第251章 残された选择
レイヴンが現地調査の報告書を提出してから、三日が過ぎた。
追加業務については、依頼元から正式な契約案が届いていた。今回の調査で使用した記録様式を整理し、次回以降の調査でも利用できる形にする。作業期間は二日間。報酬と納期も明記されていた。
レイヴンは契約案を確認し、承諾した。
仕事の範囲が定まり、条件も合意できたからだった。
その一方で、競技会の調査については、依然として新しい結論が出ていなかった。
彼は公開された中間報告をもう一度読み、端末を閉じた。
自分が参加していれば、別の情報を得られた可能性はある。しかし、参加していなかったからこそ、外から確認できた情報もあった。
どちらを選んだからといって、すべてを知ることができるわけではなかった。
レイヴンは、競技会のことをいったん脇に置き、依頼された仕事に取りかかった。
二日後、彼は完成した様式を提出した。
依頼元から修正の連絡はなかった。担当者は、次回の現地調査から新しい様式を使用すると伝えてきた。
これで、短期業務に関する契約はすべて終了した。
レイヴンは、報酬の支払予定を確認し、必要な記録を保存した。
その夜、主人公から連絡が届いた。
《最近、競技会の話を聞かないね》
レイヴンは、少し考えてから返信した。
《仕事が続いていたのもあるけれど、今は新しい情報が出るのを待っている。自分が参加していない以上、現場で起きたことをすべて知っているわけではないから》
《調べることと、知ることは同じではないからね》
《そうだね。ただ、何もできないというわけでもない。次に参加するかどうかは、今回の経験を踏まえて決めればいい》
主人公は、その返事を読んだ。
レイヴンは、競技会への参加を辞退したあとも、別の仕事を見つけていた。機会が失われたわけではない。ただ、選ばなかった道を進んだ場合に何が起きたのか、それを知ることはできなかった。
主人公自身も、似たような経験を重ねてきた。
一つの仕事を断れば、別の仕事を探す必要がある。ある人物に協力を求めなければ、自分で調べる範囲が増える。何かを守るために距離を取れば、その分だけ手に入らなくなる情報もある。
選択には、得るものと失うものがある。
それらをすべて事前に計算することはできない。
主人公は、レイヴンに短く返信した。
《次に参加するときは、今回とは違う条件で判断できるかもしれないね》
《そう思う。少なくとも、今回より確認したいことは明確になった》
会話はそこで終わった。
翌日、女主の管理するプラットフォームでは、次期企画の予算調整が始まった。
競技会は継続予定だったが、前回の調査に必要な費用と、次回開催に向けた安全管理費用を、同じ予算枠で処理することはできなかった。
担当部門は、次回の開催準備を優先する案を提出していた。一方、調査担当者は、管理記録の確認を続けるための人員を確保したいと求めていた。
女主は、双方の資料を確認した。
開催準備を止めれば、すでに契約している業務や参加者への影響が出る。調査人員を減らせば、前回の問題を確認するまでに時間がかかる可能性がある。
どちらか一方を選ぶだけでは、別の負担が生じる。
「調査を中断する必要はありません。ただし、次回開催の準備と調査を同じ担当者に集中させないでください。調査側の人員は最低限確保し、追加の確認が必要になった場合は、その時点で再度申請してください」
女主はそう指示した。
担当者は、予算案を修正することになった。
彼女は、続いて競合プラットフォームとの業務調整に関する報告を確認した。
競技会への参加を辞退したレイヴンは、別案件を受注し、契約を完了していた。競合側では、その実績を次の人材選定に反映する予定だという。
女主は、その記録を確認しただけで、特別な対応はしなかった。
競合側が人材を別の案件へ回すことは、通常の業務判断の範囲内だった。今回の情報から、競技会の調査との関係を判断することはできない。
彼女は報告を閉じ、次の資料に移った。
同じ日の午後、競技会の調査担当者から追加の確認事項が届いた。
前回の大会で使用された管理アカウントについて、通常の権限設定と、実際の操作履歴の照合が進められていた。
現時点では、操作を実行できる権限が存在していたことは確認できている。しかし、その権限が当該操作のために付与されたものだったのか、それとも別の業務のために付与されていたのかは、まだ分かっていなかった。
女主は、調査担当者に確認した。
「権限を持っていたことと、今回の操作を指示されたことは、分けて確認してください」
「承知しました」
「それから、調査の途中で新しい情報が出た場合は、既存の結論に合わせるのではなく、記録に追加してください」
担当者は、その指示を受けて調査を続けた。
女主は、画面に表示された進捗状況を確認した。
結論が出るまでには、まだ時間がかかるだろう。
それでも、調査を進めることと、開催準備を続けることは両立できる。すべてが明らかになるまで何も動かさないという選択だけが、唯一の方法ではなかった。
夕方、主人公は仕事を終えたあと、いつもの道を歩いていた。
右手の回復は少しずつ進んでいたが、まだ以前と同じようには使えない。彼は荷物を持つ手を途中で替え、痛みが出る前に休憩を取った。
帰宅すると、机の上に置いていた資料を整理した。
すぐに使うものと、後から確認するものを分け、記録の順番を整えた。
そこにある資料のすべてが、今すぐ答えを与えてくれるわけではない。
それでも、残しておけば、別の事実が見つかったときに照合できる。
彼は、最後の一枚を元の場所へ戻した。
窓の外では、夕方の人通りが少しずつ減っていた。
明日も仕事がある。
新しい情報が届くかどうかは分からない。
主人公は、端末を手に取り、長く交流している相手へ短いメッセージを送った。
《今日は少し早く帰れた》
しばらくして、返信が届いた。
《それなら、今夜は少し休めそうだね》
《そうだね。明日はまた予定があるけれど》
《無理をしすぎないで》
主人公は、その言葉を読み、端末を置いた。
特別な話をしたわけではなかった。
相手が何をしているのか、どこにいるのか、どんな仕事をしているのか。彼は、そのすべてを知っているわけではない。
それでも、長い時間をかけて続いてきた会話がある。
彼は、今のところ、それを無理に別の意味へ結びつけようとは思わなかった。
明日になれば、また新しい出来事が起きるかもしれない。
そのときに何を知り、何を選ぶのかは、まだ決まっていなかった。




