ひなた
僕はきっとここから出たいと思いながら
傘が破れたのは雨の音
「兎瓦けいってどこにいるか知ってる?」
質問の意味がわからなかったのだ。
なので、聞き返した。
「うさぎ??」
「兎瓦けい。」
「、、、。」
警備員はもう一度聞き返した。
「人?の名前かな?えっと、ここにいる患者さんの名簿は持ってなくてですねえ。」
がん
突然響いた大きな音に、驚いて警備員は顔を上げた。
ガラス越しに質問をしてきた女性はすでにいなくなっており、何かを蹴るような、叩くような動作は確認できなかった。
後ろにいたもう一人が、狼狽する警備員に声をかけた。
「どうした?」
「いや、今なんか変な子が。」
ひなた
警視庁の一室で誰かが喋っている。
中年男性と20代の女性のようだ。
「増渕といいます。近藤の上司です。」
女の子は応えた。
「あ、どうも、兎瓦けいです。」
「ふふ。知ってます。何か、飲みますか?」
静かな部屋だった。ドラマで犯人が尋問を受けるような、味気ない無機質な部屋でなくてけいは安心した。座っている椅子も、まあまあ柔らかい。
増渕は机に置いてあるコーヒーメーカーからコーヒーをカップに注ぐと、喋り出した。
「寒くなってきましたね。あ、兎瓦さん、ミルクと砂糖は?」
「あ、、ください。」
「すいませんね、急にお呼びしてしまって。、、お仕事は何を?今日は大丈夫でしたか?」
「あ、大丈夫です。えっと、、」
無礼の塊のような近藤に比べると、随分ジェントルメンな上司じゃないかとびっくりした。色白でとても頭が良さそうだ。
けいが答えると、増渕は驚いた顔をした。
「え、『ミハラシ』??有名な、こりゃまた。」
増渕は微笑むと、奥の椅子に座った。壁に掛けてある絵を見た。大胆な抽象画だ。けいがその絵に焦点を合わせた瞬間、増渕が口を開いた。
「近藤と水沼がいろいろと無礼を。」
はい、と言いそうになったが、けいは代わりの言葉で返答した。
「あ、全然大丈夫です!」
「近藤は人として何かが欠落してましてねえ、仕事に向ける情熱はけっこうなことなんだが、、」
増渕はまた笑顔を向けた。
けいは、素敵なおじさんだと思った。
「さて!兎瓦さん、、、珍しい苗字ですよね。」
「あ、はい!ウサギと瓦を合わせたみたいです!」
見ればわかる。
「ははは!いや、珍しい組み合わせですよね。まあ、それはいいんだが」
増渕がやや真面目な表情になった。
「炭素、水素、時間についてお聞きしたいことが。」
緑が踊る。
外は余りにも晴れていて、連れられ歩く犬も笑っているように見える。歩道を不自然な猛スピードで歩く女の子がいる。
長いスカートは歩く度に地面をやや擦っているように見える。前触れもなく振り向いては、どこかに向かっているというよりかは、何かを探しているようだ。
立ち止まった。
漆黒の長い髪の毛は、舞い静止に追いついた。
何かを聴いているようだ。
「この辺にはいないな。」
独り言にすれ違う誰かが振り返った。
たまたま通りかかった真島さん(32)男性、はかわいい声だと思った。
「、、、なるほど。では、発生パターンのようなものは存在しないということですね。」
「と、思います。わたしは仕事で、3つのバランスが崩れている地域を探す仕事をしてまして、、、えっと、わたしの上司の方がうまく説明できると思うんですけど。」
増渕は制止した。
「いえいえ、しかし、おもしろいですね。劇団ミハラシはそんな化学調査のようなことも、やっていたなんて。誰も知らないでしょう。」
増渕はコーヒーを一口飲んだ。すると、子供のような口調で言った。
「じゃあこっちから退治しに行くのは無理なのかあ!どうしたもんかねえ!」
けいは自分のバッグに目を落とした。
「かわいいキーホルダーですね。シャチが好きなんですか?この前、ウチも娘を連れて行きましたよ、水族館。」
けいは微笑んだ。
「増渕部長!」
軽く開いていたドアにノックすると同時に、誰かが増渕の名を呼んだ。振り返る増渕とけい。
「おう!」
若い女性の警察官が入ってきた。
「あ、失礼しました!」
「どうした?」
「はい!増渕部長にお客様が、、、」
増渕は座ったまま、首を横にひねった。
「今日?うん?、、、誰だ?」
女性警察官はけいを見て、表情を変えず答えた。
「女性の方です。」
「名前は?」
けいは女性警察官の後ろに突然現れた女の子と目が合った。けいは、鳥肌が立つのを感じた。
「三枝ひなたです。よろしくお願いします。」




