第364章 分配されない成果
第四管理区の西側で、予定より遅れていた回収作業が再開された。
ただし、当初の計画とは違っていた。
周辺警戒を担当する人員が戻らなかったため、現場の責任者は作業範囲を縮小し、確認済みの部品だけを先に搬出することにした。残された設備については、次の作業枠が確保できるまで手をつけない。
一見すれば、小さな予定変更にすぎない。
だが、搬出された部品の中には、別のチームが優先的に確保する予定だったものが含まれていた。
そのチームの責任者は、受け渡し記録を確認したあと、連絡担当者に尋ねた。
「こちらに知らせず、先に運び出したのか」
「現場側は、作業を止めないために必要な判断だったと説明しています」
「それで、こちらの取り分は?」
「まだ決まっていません」
責任者は端末を伏せた。
彼らは回収網全体を支配しているわけではない。現場を押さえる人間、輸送手段を持つ人間、部品の価値を判定できる人間。それぞれの役割は異なり、誰か一人の判断だけで全工程を動かせるわけではなかった。
だからこそ、最初に決めた分配条件が必要だった。
しかし、回収が予定を上回る速度で進み始めると、成果をどこに帰属させるかという問題が生まれる。
先に見つけた者。
実際に取り外した者。
運び出した者。
そして、次に利用できる状態へ整えた者。
それぞれが自分の貢献を主張できる。
「次の搬出には、うちの担当者を立ち会わせろ」
責任者は言った。
「向こうが断った場合は?」
「そのときは、こちらも次の作業を引き受けない」
部下は指示を記録した。
相手を攻撃するつもりはない。
ただ、何も条件を示さずに協力し続ければ、いつまでも都合のいい補助要員として扱われる。彼らが求めているのは、回収網の崩壊ではなく、自分たちが受け取るべき利益の確保だった。
その判断によって、翌日の作業予定はさらに複雑になった。
BOSSの回収網は依然として動いていた。
しかし、すべての参加者が同じ方向を向いているわけではなかった。
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男主が次に接触したのは、以前から回収作業の周辺に出入りしていた一人の技術担当者だった。
相手は正式な回収チームの中核ではない。撤去された装置の状態を確認し、再利用できる部品と廃棄する部品を分ける仕事を請け負っていた。
その人物から得られたのは、具体的な輸送先ではなかった。
代わりに、最近の作業で変更された判定基準についての情報だった。
以前は、旧式の装置から取り外した部品のうち、現行設備と接続できないものは優先度を下げられていた。保管費用がかかるうえ、用途も分からないからだ。
ところが、最近はその基準が変わっている。
接続できるかどうかにかかわらず、特定の規格を持つ部品は保管対象に指定されていた。
「誰が基準を変えた?」
男主が尋ねると、技術担当者は首を横に振った。
「指示元までは分からない。受け取った作業票に、対象の規格が追加されていただけだ」
「対象の規格は?」
「旧式の接続部品と、いくつかの制御部品だ。全部ではない。指定された型番だけだよ」
男主は、それ以上質問を重ねなかった。
相手が知らないことを無理に聞き出しても、情報が増えるわけではない。
今回の話から分かるのは、回収側が何でも無差別に集めているわけではないということだった。
特定の規格が指定され、その規格に合う物品だけが優先されている。
誰かが、必要なものと不要なものを分けている。
しかも、その判断は現場の作業員に委ねられていない。
「この話を、ほかの人にもしたのか?」
男主の問いに、技術担当者は少しだけ警戒した。
「仕事の話をしただけだ。誰かを告発したわけじゃない」
「分かっている」
男主はそれ以上、相手を引き止めなかった。
情報を提供したからといって、その人物が自分の側についたわけではない。相手には仕事があり、契約があり、守るべき立場がある。
今回話してくれたのも、男主を助けたいからではなく、変更された作業基準を自分なりに理解しようとしていた可能性が高い。
必要なら、次は話してくれないかもしれない。
それで構わなかった。
男主が必要としているのは、誰かに忠誠を誓わせることではない。相手が自分の利益に従って動いた結果、どのような情報が表に出てくるのかを見極めることだった。
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その日の夕方、プラットフォームの運営会議では、別の問題が議題になっていた。
合同企画に参加する上位選手たちの間で、対戦データの共有範囲をめぐる意見が分かれていたのだ。
一部の参加者は、分析結果を広く公開すれば、新たな戦術が生まれ、企画全体の競争が活発になると主張した。
一方、上位を維持している選手たちは、自分たちが時間をかけて蓄積したデータを無条件で公開することには反対していた。
公開すれば、ほかの参加者も同じ対策を取れるようになる。
それ自体は企画にとって望ましい変化かもしれない。
だが、公開した本人が順位を落とし、その成果を別の選手が利用するだけなら、協力を続ける動機は弱くなる。
運営側も、その問題を無視できなかった。
参加者の交流を増やしたい。
しかし、競争する理由まで失わせるわけにはいかない。
結局、すべてのデータを公開する案は採用されず、共有する項目を参加者自身が選べる方式が検討されることになった。
それは、全員が納得する解決策ではなかった。
公開範囲を狭めれば情報交換の効果は小さくなる。広げれば、情報を提供する側が不利になる可能性がある。
運営側は、その両方を抱えたまま次の判断を迫られることになった。
競争と協力は、単純にどちらか一方を選べば済むものではなかった。
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夜、男主はカイとともに、技術担当者から得た情報を整理した。
「指定された型番だけが保管対象になっている」とカイが言った。
「つまり、回収する側には選別基準がある」
「でも、その基準が何を意味するのかは分からない」
男主はうなずいた。
旧式の接続部品が必要なのか。
制御部品に特定の用途があるのか。
それとも、現在の設備では再現できない規格そのものに価値があるのか。
現時点では、どれも可能性の域を出ない。
ただし、以前のように撤去された設備の跡だけを追っていても、全体像には近づけないことは明らかだった。
回収対象を選ぶ基準が変わったのなら、その基準を使っている者の判断を追う必要がある。
「次は、どこを見る?」
カイが尋ねた。
男主は、記録に残された型番をもう一度確認した。
「まだ場所は決めない。まず、指定された規格がどの種類の設備に使われていたのかを比較する」
「また調査か」
「現場へ行く前に、無駄な場所を減らすためだ」
カイは反論しなかった。
二人とも、負傷した状態で何度も危険な場所に踏み込めるわけではない。だからといって、動かなければ相手の回収が止まるわけでもなかった。
今回得られた情報は、回収を妨害する決定打ではない。
しかし、相手が何を選び、何を捨てているのかを考える材料にはなる。
男主は端末を閉じた。
第四管理区では、回収の優先順位が変更され、協力者たちは自分の利益を守るために条件を見直している。
誰も、全体の仕組みを止めたいわけではない。
それぞれが、自分に不利な部分だけを変えようとしている。
その小さな変更が積み重なれば、回収網の動きも変わる。
だが、それが男主に有利に働くとは限らなかった。
利害の衝突は、彼に新たな機会を与えることもあれば、BOSSが別の協力者を使って不足を埋めるきっかけにもなる。
相手の内部に摩擦があることと、相手が弱体化することは同じではない。
男主は、その違いを忘れないようにしていた。
彼が追うべきなのは、誰かの不満そのものではない。
その不満によって、実際の行動がどこまで変わるのか。
次に確かめるべきなのは、そこだった。




