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第30話 予選 二

第30話~予選 二~


 全部で八グループの予選が行われる今日この日であるが、流石に一遍にそれを行うことなどできはしない。いかに広大な敷地面積を誇るルミエール魔術学院であろうとも、予選のルール上、どうしても一度に試合を行うことが出来るのが一グループに限られるのだ。


 そのためレイン達の試合が行われるのは午後、しかも最後のグループのためそれまでの時間があくことになっている。他の三人は午前のグループの試合を見るために観客席に行っているのだが、レインは一人別の場所にいた。


「生徒や観客が多いとトイレを探すのも一苦労だ」


 なんのことはない。ただ試合を観戦する前にトイレに行きたかったというだけのこと。だがそのトイレに行くこともこの魔闘祭開催期間中では非常に難しかったりする。


 学院側も会場となるフィールドの周囲にはいくつもトイレを設置しているのだが、この大会は学院外からも多数の観客や来賓が訪れることもあってまるでその数が足りていないのだ。それゆえレインは仕方なく、会場から遠く離れた校舎のトイレを利用していたのだ。


「始まったか」


 用を足し、会場へと戻ろうとしたレインの耳に聞こえてきたのは大きな歓声と破壊音。どうやらすでに会場では試合が開始されたようだ。


 早く戻ろうと足早に歩くレインだったが、会場まであと少しとなり人が増えて来たところで違和感に振り向いた。


 まるでこびりつくようなねっとりとしたどす黒いオーラ。しかしそれでいて次の瞬間には忘れてしまいそうになるほどの稀薄な雰囲気。かつての大戦を経験しているレインだからこそ気づけた違和感に振り向いたその先には、シルクハットをかぶった一人の男が悠然と歩いている姿が見えた。


 どうする?


 確かにその男は明らかに普通ではないオーラを纏い、怪しいことは間違いないが、だからと言って今何かをしているわけではない。捕まえてしまってもいいのかもしれないが、もし何もなかった場合糾弾されるのはレインであろう。


 しかも相手がそれなりの貴族であるとするなら、平民であるレインは仮に相手にやましいものがあったとしてもその権力でもって黒を白に塗り替えられてしまう場合だって考えられるのだ。


 一瞬の思考であらゆるパターンを予測したレインは、それ以上の追及をやめて会場へと再び歩を向けた。


 どう考えてもレインの利になることが想像できない上に、何より今の自分にとって重要なのは仲間と共に魔闘祭の予選を勝ち抜くこと。証拠もないのに下手なことに首を突っ込んでいる時間などないのだ。


 引っかかるものはあるが、そう結論を出したレインはシャーロット達の待つ観客席へと急ぎ向かう。シルクハットの男が、去っていくレインに向けてほくそ笑んでいることに気付くことなく。


 ◇


 集まった観客の熱気により包まれたフィールドでは、今まさに魔闘祭の予選が行われているところだった。


 予選とはいえ使用されているフィールドは魔闘祭の本選でも使われているものと全く同じ。草原、丘陵、湿地、森林、荒野の五つの地帯から構成されるフィールドは、その特性をうまく利用した者が圧倒的に有利となる。


 その証拠に、今もC組の生徒で構成されたパーティーが、A組のパーティーを撃破するという大番狂わせを起こしているところだった。


 湿地に陣取ったC組は、あらかじめ水属性魔術を使い湿地の一部を沼地に変化させた。そこに自分たちの力を過信したA組のパーティーが真正面から飛び込み、沼地に足を取られてそのままC組になすすべなく蹂躙されるという結果となっていたのだ。


「どう見ても罠なのに、同じA組として恥ずかしいわね」


「シャーロットさん、ちょっと声を抑えて」


 そんな様子をみて悪態をつくシャーロットに、周りの目を気にしたパメラが注意を促すが、当のシャーロットは特に気にした様子はないようだ。


 だが意見としてはレインもシャーロットと同じだった。確かにA組の生徒の個々の力を考えれば、普通に戦えばC組の生徒で構成されたパーティーは為す術もない。だがこの予選、というよりも魔闘祭は単純な力だけでは勝つことは出来ないのだ。


 地形や相手の思考など、あらゆる状況を考慮し、戦力を練った者が勝利に至る。それはまさに実践を強く意識した大会であり、かつての大戦に非常に似た空気を持った舞台であるといえるだろう。


 誰が考えたのかは知らないが、実戦経験を積ませる上では非常にいい方法であろうこの大会を、レインは高く評価していた。


しかしそんな魔闘祭であるが、実戦とは大きく異なることもある。


『ここで大番狂わせを見せたC組が全滅!勝者はB組のパーティーとなります!!』


 今しがた、先ほどA組を見事に策で潰したC組の生徒の魔剣士が、同じくB組の魔剣士の生徒に袈裟斬りを受けて地に伏したところであった。


 しかし倒れた生徒は程なくしてどこか別の場所に転移し、フィールドに残されたのは勝者たるB組の生徒のみとなっている。


 これは魔闘祭で使用されている身代わりの護符による効果だ。互いが全力で戦う以上、どう頑張ってもけが人が出る。しか魔剣士や魔斧士など、近接武器による攻撃がクリーンヒットしてしまえば、最悪死に至る可能性だってある。


 かといって寸止めばかりに気を取られていてはまともな戦いになどならないし、何より遠距離魔術など誤爆の可能性が高すぎて使用が出来ない。


 それを解決したのが身代わりの護符たる魔道具だった。


 命を失うほどのダメージを受けた時に、その者のそれまでに受けたダメージを肩代わりし、定められた場所へと転移させる。


 肩代わりできるダメージの効果範囲は二十四時間。つまり試合以外のダメージまでなかったことにできるわけではないが、それでも死を回避できるというのだからどれだけすごい魔道具なのかということは言うまでもない。


 しかも発動条件は致死的ダメージを受けた時のみ。身代わりの護符の対象者が死ぬ寸前までは発動しないのだから、例え片腕を切り落とされようがそのダメージはすぐにはなかったことにならない。さらにもし護符が発動すれば指定の場所に転移させられることから、護符を複数枚所持しての死の偽装も不可能ときている。


 この身代わりの護符のおかげで魔闘祭が成り立っているといっても過言ではないだろう。被害ゼロで魔術師には経験を積ませることが出来、さらには観客を楽しませることで経済効果も生んでいるのだから。


 しかしそんな便利な道具、もちろんメリットばかりというわけもない。この魔道具には大きなデメリットが存在するのだ。そのデメリットはありていに言えばコストが莫大にかかるということ。


 死を肩代わりした上の転移という複雑な術式を組んだ魔道具であるがゆえ、作成には腕の立つ魔術師と膨大な魔力が必要となる。それゆえ非常に高価なものとなるため気安く使うことは出来ないのだが、ではなぜ王国内では祭りとはいえこうも気安く使用されているのか。


 護符一枚の値段は王国騎士団の年収にも相当すると言われているのだが、この魔闘祭においては出場選手すべてに無償で付与される。本来ならありえないその振る舞いだが、それがまかり通るのは王国が護符を作成しているからに他ならない。


 ゆえに他国では一枚の値段が法外な値段で取引されていても、王国内では特別な事情があればある程度は自由に使用できるというわけだ。


 それまではその程度の知識しかなく、そこで王国は運がいいと勝手に思っていたレインだが、今はそうは思わない。


 護符の作成には膨大な魔力が必要となると言われているが、聞くところによればその魔力量は成人の総魔力のおよそ百人分と言われているらしい。ではそんな魔力をどこから抽出しているのか?


 答えは単純で、星の魔力炉から融通していると考えるのが自然だろう。それまで知らなかったがゆえに想像もしなかっただが、シルフィから聞いた真実のおかげで見えていなかったことがこうも簡単に推測することができる。


 まさに無知は罪ということだ。


 もっともシルフィの話では星の魔力炉の使用は厳しく制限されているという話なので、無尽蔵で護符を作成しているわけではないのだろう。もしそんな事態になっていれば、今頃王国軍は無敵の部隊とかしているはずなのだから。いくら倒しても蘇る軍など恐怖以外の何物でもない。本当に星の魔力炉が帝国の管理下に置かれなくてよかったとレインは思うのだった。


 それからも試合は続き、昼食を挟んで午後の部が開始。七グループの本選出場ができる一年生が決まったところで、いよいよレイン達の出番がやって来た。


「緊張なんかしてないわよね?」


「馬鹿いえ、心臓が煩くてかなわねぇよ」


「あら、リカルドは割と小心者なのかしら?」


「あの、そんなこと言ったら私なんて震えが止まらないんだけど……」


「それは困るわね。パメラの演奏は私たちの生命線よ?しっかりと震えを止めてもらわないと。こうすれば止まるかしら」


「え……?わっ!?シャーロットさん!?」


「へー、パメラって暖かいのね。それにすごく柔らかいわ」


「ちょっ!?くすぐったいっ!ってどこ触ってるの!!」


「ふふ、よいではないかーよいではないかー」


 試合前だというのに、なぜこんな目のやり場に困るような場面を見せられているのだろうかと互いに視線で会話をするレインとリカルドだったが、どうやらパメラの緊張もほぐれたようだし、リカルドの表情も硬さがとれた。それにきっと一番緊張していたのは他でもないシャーロット本人だったのだろう。だからこそ他者のことを気遣うふりをして、少しでも自分の緊張をとろうとしたのだ。


 公爵家としての立場。A組であるにも関わらず、F組のレイン達とパーティーを組むという事実。きっとこれまでにもレインたちの見えないところでいろいろとあったに違いない。それでもシャーロットはレイン達と一緒に魔闘祭を戦うことを選んだのだ。それに対し、出来ることなど一つしかないのだ。


「勝つぞ」


 レインの放った一言に三人が頷いた。いよいよ魔闘祭、レイン達とっての最初の戦いが始まろうとしていた。

三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。

ブックマーク、評価の方して頂けると作者が泣いて喜びます。長く続く作品にしたいと思いますので、お手数ではありますがぜひよろしくお願いいたします。


広告下に私の他作品のリンクを貼ってありますので、そちらも合わせてよろしくお願いします。

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連載中である他作品、 【『この理不尽な世界に復讐を~世界に虐げられた少年は最強の龍となり神に抗う~』も引き続きよろしくお願いいたします。
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