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放課後には、まだ名前がない。  作者: 御子柴 流歌
第3話: 放課後に現れた欠席者

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9/9

3-3: 無い事件を追っていた俺たちが最後に見たもの


 この事件に犯人は存在しない。そもそも事件すら存在しない。


 俺と瑛里がそう結論付けて、真帆はしばらく何も言わなかった。


 廊下の向こうから吹奏楽部の音が聞こえてくる。まだ曲にはなっていない。管楽器がそれぞれ勝手に音を出している、放課後特有の騒がしさだ。


「……じゃあ」


 ようやく真帆が口を開いた。


「何だったの、これ」


 もっともな疑問だった。


 森深月は学校へ来ていない。


 誰かが森深月になりすましたわけでもない。


 目撃証言をでっち上げた人間もいない。


 それなのに、一時間もしないうちに、


 欠席していた森深月が、放課後だけ学校へ来た。


 という話が完成していた。


「誰か一人が森さんになったんじゃないんだよね」


 瑛里が指を折りながら言う。


「辻村さんはカーディガンを借りてた」


「五十嵐さんはバッグを預かってた」


 俺も続ける。


「赤星さんは忘れ物を拾ってただけ」


「全部、別の話」


 真帆が言った。


「そう」


 瑛里が頷く。


 そして、そのどれにも森深月本人はいなかった。


 考えてみれば、それらは森深月が今日学校へ来た痕跡ではない。


 むしろ逆だ。


 昨日まで普通に学校にいたからこそ残ったものだった。


 貸したカーディガン。


 預けたバッグ。


 置き忘れた私物。


 本人だけが休んで、彼女の周辺だけが学校に残った。


「それだけならさ」


 真帆が言う。


「普通は、辻村さんが服借りてたね、五十嵐さんがバッグ持ってたね、で終わるよね」


「だろうな」


「なのに、なんで全部森さんになったんだろ」


 その答えは、たぶん最初に戻れば分かる。


「早坂だよ」


「早坂くん?」


「正確には、早坂の言ったこと」


 最初の発言は、


『森、来てるのかな』


 だった。


 森が来た、ではない。


 ましてや、森深月が放課後に登校している、でもない。


「早坂は最初から断言してない」


 俺は言った。


「でも、誰かに伝わった時点で『森が来てるらしい』になった」


「うん」


 瑛里が続ける。


「それで『森がいるらしい』って話を聞いた人が、今度は自分の見たものをそこに当てはめた」


 階段で誰かを見た。そのときは誰なのか分からなかった。


 でもあとから、森がいるらしい、と聞いた。


 そこで初めて、さっき見た人も森だったのかもしれない、という話になった。


「早坂の見間違いだけなら、たぶんここまでならなかったんだろうな」


 俺が言うと、瑛里が頷いた。


「うん。間違いがいっぱい起きたんじゃないと思う」


「じゃあ何?」


 真帆が訊く。


「最初に出て来た答えに、解釈が集まった」


 瑛里の言い方は簡単だった。


 だからこそ、妙に腑に落ちた。


 森深月がいる。


 先にそれが答えになった。


 すると、『深月のバッグを持った人がいた』と『深月の私物が机へ戻っていた』という別々の出来事が、全部その答えを正しく見せる材料へ変わっていく。


「偶然が重なり合って森深月を作ったんじゃなくて、最初に森深月が作られて、そこに出来事が何個もくっついたって感じか」


「そんな感じ」


 瑛里が言う。


「それで、森さんが学校にいたことになったら、次は理由が必要になる」


「……西尾さんか」


 真帆が気づいた。


 昨日、西尾まほろと揉めた。


 今日、休んだ。


 放課後に来た。


 その三つが並んだ。


 すると、『森深月は西尾まほろと話すために来たのでは』という理由がつく。推測と言ってもいい。


 さらに、『でも話しかけられなかった』『気まずくなって帰った』という憶測まで勝手に続いてきた。


「そこまで見た人は?」


 瑛里が訊く。


「いない」


「森さんから聞いた人は?」


「いないな」


 本人がいない。


 だから本人だけが、その物語を訂正できなかった。


「欠席してたせいで、一番関係ある本人だけ話に参加できなかったのか」


「皮肉だよねえ」


 瑛里が言う。


 俺たちは一度、ここまでの話を頭の中で並べた。


 早坂律が、辻村椎奈を見た。


 ただし、その時点では「森かもしれない」だった。


 そこから『森が来ているらしい』という話が生まれた。


 それを聞いた誰かが、五十嵐涼を見た記憶へ森深月という名前を付けた。


 机に戻った私物も、本人が来た証拠にされた。


 昨日の揉め事は、本人が来た理由にされた。


「一人分の行動に並べ替えられたんだな」


 俺が言う。


「編集された、みたいな?」


 真帆が言った。


「それ、近いかも」


 瑛里が少し笑う。


「誰も嘘ついてないのにな」


「つなぎ方が違ったんだよ」


 瑛里はそう言った。


 嘘をついた人間はいない。


 事件を起こした人間もいない。


 それでも事件はできあがった。


 誰か一人が作ったわけではない。


 みんなで少しずつ、そこにいない森深月へ輪郭を与えただけだった。



     ○



 翌日、その森深月本人は、何事もなかったように普通に学校へ来た。


 欠席の理由は、単なる体調不良だったらしい。


 少なくとも、昨日一日かけて校内に作られていた筋書きよりは、ずっと地味だった。


 ――『学校に来たらしい』ではなく、『来た』なのは、この昼休みにそれを確認できてしまったからだ。


 俺と瑛里が教室を出たところで、向こうから真帆が歩いてきた。


 その隣に、もう一人いる。


 なぜか、簡単にその人の名前を察した。


「連れてきちゃった」


 真帆が言う。


「何、その紹介。ふつう名前くらい添えてよ」


 その女子生徒が笑った。そして俺と瑛里を見る。


「で。なんか私、昨日学校にいたらしいじゃん?」


 第一声がそれだった。


 からっとした物言いに、瑛里がすぐ笑う。


「いたらしいねえ」


「いや、いないからね?」


「それは昨日確認した」


「確認したんだ」


 森さんは、こちらが思っていたよりずっと気軽に話す人間だった。


 少なくとも噂の中にいたような、


 友人と揉めて落ち込み、


 学校を休み、


 それでも気になって放課後にこっそり登校し、


 結局話しかけられず帰った女子生徒、


 ――とは随分と違う。


「何があったか訊いてもいい?」


「本人だしね」


 瑛里が答える。


「むしろ本人が一番聞いた方がいいかも」


「何それ、怖いんだけど」


 怖がっている顔ではなかった。


 俺たちは昨日の出来事を簡単に説明した。


 早坂くんが教室で森さんらしい姿を見たこと。


 その正体が辻村だったこと。


「ああ、椎奈。カーディガン?」


「そう」


「そうそう、貸してたわ」


 次に、階段。


「バッグは五十嵐さん」


「それも預けた」


 最後に、机の私物。


「あー……あれ忘れてたやつかー」


 全部本人には覚えがある。


 ただし、本人はそのどれにも参加していない。


 説明が進むにつれて、森さんの表情がだんだん面白そうなものへ変わっていった。


「ちょっと待って」


「何?」


「ってことは、私は昨日、教室来て」


「そういうことになってた」


「階段降りて」


「そうね」


「バッグ持って」


「そうね」


「それで、まほろと話しに来たの?」


「らしい」


「で、結局話さないで帰った?」


「そういう結末まで付いてた」


 数秒黙ってから、森さんは言った。


「私、何か随分忙しそうね?」


「かなり動かされてたわね」


 瑛里が真面目な顔で返す。


「私、一歩も家出てないんだけど」


「なのに校内を結構移動してる」


「やめて。面白くなってきた」


 瑛里も笑っている。


 なんとなく嫌な予感がした。


 似た種類の人間が出会ってしまった気がする。


「でも」


 森さんの笑いが、そこで少しだけ薄くなった。


「まほろと話しに来たってところまで、みんな言ってたの?」


「まあ」


 俺が答える。


「結局話せなかったとかも」


「ふうん」


 さっきまでとは違う間があった。


「嫌だった?」


 真帆が訊く。


「……まあ、そこはちょっと嫌かな」


「そこ?」


「来たとか見たとかは、まあ間違いじゃん。カーディガン見て勘違いしたとかなら、別にいいけど」


 森さんは少し考えてから続けた。


「私が何考えてたかまで決められるのは、それって何か違うでしょ」


 ああ。


 やっぱり、この本人は噂の中にいた森深月とは違う。


 昨日の時点では、誰も本人の意見を聞いていない。


 なのに、


 軽く喧嘩のようになってしまった子に会いたかった。


 話しかけられなかった。


 気まずくて帰った。


 そこまで決まっていた。


「本人に聞いてないのにね」


 瑛里が言う。


「そう、それ」


 森さんは頷いた。


 それから。


「……あ」


 何かに気づいたように動きを止めた。


「どうした?」


「いや」


 森さんが少し嫌そうな顔をする。


「それ言ったら、私も同じことしてるか」


 俺たちは何も言わなかった。


「一昨日まほろとああなってさ」


 森さんは続ける。


「たぶん怒ってるだろうとか。もう話したくないんだろうな、とか。私も勝手に決めてた」


「本人には?」


 瑛里が訊く。


「実は、まだ聞いてない。今日結構ギリに学校来ちゃったから」


 森さんは答えつつ頭を掻く。


「本人に聞かずに勝手に話作ってるなら、昨日の連中と変わんないじゃんね」


 少しだけ自嘲気味に笑う。


「うわ。やだなぁ、それ」


 俺も瑛里も、仲直りした方がいい、とは言わなかった。


 昨日、西尾さんもまた、『だったら、私のところに来ればいいじゃん』と言っていた。


 だったら、そこから先は、俺たちの仕事ではない。


「何にせよ、ごめんねだわ。いろいろと煩わせて」


 森さんが手を上げる。


「ちょっと話してくるわ」


 それだけ言って、さっさと歩き出した。


 よくよく見れば、森さんのクラスの教室から見知ったばかりの顔――西尾さんの顔が見えている。


 話しかけるべきか、やはり向こうも探っていたのだろう。


 森さんが何か言ったらしいところで、西尾さんは少し驚いた顔をした。


 それから二人は、その場では話しにくかったのか、並んでどこかへ歩いていった。


 何を話したのかは知らない。


 きっとこれは知らなくてもいい。



     ○



 放課後。


「やっほー」


 聞き覚えの増えた声に呼び止められた。森さんだった。


 近くには真帆もいる。


「どうしたの?」


「真帆からもいろいろ聞いたんだけどさ、今度なんか変なのあったら私も呼んでよ」


 瑛里が目を丸くする。俺も同じ。


「自分から巻き込まれに行く人、珍しいね」


「昨日、本人不在で主役やらされたし」


 森さんはからっとした感じで笑う。


「だったら次は現場にいたいじゃん」


「あ、そういう動機?」


 俺が言う。


「圭吾は違うの?」


 ――圭吾?


 あぁ、なるほど。察した。


 真帆からもいろいろ聞いている内に、俺の呼び方が決められたって話だろう。


 おい、欠席裁判じゃないか。


 特に問題は無いが。


 ならば、俺も乗っかろう。ここで変な反応すると余計に拗れるというモノだ。


「俺は巻き込まれてる側だから」


「まだそれ言う?」


 瑛里が即座に突っ込む。真帆まで笑った。


 昨日の放課後の校内には、森深月がいたことになっていた。


 教室にいて、階段を降りて、誰かに会おうとして、それでも会えずに帰った。


 けれど、実際にはどこにもいなかった。


 今日は、その本人が俺たちのすぐ隣で笑っている。


 昨日は名前だけが先に歩いていた。


 今は、その名前の持ち主がちゃんとここにいる。


 その方が、ずっと分かりやすかった。


「増えたね」


「何が?」


 瑛里が訊く。


「自分から面倒ごとに近づく人」


「私は違うよ」


 森さん――深月が言う。


「面白そうなら行くだけだから」


「それを違うと言い張るなら、俺も違うと言えるな」


 しかし、瑛里は呆れたように笑った。


「圭吾はもう諦めた方がいいと思う」


「何でだよ」


 誰も答えなかった。理不尽すぎる。







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