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観客のいない世界  作者: 亀


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第148章 届け先のない荷物

翌朝、男は前日の記録を確認してから、変更された届け先へ向かった。


昨日の荷車は、荷物の一部を別の場所へ運ぶよう指示されていた。


その指示が正規のものだったのか、それとも現場で誰かが独自に変更したのか。


確かめるには、荷物が実際にどこへ運ばれたのかを知る必要があった。


男は市場を抜け、建物の少ない通りへ進んだ。


目的地は、商店街から外れた古い倉庫だった。


入口の扉は閉じられていたが、建物の脇には荷車が通れるほどの空間がある。地面には新しい車輪の跡が残っていた。


男は扉を叩かなかった。


ここが昨日の荷物の届け先だと、まだ確定したわけではない。所有者も分からず、立ち入る理由もない。


まずは周囲から確認できることを探した。


近くには小さな修理工房があった。


男はそこで、倉庫について尋ねた。


「この辺りで、荷物の受け渡しに使われている倉庫はありますか?」


工房の主人は、工具を片づけながら答えた。


「そこの古い建物なら、時々荷車が来るな。ただ、誰が使っているのかは知らない」


「いつ頃からですか?」


「しばらく前からだ。毎日来るわけじゃない。来るときも、荷物を置いてすぐ帰ることが多い」


男は礼を言った。


荷車が来ること自体は確認できた。


だが、昨日の荷物がここへ運ばれたかどうかは、まだ分からない。


男は倉庫から少し離れた場所に立ち、通りの様子を観察した。


しばらくして、二人の男が歩いてきた。


一人は倉庫の扉を開け、もう一人は周囲を見回してから中へ入った。


扉はすぐに閉じられた。


二人とも、荷物を運んでいる様子はなかった。


男は時刻と人数だけを記録した。


彼らが倉庫の関係者なのか、単に用事があって訪れただけなのかは分からない。


今、声をかければ何かを聞き出せるかもしれない。


しかし、相手の立場も分からないまま接触することには危険がある。


男は、もう少し情報を集めることにした。


⸻


昼前、再会した男が現れた。


「ここで何をしている?」


「昨日、配送先が変更された荷物があった。その届け先を確認している」


男は、倉庫の入口を指さした。


相手は建物を見たあと、周囲の道へ視線を移した。


「ここが本当に届け先なのか?」


「まだ分からない。車輪の跡と、近所の人の話だけだ」


「中を調べないのか?」


「許可も理由もない。今の段階で入る必要はない」


相手は少し考えた。


「もし、ここが荷物の集積場所だったら?」


「その場合は、荷物がどこから来て、どこへ運ばれるのかを調べる。ただし、倉庫の中を見なければ分からないこともある。そのときは、正当な方法で確認できる相手を探す」


男は記録を取り出した。


「今、分かっているのは、時々荷車が来ることと、二人の男が出入りしたことだけだ。昨日の荷物との関係は確認できていない」


相手はうなずいた。


「俺のほうでも、仕事の範囲で確認できるかもしれない」


「何が分かる?」


「倉庫が正式な配送先として登録されているかどうか、確認できる可能性がある。ただし、すぐに答えが出るとは限らない」


「分かった。無理に調べなくていい」


男は記録をしまった。


相手が所属する組織は、この地域の取引に関心を持っている。


それは、これまでの会話からも分かっていた。


しかし、組織の情報を利用することが、必ずしも自分にとって有利になるとは限らない。


得られた情報の出所が分からなければ、正しさを確認する方法も限られる。


男は、自分で確認できることと、相手から提供される情報を分けて扱うつもりだった。


二人は、倉庫の前に長くとどまらず、その場を離れた。


⸻


午後、男は昨日荷物を受け取った建物へ戻った。


入口にいた作業員は、昨日と同じ人物だった。


「昨日、荷物の一部を別の場所へ運ぶよう指示が出ていましたね」


男が尋ねると、作業員は警戒するように顔を上げた。


「それがどうした?」


「配送の確認をしています。変更された届け先が、最初から予定されていたものなのか知りたいんです」


「そんなこと、俺に聞かれても分からない」


「変更の指示を出した人は?」


「責任者だ。俺は指示どおりに動いただけだ」


作業員の答えは短かった。


男は、これ以上質問しても新しい情報は得られないと判断した。


「分かりました。ありがとうございます」


その場を離れようとしたとき、作業員が呼び止めた。


「おい」


男が振り返る。


「こういうことを調べているなら、責任者に直接聞けばいい。俺たちは荷物を運ぶだけだ。勝手に変更しているわけじゃない」


「責任者の名前は分かりますか?」


作業員は少し迷ったあと、建物の奥を指さした。


「帳簿を管理している人間だ。今日はもう出ていると思う」


男は礼を言い、名前を無理に聞き出すことはしなかった。


少なくとも、荷物の変更について、現場の作業員が自分で判断しているわけではないらしい。


ただし、それが責任者の独断なのか、発注元の指示なのか、正式な手続きによるものなのかは分からない。


調べるべき対象が、少しだけ具体的になった。


配送先の変更を承認した人間。


その人物が何を根拠に判断したのか。


そこが分かれば、昨日の数量不足についても、別の角度から確認できるかもしれない。


⸻


夕方、再会した男は組織の事務所で報告を行っていた。


「指定された配送依頼について、現場では届け先の変更が行われていました。変更の理由と、承認した人物については、まだ確認できていません」


担当者は報告書を受け取った。


「変更先は分かったのか?」


「候補となる倉庫を確認しましたが、昨日の荷物がそこへ運ばれたという確証はありません」


「分かった。引き続き、取引の手順を確認しろ」


再会した男は、少し間を置いてから尋ねた。


「この調査では、配送先の変更そのものを問題視しているのでしょうか。それとも、変更に関わる人物を確認することが目的なのでしょうか」


担当者は彼を見た。


「現時点で、お前が判断する必要はない。確認できた事実を報告しろ」


「承知しました」


会話はそこで終わった。


事務所を出た彼は、通りを歩きながら考えた。


組織が何を問題にしているのか、依然として明確ではない。


だが、指定された依頼について確認を進めるほど、旧友の調査と重なる部分が増えていく。


旧友は、現場で起きている不一致を一つずつ追っている。


自分は、組織から与えられた仕事として、同じ取引の動きを確認している。


二人が同じ情報にたどり着いたとしても、そこから導く判断が一致するとは限らない。


彼は、次の報告までに何を確認するべきかを整理した。


少なくとも、今は旧友の調査を妨げる必要はない。


しかし、組織から具体的な指示が出れば、状況は変わるかもしれなかった。


⸻


夜、男は直人と一緒に今日の記録を整理した。


「倉庫に荷車が来ることは分かった。ただ、昨日の荷物が運ばれたかどうかは確認できていない」


直人は記録を見た。


「現場の作業員は、責任者が変更を指示したと言っていたんだな」


「ああ。ただ、その責任者が誰の指示を受けていたのかは分からない」


男は紙を一枚取り出し、次に確認することを書き留めた。


配送先の変更を承認した人物。


変更前と変更後の伝票。


荷物の数量が一致しなかった理由。


この三つを、別々の確認事項として記録した。


一つが分かれば、残りも分かるとは限らない。


それでも、今までより調査の方向は明確になっていた。


直人は、机の端に置かれた封筒を指さした。


「入口にあった紙片は、まだ別にしておくのか?」


「そうする。今のところ、配送の記録との関連は見つかっていない」


男は封筒を確認し、元の場所へ戻した。


調査の途中では、目についたものを何でも関連づけたくなる。


だが、関係があるかどうかを決めるのは、見た目の似ている部分ではなく、確認できた情報の積み重ねだ。


男は明日の予定を記録した。


次は、帳簿を管理している責任者に接触する方法を探す。


無理に押しかけるのではなく、正当な理由を持って話を聞ける相手を見つける。


それができなければ、別の方法を考える。


男は記録をしまい、灯りを消した。


届け先は見えてきた。


だが、荷物がそこへ運ばれた理由は、まだ見えていなかった。

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