第43話 期末試験開始
第43話~期末試験開始~
ルミエール魔術学学院に所属する生徒の誰もが試験に備えた七月は、まさに飛ぶようなスピードでもってその日付を消化し、気が付けば筆記試験当日を迎える日となっていた。
「お腹痛い」
「大丈夫よパメラ。私が作った模擬テストも高得点だったじゃない。心配しなくても平気」
「シャーロットさん。私はどうかな?」
「そうね。セリアも大丈夫じゃないからしら?凡ミスさえしなければ」
「うっ、気を付けます……」
筆記試験当日の朝、レイン達パーティー五人は朝の談話室に集まっていた。期末試験は筆記試験の後に実技試験となるのだが、万が一筆記試験を突破できなければ自動的に実技試験にも参加することが出来なくなる。それはすなわち、一人でも落第者が出れば、パーティー全体が危うくなるということに他ならないのだ。
だからこそ、この朝は誰もが異常なまでの緊張感を出しているのだが、それを意に介さない者ももちろんいる。
「レイン、頼むからこんな状態の俺を前に朝からカレーを食うのはやめてくれ。出るものがないのに出そうだ」
「リカルド、朝食は一日の源だぞ?馬鹿言ってないで食べておけ。エネルギーがなければ脳だってその動きが鈍る」
「俺はお前と違って心臓に毛が生えてるわけじゃねぇ」
うめくように言うリカルドだが、レインはそれを気にすることなく朝食であるカレーを口に運んでいた。談話室や食堂で、誰もが食べ物が喉を通らない光景を目にすれば、いかにレインの精神が強靭が分かる光景だったと言えるだろう。
そこかしこで教科書やノートを眺め、これから行われる筆記試験の復習を行い、それでも自信が得られず頭を抱える様子は阿鼻叫喚。それだけこの期末試験の意義が大きいということが見て取れる。
「さぁ、行くわよ」
しかし時間の経過は無情であり、いつもと同じように流れていく。どれだけ復習をしても絶対などありえない。だからこそみなが戦々恐々としているのだが、シャーロットはそれを断ち切るかのようにそう言った。
「みんなが頑張ってたのは私がよく知ってるわ!だからきっと大丈夫!胸をはって試験を受ければいいのよ!!」
レインは思う。こういった時、誰かを率いる力を持つ者は素晴らしいと。
並大抵の言葉では誰かに自信をつけさせるのは難しい。それをするためには、それを発言する者自身がしっかりとした自信を見せる必要があるのだ。
だがそれでもきっとなんとか鼓舞できるのは一人や二人、複数人を鼓舞するためには、さらなる要素が必要となる。
それがカリスマ。レインにはついぞ手に入れることが出来ず、それを持つ者に強い憧れを抱いた能力。かつて所属していたレックス傭兵団の団長である、アーノルドがこれまでレインにまざまざと見せてくれた力だ。
たくさんの人を率い、それらを自分の指示のもと戦闘へと送り出す。時には劣勢の中でそれでも死力を尽くし戦う時に、仲間を鼓舞し前進する。
それはレインには出来ないことであり、同時に強く憧れる能力。
シャーロットはまだ弱いが、それを持っている。きっと近い将来、たくさんの人を率いトップに立つ力を持つのだろう。それは五芒星の魔術師と呼ばれるほどになったレインであっても羨む力。
パメラとセリアを左右に、リカルドを後ろに引き連れ試験会場へと歩いていくシャーロットを見て、レインはその後姿に眩しさと少しの羨ましさを覚えるのだった。
◇
筆記試験は午前と午後に渡って行われ、生徒は一日がかりで試験を行うことになる。
午前は主に一般教養。世界の歴史や語学、現在の情勢など、生きていく上で最低限知っておかなければならない内容だ。
特に貴族が大部分を占めるこの学院においては、歴史や世界の情勢というものは特に重んじられる。歴史を知らなければ未来を語ることは出来ない。情勢を知らなければ世界の流れについていくことが出来ない。
貴族にとって、世間の流れに取り残されるということはまさに死活問題であり、そうはならないように家を率いる者はもちろん、その周囲にいるものは等しく勉学を続けている。それゆえ、例えこの王国でもトップレベルの魔術学院とはいえ、一般教養を疎かにすることなどできはしないのだ。
しかし疎かに出来ないとはいえ、貴族が多いこの学院においてはこの午前の試験は割と問題にはならない。先にも言った通り、貴族は常時、いや、幼い頃よりそういった勉強に励んでいるのだ。なので一般教養に対し、ほとんどの生徒は復習程度の勉強ですんでいる。だが、もちろんそうではない者もいるにはいるのだ。
その中の一人がレインだ。平民であるレインはそもそもそう言った勉強には疎い。さらに学校などで学び始める年齢になるころには戦争に巻き込まれ、収束した後は一人でハンターとして生きてきたのだ。当然そういった教養などゼロに等しいレインは困った。一人ではどうしようもできないその事実。だからこそレインはシャーロットを頼ったのだ。
連日に渡るシャーロットとの夜の勉強会で、レインは試験に必要な最低限の一般教養を得ることが出来た。もちろん自分自身でもしっかり復習をすることにより、今日この日までずっと勉強に励んできた。
「それで、結果はどうだったのかしら?」
「やれることはやったさ。毎晩世話になってたシャーロットに恥をかかせない程度にはできた自信はあるぞ」
「そ、ならよかったわ」
おそらくは合格点には乗っている手ごたえはあった。その結果に少しだけ安心したレインは、ここしばらく勉強を見てくれていたシャーロットにそう答え、シャーロットもまたそれに満足げに頷いたのだが、それを耳ざとく聞きつけた者がいた。
「あの、シャーロットさん、毎晩って……?」
「え、二人ってそう言う関係だったんですか!?」
今の会話を間違った解釈をした二人が、シャーロットに向けて疑惑の視線を向ける。口には出さなかったが、似たような視線をリカルドがレインに向けているところを見ると、リカルドもまた同じことを考えているということは容易に想像が出来る。
夜という時間帯に男女が二人きり。その程度のワードでそちら側に想像が行ってしまうあたり、貴族といえど人の子ということかと、レインが同じ年頃の割に非常に達観した考えを抱き、間違いを訂正しようとしたのだが、もう一人の年頃の当事者が顔を真っ赤にしていることに気が付く。
「べべべべ別に、レインとは、たたたただ勉強を一緒にしていただけよ!?」
お前はどれだけテンプレに従ったリアクションをとるのだと突っ込みたくなるほどに狼狽したシャーロットが慌てふためき言い訳をし始める。
実際その通りなのだから毅然とした態度でそう言えばいいのだが、その様子では三人の想像の通りだと肯定しているようなものだ。
もし万が一レインとのありもしない関係を噂にでもされれば、困るのは公爵家の令嬢であるシャーロットであろうに。軽くため息をついたレインは、仕方がないのでパメラとセリアからさらなる追及を受けそうになっているシャーロットに助け舟を出すことにした。
「パメラ、セリア。二人が何を想像するのも自由だが、俺はただシャーロットに勉強を見てもらっていただけだ。それ以上のことなど一切ありえないからそれ以上聞くのはやめておけ」
レインとしては事実を述べ、さらにはシャーロットのことを考えてのその発言だったのだが受けてはどうやらそうではなかったらしい。
なぜか非常に沈んだ面持ちに変わったシャーロット。そのシャーロットに同情的な目を向け、その後に何とも言えない呆れた視線をレインに向けるパメラとセリア。さらにはやれやれと表情で言っているリカルド。
レイン以外のパーティーメンバーのその態度は、昼休憩が終わり午後の試験が終わるまで続くことになったのだった。
解せぬ。
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