第84話 夏の予定
第84話〜夏の予定〜
ハンターという存在は知っていたが、まさか自分がそのハンターに助けられるとは思わなかった。
隣で友人たちが眠る中、ベッドに横たわりながら防衛戦での最後の光景を思い出しながらシャーロットはそう思い出していた。
大蛇がセリアに迫る光景を見て思わずあんな無謀なことをしてしまったが、あれは今考えれば悪手以外の何物でもなかったと思う。
確かにセリアが倒れれば砦は崩壊し、本当の意味で防衛線は崩壊していたかもしれないが、大蛇の止め方はもう少し別のやり方があったのではないかと今なら思えるのだ。
「もっと氷を尖らせて串刺しにすればよかったかしら。それとも地面を凍らせて滑らせるのも悪くなかったかもしれないわね」
もちろんあの場の状況で今のような冷静な判断を下せるとも思えず、結果的にあの時の行動の中では自らを犠牲にしたあの行動が最善だったのだろうという結果に落ち着いた。
いや、正直に言えばそうではない。あの時の自分は、ただセリアを助けたい、ただそれだけの気持ちで動いていたのだ。砦の維持も防衛線の崩壊も何も考えていない。ただ目の前で大蛇に噛み砕かれようとしているセリアを助けたい一心で魔術を滅茶苦茶に発動し間に割って入ったのだ。
そのせいか回路に流した魔力の効率は最悪。もともと魔力も体力も限界に近かったこともあり、発動した氷魔術の威力はいつもの半分にも満たなかった。
それでもあの時は本当にそれでいいと思ったのだ。大蛇を押しとどめ、自分の命を代償にセリアを助けることができる。それならいいじゃないか。
流れる血も、闇に沈んでいく意識も。そのどちらもがどうでもいいと思えるほどに、シャーロットはセリアを、いや、仲間を助けたいと思ったのだ。
「でも流石は五芒星の魔術師ね。あんな氷魔術を見せられたら流石に凹むわ」
破壊と破滅の賢者。
その二つ名が示す通り、シルフィの魔術はシャーロットの想像を遥かに超える威力を誇っていたのだ。
薄れゆく意識の中で確かに見えたのは、全ての魔物が一気に氷漬けになっていくというありえない光景。果たしてこれから先、自分が氷魔術を極めてもあそこまでになれる自信はまるでなかった。それほどに今の自分とシルフィの間に横たわる途方もない壁は、シャーロットの自信を砕くには十分だった。
「そんな教授と同レベルなんだから、レインも大概よね」
強いことなど知っていたし、一学期という短い期間にその片鱗は何度も目の当たりにしてきた。何なら助けてもらったことだってあるし、実際に正体だって聞いていたのだ。
だがそれはあくまで知っていると思っていただけにすぎず、実際は何もわかってなどいなかったのだ。
「龍を単独で討伐、か……」
湿地帯の奥で復活していたスタンピードの原因である暗黒龍ファフニール。おとぎ話の存在であり、そんなものともし自分が相対したらどうなるだろうか。そんなことは考えるまでもない。足がすくみ、戦うことも逃げることもできずに秒殺されるのがオチだろう。
それをレインは単独で討伐しただけでなく、あろうことか従えたというのだからもはや驚く以外のリアクションをとることなどできるはずもない。
追いつくことなどできるはずがない。
そう思ってしまっても仕方がないほどの差。だがそこまで考えて思うのは、本当に追いつくことができないのかということだ。
レインだって最初からそこまで強かったなど考えにくい。もちろん強く、才能だってあったのだろう。だが何の努力もなくそこにたどり着いたなどありえないのだ。
きっとそこまでレインを押し上げたのは、第二次魔道大戦、
その最前線で戦っていたという経験。死と隣り合わせの環境は、その危険度とともに人を強くするには十分すぎる環境であるのは間違いないのだ。
「経験か……」
きっと今の自分に圧倒的に足りないもの。これまで公爵家の令嬢として育てられ、才能だけで何とかなってしまったからこその弊害。
いや、もはやそれはこの国の問題と言ってもいいだろう。魔術を血統と勘違いし、間違った修練を積ませ真に才能のあるものを蔑ろにする。
それはレインのいう魔術のあり方、魔術は血統ではなく正しい鍛錬により進歩する。その真逆をいくもの。片や貴族という席にあぐらを描き、一定のレベルで止まった魔術師たちと、片や大戦の英雄であり五芒星の魔術師と言われるほどの強力なもの。そのどちらの言葉を信じるかなど決まっているというものだ。
ならば私はどうするべきか。今の弱い自分から脱却するには何をすればいいか。
「ハンターってすごいのよね」
そこで思い出すのは最後の最後、援軍として現れた二人のハンターだ。
戦鎚を振りかざし、自分の体を貫いていた大蛇を一振りで沈めた男と、致命傷であった傷を瞬く間に治癒した治癒師の女性。
後で聞いた話によれば、その二人は湿地帯の討伐メンバーであったものの生き残りであり、今回の戦いの最後に防衛線まで何とか引き返して自分たちを助けてくれたのだそうだ。
もちろんシャーロットは礼を言うためにその二人を探したのだが、どうにもその二人はそれを固辞したらしい。
『俺たちは仕事をしただけだ』
人伝に聞いたその言葉は、シャーロットに深い感銘を与えていた。
この国で絶大な権力を誇る貴族であるが、ことハンターギルドにだけは意見を通すことができないのだ。
それはハンターギルドが全世界で中立を謳い、その上でそれに見合った実力を保有しているからに他ならない。
そもそもハンターギルドには貴族はほぼ在籍しておらず、平民や流れの者、果ては元犯罪者など出自が様々なものが集っている。その理由はどの国でも平等に力のあるものを招き入れると言う、ハンターギルドの理念にあった。
故にハンターギルドには力のないものも多いが何か一芸に秀でたものや、魔術師として洗練された力を持っていても、平民という理由だけで蔑ろにされたものなど、様々な者がいるのだ。
そのためハンターギルドには世界各地で依頼が出され、便利業から魔物の討伐まで様々な依頼が舞い込んでくる。もはや世界にハンターギルドは必須の機関であり、その有用性からも実力からも、例え王家であっても口出しができないほどの独立性を備えた機関なのだ。
公爵家という根っからの貴族であるシャーロットにはまるで縁のない世界。だがそこに在籍するものに助けられ、そして礼すらできていないと言うお粗末さ。そしておそらくだが、その二人はきっと自分よりも強いのだろうと言う確信がシャーロットにはあった。
あらゆる経験をするハンターは、今のシャーロットにないものをたくさん持っている。たとえ魔術の腕が上であっても、覆せないであろう圧倒的な何かを。
だとすれば今の自分がするべきことは決まったのではないか。
横たわったベッドから体を起こしたシャーロットは窓の外を眺める。先日あれだけの戦いを繰り広げたとは思えないほどの静けさを湛えた外の光景に、なぜか身震いを覚えたシャーロットは決意する。
くしくも学院はこれから夏季休暇に入る。一学期の試験を乗り越えたものだけが手に入れることができる束の間の休息。同時にこの夏をどう過ごすかにより二学期以降に差が出ると言ってもいい夏季休暇。
さらにレインから聞いたこの国、いや、この世界の情勢を考えれば絶対的に自分の力をつけることは必要なのだ。
「フォーサイトにも確かあったわよね、ハンターギルド」
一学期の終業式は数日後。その後の予定に思いを馳せるシャーロットは、夜もだいぶ深くなった頃にようやく眠りにつくのだった。




