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日が暮れ、夕飯の予約の時間が徐々に迫る…
ハッカさんと姉さんはまだ戻ってきていない…
『遅いな…腹減ったな、武義…』
エスさんはお腹がすいたのか呼びに行く前に店まで下りてきた。
『遅いですね、エスさん』
『まあ、買い物だろう。女の買い物って時間がかかるもんだ。しょうがない』
大人の余裕か…諦めか…
エスさんは悟りを求める修行僧のように穏やかな表情をしている。
馬車が戻ってくる。姉さんに一言言ってやらなくては、僕を置いていくし。
馬車が僕たちの前で止まり、扉が開く…
『姉さ…ん…』
『お、ハッカいいじゃないかその服』
『そうですか、舞さん選んでもらったんです』
光沢のある薄緑の生地のワンピースに白のレースの肩掛け…すごく似合っている、物語に出てくる森の妖精のような、ああ、なんてかわいらしい…
『おーい、おーい武義。何ボーっとしてるんだよ。早く乗れよ飯食いに行こうぜ』
エスさんが耳元で僕に声をかけていたらしい。
『武義君大丈夫』
『はい、大丈夫大丈夫ですよ。それではご飯を食べに行きましょう。宝抱へ行ってくれ』
御者に店を伝え馬車は進みだす。
『宝抱は母上も好きな店のひとつで、とっても美味しいんですよ。自信を持ってお勧めできるので期待してください』
ハッカさんから目線がなかなか放せない…
『特にお勧めは薄皮の一口大の蒸し饅頭で、いくつでもいけそうな一品なんですよ。今日は個室を予約してあるのでゆっくりと味わって頂けると思いますよ』
『武義、興奮し過ぎ』
『まあ、いいじゃねーの若者に必死さは必要だろう』
『露骨過ぎるアピールはみっともない』
『でも、聞いてるだけで美味しそう。私、楽しみになってきましたよエスさん』
『越えられない壁がそこにある…』
いちいち姉さんは…でも確かに言うことに一理ある。エスさんも男はどーんと構えるものって言ってたし…少し静かにしているか。
『もう、これからご飯ですよエスさん』
『ハッカ達が遅いからいけないんだろう。ちょっと干し肉かじるくらいでやいやい言うなよ』
『私も欲しい』
『舞さんまで、もうせっかく美味しいご飯だと思うのに…』
馬車の中に姉さんとエスさんが干し肉を噛む音が馬のひづめの音とセッションしている…
ぐー
下を向くハッカさん…これはフォローしなくては。
『2人が食べてるとおいしそうですね。ハッカさん、僕らも少し貰いましょうか』
よし、自然なフォローだ、いい感じだと思う。
『え、私はせっかくだから我慢するからいらないよ』
『武義、食べたいなら言えばいいのに。1人じゃ貰いにくかったか。少し位ならただでやるぜ』
『あ、はい。いただきます』
『みんな、我慢ができないんだから、もう』
ぐー、ぐーぐーぐぅ
『舞、最初のひとつはタダだがここから先は有料だぜ』
『うむ、払う。これはなかなかいい物。言い値で出す』
『毎度あり』
姉さんのお腹の音だったとは…なんか分からないけれどこの干し肉は確かに美味しい。
『本当に困った人たちね』
嬉しそうに僕らを見回すハッカさんはとても嬉しそうだ、店まで干し肉の音は続くのだった。
『おそいのぉ』
店に着く。
4階立ての宝抱は最上階に個室があり、そこまでは個室予約専用の直通通路が様々な事情の客層に喜ばれている。
専用入り口から上へ。
すでに漂う美味しい匂いに皆期待感が高まっているのか楽しそうに話している。
店の人に案内されて予約の個室の扉を開く…
『武義、待ちわびたぞ』
『えっ、母上』
『はよ、こっちへこんかい』
なぜ、母上がここに…
僕は固まる…
『ん、この子が武義の嫁か。かわいいのぉ。さあさあ、母と呼んでおくれ』
戸惑うハッカさんをいきなり抱きしめ熱い抱擁をする母上…
『母上、ハッカから離れてください。困っている』
姉さんが2人を引き離す。
『舞、堅いことを言うな、無粋ぞ。ん』
僕はまだ動けない、目と耳だけで何とか状況を把握するのが精一杯。
『おお、ため…』
『久しぶりだな。それ以上口を動かすなよ…』
母上はエスさんを知っているのか、エスさんは銃を母上に向けて構えている。
『エスさん、2人は知り合いなのですか』
固まった僕から最初に出た言葉はそれだった。
『まあな』
エスさん銃を仕舞いながら僕の問いに答える。母上は嬉しそうに微笑むだけ。
とにかくなんとも言えない空気感を終わらせたのは武義君のお母さんだった。
『立ち話もなんじゃ、腹も減ったし座らんか』
勧められるままに武義君のお母さんの両側に私と武義君が座り、私の反対側には舞さん、武義君の反対側にはエスさんが座る。
『話はあとあと、じゃんじゃん持ってくるのじゃ』
円卓はあっという間に料理で埋まり、食事は唐突に始まった。
すごい、すごい勢いで舞さんと武義君のお母さんは食べ始める…見事な食べっぷりに目が放せない。
『ん、わらわの顔に何かついておるか。そんなに見つめられると照れるのぉ』
慌てて目をそらす。何か言わないと。
『武義君のお母さんってお若いですね』
『いい子じゃぁぁぁぁぁ。かわいいのぉ。すぐにわらわの一族に加わるがよいぞ』
舞さんが鼻で笑い、エスさんが小さく舌打ちする。
『なんじゃ、2人とも人が気分良くしているのをぶち壊すとは感心せんな。舞、ため…分かったから銃を仕舞え、物騒な奴じゃの』
私はどうしたらいいのか…とりあえず武義君を見る。目が合う、武義君は意を決したように口を開く。
『母上も姉さんもエスさんもせっかくの夕食ですから…ね』
語尾が弱い、武義君もうちょっと頑張って欲しいけどこの3人相手ではしょうがないかな、お店での感じならかっこよかったんだけどな。
『舞さん、エスさん。武義君の言うとおりですよ。こんなに美味しいのに』
『そうじゃそうじゃ。嫁の言うとおりじゃ』
『武義君のお母さん、私は武義君のお嫁さんじゃないですよ』
がたん、武義君が机に頭をぶつけている。
『口を挟んだ罰』
武義君のお母さんは大きな声で心底楽しそうに笑う。
『ますますいい。ハッカとやら、私のことは命燐姉さんと呼ぶがよいぞ』
『母上、姉さんとは図々しい』
『いいではないか、わらわはハッカが気に入った。本当に娘に欲しいほどにな…さて』
命燐さんの雰囲気が変わる、なに、なんか怖い…
『武義、いつまでそうしているつもりじゃ。報告を致せ。わらわが知らぬとでも思ったか』
『私がついていながら申し訳ありません』
舞さんが椅子から降り、片膝を着いて頭を下げる。
『わらわは武義に報告を、といっておるのじゃ。護衛には聞いておらん』
『命燐様、メダルを奪われました。エスさん、ハッカさん、姉さんのお陰で命はありましたが…犯人に繋がりそうな手がかりはどこにでもありそうなナイフ一本のみです…』
『わかった…自分で解決してみせよ。それまでこの町を出ることはゆるさぬ』
命燐さんの雰囲気が再度変わる…
『ハッカ、今はエスか…息子が世話になった。これを受け取っておくれ』
大きな袋を2つ取り出し私たちの前に差し出す…重い…
『随分といい額じゃないか』
エスさんは袋の中を覗き込んで言う。私も袋の中を見てみる…
『これは…私は受け取れません。武義君は大切な友達です。こんなつもりじゃない』
舞さんは頭を下げたまま、武義君は私の声に驚いた顔をしている。
『俺はありがたく貰っておく』
袋のまま懐にスッと仕舞うエスさん、どうして…
『エスさん、武義君を助けたのはお金の為なんですか』
私のもやもやの矛先はエスさんに向かう。
『違う、金の為じゃない。しかし、貰える物は貰うのが俺の主義だ。ハッカにとやかく言われる筋合いはないと思うが』
『ハッカ、この金はわらわの母親としての感謝の気持ち。武義のことをそのように言ってくれる気持ちはありがたい。じゃが、それとこれは別。この命燐の母としての気持ち貰ってはくれんかのぉ』
私は黙って受け取るしかなかった…




