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第44話 貴族というもの

第44話~貴族というもの~


 非常に納得のいかない立場に置かれたレインだったが、その程度でメンタルに影響を受けることもなく、筆記試験午後の部も問題なく終了する。


 午後の試験の内容は魔術基礎論であり、午前の一般教養と比べれば魔術学院によりふさわしいものであった。


 それでもその内容は魔術師としての基礎中の基礎。どれも授業の最初で教えられるような内容であり、しかし魔術師として生きていくのであれば知っておかなくてはならないものばかりだ。


 魔力炉や魔術回路の構成や、各種属性の基礎、さらには魔術師のスタイルによる得手不得手など、どれもレインにとっては絶対に知っておかなければならないと思う内容だったのだが、どうも周囲の様子をみているとそうではないらしいことに気付く。


 試験の終わった教室内では、午前とは打って変わって陰鬱とした表情をしている者が多い。それはおそらく試験の結果が芳しくないということに他ならず、この先のことを思っての不安が現れた表情なのだろう。


 しかしレインとしては午後の試験の内容など何度も言うように魔術師の基礎中の基礎であり、はっきりいって勉強をするほどのことの内容でもなかっと認識していたのだが、その感想を夜の談話室で口にしたところ、思いもよらぬ回答が得られることになった。


「貴族ってのはさ、どっちかっていうと魔術を理論よりも経験で覚える傾向があるんだよ」


 そう答えたのはリカルドだった。


「前も言ったと思うんだけどな、貴族ってのはその家の子に対して、家での得意な魔術を教えていく傾向が強いんだよ。んで、その教え方は誰にでもわかる理論というよりは、その家でそれまで培ってきた経験則が強く出る。この学院に来るまで魔力回路なんて言葉を知らない奴が結構いるっていうのも、そういったところから来てるんだよ」


 リカルドの言葉にパメラとセリアも同じように頷いた。


 平民であるレインは魔術に触れる機会がなかったからこそ、レックス傭兵団で基礎からその理論を学ぶことが出来た。


 実際、傭兵団に所属していた者のほとんどが貴族とは程遠い者ばかりだったこともあり、皆が魔術を学ぶ際には必ず基礎理論から学ばなければならなかった。基礎がなければ応用はない。傭兵団の中にはその教えが根付いていたのだが、どうやら貴族ではそうではないらしいのだ。


 魔術とは歴史。


 貴族の中ではそれが常識となっている。だが、レインにしてみればそれは笑い話でしかないのだ。


 魔術はあくまで魔力炉からの魔力を回路にのせ、そこに意味を付与することで発現するというものだ。確かに魔術回路が魔力に馴染み、効果を増すことが経験というのならその通りなのかもしれないが、あくまでそれは個人の経験であって、他人にそれが影響を与えることなどありえない。


 だからこそ魔術師は基礎を学び、理論に沿って経験を積んでいくものなのだが、どうやら正しい知識を持たない貴族が自身の子どもに対し、そのような間違った教育をしているらしいのだ。


 しかもたちが悪いのが、その方法で大成してしまった貴族がいるということだ。魔術には才能という側面が関係することももちろんあり、間違った理論でも成功を収める者はいる。


 そういった者は間違いに気付かずに成長し、その間違った教えを後世に伝えてしまう。その者達もまた、成功者の意見だからと間違いを認めないため、そのまま間違った教えが根付いてしまうというのだ。


「その結果がこの惨状ってわけか?」


「そういうことだ。しかもその考えは下級貴族になればなるほど増える。F組が進級できない理由のひとつとして挙げても間違いはないと俺は思うぞ?」


 経験を優先し基礎を疎かにした。その結果がこの頭を抱える生徒の群れというわけだ。


 学院に入り、それまでの教えと違うことを教えられる。そこで基礎へと舵を切ることが出来れば、この期末試験でつまずくことはないのであろうが、貴族というプライドがそれを邪魔する。


 なまじ魔術を扱えてしまう土台があるからこそ、どうしても今更基礎を学び直すことが出来ず、結局このような事態を招いてしまうのだ。


「だから下級貴族は下級貴族のまま、ほとんどその全てが伯爵や侯爵などの上級貴族になることはないってわけなのよ」


 リカルドの説明を引き継ぐように、それまでこの場にいなかったシャーロットがレイン達のもとへとやって来た。


 シャーロット試験後、立場上、付き合いや何やらでどこかに行っていたようだが、こうして談話室に顔を出したということはそれも終わったということのようだ。


「基礎を疎かにして家を没落させる結果となる。多くの貴族は認めないでしょうけど、実際にあっとことよ。ほんとに嘆かわしいことよね」


「国として対策はしないのか?」


「しようとしなかったわけじゃないらしいわよ?でも多くの貴族はそれを受け入れなかった。受け入れた家もあったらしいけど、その結果がどうなったかまでは私も知らないわ。ただ、皮肉なことにその差が貴族間での格の差につながって管理にも役立っているのだから皮肉なものよね」


 そう言うとシャーロットはパメラが用意してくれた紅茶を口に含み、ため息をひとつ吐く。


「それはいいとして、みんな試験は大丈夫だったかしら?」


 探るようなその視線に全員が無言で頷く。レインを含め、他の三人は基礎を侮るようなことはしていない。シャーロットとレインを除けば全員が下級貴族であるのだが、どうやらこのパーティーのメンバーは例外的なようだ。


「ならいいわ。他人を気にするよりもまずは自分達。一週間後にはいよいよ実技試験よ。気を引き締めていきましょうね!!」


 そのシャーロットの一言で、レイン達は思考を切り替える。期末試験最大の山場、実技試験に向けて準備を始めるのだった。


 ◇


 その日、エジャノック伯爵邸の一室にいたアーリヒは荒れていた。


「くそっ、なぜ親父はいつまでも俺に家督を譲らないんだ!!」


 アーリヒの怒りの原因はすでに還暦を迎える年齢である父親が、伯爵の爵位をいつまでもアーリヒに譲らないことにあった。


 家により差異こそあれど、基本的に爵位は息子などの継承者が、成人しその家の業務などをすべて教え終わった後に継がれることが多い。


 もちろん例外はあるが、すでにエジャノック伯爵は老齢であり、誰もが息子であるアーリヒにそろそろ家督を譲ると考えて居たのだが、ここ数年、話こそあれど一向にエジャノック伯爵はアーリヒに伯爵位を譲る気配を見せてはいないのだ。


 それがアーリヒに気に入らない。父から言われる面倒な業務もこなし、およそ領地の運営に必要なことは全て覚えた。社交界でのあいさつ回りも何度も行い、醜い老害たちに下げたくない頭を下げ、おべっかを使いまだ多くはないがコネもいくつか手に入れた。


 それでも尚、父であるエジャノック伯爵はアーリヒに家督を継がせようとはしないのだ。


 今日もまた、出来上がった書類を渡しに行った際に、さりげなく引退について勧めたのだが、あっという間に断られてしまう始末だ。


『今のお前に伯爵位を譲るつもりはない』


 そう、現時点でのこの家の最高権力者に言われてしまえばアーリヒは何も言い返すことなどできはしない。あくまで伯爵であるのは父であり、息子であるアーリヒは伯爵家の人間ではあるが、伯爵ではないのだ。


 もしここで不興を買い、継承権のはく奪、最悪家から追放されでもしたら。すでに三十を過ぎた元貴族からの没落者など受け入れてくれる先などどこにもない。


 だからこそこうして自室に戻って来たアーリヒは、一人で怒りをまき散らすしかないのだ。


 そんな折、部屋の扉をノックする音が響き、アーリヒは未だ燻る怒りをなんとか抑え、ドアの向こうにいる者に部屋に入るように促す。


「失礼します。アーリヒ様にお客様です」


 ドアを開けたメイドはそう言うと、客への対応をどうするかと、視線でアーリヒに問う。


 果たして今日自分に客と会う予定などあったかと考えるが、思い当たる節はない。それでも今は幸いにも時間があると思い、アーリヒはメイドに応接室に通すように告げた。


 客が誰かは分からないが、できるだけアーリヒは自分を訪ねる客人とは会うようにしていた。


 この世の中、どこでどんな繋がりが出来るかわからない。逆に言えば、ひとたび客を追い返せば、どこでどのような自分に対する噂が立つかわからないのだ。


 今も微妙な立場に立たされているアーリヒにとって、ひとつのスキャンダルが大事になりかねないことはよくわかっている。だからこそアーリヒは客人を無下に扱うことはしないのだ。


 実はアーリヒという人間は、世間で言われているほどひどい人間ではない。確かに見た目は人よりも劣るところは多いかもしれないが、性格面ではそこまで悪いということはないのだ。


 頭もいいし我慢もできる。人並みに感情を露わにすることもあるが、それでも相手を貶したり、まして暴力に訴えることなどありえない。


 それでも世間で悪評がたっていることに対しては、アーリヒ自身が首を傾げていることなのだ。


「お待たせして申し訳ない」


 アーリヒが応接室へ入っていった先で待っていたのは一人の男だった。


「いえいえいえ!こちらこそ突然の来訪を快く受け入れてくださり、誠にありがとうございます!」


 黒いシルクハットに、黒のタキシード。見知らぬ男は笑顔でアーリヒに握手を求めてきたのだった。


三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。

ブックマーク、評価の方して頂けると作者が泣いて喜びます。長く続く作品にしたいと思いますので、お手数ではありますがぜひよろしくお願いいたします。


広告下に私の他作品のリンクを貼ってありますので、そちらも合わせてよろしくお願いします。

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連載中である他作品、 【『この理不尽な世界に復讐を~世界に虐げられた少年は最強の龍となり神に抗う~』も引き続きよろしくお願いいたします。
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