第91話 違和感
第91話〜違和感〜
「それで、あの態度の理由を話してもらえるかしら?」
村から十分に離れた場所まできた二人だったが、シャーロットが我慢できなくなったのかそうレインに聞く。
村よりもさらに山脈に近いこの場所には、飛龍の件もあって村人は近づかないのだろう。近くに誰の気配もないことを確認した上でレインはシャーロットに向き直った。
「あの村はおかしいんだよ」
「何がおかしいって言うのよ。どこにでもある普通の村じゃない。村人はそんなに見てないけど、農耕牧畜で生計を立てて慎ましく暮らしている。リンダちゃんもハインツさんもいい人だったし、むしろあんな風に申し出を断るレインの方が礼儀としてどうかと思うわ」
公爵家という貴族でも上位に位置する立場にいるシャーロットだ。礼儀やマナーといったところには幼い頃から人一倍気を使ってきた、だからこそレインのあの態度に思うところがあるようだが、ここは貴族社会の場ではない。だからこそレインはシャーロットに厳しい目を向けて言う。
「礼儀なんて考えはハンターになるなら捨てろ。そんなことじゃすぐに命を落とすぞ」
「何よそれ!」
「大きな声を出すな。俺のわかる範囲には監視の目はないはずだが、魔術で隠蔽でもされてる可能性もゼロじゃないんだ」
「……どういう意味よ」
レインにそこまで言われてシャーロットも何かを察したらしい。未だ納得はいってないようだが、それでもあからさまなレインへの態度はやめ、二人で調査しながら歩いているように見せる程度の配慮は流石にあるようだ。
流石は公爵家令嬢。いや、この場合はシャーロットの洞察力と適性の高さだろうか。レインはその点に関しては及第点を出したところでシャーロットにこちらも自然を装いながら説明を始めた。
「俺たちが会ったあの二人、そしてあの村、何か違和感を感じなかったか?」
「違和感?別に普通の村と村人のように感じたけど」
「表向きはそう装っていたが明らかにあの村はおかしい。まずはハインツとリンダだが、この二人の言動はおかしくはなかったが着ている衣服が問題だ」
「服?別に一般的なものだったじゃない」
「見た目はな。だがチラッとブランドのロゴが見えたんだが、あれはフォーサイトでも富裕層の好むブティックのものだ。しかもあんなデザインの服なんて通常は店に置いてないはずであることを考えれば特注。この村の規模、村長という立ち位置を考えても服にそれだけのコストをかけるのは明らかにおかしい」
もちろんロゴは見え辛いところに刺繍されていたし、普通の目で見ていては気づけなかっただろう。この村がおかしいと思って初めて気付けるようなもの。だがレインには他にもおかしいと感じるところがあったからこそそこに気づくことができたのだ。
「村の農耕地に無造作に置かれていた農機具。あれはただの鉄製じゃなくてミスリルが混ぜ込まれた合金だった。加えて魔石を利用した井戸や温熱機もあったのも確認している。どう考えてもこの村の収益とは釣り合いが取れないんだよ」
衣服だけならまだ色々と理由を付ければ納得できたかもしれないが、ミスリル合金に魔道具となればそれも不可能。
この村に来てからレインが見つけたそれらの不釣り合いなものだけで、普通の家族数世帯がが数年、いや数十年は暮らしていけるほどの金額となる。まだ見えていない部分も含めれば、下手をすればフォーサイトの一等地に屋敷が建ってもおかしくないほどの価値あるものがこの村にはあったのだ。
「農耕牧畜以外にこの村に産業が発展していると言う話は聞いていない。であるなら、何らかの手段で、しかも表には出せない方法で金を稼いでいる可能性が非常に高いんだ」
「で、でも、もしかしたら単純にお金があったかもしれないじゃない!?」
「だとしたらわざわざ依頼を受けてきたハンターに見張りをつけるような真似はしない。俺たちが山脈近くまで来たからこそまけているが、でなきゃ俺たちの行動は全部筒抜けだぞ?」
そう。レイン達が村を出た直後から、何者かが尾行をしてきているのにレインは気づいていたのだ。
探知魔術などは使えずとも、戦場で培った勘はそれほど甘いものではない。一流の相手であるならともなく、素人やそれに毛が生えたものの尾行程度、レインが気づかないはずがないのだ。
「悪いことをしているわけではないのかも知れない。だが明らかにこの村は不自然だ。ハンターの鉄則が己の身は己で守る。もし依頼の最中に死亡したとしても、それは実力が足りなかったからである以上、不自然なことがあれば警戒は必要だ。わかったか?」
ハンターとは見た目は自由な職業だと言われることもあるのだが、実際はそこまで甘くはない。
ハンターギルドという組織はあるが、あくまでそれは依頼人との仲介役でありハンターの身を守るものではないのだ。
ハンターは自分で自分を守れてこそ一人前。そう言った考え方が根付いているからこそ、先日の湿地帯の討伐メンバーがあれだけ壊滅していても、特に問題になることもなかったのだ。
「わかったわよ……」
そこまで言われてしまえばシャーロットもそう言わざるを得なかった。実際にレインの言っている事は何も間違っているわけではなく、客観的に見て自分がただ甘いだけなのだ。
もし今回の依頼、レインに見つけてもらうことができずに一人で来ていた場合。まだ確定ではないが村人が黒だったとしたら、あのままハインツを信じたシャーロットはどうなっていたかはわからない。
何もなかったかもしれないが、何かがあった可能性は十分にあるのだから。
「強くなるためにハンターを選んだ選択は間違っていないが、ハンターにはそれ相応のリスクが付き纏う。貴族特有の考え方はハンターであるうちは早々に捨てた方がいい」
レインには詳しくはわからないが、貴族だって暗黙の了解やマナーなどがあるのだろう。社交界と言われる場では腹芸だっていくらでもあるだろうし、それはただの平民であるレインにはわからないことだ。
だが今この場ではシャーロットはハンターなのだ。ならばそっちに染まってもらわなければ、命など簡単に消し飛んでしまうだろう。
それほどにこの世界では命という存在は軽く扱われ、今この瞬間も世界のどこかでは誰かの命が消えていっているのだから。
流石にそんな世界を知っているレインだって、せっかくできた友人が簡単に死んでほしいなどと思ってはいない。だからこそここまでついてきたわけだし、厳しい言葉になるのも少しでもシャーロットのリスクを下げて欲しいからだ。
「それで、これからどうするの?」
それでも厳しすぎたかと少し心配したレインだったのだが、切り替えたように今後の方針を尋ねてきたシャーロットに本人には悟られないように胸を撫で下ろした。
「今までの情報を踏まえてシャーロットはどうする?これはシャーロットの受けた依頼だ。なるべくならシャーロットの方針に沿って進めた方がいい。もちろんそれがあまりに見当違いであれば俺も助言はする」
レインはすでにリーツの街でハンターとして三年の時間を過ごしていた経験があり、しかも銀級にまでなった一人前のハンターだ。
故にこのような状況の経験もあるし、すでに対処方法もいくつかは考えてはいる。だが今回の依頼はあくまでシャーロットが受注したものである以上、シャーロットが考え行動をしなければ意味がない。だからこそレインはそう言ったのだが、そこは流石はシャーロットといったところか。
「ならまずは村へ戻りましょう。ここに来るまでにある程度の地理は分かったし、いざと言うときの逃走経路も問題ないわ。警戒は怠らずに本来の依頼の遂行に努めるわ」
「異論はないな」
あっさりと出したその答えだけでも、並の人間ではたどり着けない場所なのだ。疑わしい人のもとに戻ると言うのは、それが怪しいと分かっているからこそ難しい。
態度にも出やすくなる上に、下手をすれば誤って攻撃を加えてしまうリスクすらあるのだ。
しかしシャーロットはそう言い切ると、すぐに村へ向けて歩き出したのだ。その後ろ姿には全くの憂いや緊張すらななく。
その様子に、ひとまずは及第点以上を出したシャーロットに安心し、レインもまたシャーロットに続くのだった。




