第三王子のお気に入り
「まったく! 人を驚かすの、やめて下さいよね」
私はぷりぷりしながら文句を言った。
人並みの体力もないくせに、早駆けの伝令と共に帰って来るなんて無謀すぎる。
絶賛文句を言われ中のロデリック殿下はと言えば、涼しい顔で長椅子の上で足を伸ばして座っている。
埃にまみれてよれよれだった昨日とは打って変わって、プラチナブロンドの髪はツヤッツヤである。
「だって、早く帰りたかったんだもん」
だもん? お子様かっ!
「もう、エルフィーネにも見せたかったよ。今回、諜報局の連中は、本当にいい仕事をしてくれたんだ。交渉は最初っからうちのペースさ」
「そうなんですか? 結局、どの派閥と手を組んだんです?」
殿下はニイッと笑った。
「宰相派と王弟派。諜報局の連中は、なんと、宰相の弱みとなる情報を調べ上げていてね。結局、宰相は王弟派に阿るしかなくなったというわけ」
一国の宰相をびびらせるとは……諜報局の皆さん、いったい何をつかんだ?
「でね、エルフィーネにはとってもいいお知らせがあるんだよ」
「殿下が言うと、嫌な予感しかしませんが」
「宰相派は、政略結婚をごり押しするのを諦めてくれたんだ」
待て。三大派閥のうち、二つが手を組んだってことは、それが最大派閥だよね。そこが政略結婚を推奨しないってことは――?
「しょ……」
「しょ?」
「所用を思い出しました」
私は平静を装い、部屋を出ようとした。が、肩を後ろからグイッと引っ張られる。
「同じ手に引っかかると思ってるの?」
「いや、ちょっと、ですね」
「ご褒美くれるって言ったよね?」
「言ったのは殿下で、私は上と下を見ただけですっ!」
必死で逃げようとジタバタしていると、扉がノックされた。
天の助け!
「どうぞっ!」
入って来たのは、奥宮の女官長だった。
後ろから殿下に抱き着かれている私を見ても、顔色ひとつ変えないあたりは流石である。
「おめでとうございます。たった今、国王陛下よりお許しが出ました」
女官長はニッコリと微笑んで、くるんと丸まった紙を私に差し出した。
お許しって何だ……ダメ。これ、受け取ったらダメなやつだ。
「読まないの?」
殿下が私の肩に顎を乗せて促す。
首を横に振ると、殿下は私の後ろから手を伸ばして紙を受け取った。
私の目の前で、紙が広げられていく。
殿下は紙を読み上げた。
「神と王の名において、オーレン侯爵家養女、レディ・エルフィーネ・バルドを第三王子ロデリック・ホーエンバッハの妃と定める――ごらん、父上の署名つきだよ」
オーレン侯爵って……財務長官様だ。私、いつ養女になったんだっけ?
「あの、殿下。私は実家に仕送りを――」
「君の実家には支度金の名目で、まとまったお金が下りるからね」
「あ、そうですか。でも――」
「弟君は学問が好きだって? 王都の大学に通わせてあげようか?」
「それはありがたいんですが――」
「三人の妹君も嫁入り先に困らないだろうな」
「確かに。けれど――」
「第七師団にいる叔父上も、地方出身というだけで、実力があるのになかなか昇進できないんだってね。王子妃の身内となれば、これからは誰も文句を言わなくなるな」
全部調査済みですか?!
殿下は腕の中で私をくるんと回した。
「嬉しくて声も出ない?」
私は結婚を承諾した覚えはない。ないと言ったらない。
でも、幸せそうに微笑む殿下を見て、『まあいいか』と思ってしまった。
「大好きだよ、エルフィーネ」
「わ……」
「わ?」
私も好きです。
―fin―
【おまけ】
「エルフィーネ、これ、ちょっと飲んでごらん」
「…………葡萄ジュース?」
「ううん、媚薬」
ぐふぉっ!
「ロベルトからもらったんだ」
「あの脳筋王子! 沈める!」
「うん。その前に僕にご褒美ちょうだいね」
「絶体、潰す!」
「はいはい。後でね」