第355章 持ち去られた技術
地下施設を離れてから、男は何度も第四管理区の装置を思い返していた。
「申請者を指定してください」
あの表示だけなら、旧式の申請設備が残っていたという説明もできる。
だが、第四管理区の記録が存在しないこと、申請者を指定する装置が今も待機状態にあること、そして操作していないのに表示が一度途切れたこと。それらを別々の問題として扱うのは、もう難しかった。
「カイ、第四管理区について、最初に分かっていたことをもう一度確認したい」
「どこからだ?」
「俺たちが調べ始める前の情報だ。装置の表示や、後継者の申請についての記録じゃない。その前に、第四管理区が何を管理していた場所なのか、何が存在していたのか」
カイは少し考えた。
「管理区の名称と、古い設備の識別番号は残っている。ただ、現在の記録には対応する機能がない。少なくとも、今まで確認した資料からは分からなかった」
「設備の機能が分からないのに、申請装置だけが残っている」
「そうだな」
男は歩みを止めた。
「逆に考えてみよう。ここが単に記録を保管する場所だったなら、記録が失われたあとも申請装置だけが残る理由はあるのか?」
「装置そのものが別の設備と接続されていた可能性はある」
「なら、その接続先が重要だ。第四管理区の中に答えが残っているとは限らない」
カイは男を見た。
「外へ持ち出された可能性か」
「まだ可能性の一つだ。ただ、調べる価値はある」
男は、地下設備の側面にあった接続口を思い出した。
あの装置は、申請者を指定するよう求めていた。しかし、申請者を指定したあと、どこに接続されるのかは表示されていなかった。
もし第四管理区が、何らかの技術を管理するための入口だったとしたら。
その技術が今も残っているとは限らない。
誰かがすでに取得していた場合、残された設備だけを調べ続けても、答えには届かない。
「雷文に、もう一度確認を頼もう。第四管理区の記録が欠けていることだけじゃない。以前の設備配置と、現在確認できる構造が一致しているかどうかだ」
カイは連絡を入れた。
返事を待つ間、男は周囲を見渡した。調査を続けるにしても、今すぐ地下へ戻る理由はない。右手の痛みも残っている。無理に作業を続ければ、確認できる情報が増える前に、自分の行動を制限することになる。
しばらくして、雷文から連絡が届いた。
『旧資料の一部に、第四管理区の設備配置を示す図がある。現在の構造と照合できる部分を確認する』
その後に、もう一つ短い文章が続いた。
『ただし、配置図には設備の用途までは記載されていない』
男は画面を閉じた。
「少なくとも、比較できる資料はある」
「それで何が分かる?」
「今ある設備が、最初からここにあったものなのか。それとも、何かがなくなったあとに残ったものなのか」
男はそう答えたが、確信はなかった。
技術が持ち去られたという仮説は、まだ仮説にすぎない。
ただし、それを確かめるために必要なのは、装置を動かすことではなかった。
*
同じ頃、第四管理区から遠く離れた場所で、一つの部品が作業台に置かれた。
部品は古い装置から取り外されたものだった。表面には細かな傷があり、接続部分には長い使用期間を示す摩耗が見られた。
作業員は、部品を固定具に載せたまま、隣に立つ男へ報告した。
「指定された部分の照合が終わりました。旧式の設備としては問題ありません。ただし、現行の装置とは接続規格が異なります」
「接続できないのか」
「通常の方法ではできません。対応する機器があれば別ですが、こちらにはありません」
男は部品を手に取らず、刻印だけを確認した。
「それでいい。保管を続けろ。ほかの資料と混ぜるな」
「承知しました」
作業員が退室すると、男は作業台の脇にある端末を操作した。
そこには、複数の収集案件が並んでいた。
すべてが同じ種類の技術ではない。用途も、取得条件も、保管方法も異なる。あるものは設備の残骸として回収され、あるものは古い記録の中に存在が示されているだけだった。
第四管理区の案件も、その一つだった。
彼は長い時間をかけて、祖先が残した技術を探していた。
一度にすべてを得ることはできない。所在が分かっても、取得できるとは限らない。取得できたとしても、すぐに使えるわけではない。技術ごとに必要な条件が違い、運搬や保管にも制約がある。
だからこそ、収集を一つの場所や一人の人間に任せることはしなかった。
情報を集める者。
現場を確認する者。
取得したものを運ぶ者。
保管と研究を担当する者。
それぞれの役割を分け、互いに必要以上の情報を渡さない。誰か一人がすべてを把握していなくても、作業が続くようにしていた。
その仕組みは、すでに長い時間をかけて整えられていた。
第四管理区から技術を持ち出したときも、特別な奇跡が起きたわけではない。
必要な情報を集め、条件を確認し、実行できる手段を用意した。
その結果、技術は元の場所から移された。
残された装置が何を表示し続けるのかについて、彼は関心を持っていなかった。
あの場所に何が残っているかよりも、取得した技術をどう保管し、どこまで研究できるかの方が重要だったからだ。
端末に新しい報告が届いた。
第四管理区に人が入ったという情報だった。
男は報告を最後まで読み、画面を閉じた。
「まだ、そこを調べているのか」
独り言のような声だった。
彼は、調査に入った者たちが何を見つけたのかまでは知らない。現場の装置がどのような表示を出したのかも、まだ報告されていなかった。
だが、彼らが第四管理区に関心を持つこと自体は不思議ではなかった。
旧設備が残り、記録の一部が欠けている。そこに調査の余地があると考えるのは自然なことだ。
問題は、その先だった。
調査者が痕跡を見つけても、痕跡だけでは技術を取り戻せない。
どこへ運ばれたのか。
誰が保管しているのか。
どのような条件で取得されたのか。
それらを一つずつ追わなければ、持ち去られた技術には届かない。
彼は別の案件を開いた。
第四管理区の調査が進んでも、ほかの収集は止めない。
一つの技術をめぐる問題に時間を使いすぎれば、別の場所で得られるはずのものを逃すことになる。
彼が求めているのは、単独の成果ではなかった。
必要な技術を集め、相互の関係を理解し、最終的に一つの仕組みとして成立させること。
そのためには、まだ集めなければならないものが残っていた。
彼は次の案件の実行条件を確認し、担当者へ指示を送った。
第四管理区についての報告は、当面、監視対象として保管することにした。
調査者がどこまで進むかは、今後の判断材料になる。
ただし、現段階で彼自身が動く必要はなかった。
*
雷文から届いた設備配置図は、翌日になって共有された。
カイが図面を広げ、男は椅子に座ったまま、右手を使わずに確認できる範囲を見ていった。
図面は完全ではなかった。第四管理区の全設備が記録されているわけではなく、用途の説明も省かれている。
それでも、現在の構造と照らし合わせると、いくつかの違いが見つかった。
地下装置の周辺には、現在の壁面には存在しない接続経路が描かれている。
それは、装置から別の設備へ続いていた。
「これが元の接続経路か」
カイが図面の一部を指した。
「そう見える。けど、図面が正しいとは限らない」
男は別の箇所を確認した。
接続経路は、地下装置から離れた位置で途切れていた。途切れた先には、設備名も用途も記されていない。
「ここから先が分からない」
「現在の設備には残っていないのか?」
「少なくとも、俺たちが見た範囲にはなかった」
男は図面と現場の写真を並べた。
もし単純な老朽化なら、設備が使えなくなっても、接続経路の一部が残る可能性はある。しかし、今回の違いはそれだけでは説明できない。
現在の壁面には、古い配線を撤去したときに残るはずの固定具が見当たらなかった。代わりに、壁の一部が後から補修されたような跡がある。
それだけで、何かが持ち去られたと断定することはできない。
だが、少なくとも、現在の状態が当初の配置をそのまま保存したものではない可能性は高まった。
「第四管理区には、記録されていない設備があったのかもしれない」
カイが言った。
「あるいは、記録されていた設備が別の場所へ移された」
男は答えた。
「どちらにしても、ここに残っているものだけでは、元の仕組みを再現できない」
彼は図面を閉じた。
調査を続ける価値はある。しかし、これ以上、同じ場所を繰り返し調べても、失われた接続先が突然現れるわけではない。
次に必要なのは、第四管理区の外にある情報だった。
技術が移されたのなら、その過程に関わった人間か、保管先の痕跡がどこかに残っている可能性がある。
「雷文には、設備配置の違いを伝えよう。俺たちは、第四管理区の外で、この接続経路に関係する情報が残っていないか調べる」
「誰から探す?」
「まずは、旧設備の移設や保管に関わった人間だ。ただし、技術の名前が分かっているわけじゃない。最初から特定の人物が持ち去ったと決めつけない方がいい」
カイは頷いた。
男は立ち上がり、上着を取った。
第四管理区の調査は、まだ終わっていない。
しかし、調査の意味は変わり始めていた。
そこに何が残されているのかを調べるだけでは足りない。
何がなくなり、誰がそれを必要とし、どのような手段で移したのか。
その先を追わなければ、第四管理区はただの廃墟で終わってしまう。
男は扉を開け、カイとともに外へ出た。
まだ、誰が技術を持ち去ったのかは分からない。
それでも、第四管理区に残された痕跡は、男が探しているものが過去の記録だけではないことを示し始めていた。




