだ』
ファフニールの案内の元山脈に入ってから一日。途中で夜になってしまったため夜営をし、日が登ってから再び奥へと進んでいたのだが、どうやらいよいよ飛龍のいる場所に到達したようだった。
山頂に程近い開けた窪地。この一角には木々も少なく、上空から降り立ち羽を休めるにはちょうどよかったのだろう。
「いるな」
いかに住処となっている場所とはいえどこかに出ている可能性もあると思ったのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
全長はゆうに五メートルはあろうかという巨体を地面に寝かせ、今は眠りの中にいるであろう飛龍がそこにはいた。寝ているとはいえ魔物。警戒はしっかり保っているのだろう。今はまだ距離を保っているため大丈夫ではあるが、後数メートルも近づけばきっと目を覚ますはずだ。
ある程度の強者になればだけで眠っているときであっても完全に警戒を解くことはない。この飛龍もそれができるということは、一定の強さを持つことの証明。
「確かに周囲に他の飛龍はいない。飛龍の生態的におかしいと考えて間違いないな」
『うむ。あのサイズと風格を見るに群れのボスになってもおかしくない。群れから追放されたり孤立することもまずないはずだ』
レインの指摘にファフニールが事実を補足する。だとするならやはりこのはぐれ飛龍は異常。何かしらの原因がそこにはある可能性が高い。
「一応聞くけど倒していいのよね?」
それまでレインとファフニールの話を黙って聞いていたシャーロットがそう尋ねた。
「色々おかしいことはあるんでしょうけど、あれって今回の依頼の討伐対象なんでしょう?調査も大事だと思うけど早く倒すべきだと思うんだけど?」
「そうだな。できれば生け捕りが望ましいが、依頼になっている以上は倒すのが当然だ。できるのか?」
確かにこの飛龍の生態のおかしさに加え、村の違和感に鑑みれば生け捕りにして調査をするのが最善であるのは間違いない。だが今回レインたちがここにきているのはあくまでハンターとして、村から出された依頼を遂行するためなのだ。
であるならハンターである以上、優先されるべきは依頼の完遂。この場合は調査であればすでに飛龍の住処まで発見しているのだが、討伐が一番の解決であるのは間違いなく、シャーロットのいう通り倒してしまうのが一番なのだ。
だからレインはシャーロットに聞いたのだ。お前にそれができるのかと。助力なく一人で飛龍の討伐ができるのかと。
「一応これでも公爵家の人間なのよ。相手との力量差くらいはわかるわ」
そういうとシャーロットは一気に自身の魔力炉から回路へと魔力を流し始める。淀みないその工程にレインも少しばかり目を見張ったが、魔力の流れに反応して飛龍が外敵の出現を察知する。
「遅いわね」
魔力の流れで敵に気づいた飛龍はさすがは下位とはいえ龍種と言ったところだが、だからと言って敵の攻撃に反応しきれるかどうかは別の話。
「氷結」
放たれた魔術はシャーロットの氷魔術の中でも基本、任意の対象を凍らせるという魔術。おおよそ龍種に対してそれが効くとは思えない魔術であるが、シャーロットの狙いは何もこの魔術で飛龍を倒すことではない。
「うまいな」
そう、シャーロットの狙いは飛龍の翼。翼の根本を凍結させることにより、飛龍が空へと飛び上がることを防いだのだ。
龍の飛行というのは、その巨体ゆえ翼のみに頼るものではない。魔力を揚力と推進力に変え、それを翼が補助するというものであるのだが、上位の龍になるにつれて翼がなくとも飛行することは可能となる。
だが飛龍程度では翼がなければ自由に飛行することはできないため、シャーロットの攻撃は飛龍の機動力の大部分を削いだことに等しいのだ。
「空を飛べなきゃただの大きい蜥蜴でしょう?」
「正解だ。飛龍の攻略法としてはこれ以上にないな」
機動力を失った飛龍を確認したシャーロットは、そう一言言い残すと自身の細剣を抜いて一気に飛龍へと走り出す。そのスピードはレインが最後に見た時よりも明らかに上がっており、シャーロットが身体強化の魔術の練度を上げていることが見て取れた。
「いきなり首が取れるなんて思ってないわよ!!」
突進してくるシャーロットに対し飛龍も鋭い前足の爪で応戦するが、シャーロットはそれを難なく躱して状態を支える右の後ろ足に一閃を加える。
氷を剣に纏わせることにより威力をあげたその一撃は、流石に太い飛龍の足を両断するには及ばないが、それでも深い傷を与えることには成功していた。
「まだまだいくわよ!!」
飛龍が痛みに悶えるうちに、さらにもう片方の後ろ足に一閃。加えて腹部にももう一太刀を浴びせたところで飛龍が痛みに暴れ始めたので一度後退する。
一回の攻防ではあったが、すでに実力差が明確に出ていた。シャーロットは無傷でありまだ余裕があるが、飛龍はすでに三箇所に深傷を負い、さらには出血も多くしている。翼の氷はさらに大きくなっており、空に逃げることもかなわない。
龍種といえばブレスが有名ではあるのだが、飛龍はその生態上飛行に特化しているためブレスは吐くことができないこともここでは大きな枷となっていた。
飛べなければただの大きな蜥蜴。奇しくもシャーロットの言っていたことがその通りになる展開に、レインもファフニールもシャーロットへの評価を一段上げていたのだった。
「これなら俺が手を出すまでもなさそうだな」
『主人が手を出せば、あんな飛龍なぞ一瞬で砕け散るぞ?』
「手加減すれば首がへし折れるくらいで済むとは思うぞ?」
『飛龍とはいえ龍種。その首を素手でへし折るのは世界広しとはいえ主人だけであろうよ』
すでに観戦モードに入っているレインとファフニールだが、その間もきっちりとシャーロットは飛龍へのダメージを蓄積していく。
氷魔術で飛龍の妨害や攻撃を防ぎ、細剣で体の至る所を斬り付けていく。すでに太刀傷は数十に上っており、その中でも深傷もいくつもある。出血も多く、時間と共に飛龍の動きはどんどん鈍くなってきていた。
おそらくだが、シャーロットの魔術には飛龍程度なら一撃で倒せる魔術も存在しているはずだ。だがそれをしないのは、自分の力を高めるためなのだろう。
あえて強力な手札を封じ、弱い手札を効果的に使って勝ちにつなげていく。一見この戦いはシャーロットの一方的なものに見えるかもしれないが、その実はシャーロットがきっちりと戦略を練った上での詰将棋のようなもの。
飛龍の最大の武器である飛翔を封じ、次に機動力。失血により体力を奪い、相手に優位な立場に立たせない。
言っていることは簡単かもしれないが、それを実戦で行うには相当の冷静さがなければ不可能なのだ。
『あの女、見た目は熱いやつなのかと思ったが、戦いは嫌に冷静だな。揺れない心と精神力。確かにあれなら飛龍なぞ相手にもならんだろう』
「そうかもな。俺もシャーロットがしっかり戦うのを見るのは初めてだが、あれなら将来いい魔術師になると思うよ」
『であろうな。ふむ、飛龍の断末魔が聞こえてきた。うまくいかないことを呪っておるようだが、油断したあいつが悪いな』
「待て。お前、あの飛龍の言っていることがわかるのか?」
そろそろ勝ちが決まりそうになってきていたのだが、ファフニールのそんな一言にレインが食いついた。
『それは同じ龍であり魔物だ。あいつの言っていることくらいならわかるが、それがどうした?』
「そういう大事なことは先に言え!!」
そう言うと、今まさに満身創痍になった飛龍に最後の一撃を放とうとしているシャーロットの元にかけだすレイン。そのスピードたるや、ファフニールの目には残像すら映らないほどだった。
「とどめよ!!」
振り上げた細剣が飛龍の首を両断する。ここまで戦略をたて、その通りに嵌った戦いの最後の詰め。それを成すために振り下ろした細剣だったのだが、剣の切先は飛龍の首を捉えることなく何かによって止められた。
「シャーロット、少し方針の変更だ。その飛龍には聞くことがあるから殺すな」
手加減などするはずもなく振り下ろされたはずの細剣は、いつの間にかシャーロットと飛龍の間に現れた、レインの手によっていとも簡単に止められていたのだった。
 




