第92話 村の異変
第92話〜村の異変〜
村へ戻ったレイン達だったが、その夜は特に何事もなく過ぎていった。
警戒をしていたため浅い眠りだったのか、次の日の朝起きてきたシャーロットはまだ半分寝ていたが、初めての経験である以上その辺りは仕方がない。
ハンターを続けるなら慣れてもらうしかないことなので、レインは特に何も言わずにハインツが用意してくれていた朝食を静かに食べ始めていた。
「今日はどうされるのですか?」
レインとシャーロットに向けてそう問いかけるハインツ。何かおかしいと言う違和感を持っているが故にこの質問の糸を探ってしまうが、実際のところ依頼者としてなんらおかしい質問ではない。
レイン達は飛龍を討伐、もしくは調査を行うためにここにいるのであって、何もこの村を調査しにきたわけではないのだ。依頼人としてその依頼を受注した者が何をするかを確認する事はむしろ当然のことと言えるだろう。
「今日は山脈の方へ足を伸ばしてみるつもりです」
だからこそレインは正直にその問いに対して答えを述べる。本来ならこれはシャーロットが答えるべきなのだが、まだ覚醒し切っていないシャーロットでは口を滑らせる可能性がある。だからこそレインは即答したのだ。
「そうですか。ならばお弁当をご用意させていただきますので、是非とも飛龍の方をよろしくお願いいたします」
そう言って深々と頭を下げるハインツに対し、レインは軽く目礼をすることでそれに答えるにとどめたのだった。
◇
「あの人たちが悪い人にはとても見えないわね」
ハインツから渡された弁当をバックパックに詰めたレインとシャーロットは、宣言通り村から山脈へと足を踏み入れていた。
「俺がおかしいと言っているのはあくまで通常と照らし合わせてのことだ。邪なことなど何もなく、ただ単に俺たちの知らない技術や何かで村が潤っている可能性も十分にあるからな」
「ならそこまで警戒しなくても」
「そう言って油断をした時がなんにしても一番危ないんだ。騙す人間ってのはそこをつくことに特化している。言っておくが、俺がそう言う考えを持っていた場合、シャーロットはすでに何度死んでいるんだろうな」
レインにそう言われたシャーロットは、それを考え身震いする。
実際この世界には数は少ないが変装の達人というのは存在している。そいつが身近なものになりすましていた場合、それに気づくのは容易なことではないのだ。
だからこそ常日頃から警戒をし、少しでも危険への予知を高めていく必要がある。世界の情勢が変わり始めている今、レインはシャーロットにそう言った危機管理をこの依頼の間に少しでも教えるつもりでいた。
「油断はしないでおくわ。それで、山脈の麓まできたけど、一応聞いておくけど登るのよね?」
「無論だな。飛龍の住処がこの山脈であるなら行かない理由はない」
昨日も山脈近くまではきており、今日は別ルートを通ってここまできたのだが、飛龍の手掛かりになるようなものは何もなかった。
であるなら飛龍が生息しているという山脈に登る以外に選択の余地などあるはずがない。
「そうよね。あんまり山登りは気が進まないけど、これもトレーニングだと思って諦めるわ」
露骨に嫌そうな顔をしたシャーロットではあったが、それ以上に何もいうことはなく道などない山に足を踏み入れる。それに続くレインであったが、レインとてできることなら山に踏み入りたいわけではない。
そもそも山というのは人の手が入っていれば話は別なのだが、手付かずであればそこは魔物にとっての楽園となり得るのだ。
魔物の発生原因である魔素と瘴気だが、魔素は人がいない場所の方が濃くなる傾向にある。そして瘴気にしても人の手が入らなければ魔物や獣の死により濃くなる一方であるため、この山が未開の山である以上、間違いなく魔物の巣窟になっているのは目に見えている。
さらに木々が生い茂り、足元もおぼつかずに山である以上が登り道。依頼でなければ頼まれてもこんな場所にはこないであろう場所。そこにあえて入っていくのだから、シャーロットの表情も理解できるというものだ。
「そうだな。早めに飛龍の手がかりを見つけることにしよう」
だがここで依頼を放り出すわけにもいかない。ならば今できるのは、少しでもこの山にいる時間を短くするために、討伐対象である飛龍の痕跡を見つけることだけ。
二人はそう方針を決め、険しい山の奥へと入っていったのだった。
◇
結論から言えば、飛龍は割と簡単に見つかった。
日が暮れてきた頃に、レインがフォーサイトにいなかったために一日以上かけてここを探し当てたファフニールからの情報により、飛龍の場所が容易に特定できたのだ。
『主人よ。できれば街から出るときは一声かけてくれ。主人がいなくては私の安全は保証されないのだぞ?』
古龍といえど、今は力を失った魔物にすぎない。少しずつ、わずかであはあるが力を取り戻していっているとはいえ、レインの元から離れて見つかっってしまえば処理をされてしまう可能性が高い。
「いいから飛龍のところへ早く案内しろ。そうすれば俺たちも早く帰れるからな」
『龍使いが荒いな。もう少し私を置いていった罪悪感はないものか?』
「あるわけがないだろう。そもそも湿地帯でお前がやったことを考えれば、保護してやってるだけで感謝ものだ」
『正論すぎて反論もできんよ』
なんでもこの場所に来る途中、空からレインのことを探していたファフニールは山脈の山頂付近で飛龍を見つけたとのことらしい。
この山脈が飛龍の生息域である以上、そこにいてもなんらおかしくはないのだが、ファフニールによればそうではないようなのだ。
『元来飛龍というのは龍種の中では珍しく群れを作って行動している。確かに例外は存在するが、一匹だけ孤立して長時間活動するなど飛龍の生態からかけ離れすぎておるのだ。あやつらはある意味人種よりも決まりごとに煩いからな。逸れ物など許されるはずがない』
村から出ていた依頼の内容では、確かに村へ被害をもたらしていた飛龍は一匹だけということだ。飛龍が群れで活動するということはある程度は有名であるため、その点も不審だった他の討伐及び調査依頼だったのだが、なるほど、同じ龍であるファフニールが言えば説得力が違うというわけだ。
「ならその龍を倒せば依頼は完了ってわけよね。よかったわ。これなら明日にはこの山から出られそうだもの」
「油断はするなよ。おかしな行動をしているということは何かしら理由があるはずだ。一つの油断が即死につながる可能性もある」
「わかってるわ。この山に入ってから一度も警戒を解いてないから心配しないで」
確かにシャーロットが高い警戒を維持しているのは本当のことだ。
これまで何度か魔物と対峙しているのだが、その全てを危なげなくシャーロットは撃退していた。もともとのスペックに加え、先日のスタンピードのさいの経験がここで生きてきているのだろう。
魔物に対しての攻撃に迷いがない。さらには敵を一撃で仕留めるための精度も非常に高くなっている。これはどれだけ才能があろうとも、経験がなければできない芸当だ。
やはりあの戦いの被害は大きかったのは間違いないが、生き残った者の戦闘能力は格段に増したのは間違いないとレインは確信していた。
命の取り合いは時に凡夫を天才に変える。
以前アーノルドが言っていた言葉だが、だとすれば天才がそれを行ったとすればその強さは一体どうなるのか。
「氷弾」
それは左右の茂みから同時に襲い掛かろうとしていた猿型の魔物を、近寄らせることなく氷の弾丸で頭を撃ち抜いたシャーロットを見ていれば一目瞭然。
最低限度の魔力消費で済むように小さく生成された氷だが、確実に頭を撃ち抜くことで必殺の一撃へと変えていく。もしこれよりもさらに強力な魔物であれば、また違う魔術で魔物を一掃する姿が容易に想像できるのだ。
「このまま道中は任せるぞ」
「道中だけじゃなくて飛龍も私一人で倒すわよ。もともと私が受けた依頼なんだから」
頼もしくそう言ったシャーロットに、レインは肩を竦めると黙ってその後ろをついていくのだった。




