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第45話 実技試験の内容

第45話~実技試験の内容~


 期末試験の後半戦。実技試験の内容は、筆記試験を突破した者のみに教えられるのが通例となっている。


 それは準備期間を公平にするための学院側の配慮であり、勉学に秀でた者が早くから実技試験の準備に取り掛からないようにする目的もあるが、もう一つの理由としては実技に目を向けるあまり、筆記試験を疎かにしないようにという意図もあったりもする。


 ゆえに筆記試験終了からきっちり一週間後の今日がその実技試験の内容が発表となる日というわけだ。


「よかった。私ちゃんと筆記通ってたよ」


「よかったです……。私も通ってました……」


 合格という結果にパメラとセリアは安堵からか、崩れ落ちる様に抱き合っているが、その横でやれやれと言うようにその様子を見ていたリカルドの拳が、力強く握られていたのをレインは見逃がさない。


 リカルドもまた、今日の結果発表の日までしっかり緊張していたのだろう。そしてそれはまたレインも同じ。


 午後の魔術基礎の試験はともかく、午前に行われた一般教養の試験に自信があったとは言い難い。もしそこに落ちてしまえば、シャーロット達と実技試験に参加できないことになり、パーティーに迷惑をかけることになる。そう考えると、夜も少しだけ不安に思い眠りにつくこともしばしだったのだ。


「みんなおめでとう!これでちゃんと全員揃って実技試験に進むことができるわね!!」


 パーティーの最後の一人、シャーロットが笑顔で全員にそう言うが、当然のことながらシャーロットは試験をほぼトップの成績で終えたらしい。


 流石は公爵家令嬢という他ないのだが、それももとはシャーロットの努力の結果。満面の笑顔で全員の顔を見るシャーロットに、レインは心の中でそっと賛辞を贈るのだった。


「はい、喜ぶのはその辺にして、そろそろ僕の話を聞いてくれるかな」


 そう言っていつの間にか教壇に立っていたのは、東の塔の教授であるナイツ教授であった。


 今レイン達がいるのは、筆記試験に通った者のみが集められる部屋であり、それはイコールこの部屋への入室を許された者のみが筆記試験の合格者ということだ。


 ゆえにこの部屋にいる者の表情は安堵に包まれているのだが、今頃部屋の外では阿鼻叫喚の様子が繰り広げられていることだろう。


 試験に通らなかった者は、例外なく学院を追われることとなる。泣き叫ぶもの、暴れまわるもの、様々な様子で感情を露わにしているのだろうが、先輩や教師陣からしてみればその光景はもはやこの時期の風物詩。同情をしながらも、今後淡々と不合格者へは処置がとられていくことになるのだ。


「それじゃあ、実技試験の内容を発表しようかな」


 ナイツ教諭は合格者達に向けて朗らかな笑顔を向けると、教壇の前に設置された黒板に向けて手を軽く振る。


「実技試験の内容は拠点防衛。一定時間、攻め入る魔物から拠点を防衛することが出来れば合格だ」


 振られた手に従うかのように黒板に現れる実技試験の説明を、レイン達含め、筆記試験の合格者全員は食い入るように見てその説明をメモしていくのだった。


 ◇


 今回の試験での防衛拠点は王国の東側、隣国であるヘルメス公国との国境線である湿地帯で行われる。


 湿地帯は広大であり、その土地はちょうど半分になるような形でハルバス神聖王国とヘルメス王国で分けられているのだが、どちらの国もその湿地帯の開拓には力を入れてはいなかった。


 その理由はいくつかあるのだが、そのひとつは湿地帯の土地の性質にある。通常の湿地帯に比べ、その場所は非常に水分が多く含まれていて、人が歩くには全く好ましくない。


 ぬかるみの多くは足首ほどの深さに達し、場所によっては膝上、運が悪ければ人ひとりを呑み込んでしまうほどに深い場所も存在するのだ。あまりに危険すぎて、その湿地帯に足を踏み入れる者は年間を通じても多くはない。


 さらにもうひとつの理由は魔物の多さだ。湿地帯には特有の魔物が多く、足元をとられてしまうこの場所では歴戦の魔術師やハンターであっても比較的弱い魔物に苦戦を強いられる。


 加えてこの湿地帯には主と言われるような魔物も存在していることも、この場所が人の侵入を拒む理由でもあるのだ。


 そんな危険な場所を開拓しようとするのであれば、両国にはもっと他に開拓すべき場所がある。ゆえに両国ともに、この湿地帯の開拓を後に回し、結果的に手付かずの、それこそ魔物にとっては楽園になっているというわけだ。


 そんな湿地帯で行われる今回の期末試験の内容は防衛。ナイツ教授の説明によれば、近頃、湿地帯から発生する魔物の数が増えているということなのだ。


 もちろん湿地帯を含む土地を管理している貴族もそれに対応はしているが、領兵にハンター、さらには私兵を投入しても状況はギリギリ。しかも日ごとに増える怪我人に押され、次第に防衛が苦しくなってきているとのことだ。


 湿地帯から溢れる魔物が人里へ侵入することを阻止する。おおよそ学生に求める内容ではないように思われるが、それが試験の課題になるくらいには、世間でのルミエール魔術学院への評価は高い。


「相手にとって不足はないわね」


「やる気があるのはいいことだが、目的は防衛だ。そこを間違えるなよシャーロット」


「わ、わかってるわよ……!」


 何やら間違った方向にやる気を見せるシャーロットにレインは釘をさす。何度も言うように今回の試験は拠点の防衛。いかにして後方にある物を守るかに重きをおく防衛線は、これまでのオリエンテーリングや魔闘祭の予選とはその戦い方が大きく異なる。


 その辺りもこれから二週間という短い時間の中で全員に推していかなければならないと思うレインだったが、ふと視界の端に他の三人と違った反応を見せているセリアが目に入った。


「セリア、どうかしたか?」


「あ、いえ、そのですね。ちょっと、今回の試験の場所である湿地帯を納めている領地について気になりまして」


「確かエジャノック家だったよな、そこの領主って」


「うん、私もそうだったって聞いてるよ。あんまりいい噂も聞かないけど」


 リカルドとパメラが言うエジャノック家は伯爵家であり、国境を任されるだけあってそれなりの強さを持った貴族であるらしい。パメラが言った言葉が少し気になるが、それを聞いたセリアの表情はますます動揺しているように見えた。


「それで、それがどうかしたのかしら、セリア?」


 黙り込んで何かを考えているセリアにシャーロットがそう問う。


 もし何か問題があるのなら、試験の前に解決、できなかったとして共有しておくことは大事だ。何せこの試験は全員の二学期以降の学院生活がかかった大事なもの。少しでも憂慮することがあるのなら、その芽はできるだけ早く摘み取るべき。


 そう思ったからこそシャーロットはセリアに聞いたのだが、返ってきた返事はあまり芳しいものではなかったのだった。


「実は私、エジャノック家に嫁ぐことになっているんです……」


 その答えにリカルドとパメラ、シャーロットもまた同じように顔をしかめることになるのだが、果たしてその理由をレインが知ることになるのは、この後にシャーロットからエジャノック家という貴族の詳細を聞いてからになるのだった。


 ◇


 学院内には立ち入り禁止区画が多く存在しているが、その理由は多種多様。


 授業のカリキュラムに関する機密が仕舞われているからだったり、研究の過程を見せたくないという思惑があったり、単純に人が立ち入るには危険だからという場所など、広大な学院の敷地の中にはそう言った場所がいくつも点在しているのだ。


 そんな立ち入り禁止区域の一つに、魔獣と言われる魔物と魔物を掛け合わせた、いわゆるキメラを意図的に作り出し飼育することでその生態を研究する区画がある。


 キメラはその特性上非常に好戦的で危険。その強さは並みの魔術師をはるかにしのくことからも、この区画に入るのには特別な許可が必要となるのだが、その区画の中に一人の人影があった。


「はい、今回の試験の場所はヘルメス王国との国境線の湿地帯、エジャノック領で行われることになりました」


 あまりにも危険なキメラが蠢く区画の中の一件の廃屋。その中で外部の誰かと通信を行っているのは、真っ白な髪の長身の学生。一年生主席であるギュンター・グラキエースその人だった。


「先日の魔闘祭での一件以来目立った動きはありません。オリエンテーリング含め、流石にああも容易く対処されては相手も警戒をしているのでしょう」


 廃屋内にいるとはいえ、この場所は獰猛なキメラの生息域だ。当然、もしキメラにこの場所を察知されれば廃屋は消し飛ばされ、中のギュンターもろとも多大な被害が出ることは間違いない。


 しかしそうはならないのは、ギュンターがこの廃屋を中心として、気配を眩ませる特殊な魔術を使っているからに他ならない。


「ですが学院内から外に出るこの試験は相手側にとってはチャンス。ヘルメス王国でも最近きな臭い噂を聞きますし、何より湿地帯での魔物の大量発生自体がすでに怪しい。シルフィ・ファスタリルも独自に調査はしているようですが、真相には程遠いでしょう」


 白い髪をかき上げ、ギュンターは通信の向こうにそう呟いた。


 学院内では情報の漏洩を防ぐため、決められた方法以外での通信は厳しく制限されている。多重の結界により通信自体が困難であり、本来はこのような外部との連絡は不可能である。


 キメラの生息域である場所に平然と侵入する実力。キメラの感知を欺く魔術。そして学院内のセキュリティをやすやすと突破する通信技術。そのどれか一つをとってみても魔術師としての実力は明白。ギュンターという男の実力を物語っていた。


「はい。警戒を一層強めます。最悪の場合、エジャノック家には滅んでもらいますのでご心配なく、師匠」


 そう言ってギュンターは通信を終える。


 目的を終え、廃屋を後にするギュンターは、すでに日が落ち暗闇に包まれた空を見上げ一言、囁くようにつぶやいた。


「レイン・ヒューエトス。君はこの状況にどう対処するのか、楽しみにしているよ」


 そう言うとギュンターは闇へと消えていく。


 波乱の期末試験、その第二部である実技試験がいよいよ始まろうとしていた。



三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。

ブックマーク、評価の方して頂けると作者が泣いて喜びます。長く続く作品にしたいと思いますので、お手数ではありますがぜひよろしくお願いいたします。


広告下に私の他作品のリンクを貼ってありますので、そちらも合わせてよろしくお願いします。

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連載中である他作品、 【『この理不尽な世界に復讐を~世界に虐げられた少年は最強の龍となり神に抗う~』も引き続きよろしくお願いいたします。
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