第32話 予選 四
第32話~予選 四~
セリア・フォライトは子爵家の次女であったが、魔術のセンスがよく、憧れのルミエール魔術学院に入学することができた。しかも上位貴族のみが名を連ねるA組に決まった時は、一家全員でお祝いをしたのは今となっては遠い思い出だった。
「フォライト―!!とっとと砦を作れ!!」
「は、はい……!!」
セリアの憧れていた学院での生活は長くは続かなかった。
自分よりはるかに格上の貴族家の中に名を連ね、その中でかけがえのない友人を作る。セリアは野心家というわけではないが、それでも今よりもいい生活に憧れる。典型的な子ども思考と言えばそれまでだが、年相応とも言えるような、そんな一女生徒だった。
何かがおかしいと感じたのは入学して一月が経った頃。最初の頃はクラスのみんなが笑顔で会話を交わし、分け隔てなく接していたはずのクラスだったのだが、五月に入るころにはそんなクラスに段々と変化が表れていたのだ。
それまでセリアと気軽に話していた一部の生徒がよそよそしい。話しかけても流されるなどはいい方で、時には間違いなく聞こえているのに無視されることもあったのだ。
セリアは悩んだ。もしかしたら何か気に障るようなことをしてしまったのか。下級貴族である子爵家の自分が、伯爵家や侯爵家などの上位の貴族にしか知らないようなマナーを犯してしまったのではないか。そうでなければ突然よそよそしくなってしまった一部のクラスメイトの態度に説明がつかない。
夜も眠れぬほど悩んだセリアだったが、その悩みは思わぬ理由であることを教えてくれたのは伯爵家の人間であるゴーシャルだった。
『お前、面白い魔術を使うじゃねぇか』
魔術実習の授業でそう声をかけられた。
『ランデル、君?』
『その魔術、もう一度見せてくれねぇか?』
ゴーシャル・ランデル。優秀な魔術師が揃うA組の中でも実力は上位。巨大な戦斧を自由自在に操る怪力はすさまじく、すでに王国騎士団からの誘いもあると言われるまさにエリート。
そんな人に興味を持たれたらしいことに気付いたセリアは、迷うことなく自分の魔術を行使する。
『気に入った。お前、俺のパーティーに入れ』
その言葉にセリアは少なくない興奮を覚えたことを今でも覚えている。そもそも子爵家と伯爵家というのは、爵位の上ではひとつしか違わないがその立場には見えない壁があると言われるほどの差がある。
子爵家であるフォライト家は、どこまで行っても地方の一領主に過ぎないが、伯爵家ともなればその領地ははるかに大きく、場合によっては王都での要職に就く者もいるほどだ。
そんな伯爵家の次期当主であるランデルに誘われたのだ。この先の学園生活の中で、パーティーを組んでの行事や課題、テストなどが数多く行われることは知っていた。そうなれば、いかに優秀な人たちとパーティーを組むかということが学園生活をよい成績で過ごすためには不可欠なのだ。
他のクラスメイトも同じように思い、なるべく優秀なクラスメイトに近づこうとしている中、強さならA組でもトップクラスと言われるランデルに誘ってもらえたのだ。特にコネなどもなく、どのパーティーに所属すればいいのか当てもなかったセリアにまさに渡りに船。
二つ返事でランデルの誘いに乗ったセリアは、同時に最近の自分の疑問の解等についても得ることが出来た。
『あいつらはすでにフォリックスの奴の派閥の連中だ。対応には注意しろ。なるべく無視しとけ』
そう言われ、ランデルが顎でしゃくった先にいたのは、セリアをなぜか避ける様になったクラスメイト達だった。そこでセリアはランデルの言葉からどうして自分が避けられているのかの理由を察した。
つまりは派閥だ。
魔術師は本来自分の実力を秘匿し、相手に真の実力を悟られないようにする。それはいざ戦いになった時に敵に対処をさせないためであり、何より実力の計り知れない相手というのはそれだけで脅威となりえる。ゆえに魔術師は出来るだけ自身が使う魔術を隠すのだ。
セリアから距離をとったクラスメイト達はすでに他の上位貴族の派閥に属した。おそらくそこで指示が出たのだろう。派閥以外のクラスメイトと接触するのは控えろと。
これも後でランデルから聞いたことなのだが、最初の一月は探り合い。言わば社交界のようなもので、誰を自分の駒に加えるか。それを探るために誰にでもにこやかに対応していたというわけだ。
上位貴族で構成されるがゆえの探り合い。A組の中では、入学してからすぐに魔術以外の戦いが見えないところで行われていたのだ。
「ここに私は打ち立てる。魔石砦!!」
ランデルの派閥に入ってからというもの、セリアの生活は一変したと言ってもいい。今まで知らなかった貴族という物を叩きこまれ、その上でパーティーの一員としての戦い方を厳しく指導された。
そこに最初にセリアが思い描いていた楽しい学園生活などはまるでなく、待っていたのはまるで監獄に閉じ込められたかのような息苦しい生活。
しかしそれに逆らうことのできないセリアは、ランデルに言われるがままに振舞い、魔術を行使し続けていた。
「よし。ヒューエトスの奴はこっちに向かっている!間違いないな、ミエリ!」
「間違いない。彼の魔力がこちらに向かって動いているのを感じる」
ランデルに問われた小柄な男子生徒、リル・ミエリがそう断言した。彼はセリアと同じパーティーのメンバーであり、魔呪師だ。魔呪師とはいわゆる呪いを使用するスタイルであり、主に敵の動きを阻害することを得意としている。
そんな魔呪師であるミエリはあるスキルがあった。それは対象一人に限り、一定の範囲以内であれば魔力の動きを追えるというものだった。
恐るべきそのスキルの射程範囲は五十キロにも及び、その精度は抜群。しかしもちろんデメリットも存在し、動きを追えるのは一人であるし、一度対象を移してしまえばもう一度同じ対象を追うためには一定時間のクールタイムが必要となる。そんなデメリットを差し引いても有能なスキルであることは間違いなく、ミエリはランデルに非常に重宝されていた。
「接敵までおよそ五分」
「はっ、あの時の借り、倍にして返してやるよ、ヒューエトス!!フォライト!絶対に砦を崩すんじゃねぇぞ!!死んでも堪えやがれ!!」
ランデルの怒鳴り声にセリアは無言で頷く。ここ最近で、いや、もしかしたら最初から気づいていたのだ。舞い上がっていて誘われた時は見えていなかっただけ。A組の実力者というそのブランドに惑わされ何も理解していなかった。
「お前はその魔術しかつかえねぇ無能なんだからな!!」
そう、ランデルはセリアの魔術にしか興味はなかったのだ。
“魔建師”
興味があったのは非常に珍しいスタイルを持つ、セリアの魔術にのみ。セリアという人物には微塵も興味などはなかったのだ。
◇
森を翔るレイン達には絶え間ない攻撃が行われていた。
「敵に魔銃師がいるみたいね」
そう呟いたシャーロットの声は、ほぼ全力に近い速度で走っているはずのレイン達にも関わらずしっかり全員の耳に届いていた。
その要因はパメラの風魔術だ。もともと声というのは声帯から出た振動が空気を振動させることで音となる。本来は口の向いた方向に最大の音が響く声であるが、パメラの風魔術によりその音に指向性を持たせたのだ。
いうなれば糸電話の要領。それによってレイン達はこの最速の移動の中で、普通に話すだけで意思の疎通が可能となっている。
「流石はパメラね。私が認めただけのことはあるわ」
「でもでも、こんなの誰でもできることだし、私攻撃とか苦手で……」
「馬鹿ね。攻撃なんて誰にでもできるのよ。でもこんなに繊細に風をコントロールするのはそれこそ難しいわ。あなたは自分の力に自信を持つべきよ」
確かにそれはシャーロットの言う通りであった。魔術の制御というのは簡単なように見えてその実非常に難しい。魔力に意味を付加して発現させるためにはそれこそ、微妙な加減と熟練の技が必要となる。
出力を調整し、意味の付加に重みを置く。そういった複雑な魔力の操作が出来なければ、微弱な風魔法であっても音に指向性を持たせるような繊細な魔術は行使できないのだ。
「ぬるいな」
その証拠に敵の魔銃師の攻撃はさっきから一度もこちらにあたることはない。魔銃師とはその字の通り、銃を使い攻撃を行う遠距離タイプのスタイルに属する。主に自身の魔力を銃という媒体から射出するという攻撃方法をとり、そこに各種属性を加えるなど、その戦闘方法は多岐に渡る非常に優秀なスタイルだ。
確かに敵側の魔銃師は優秀なのだろう。魔銃師の放つ魔力の弾丸、魔弾は使用者の魔力によりその性質が大きく変化する。少ない魔力では威力・射程共に落ちるだけでなく、回路での調節を疎かにすれば精度に直結する。
先ほどから敵の攻撃はレイン達にほとんど、全ての攻撃の内七割が当たることなく背後の森の中へと消えて行っている。射程と手数を重視しているのだとしても、この数字はあまりにもお粗末。なまじ魔力炉がそれなりに優秀で、かつ銃という媒体を使用しているために、打ちだすだけならそれほど難しい魔力回路の調整が必要ないからこその体たらく。
「氷幕」
「風防」
そんな魔力任せの攻撃が、精密な魔力回路の調整がなされたシャーロットとパメラの前で通用するわけがない。数少ないこちらにあたる魔弾だが、それも薄い氷の幕と不可視の風の流れに阻害されてこちらにダメージを与えることは出来ていない。
シャーロットは言わずもがなだが、レインとしてはパメラの魔力回路の緻密さに少なからず驚いていた。稀有な魔奏師というスタイルで戦う以上、味方の補助を行うこのスタイルは非常に精度の高い魔力回路の操作が求められる。先日のオリエンテーリングでの一連の攻防でパメラの回路がそれなりのレベルに達していることは理解していたが、これほどまでとは思っていなかったのだ。
パメラは魔力炉の保有魔力がそれほど多くはない。それすなわち魔術の使用回数に制限が出るということなのだが、おそらくパメラはそれゆえに魔術をいかに効率よく発現させるかに重きを置いたのだろう。
総量が少ないのなら使用量を減らす。実に合理的で、それでいて実用的な魔力の運用方法。パメラが初級魔術を使用することが多いのもこのせいなのだろうが、それでも完全に制御された魔術はただ魔力を込められただけの上級魔術を凌駕する力を持つ。
その結果がこの一方的なレイン達の侵攻に繋がっているのだ。
森を翔るレイン達が数分走ったころだった。魔弾の猛攻は無駄だと悟ったのかいつの間にか止み、大きな魔力の反応がある場所へとたどり着いた時だった。
「なによあれ」
足を止めたシャーロットがそう呟いた。つられてリカルドとパメラもその光景に唖然とする。
「来たな、ヒューエトス!!」
どからとなく聞こえてくるのはレイン達が標的としていたランデルの声。その声の方角、つまりは上方に目を向けるとやはりそこにはランデルと、他のA組のパーティーメンバーたちがいた。
「なんだよこの砦は!!」
そうリカルドが叫ぶのも無理はない。魔闘祭のフィールド内、その森林地帯のど真ん中に、いつの間に巨大な石造りの砦が建造されていたのだから。
「くそ忌々しいF組の連中どもめが!今からお前らを蹂躙し尽してやる!そしてフリューゲル様の目を覚まさせるのだ!!」
その言葉が合図だった。
ランデル隣にいた魔銃師による魔弾の連射が戦いの合図となり戦闘が始まったのだった。
三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。
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