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『嫁……嫁って、なんでそんな話になるんですか』
『半分冗談…半分本音。たぶん』
『半分って。もう、私は武義君の仲間で友達ですから』
『残念。武義はおそらくハッカに気がある。と私は思っている。武義はふられたか、かわいそうに』
そんな素振りなかったと思うけどな…
『ハッカが私の妹になれば嬉しいのに…』
少し寂しそうに笑う舞さん。
『舞さんのことはお姉さんだと思ってますよ。私、お母さんのことも良く覚えてないし、兄弟姉妹もいないから…舞さんのこと本当のお姉さんだったらって…』
『じゃあ、武義の恋路はどうでもいいか。ちょっと待ってて』
舞さんは奥の部屋に入って、すぐ出てきた。
『これを、あげる。私の妹』
金色で小さめのコインくらいのメダルに虎の姿が彫ってある。
『高価な物なんじゃないですか』
『大丈夫、それは私が作った物。市場価格は判らない。受け取ってほしい』
まっすぐ私の目を見つめる舞さん。素直に受け取るしかなかった。
ペンダントのように首から下げてもらい舞さん家を案内してもらう。とはいっても最初の部屋と客間、台所、トイレ、大きなお風呂…それに舞さんの寝室。
舞さんの寝室には天蓋付きのベッドと頭元に小さな机があるだけ…机の上に古そうな小さな熊のぬいぐるみ…
舞さんはそのぬいぐるみをすばやく引き出しに仕舞った。
『では、買い物に行きましょう。さあさあ』
まるで戦にでも行くかのような気合を上げながら私を急かす。
お店の奥で書類を確認している武義君に舞さんが声をかける。
『武義…かわいそうな子…』
『姉さん、急に人をかわいそうな子扱いしないでくださいよ。どうしたんですか』
『知らないほうが幸せなこともある。ハッカと買い物に行きたい。馬車を借りる』
『もう少しで僕も終わるので一緒にいき…』
『大丈夫、姉妹水入らず。女同士の買い物に男は不要』
絶対一緒に行きたがっていた武義君をバッサリ切り捨てて凹む武義君を放置で近くの人に馬車を用意するように言って入り口へ私を連れて歩いていく。
武義君に言わなくてもよかったんじゃないかなぁ。ほとんど待たずに小型の馬車が到着する。
『四振へ向かって頂戴』
御者さんに一声掛けて私に乗るように勧めてくれる。そして馬車は進みだす。
『店まではそう遠くない。楽しみ』
時間もあるので舞さんにさっき気になったことを聞いてみた。
『舞さん、なんで武義君に馬車のことを言ったんですか、それに行きたそうでしたし』
『あの家や店はすべて武義が大きくして作り上げた物。私は護衛として武義と契約しているにすぎない』
『姉弟なのに、家族なのに』
『ハッカ、武義も言っていたけど家は特殊な家なの。誤解の無い様にしてほしい。家族としての思いが無いというわけではない』
ゆっくりと私を落ち着けるように語り掛ける舞さんは少し困ったように続ける。
『私達の一族というか兄弟姉妹はそれぞれ年齢も離れている事もあるけど一緒に育った感覚は薄いの。子供の頃に一人で稼げるようなことを見つけてそれを伸ばす。大体は商売の道に進む』
私の前に両腕を突き出す舞さん。
『私は商売に向いていない。私に向いていたのは武術だけ…』
『私は護衛や警備を生業にしていた。武義が私の弟として生まれるまで』
今でも良く覚えている。武義が生まれ、母上に直接育てられていた姿を…
母上はそのとき言っていた。
『この子は私がこの世に残す最後の子であろう、私は母になってみたい』
党首として一族を束ね、今までの子供達には党首としての面のみで接してきたあの母上が本当の意味で母であったあの姿を、私は護衛として一番近くで見てきた。
愛されている武義の姿を、成長を…護衛として、姉として守ってきた。
武義には人を惹きつける何かがあった、母上の教えを受けて武義に協力する人の力を借りながら荒削りながらも商才を伸ばしてきた。
他の兄弟姉妹がどう思っていたか。今、どう思っているかは私には分からない。
そして、独り立ちの日、武義は私に声をかけた。
『舞姉さん、僕と契約してください』
私は武義と契約した…
『あの子の成長を一番近くで見ながら一緒に過ごした私達は一族で唯一本当の姉弟なのかも知れない』
良く分からないけれど、舞さんと武義君は間違いなく姉弟なんだ。本当の意味で。
『あの子は大きくなっていく、あの敷地内で私の物はあの家の中だけよ』
馬車が止まる。
『さあ、降りて私の妹。買い物を楽しみましょう』
舞さんが差し出す手に自分の手をそっと重ね。
一緒に店の中へ…
数十着の服を買ってもらうことになるとはそのとき思ってもみなかった…
武義がうるさい…
『買い物に置いて行かれたぐらいで俺に愚痴るなよ。これがお前のおもてなしか』
『う…すいません…でも、』
『でもじゃないだろう。男はどーんと構えてるもんだ』
もう、30分は聞いた、そろそろいいだろう俺が口を挟んだって…
馬鹿でかい部屋に1人、特にやることも無い。いつもの武器の手入れをして、金でも数えようかと思っていたら真っ赤な顔した武義がやってきて、しゃべるしゃべる。
舞がハッカを連れて買い物に行ったって。べつにいいじゃねーって言ったら。
大体最近の姉さんはうんたらかんたらなんかごちゃごちゃぐにゃぐにゃ。
姉弟喧嘩は当人同士でやってくれよ…
俺が男とは、を語ったら武義は静かになった。
『エスさん、お金が落ちてますよ』
なんだと、床に這いつくばり舐めるように探してみる…無いじゃないか。そもそもまだ数える前だった…
『男はどーんと構えてるもんなんですよね』
これは一本取られた…
『今日の夕飯は何かな、武義君』
露骨な話題そらし…
『今日は大陸料理のお勧めの店を予約しておきましたよ』
『久しぶりだな。楽しみだぜ。それはそうと…』
武義の頭をワシャワシャしてやる。
『これでチャラにしてやろう』
『ありがたき幸せ。ハッカさん達が戻ったら呼びにきます』
大げさに頭を下げる武義と俺は顔を見合わせてふきだした。調子を取り戻したのか軽やかな足取りで部屋を出て行く武義を見送りながら1人つぶやく。
『さーて、金でも数えるか』
もう、姉さんは。
ハッカさんと買い物だって…僕も行きたかったなぁ…何を買いに行くのか分からないけど…
なんかイライラしてきたな、店の者には言えないし…あっ、そうだエスさんがいるじゃないか。
僕はエスさんが居るであろう家で一番の客室へ向かう。
『エスさん聞いてくださいよ』
エスさんの返事も聞かずに一気にしゃべる、自分でも途中から何を言っていたのか分からなくなるほど心の中にあるもやもやを吐きだした…
『買い物に置いて行かれたぐらいで俺に愚痴るなよ。これがお前のおもてなしか』
はっ、どれくらいしゃべっただろうか。それまで黙っていたエスさんに言われた一言で気がつく。
『う…すいません…でも、』
歯切れ悪くとりあえず謝る…
『でもじゃないだろう。男はどーんと構えてるもんだ』
確かに…でも、エスさんはどーんって感じより。細かいイメージなんだよな、なんか悔しいな。
ふっ。
『エスさん、お金が落ちてますよ』
早い、一瞬エスさんが消えたと思うほどの速さで床を確認する姿…男はどーんとね…
『男はどーんと構えてるもんなんですよね』
ここまでとは…さすがにエスさんでも怒るかな…
『今日の夕飯は何かな、武義君』
『今日は大陸料理のお勧めの店を予約しておきましたよ』
『久しぶりだな。楽しみだぜ。それはそうと…』
突然頭をワシャワシャされる。痛くない絶妙な力加減で僕の髪はくしゃくしゃだ。
『これでチャラにしてやろう』
『ありがたき幸せ。ハッカさん達が戻ったら呼びにきます』
大げさに頭を下げ、顔を見合わせふきだした。何だろうこの心地よさは…
妙にさっぱりした気持ちで僕はエスさんの部屋を後にした。




