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第83話 後悔を未来へ

第83話〜後悔を未来へ〜


 エジャノック伯爵は今回の瑣末の書かれたレポートに目を通し、深いため息をつきながら自身の執務机に突っ伏す。


 使用人や他の家の者がいれば絶対にしない行為だが、幸いなことに今はこの場にいるのは自分一人だけ。どれだけみっともない姿を見せようが、ここにそれを咎めるものはいないのだ。


「私が愚かだったということか……」


 結果的には今回の出来事の原因は、全てエジャノック伯爵に起因していると言ってもよかった。


 外交官として活躍していたはずが、帝国にそこを付け込まれ僻地へと飛ばされる。そのせいで聖王国の外交カードが弱くなってしまったばかりか、その要因である息子のアーリヒの破談を一方的にアーリヒのせいだと決めつけてしまった。


 そのせいでアーリヒは何とか汚名を雪ごうと奮起し、結果的に湿地帯でのことに繋がる行為を行なってしまうこととなったのだ。


 あの天幕で最後にアーリヒと会った時、どうしてその行いを止めてやることができなかったのか。せめて何をするつもりなのかくらい聞くべきだった。


 いや、そもそも最初から息子を信じてやるべきだったのだ。必死に暴力や罵声などしたことはないと言い募る息子の話を聞き、せめて自分だけでも信じてやるべきだったのだ。


 その結果が生前、アーリヒが身につけて湿地帯に入っていた鎧の欠片だけだ。これ以外の全てはアーリヒ自らが復活させてしまった龍に飲まれ、遺品は何も残ってはいない。


 湿地帯の異常は解決し、その原因も取り除かれた。だが、エジャノック伯爵の心には大きな傷ができてしまった。


 悲嘆にくれるとはこのことかと自嘲するエジャノック伯爵だったが、来客を告げるドアのノックにそれまでの顔を隠し外用の表情に作り替える。


 腐っても貴族。どれだけ心が落ちようとも、それを隠すだけの胆力は持っているのだ。でなければ外交などはやっていられなかったのだから。


「失礼するぞ」


 そう言って入ってきたのは二人の男女。今回エジャノック伯爵が湿地帯の中の魔物を間引く目的で雇ったハンター、そのリーダであるアルフレッド・ハースとマリベル・アライアの二人組だった。


「取り込み中だったか?」


「いや、そろそろ来る頃だろうとは思っていたさ」


 アルフレッドの問いに答えるエジャノック伯爵は、徐に立ち上がると、執務机の引き出しを開け、そこから大きな皮袋を取り出した。


 その中を確認するアルフレッドは、目的のものが入っていたことを確認すると小さく頷く。


「確かに今回の報酬は受け取った」


 そう、アルフレッドがここに来たのは今回の作戦の報酬を受け取るためだ。スタンピードが起きたとは言え、魔物の討伐はなされたのだ。であるなら当初の契約通りに報酬を受け取る必要がある。それがハンターというものなのだ。


「君たちにも申し訳ないことをした」


 話はそれだけとばかりに踵を返すアルフレッドとマリベルに対し、エジャノック伯爵は小さくその背中に声をかける。


「私がもう少し今回の件を調査していれば、いや、もう少し息子を信じていれば起こらなかった事態だ。多くの仲間を失った君たちにかける言葉としては陳腐すぎるかもしれない。それでも言わせてくれ。本当にすまなかった」


 執務机から立ち上がり二人に頭を下げるエジャノック伯爵。本来貴族がハンターに頭を下げることなどあり得ない。魔術師が血統こそ大事だという考えが未だ根付いている世の中では、貴族の重要性というのは重んじられる傾向にある。


 その中でハンターというのは実力はあれど貴族でないものという印象が非常に強いのだ。故に貴族はハンターを目の敵にしている節があり、あまり一般的に仲がいいものではない。


 そんな関係の両者であるのにこの行為は、見るものが見れば激しく糾弾されてもおかしくはない行為なのだ。


「ここからは俺の独り言だ」


 アルフレッドはそんなエジャノック伯爵に対し、振り返ることなく言う。もしここで振り返ればエジャノック伯爵が頭を下げるているところを見ることになるが、見なければ行為は成立しない。それはアルフレッドの優しさだった。


「確かに今回の作戦で俺の仲間はその大部分が死に、残ったのは俺とマリベルくらいになった。それは悲しむことだしこの作戦の落ち度に感じるところもある」


 今回の湿地帯で起こったことに関して、本来なら秘匿されているためアルフレッドは詳細は知ることはできなかった。だがそれでは筋が通らないと、エジャノック伯爵が手を回して本当のことを記した報告書をアルフレッドに送っていたのだ。


「だが見縊らないでもらたいな。俺たちはハンターだ。ハンターはどんな依頼であれ命の危険があることくらいはいつだって覚悟して動いてる。それがたとえどんなに簡単な依頼であってもだ。死んだということは自分の実力が足りなかったということ・俺たちはそれくらいの覚悟を持ってハンターという仕事をしているんだ」


 未だ頭を上げることのないエジャノック伯爵へアルフレッドはそう言った。隣に並び立つマリベルもまた同様に振り返ることなくそれに頷く。


「だがもしあんたが今回のことに責任を感じているなら。もし後悔しているなら。もしそうならあんたのできる範囲でできることをしてくれ」


「私にできること……?」


「そうだ。実際、実行犯になっちまた隣の国の辺境伯は、自分のやり方で責任をとったらしいのは知っているだろ?決して褒められたやり方じゃないかもしれないが、それでも自分が最善と思う方法はとったはずだ」


 そう、その後の調査でナウラが瘴気を集める小瓶を売ったのはアーリヒだけでなく隣国であるヘルメス王国、その辺境伯であるリーシャル・クノッフェンもだということが明るみになり、表向きの実行犯はこの二人だということになっている。


 だがアーリヒは復活した龍に食い殺され、もう一人の犯人であるクノッフェンは戦場で戦死した。


 生き残った近衛の話によれば、クノッフェンは少しでも情報を早く伝えるため湿地帯から最短距離を走り、その結果エジャノック伯爵領にくることになったのだが、ヘルメス王国はそれを大いに問題視した。


 もちろんそれはヘルメス王国の被った被害を考えれば当然ことで、なぜ自国でなく他国へと行ったのかと問われればどうしようもない。


 死したとは言え、クノッフェン家は取り潰し、家族も方々へと送られることになったのだが、アルフレッドはクノッフェンの行動が間違いだとは思わない。


 人は間違いを犯した時にこそその本質が出る。そしてクノッフェンは、自国を救うよりも多数の人を救う選択をしたのだ。


 そして最後には自分とは違い未来がある子どもを助け、その命を落とした。


 その結果が助けた子どもは防衛線の要である子どもを助けたのだから、やはりその行動に意味はあったのだとアルフレッドは思うのだ。


「それにあの嬢ちゃんたちから礼はもらったからな。今更おっさんの謝罪じゃ心にこねぇよ」


 そう言い残すと、今度こそアルフレッドは部屋から出て行ったのだった。


「おっさんか……」


 誰もいなくなった部屋の中で思う。確かに自分は長い年月の中で見た目でけでなく、心も老いてしまったのだろう。だから今もうだうだと悩み、そして前に進むことができないでいる。


「まずは湿地帯の再調査に、怪我人への保証だな。その後は湿地帯の開墾ができればいいが、まぁ気長にやるさ。それが私の責任の取り方なんだろうからな」


 振り返った先に見える窓からの景色は、決意を新たにしたエジャノック伯爵の先を照らすかのように、赤く染まっていたのだった。


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連載中である他作品、 【『この理不尽な世界に復讐を~世界に虐げられた少年は最強の龍となり神に抗う~』も引き続きよろしくお願いいたします。
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